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第三幕〜吉野山〜
二人道行
しおりを挟む初音の鼓を手に取り、ポンと打ってみる。
義経様が朝廷から押し付けられた無理難題の証。
これが有るから頼朝に疑われ、都を追われる事になったという曰く付きの鼓。
けれど、この鼓の音はどこか悲しげに響く気がする。
「…良い、音ぞ」
誰もいないと思っていたのに、気がつくと四郎様がすぐ近くに控えていた。
「そうですね、でも…どこか悲しそう」
そう呟いた私の顔を、何か言いたげに凝視する四郎様。
「…何ですか?」
「いや、お静殿はこの鼓の由来を知っておるのかと思うてな」
由来…は聞いた事ないな。
鼓の音色と何か、関係が?
「この鼓はその昔、雨乞いの為、千年を生きた夫婦の狐の皮で作られたものじゃ」
「雨乞い…」
「千年も生きておれば、不思議な力の一つ位使えて不思議はないというもの。
狐どもも先読みの力を持っておったという」
狐というと、九尾の狐とか葛の葉狐とか、良くも悪くも人を騙すみたいなイメージがあるけど。
千年も生きると先読み…未来予知かな?そんな力を得る事もあるんだ。
「しかし、狐どもはあえて捕まったのじゃ。
その年の日照りはそれは酷いものでな。
人間はおろか野山の獣でさえ、食うに困り飢え死にする始末。
それに…狐どもには子狐がおった。
雨が降り山にも恵みが戻れば、子狐は何とか生き延びる事ができよう。
それ故に、鼓となり雨乞いを行なったという訳じゃ」
夫婦の狐にその意図はなかったとしても…結果的に多くの人々を救った徳の高い鼓。
だからこそ宮中にて宝物として大切に保管されていた、という事ね。
そして、狐達は親として子供の傍で教え見守る事よりも、子供を生かす事を選んだ。
子を思う気持ちは人であれ狐であれ、何ら変わりないのね。
「だからこんな切ない音色なんですね。
鼓となってもなお、子を案じているのかも」
そう言った瞬間の、四郎様の驚いたようなお顔。
「何ですか?なんか変な事言いました?」
「いや、この話をすると大抵の者は気味悪がるか、嘘偽りと決めつけるか、笑い飛ばすか。
そのように言うてくれた者はおらぬでな…」
それっきり黙り込んでしまった四郎様。
けれど、何故だか彼があの音色を求めている気がして…鼓を打つのを再開した。
***
街に出ていた母様が、義経様の噂を持ち帰ったのは数日後の事だった。
「今、京の都は義経様の話題で持ちきりぞ。
鎌倉に無実の罪を着せられて、京を脱出。
南国へ逃れようとするも、平家の残党が船出に際し、義経様を嵌めて海に沈めようとした。
けれど、そうと気づいた義経様に返り討ちにあったとな」
京の都では義経様の人気、目を瞠るものがあるからね。
平家のイメージが悪ければ悪いほど、そして頼朝の命が理不尽であればあるほど義経様の人気に火がつく。
鎌倉方は、頼朝より人気がある義経様を目の上のたんこぶとして嫌っている。
もしかしたら、源氏の頭領の座を奪われるとか考えているんでしょう?
義経様はそんな事望んでいないというのに。
「けれども、その後の義経様の足取りは知れないのでしょう?」
「その通りじゃ」
他の人達は知らなくても、私は知っている。
彼が次に向かう先を。
「母様、私行きます。
そして義経様に姉様の事、きちんとお話ししてきます」
私の言葉に禅師様は顔を曇らせた。
都では今、義経様の行方を鎌倉方の追っ手が血眼になって探しているという。
「母様、義経様の向かう先を現在知っているのは私と四郎様のみ。
万が一何か言ってきたとしても、母様はどうぞ知らぬ存ぜぬを通して下さい」
本当の行先はあえて告げない。
そして表向きは、宇治のとある貴族の別荘にて舞を披露するという名目で、あえて大々的に出立する。
鎌倉からの追手を撹乱しその先へ向かう為、使えるものは全て使う。
それがたとえ後白河院であったとしても。
もっとも、私の父ではないんだけどね~。
「大丈夫とか心配しないでとか、軽々しく言えないけれど、静御前が守ってくれるわ。
きっと」
「我が殿より「静御前」の事、任されておるからの。
その身を無事殿の元へ送り届けるは、我が使命」
四郎様と私の、たった二人の旅路。
でも、彼の本音は護衛兼見張りといった所かしら。
出立が二日後と決まった晩、四郎様が人目を忍ぶようにして部屋にやってきた。
「お静、いや、静佳殿。
そなた怖くはないのか?」
入ってくるなり声を潜め、尋ねる四郎様。
「怖いですよ、もちろん。
私がいた世界は基本的には平和なので、刀で襲われるとかそういう事は無縁の世界でしたし」
「ここで逃げ出したとて、いや何もせずとも、そなたを悪く言う者はおらぬであろうに」
四郎様の瞳に浮かんでいるのは、純粋な心配…?
