生まれ変わっても無能は無能 ~ハードモード~

大味貞世氏

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第2章 再会、集結

第16話 純白の翼

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今日で攻略3日目。行ける所まで行く。

そろそろ区切りを付けないと、6人が王都に到着してしまう。別に焦る必要はないけど、少ないチャンスを生かすにはそれなりの準備が必要。

「予定では明日までだったけど、今日の成果次第で早めに上がろうか考えてる。ヒオシはどうしたい?」

「うーん。悩むなぁ。遣り切りたい気持ちもあるし、早く兎捕まえたいしな。ラビちゃん気紛れだろ?」
確かに。あっちの都合次第なとこあるもんな。

「お二人は、どうしてそこまであの兎に拘るのですか?」
「兎?何か特別な思いでも?」

「え?何ってそりゃ、ねぇ」
「逃亡手段!」ヒオシが代わりに言い切った。

「逃亡?それはまた何から?」
「国、からか」

「正解。身元が上にバレたら、各国の勧誘が凄そうだし。現状でフェンリルの倒し方すら掴めてないのに、兎に角行けって五月蠅そう」
「運悪く遭遇戦なら腹括るしかない。でも狼の居場所は大体割れてる。だったら色々情報収集してから、部隊なり編成した上で挑まなきゃ。死ぬのは俺らも含め、その兵隊さんたちでしょ?犬に喰われて犬死にって、ジョークにもならねぇよ」
ならねぇよなぁ。

「2人に言っても関係ないけどさ。僕らは無理矢理召喚させられてここに来たんだよ?都合が良すぎない?フェンリル倒せば帰れますってならまだ解る。でもそれすら未確定で誰も信用出来ない状態」
「世界は広く、まだ見てない場所や各地の強者たち。山も在れば海だって在る。世界中が手を取り合えば、必ず倒せるはずなのにそうしない。そのクセ俺らに全部擦り付ける。面白いよねぇ。そう思わない?」

「なんとも」
「耳の痛い話ね」

「リンジー。そもそもの話さ。どうしてフェンリルに拘るのさ。何か期間でもあるの?妙に焦って見えるんだけど?」

「もう直ぐ。後半年から1年程で、手の付けられない繁殖期に入ると噂されている。ただでさえ強い魔獣が更に凶暴化する。記録上繁殖期が5年。生んだ子を育てる育成期が10年。その10年間は多少大人しくなるのだが、調子に乗って子を害そうものなら…」
お母さんだったら発狂するよなぁ。

「うん。何となく事情は察するよ。今を逃すと倒せる確度が減少するって」
「のんびりと15年待ってると、強敵の数が増えてる。か」


「身近な所で、丁度育成期に在るのがトーラス山脈の何処かに巣を持つとされる赤竜。何かの拍子に怒りを買い、その怒りの矛先が北に向かえば。ツーザサは疎か、この国自体も危うくなる」
おー怖。ザイリスさんたちはそんな危険地域を防衛してるんだ。そりゃ熊如きで慌てちゃ居られんワケだねぇ。

「その万一に備え、ツーザサが在り、ゴルザ様を置いているのがこの国の建前」

「建前?」

「最近は王都もフェンリルに傾倒気味で、現状でもツーザサに配される予算自体がかなり削られていると聞いた。報酬が少なければ、そこに集まる有力な冒険者も少なくなっているのも現実。どちらも2人には酷な話に聞こえるだろうが。すまないな、こんな国で」

「色々事情もあるだろうから、何とも言えない」
「リンジーは関係ないだろ。国営から降りてまで責任を感じる必要ないさ」

「…ありがとう。2人とも」
リンジーさんが頭を下げる。元騎士が下げる意味。それは決して軽くない。


「そうと解れば。さっさと予定を熟して、皆さんでツーザサに向いましょう。お化けが怖いとか言っている場合ではありません!」
遂に怖いって言っちゃった。ジェシカさんだけじゃない。僕もだよ!

昨日斬って捨ててきたヒオシが頼もしい。
「見えないから怖いと思うだけであって。見えてれば空飛ぶスライムだと思えば何も怖くない」

「もの凄い極論」リンジーさんに同意します。



そんな世間話をしていたら。やって来ました第4層へと続く開口部。

丸腰でウロウロしてた残念なあいつは、4人で仲良く袋叩きにして粉砕。彼が大事にしてた想い出の刀で砕かれる悲運。僕なら泣くね。

スケルトンタイプにしては珍しく石を出してくれた。暴行して恐喝したようで、少し後味が悪かった。貴重な魔石はしっかり回収。


第4層。序盤。初っ端から、異形なる景色に後退り。

床、天井、壁。全面に連なる半透明の顔、顔、顔!
女、男、老人、子供、ヘンテコな動物たちの阿鼻叫喚。

断言します。今夜僕は眠れない。
ヒオシと抱き合って寝るのは絶対嫌です。

土下座してでもジェシカさんと一緒に寝て貰おう。そうしよう。浮気じゃないよ。添い寝だけだから!

世の中の大半の男は皆そう言い訳する?知るか!

