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オリヴィエ14歳
月の見えない夜2〜オリヴィエ視点〜
しおりを挟む両親の葬儀や諸々の手続きが終わると、私はヴォルグさんに連れられ伯父の家に向かった。
「ここ、が…?」
様々な木や花が植えられた広い敷地。
手入れの行き届いた庭。
白亜の建物は大きく立派で、まるで映画で見た貴族の屋敷のようだった。
「えぇ、ここが今日からオリヴィエ様の家です」
両親を亡くした私は、成り行きから伯父に引き取られる事となったのだった。
執事がいる位なのだから相当なお金持ち、もしくは大企業の社長か何かなのだと思ってはいたけれど。
この広いお屋敷が、私の予想を裏付けているようで…妙に落ち着かない気分になる。
「あの、ヴォルグさん。
…伯父様って何をしてらっしゃる方なのですか?」
「ヴォルグと呼びすてにしてくださって結構ですよ。
それとドゥエイン様の事は、ご本人から直接お聞きになった方が宜しいかと」
ある扉の前でヴォルグさんが足を止めたので、ここに伯父様が…といよいよ緊張感が高まる。
「失礼いたします、ドゥエイン様。
オリヴィエ様をお連れしました」
扉を開けると、窓際に置かれたベッドの上で身体を起こした男性が、私をじっと見つめていた。
「起き上がっていても宜しいのですか?」
ヴォルグさんが背に枕をあてがったり、カーディガンを肩に羽織らせたりしている間、その人…伯父は私から目を離さなかった。
「オリヴィエ…だな?」
初めて会う伯父は母よりもだいぶ年上で、威厳に満ちた顔付きの少しばかり怖そうな方だった。
「初めまして、伯父様。
オリヴィエ・ローズクオーツです」
そう挨拶すると、伯父は厳しげな表情をフッと緩め
「小さい頃のアンジェに瓜二つだな」
と目を細めた。
しみじみとした呟きに込められた懐かしさに、何故か後悔のような苦さが混じっていた気がするのは…気のせい?
「それにしても、アンジェとダンの事は残念だった。
私が元気だったら、それにもっと早くに許していたら…。
いや、葬儀にも参列できずすまなかったな。
色々と大変だっただろう」
「そんな…それに、ヴォルグさんがよくしてくださいました」
苦悩の滲む声。
許していたら、との気になる台詞。
そして、うちの家族が今まで伯父と一切の付き合いを断っていた訳。
色々と聞きたい事はあった。
けれど…伯父は、この短時間で予想以上に体力を消耗したらしい。
「すまんが少し横にならせてくれ。
この家の事や新しい学校の事は、全てこのヴォルグに任せている。
分からん事があったら何でも聞くといい。
ヴォルグ、今日からお前はオリヴィエ付となり面倒を見てやってくれ」
血の気の薄れた顔でそう言うと伯父は横になり、私は促すようにヴォルグさんに背を押された。
「待ってください。…あの、伯父様」
呼びかけながら伯父の元に歩み寄り、ベッドの傍らに立つ。
「身寄りのなくなった私を引き取ってくださって、ありがとうございます。
これからよろしくお願いしますね」
ぺこりと頭を下げた私に、伯父は微かに微笑み
「こちらこそよろしく頼む」
と頷いたのだった。
結局、あの時は伯父の口からは聞けなかったので、後からヴォルグさんから聞いたのだけど…。
伯父はバーグスタイン学院の理事長を務めているのだとか。
バーグスタイン学院の名は、聞いた事がある。
国内はおろか国外からも、各界の著名人が子女をこぞって入学させたがるという、伝統と格式溢れる名門校。
そんな超有名校の理事長が実の伯父だ、という事にも驚いたけど。
ヴォルグさんが私の執事となった事の方が驚きだった。
執事という職業がある事は、知識としては知っていた。
知ってはいたけれど…実物を目の当たりにしたのは、初めてだ。
ドラマや小説の中では当たり前に存在する「執事」。
イケメンで有能で毒舌で強くて、時に颯爽と悪を叩きのめし、時に陰謀を解き明かす。
(ドラマの見過ぎ?)
そんなヒトが実在するだなんて…。
実際イケメンだし有能そうだし優しいし…そんな人にお嬢様扱いされるだなんて。
ちなみに前世でも今も、お嬢様扱いされた事は一度もない。
もっとも、両親の葬儀の時からお世話になってて、何を今更という状況なのだけど。
でもあの時は、ヴォルグさんは執事というよりは秘書という感じだったし、何より彼の態度が違う。
父親でも同級生でも教師でもない、赤の他人。
しかも見目麗しい年上の男性が、私の事を「お嬢様」と呼び、傅き、絶えず傍にいるのだ。
そんな生活に、最初はなかなか慣れる事ができなかったし、同時にお嬢様と呼ばれるたび気恥ずかしくもあった。
いずれにしても、身の回りの事は大抵自分でできたし、そうするのが当たり前だと思っていた。
だから彼の手を借りなくても出来る事は自分でするし、出来ない事・分からない事があれば手を貸してもらう。
否…そうでなければ、私の心臓が保たなかった。
お世話といわれても、小さい子じゃあるまいし。
半分高を括っていた私の心臓は、翌朝からその限界を試され続ける事になったのだから。
「オリヴィエ様、だいぶお疲れのご様子ですが、朝食をとらないとお体に毒ですよ」
両親の葬儀に引越しの準備。
ジェットコースターように目まぐるしく状況が変わったせいで、疲れが溜まっていたのだろう。
いつもなら目覚ましの音ですぐ起きられる筈が、その日に限って目覚ましの音が聞こえなかった。
随分日が高くなっても一向に起きだしてこない私を心配して、様子を見に来てくれたのだろうけど。
見慣れない男性、しかも美形のどアップに寝起きの心臓は一気にフル稼働を余儀なくされたのだった。
「ん…ぁ、ああっ今起きます!」
——しかも声、裏返るし。
「お着替えはこちらです。
お手伝いいたしましょうか?」
「け、結構です」
これが性質の悪い冗談なら、こちらも遠慮なく枕を投げつけてやるのに。
向こうは至極真面目に、あくまで仕事として訊ねてくるのだから手に負えない。
「では、着替えが済みましたらお声をかけてください」
「はい」
ギクシャクと頷くと一礼してドアが丁寧に閉められ…その途端、私はベッドに突っ伏した。
「はぁぁぁぁっ、心臓に悪い」
寝起きだから当然といえば当然なのだけど、髪はぼさぼさだし。
それどころか寝顔を見られたかもしれないと思うと、違う意味で叫びだしたくなる。
——これは、きっちり線引きをしておかないと…本気で保たないかも。
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