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数年後の2人
シアワセノカタチ〜後〜
医学が大幅に進歩した現代でさえ、お産は命がけだ。
水中分娩に無痛分娩。
様々な形はあれど命を生み出す、その事に変わりはない。
ギリ
重苦しいような、腰に響く痛みがやってきた時、いよいよかと思った。
痛みの間隔を計りながら、航平とおばあちゃんと病院に連絡する。
「すぐ行くから、荷物を用意しておきなさい」
いざという時、助けに来てくれる人がいるって、本当にありがたい。
80を過ぎた今でも、しっかりしていて頼りになる祖母は、本当にすぐ来てくれた。
聞けば、私が産休に入ったあたりからお付き合いはセーブし、何かあったらすぐに駆けつけられるよう待機してくれていたのだとか。
「那月、初産には時間がかかる事が多いわ。
長丁場になるけどしっかりね」
タクシーの中で、浅い呼吸をしながら痛みを逃がす私の手をギュッと握ってくれる。
「航平くんは?」
「連絡は、した」
「なら、すっ飛んでくるわね」
連絡しておいたおかげで、すぐに診察してもらえたけれど子宮口はまだ2センチしか開いていないとの事。
寄せては返す波に翻弄されながら、病室でその時を待つ。
「っ!」
一際大きな痛みの波に呻く私の腰を、おばあちゃんが懸命に摩ってくれる。
——おばあちゃんも…この痛みに耐えたんだ。
ううん、おばあちゃんだけじゃない。
お母さんも綾香も、この痛みに耐えて新しい命を生み出したのだ。
そう思うと、ほんの少しだけ痛みに耐えられそうな気がしてきた。
「麻子ちゃんも見守ってくれてるわよ、那月」
「私の子なら、痛みくらいでピーピー泣くんじゃない、って笑ってるかも」
笑いそうになって、また大きな波にさらわれる。
「いっ…たーい」
それでも波はまた引いていく。
傍で励ましてくれる人もいる。
航平も、もうすぐ来てくれる。
お母さんも…多分来てくれてる筈。
だから耐えられる。
——負けないんだから。
「那月っ!」
病室に駆け込んできた航平が、鞄をほっぽり出して私の手を握りしめる。
「遅くなってごめん!」
「まだ…大丈夫」
何度も大きなうねりに飲み込まれそうになりながら、懸命に堪える。
航平が手を握ってくれてるから、おばあちゃんが側にいてくれるから、耐える事が出来る。
「んっ!…はぁっ」
痛みが押し寄せるたび、航平の手を握りつぶす勢いで握りしめる。
不意に気づいた。
航平の目に不安と恐れの影が見える事に。
私の手を握り返す事で、彼も必死に戦ってくれている。
「航平」
目元だけで微笑みかけると、彼は私の手を両手で握りしめ、額のところで祈るように掲げた。
絡め合う手から不安と、それをはるかに上回る愛情が伝わってくる。
「那月…」
——大丈夫。
そう言いたいのに、また強い波が押し寄せ必死に歯を食いしばる。
分娩台に上ると、あとは最後の1番大きな流れに乗るだけだった。
「那月、頑張れ!もうすぐだぞ」
その先に向かって一気に進んでゆく。
「…んぎゃあぁぁ」
力強い声だった。
顔を真っ赤にして力の限り泣いている、お世辞にも可愛いとはいえないけれど、それでも愛おしい存在。
ちっちゃくて、少し力を込めれば壊れてしまいそうなほど頼りなくて、そのくせ大きな声でその存在を主張する姿は「生命」そのものだ。
生きる力みなぎる大きな声に、今までの痛みも苦しさも全部報われた気がした。
「元気な女の子ですよ」
産湯をつかった我が子を、初めて胸に抱く。
その重みとようやく会えた嬉しさ、大仕事を成し遂げた誇らしさに胸がいっぱいになる。
「那月…お疲れ様」
航平の目も少し潤んでいた。
「ありがと、航平もね」
汗で額に貼りついた髪を梳き流しながら、頭を撫でてくれる航平に、助産師さんが声をかける。
「お父さんも抱いてみます?」
恐る恐る両手を出して受け取ると、航平は驚いたように呟いた。
「こんな…ちっちゃいのか」
まじまじと赤ん坊を見つめながら、ぎこちなく腕を揺らす。
「でも…重たい」
生まれたての我が子を抱く航平の目は優しくて、慈しみに満ち溢れていて…。
不意に泣きたいような気分になる。
「那月、泣くなよ」
「泣いてない、まだ…」
そっと手渡され、抱えた私を腕の中の赤ん坊ごと航平が抱きしめる。
「ありがとう…航平」
「こっちこそ、ありがとな」
望まれて愛されて、ようやく会えた新しい生命。
「ありがとう、無事生まれてきてくれて。
ありがとう、私達のところに来てくれて」
同時に…
両親に、家族。
友人、仲間達。
今まで出会った全ての人に、感謝したい気持ちになる。
——ありがとう。
新しい命を、ありがとう。
今までの全てが…それがたとえ辛い事でも私達を形作っているなら。
様々な縁によって出会い、別れ、時に傷つけあったとしても、その全てにありがとう。
ふにゃ、と声を上げかけたので軽く揺すると、また落ち着いた様子で目を閉じた。
そんな我が子を、心から愛しく思う。
この日を…新しい宝物をこの腕に抱いた感動を忘れる事は、決してないだろう。
「本当に、ありがとう」
微笑んだ私の頬に、航平が軽く口付けた。
「これからもよろしくな、奥さん」
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