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再会・上
しおりを挟む庭にはるかさんを探しに出た私は、屋敷からは死角になっている柱の陰に人の気配を感じ声をかけた。
「はるかさん、こちらにいらっしゃるん…」
その瞬間、男性に縋りついていた若い女性が顔をあげ、男性が慌てて庇うように女性を背に隠した。
「何者だ、貴様」
射抜くような鋭い視線に内心たじろぎながらも
「神崎家より参りました本城 美月です。
こちらにはるかさんがいらっしゃると伺ってご挨拶に…」
と言いながら頭を下げる。
「あ……」
困惑気味に顔を見合わせる2人のうち、片方は探していた野々村 はるか嬢に間違いはなかった。
けれど…何やらまずい所へ来てしまったらしい。
2人の様子からそれだけはわかった。
* * *
最初から歓迎されるとは思っていなかった。
けれど予想以上に野々村家での待遇は悪くはなかった。
ただ1人、当の本人を除いては。
神崎家から来たお世話係という名目上、丁重に扱われ、目下はるかさんと親しくなり彼女の信頼を得る事が、私の務めではあったのだけど…。
彼女がこの縁談を望んでいないのは、初めて会った時から気付いていた。
そんな彼女が私の事を疎ましく思うのも無理からぬ事だろう。
若くて可愛らしくて皆から大切にされていて、そして自分の魅力という物を十分認識している、甘え上手なお嬢様。
良家の娘らしくプライドが高く我儘な所もあるけれど、本質は素直で寂しがりな優しい子。
これが彼女に初めて会って抱いた率直な感想だった。
彼女の周りには好むと好まざるとに拘らず、常に沢山の人がいた。
その真ん中で、彼女はいつだって大輪の花のように咲き誇り、誇らしげに笑みを振りまいていた。
誰もが彼女の気を引こうとし、懸命に自らをアピールしていた。
——誰かに似ている。
遠巻きにその様子を眺めているうちに、私はハッと気がついた。
——神崎さん、だわ。
いつも人々の中心にいて誰よりも輝いて見えるのに、彼女の笑顔はどこか寂しげで。
そう、自らの心を偽っている。
そんな気がした。
そして…私もまた。
納得のいかない思いを抱きながら、無理やりそれを押し隠し、気付かぬフリをしたまま彼女と接した。
——この縁談を進める事が…私が神崎さんの為を思ってしている事が、彼の為になるのか。
本当に彼はそれを望んでいるのか。
私には知る術はないし、またその点について私は考える事をやめていた。
…あの時、神崎さんに拒絶され、人知れず涙を流したあの夜に私は悟ったのだ。
こんな中途半端な想いを抱いたまま、彼の傍らに在り続ける事は出来ない。
私には、その資格がないのだと。
誰に何と言われようが、彼以外の人にどう思われようが彼の傍にいる、と言い切れない弱さが私の心を竦ませた。
それに…様々な点で恵まれた人だ。
パーティでの彼女の他にも、色々な女性との遍歴を少なからず耳にしていた私にとって、彼に選ばれる筈がない。
そう思い込んでもいた。
そして逃げたのだ、彼の傍から。
神崎さんの事は忘れようと、そう思った。
忘れよう…忘れられる。
今ならまだ、きっと。
自分にそう言い聞かせ、目を瞑り、耳を塞ぎ、心に鍵を掛けて…。
今はこの役に徹すると、そう決めたのだから。
* * *
そんな折、野々村家でちょっとしたパーティが催される事になった。
ちょっとした、とはいうものの100人規模のそれは野々村家のお城のような別荘で行われる盛大なものだった。
パーティの名目は、はるかさんの誕生パーティ。
その実、神崎家との縁組を何が何でも成功させる為の布石として、着々と準備は進んでいく。
そして、この縁談をより円滑に進める為のパーティに、神崎さんが招待されない筈はなかった。
時に残酷なくらい、時間というものはあっという間に過ぎ去ってしまう。
瞬く間にその日を迎え、出席を命じられた私も直前まで両家の調整などの準備に追われていた。
とはいえ、神崎さんに直接お目に掛かる機会はないだろう。
それでも…たとえ一目でも遠くからお姿を目にする事が出来れば。
そう思っていた私は、自分の考えがとんでもなく甘い物だったと、すぐに思い知らされた。
——あそこに彼が、神崎さんが居る。
同じ建物内に、同じ空間に。
そう考えただけで、心臓は否応なしに高鳴り息が苦しくなる。
物陰からこっそり見つめる彼の姿は幾分やつれたように映り、胸が痛んだ。
——どうして…彼の事を忘れられる、などと思ったのだろう。
自分の甘さと募る彼への想いに歯噛みしつつ。
気付かれてはいない…その事実が少しばかり私を大胆にさせた。
一目でも遠くからでもお姿を拝見したら、後は奥に引っ込もうと思っていたのに、気がつくと彼の姿をずっと目で追っていた。
すると、驚いた事に。
大勢の人に遮られ、気付く筈もないと思っていたにも拘らず…神崎さんが振り向いた。
真っすぐに私を見つめる彼の苦しげな眼差しに、世界中の音が消えた。
見つめあう瞳から、愛しさと切なさが独りでに溢れ出す。
鼓動が耳元で警鐘のように鳴り響いた。
いけないと思いつつ、それでも彼から目を逸らす事がどうしてもできなかった。
内心、こんなにも彼を求めていたのかと気付き、愕然とする。
時間にすればほんの1~2秒の事だった…と思う。
「あなたに全てを捨てる覚悟がないのなら、もう聡一郎様を求めるのはやめなさい」
不意に耳元で低く、けれどはっきりと囁かれ心臓が止まるかと思った。
「あ……、木、嶋さん」
「あなたが辛い思いをするだけだ」
神崎さんと私の間に立ち塞がるように移動した木嶋さんの視線は、不思議なほど労わりと慰めに満ちていた。
「聡一郎様は、はるか様と婚約なさるのだ」
まるで父親が娘を諭すように、木嶋さんは私に心配そうな目を向けた。
『婚約』
その2文字が唐突に現実味を帯びて、胸に迫る。
「初めから住む世界が違うのだ、わかるな?」
どこか苦さを感じさせる口調でそう言い、慰めるように木嶋さんは私の肩をポンと叩いた。
その言葉が偽りのない真実である事は、誰よりも神崎さんの近くにいたので嫌というほどわかっている。
——でも、でも…!
堪らず私は踵を返した。
細く心許無いヒールにも構わず、全力で別荘を突っ切り、外へ飛び出す。
すれ違う人々が何事かと怪訝な視線を送るけれど、気にする余裕などありはしなかった。
まだ6月の、しかも夕暮れ時とあって、冷たい夜気に思わず身震いする。
でも少しも躊躇いはなかった。
長いアプローチを必死に駆け抜ける。
どこか行くあてがあった訳ではないが、これ以上彼の傍にいられなかった。
「美月」
切迫した声に、耳がどうにかなったかと思った。
それでも足は止めなかった。
だって…それはここにいる筈のない人の声だったから。
「美月!」
不意に腕を掴まれ、次の瞬間…見知らぬ車の中に押し込められていた。
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