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しおりを挟む「あれから2ヶ月か……」
ザケヘルは朝食を済ませた跡、帝国で仕入れた紅茶を楽しんでいた。
迷い人の海人と出会う前に、ギャンブルで作った借金で首が回らなく成り、焦る馬鹿貴族を方に嵌めて狙い通りアイテムバッグを手に入れた。
その後、金貨数枚で少しお高めの紅茶を買ったのだ。
それを一人で優雅に嗜むのが、ザケヘルの密かな楽しみだった。
勝利の美酒ならぬ勝利のお茶だった。
彼は誰も信用しない。
例えそれが自分の奴隷であっても、同じ屋根の下で暮らす事はしない。
昔、外街で受けたトラウマが今でも残っているからだ。
故に結婚もしていない。
金があるのだから、その都度女は買えば良いと思っているらしい。
食事だって自分で作るし、苦でもないのか自分の手料理の話を自慢気に商談で話す事もあるという。
だからといって、自分の家に呼んでまで振る舞おうとは思わないらしい。
海人には悪いが宿に行って貰ったのは、そんな思いがあったからのようだ。
ーーそれにしても、迷い人ってのは変わっているな。
何故使役してる俺よりも地竜と仲良く出来るんだ?
使役してる側には実際のところ使役してる獣の言葉は分からない。「キュイキュイ」と鳴いてる様にしか聞こえないのだ。
それでも気持ちは通じるのか、何となく言ってる内容は伝わる。だが、迷い人の海人は普通に会話をしてる様に感じた。
言ってる言葉は分からない様だったが、俺の様な感覚で理解しているみたいだった。
子分として扱われる事を、海人が認めたからなのか、子分として海人を扱うと地竜が決めたからなのか分からないが……。多分両方だろう。
使役された側からすると、主人の言葉は数日経つと完全に理解するらしい。
過去にそんな実験をした学者がいた。
言葉の繋がりのない者通しで使役させ、相手の言葉を理解できるのか実験したのだ。
確か、あれは猫好きの変わり者で、自身の飼うペットと会話をしたいと目論んだ実験だったとか……。まぁ、結果的には使役した側が言葉を交わす事は出来なかったが、された側は流暢に理解出来たと言う話だった。
その学者はその後、自分を猫に使役させたとか何とか風の噂で聞いたが、本当か嘘かは分からない。
モノ好きにも程があるが、まぁ知ったことではないか。
それにしても海人が来てから地竜の奴も良く鳴くようになった。
俺と二人だけの時は、滅多に鳴かなかったのになぁ……。
しかも、あんなに喜んで……。
俺は2ヶ月前の事を思い出してクスリと笑う。
地竜に海人を任せるに当たって、詳しく立場を教える必要があった。
そうしないと野営の時の様に、構うばかりで何もやらせずに終わるからな。
なので【弟子】という言葉を使ったんだが……。まさか、あんなに瞳を潤ませて喜ぶとは思って居なかった。
はしゃいで掴みあげると、らんらんとした顔で走り去ったからな、盗られるとでも思ったのだろうか?
あんな人間ぽい仕草もするんだな、地竜て……。本当に面白い反応だった。
地竜と海人が走り去ったあの日から数日は街でも噂になっていたしな。
尻尾を振り乱しながら喜ぶ地竜が、頬を染めながら可愛らしい顔の人種を抱えて走り去る姿を見た街の人々は、人と竜の駆け落ちだの何だのと騒いでいた。
祝福するやつやら大事じゃないかと叫ぶ奴とで別れていたが、しばらく経つと忘れたのか騒がなくなったな、まぁ、今でも酒の肴にはなっているが。
顔が良ければ魔力が無くても地竜に可愛がられるかもなと、冗談ぽく言うのだ。
それを聞いて青ざめる奴も居るが、暗い未来しか見えてない奴には夢の様な話らしいからな。世の中ってのは分からないもんだ。
俺は飲み終わったカップと食器にクリーンを唱えて綺麗にすると、戸棚に仕舞う。
家で使うコップや食器は白陶磁でちょっとお高いので、アイテムバッグには仕舞っていない。旅用のは木製なのだ、落としても割れない物を使っている。
戸棚に大事そうにしまっていると、裏庭の方から懐かしい声が聴こえてきた。
「キュイキュイッ!キュキュキュっ!キュイキュイキュイッ!ッシャーッ!」
懐かしいとは思ったが、こんなに荒れた鳴き声は余り無い。
俺は何事かと裏の戸口から外を覗くと案の定地竜だった。
その足元には、何かの液体をネッチョリと体中に纏わりつかせ、寝転がる海人の姿だった。
服は所々破けているし、裾やら裂けた場所は少し溶けているように見える。
「なんだ? スライムにでも襲われたのか?」