「静佳殿はこの時代の者ではないと言った。
ならば家も忠義も、そなたを縛る枷は無い筈」
その心遣いは嬉しいけれど、静御前と約束したからね。
ううん、それだけじゃない。
「向こうでの私は平凡な女子高生でした。
特別な能力や特技がある訳でもないし、有名人でもなかった。
そんな私が、こちらに呼ばれたのは何か意味があるんじゃないか。
何か役割があるんじゃないか。
それが何なのか、やっとわかった気がするんです。
正直、興味もあります。
生きた伝説の行く末が。
果てが悲しい物と知ってはいるけれど、ちゃんとこの目で見届けたい。
今はそう思っているんです。
それに私が今、ここで逃げ出したら…何の為にここに来たのか、わからないじゃないですか。
別に義経様への忠義とか、静御前や禅師様への恩義で決めた訳でも、強制された訳でもない。
帰れないのなら、せめてここに居る事に意味を見出したい。
小説やアニメなら帰る為の条件とか設定とかあるんでしょうけど…。
ゲームだったらリセットボタン押せば、元に戻れるんでしょうけど…そんなのどこにも無いじゃない!
だったら!
何らかの役割があって呼ばれたのだと…そう思いたいだけなんです」
黙って耳を傾けていた四郎様は、ふっと一つ息を吐いた。
「にわかには信じられんと言ったが、静佳殿の言葉には何やら真実味がある。
嘘を言っているようには…とても見えぬ。
禅師殿より話も聞いたが、確かに桜と共に何も無い所から現れたと言っておられた」
迷いの見える眼差しで言葉を続ける四郎様。
「しかし、歴史とやらを知っているそなたであれば、殿の行く末を変える事も可能ではないのか?」
「……わかりません。
私の言葉を義経様が聞いてくれるか、信じてくれるかどうか。
それに、本来であれば私はこの世界には存在しない人間です。
今を生きる貴方達に、未来から来た私が干渉して良いものかどうか。
最悪、私の余計な干渉のせいで義経様の行く末がさらに悲惨な物になってしまっては、静御前に合わせる顔がないし」
「本来であれば存在しない、か」
眉を顰め、苦しそうに呟く四郎様。
「しかし…殿が信じるか否かはともかく、吾に言うたはどういう訳じゃ?
吾が歴史とやらを知った事で、今後の流れが変わると言う事はないのか?」
そこなのよね。
四郎様にお伝えしたのは、あくまで義経様と弁慶の未来。
四郎様ご自身の未来については、話した事はない。
それが良いのか悪いのか、伝えるべきか言わない方がいいのか…未だ決めかねている。
もっとも…私が知っている事なんて、殆ど無いんだけどね。
「私がお伝えした事は、歴史という大きな流れのほんの一部にすぎません。
義経様についても、正確な日時や詳細を知っている訳ではないんです。
まして、私の知っている歴史が事実とも限らない、そんなあやふやな物。
様々な選択肢のどれを選ぶか、どのように進むか、そんな事で変わる物なのか。
あるいは何を選んだとしても変わらないのか、それすらもわからない。
何より、四郎様にお話ししたのは義経様と弁慶殿の事だけ。
貴方自身の事は何も…お伝えしていません」
「…成る程」
あの時と同じように、四郎様の眼が妖しく光った…気がした。
「聞きたい、ですか?
真実かもわからない史実を」
「たとえ、明日死すとも殿の為ならば命など惜しくはない。
しかし静御前とそなたの話に、我が名は出なんだ。
…無駄死にだけはしたくないものだな」
——鋭い!
たったあれだけの情報から、義経様の奥州行に自分が同行してないってわかっちゃった?
「まぁ、吾の事は良い」
立ち上がりしな、手を伸ばすと私の頭をくしゃっと撫でる四郎様。
「静佳殿、そなたの事は吾が必ず守るゆえ、殿の事を頼むぞ」
そう言った四郎様のお声は、今まで聞いた事がないくらい優しかった。
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