スライムは益獣の部類なので、人を襲う事は無い。だが、海人は迷い人で獣に好かれる体質を持っているのかも知れないと疑っていたので、そうザケヘルは言ったのだ。
が、「キュイキュイ」と何かを訴える声で鳴く地竜を見て違っていたと気付く。
地竜はしきりに自分の腹にある袋をひっくり返し、中身を洗おうとしていたからだ。その袋からドロっとした液体が溢れている。
そしてザケヘルの鼻にもその匂いが漂ってきたのか、鼻をつまむと眉間を寄せる。
「おいおい……まさかゲロかそれ。 困るなぁ……俺もその中に入って移動する事もあるんだぞ?」
そう言いながら地竜の側まで来ると、クリーンを地竜に掛ける。
だが、それでも安心できなかったのかザケヘルは火と水の生活魔法を混合させて作ったお湯を地竜の袋の中へと入れると、バッシャバッシャと洗い出す。
ある程度洗うと満足したのか再び「クリーン」と唱えると、地竜を指差し
「お前もご苦労だったな、取り敢えず今日は休め、な?」
そう言って宥めると好物のアデルという林檎に似た果物を数個手渡した。
地竜の怒りは治まらなかったが、優しく労られて大人しくなると、命令に従い寝床の厩へと入っていった。
「海人? 生きてるか?」
地面に横たわり身動きしない海人にザケヘルは声を掛けた。
すると、少し動いたので同じくクリーンを唱えて、服や体に付いたゲロを消してやると、肩を貸してやって起こす。
「何があったんだ?」
顔を青く曇らせ呻く海人を介抱しながら聞くが、返事は返ってこない。
仕方ないと思い、海人を持ち上げる様に抱き起こすと、裏口から部屋に……は、入れずに表玄関へと引き摺っていった。
「ピュイッ」と口笛を鳴らすと、何処からともなく辻馬車が寄って来た。それに海人を御者と共に押し込むと、とある宿屋の名前を告げて、自分も馬車に乗り込んだ。
こんな姿になった男でも他人なので部屋には入れたくなかったザケヘルは、昔世話になった宿屋へと海人を運び、空いてる部屋へと宿主と一緒に運んだ。
「取り敢えず二泊分な、飯や何かは気が戻ったらソイツに聞いてくれ。それと目覚めたら俺に話をしに来いと伝えておいてくれ」
そう言うと、宿賃とは別に銀貨を数枚握らせて、ザケヘルは宿屋を跡にした。
☆
その日の昼過ぎにザケヘルの玄関を宿屋の奥さんが戸を叩いた。
「お、リンカちゃんか!久し振りだな!」
昔世話になった宿屋の主は数年前に他界して、その跡を当時看板娘だったリンカと今の旦那が婿入りして宿屋を切り盛りしているのだ。リンカの母親は既に死に別れたとかで居なかった。父娘二人で頑張っていたので、ザケヘルも贔屓にしていたのだ。
「ザケヘル様、お久しぶりです。海人くんですが、意識を取り戻しました。 少し元気は無いですが、麦がゆもちゃんと完食しましたので、話も出来ると思います」
わざわざ知らせに来てくれた様で、お礼に数枚銀貨を渡そうとしたが、受け取らず
「既に主人が受け取っていますし、私は仕入れの出先のついでに来ただけですので」
そう言ってニコリと笑顔だけ残して、市場の方へと歩いて行った。
ザケヘルは玄関の鍵を閉めると、「ピュイッ」と指笛を吹き、辻馬車を呼ぶとそれに飛び乗って海人を迎えに行く。
そのまま馬車を待てせて宿屋の食堂へと向かう。
カウンターに座り、その両隣にリンカの娘のステラとアトカを侍らせ、鼻の下を伸ばしてだらしない顔を晒してる海人を呼ぶ。
「おい、海人! 行くぞ!」
そう言うと凄く嫌そうな顔を振り向かせ、二人の美少女に「また後でね!」っと、明るく声を掛けて手を振ると側まで歩いて来た。
「随分元気になったな……」
ザケヘルは呆れながらそんな海人を見て言うと、海人は心外なのか「全然元気ねーよ!」と、不貞腐れて言う。
ーー元気じゃねーか。と、思ったが言わなかった。
宿の部屋で話したいと駄々を捏ねる海人に、「まぁ、ここじゃ何だから……」と外に連れ出して馬車に乗せる。
そのまま走り出した馬車は少しお高目のカフェへとやって来た。
2ヶ月ぶりに人間らしい生活空間へと帰ってきたのだから、多分甘味に飢えてるんじゃないかと思って配慮したのだ。
その予想は当たっていた様で、海人は甘いケーキや飲み物を頼むと、暫くガツガツと食べた。
その目に涙を浮かべて無心で食べる海人を黙って見届けるザケヘルは、漸く落ち着いてきた海人を見て、この二ヶ月間に何があったのか聞いた。
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