我らがタフガイ、ヒオシ殿まで。
「あれはみんな馬鈴薯、みんな馬鈴薯!」
言ってる事違うし。


パニック寸前に陥りながらも、同士討ちだけは絶対回避で4人が四方に散って距離を取る。

-スキル【狂戦士】
 並列スキル【斬波】発動が確認されました。-

「全員フライドポテトにしたらぁぁぁ」
聞いた事もない雄叫びと、見た事もなかった衝撃波を放ち捲っていた。ポテトたちの悲鳴が木霊する。

聞き入ってる場合じゃない。

地面からどんどんじゃんじゃん生えてくる芋を刻む。刻み付ける作業。作業にしてなんかゴメン。

振れば当たる。掠っただけで昇天してくれる。

-スキル【無知無能・大関心】
 並列スキル【救済】発動が確認されました。-

「成仏してぇぇぇ」

-並列スキル【救済】【決心】の発動に依り必要条件が
 満たされました。
 最上位スキル【無知無能・大関心】は
 【無知無能・激情】へと進化しました。-

やった…。やってやった…。

静けさを取り戻した4層。
床一面に広がる魔石が輝き、暗いダンジョンに浮かぶ運河のよう。天空の天の川を上から見たらこんな感じ。

違う?解ってるよそんなの。

疲労困憊。4層でこれなら、もう帰ろうかなぁ。

「ホントに、ここって初し…」
「知りません!」そんな怒らなくても。


魔石の運河を回収し終え、早くも休憩。今日のお茶は苦く感じた。
大きさのバラツキから察するに。
Cの上位、レイスRとかBの下位、リッチモンドとかが何体か混じっていた模様。判別している余裕が無くて。


「か…」えろうかと提案し掛けたその時。闇夜の景色が一変した。

辺り一面が淡白い光に包まれた。明るい。眩しくはない優しい明るさ。その僕らの前方中央部に現われたのは。


エンジェル。ある神の御使い。ランク圏外。
出逢う事すら難しく、その存在自体が危うい。不確かな幻とされる。この世に残る多くの逸話は、その殆どが創作である事が多い。誰にも証明出来ない不可思議の一つ。

「「「「……」」」」

純白の両翼。絹色のワンピース。何処か幼げであり、成熟した女性のようにも見える。

「救済を為した者たちよ。細やかながら贈り物を一つだけ」
澄み渡った声。神聖なエコーが頭の奥に響いた。

「貴方たちなら、必ず乗り越えられると信じます。声無き声を心に抱いて、前へと進みなさい」

そう言い残し、景色と共に彼女は消え去った。

現実へと引き戻される4人。

「なんだったんだろ…」
「天使、で間違いないだろうな」
「あれが、天使」
「まるで、全てが幻だったかのよう」

ふと、登録証を取り出して確認し合う。

-譲渡スキル【白倖】発動が確認されました。-

「白倖って何?」
「白い、幸せ?とか」
「意味は解りません。ですが」
「私たちのスキルまで。複数化してしまった…」

さっきの天使が僕らにくれた贈り物。
そこは疑いようも無い。でもこれが示す意味が不明。
今後、この先で必要になる物。なのかな。

全員無言で帰り支度を済ませ、帰路に着く。
このダンジョンで遣るべき事は、全て終わった気がして。



外へ出る。太陽は真上。正午前後。
お昼を食べるには丁度いい。
見晴しの良い場所まで移動した。

厚手の麻布のシートを敷き、4人で向い合う。

晴れ渡る蒼天の空。肌を触り抜ける微風が気持ちいい。
日本の四季とは全然違い、夏が過ぎても秋がとても長い。本格的な冬の到来は、かなり先だと聞いた。

時間経過も年周期もほぼ同一なのに。季節変動、気候変動だけは違うらしい。

ひょっとしたら、この世界は球体ではない?でもそれだとこの体感重力は、いったい何処から生まれてるの?
何時もの堂々巡り。止めよう。


何時も通りにジェシカさんのサンドイッチは美味しかった。なのに口の中に広がるのは味気なさ。
意識が先程の4層での出来事に捕われていた。

触れようにも誰にも解らないんじゃさ。無言にもなるよ。

「ウサちゃんは予定通りに明日から。換金は女性陣に任せて僕らはちょっとやりたい事があるんだ。ヒオシ、久し振りにアレやってみない?」
右拳を握り上下に振って見せる。

「お、いいねぇ。おれも最近すっかりご無沙汰だから、無性にやりたいと思ってたんだ」


「男性だけで…、エッチなお店ですか?」
ジェシカさんが真顔で盛大な勘違いを。

「ち、違うよ。鍛冶工房の炉を借りるって話だよ…」


リンジーさんの胸にジェシカさんが飛び込んで顔を隠してしまった。
「は、恥ずかしい…」

ヨシヨシと頭を撫でながら。
「誰にも間違いはある。気にしない、気にしない」

「だ、大丈夫だよ。ほら、僕らも若いし。我慢出来なくなったら、そういうお店にも行くかもだからさ」
我ながら変な言い訳。


撫で撫でしてた手が止まった。
「ほう。こんな近くに私たちが居ると言うのに。他へ行くと。私たちでは役不足と、そう言いたいのだな…。不要な物なら、去勢してやろう」
ジェシカさんの身体を離し、剣の柄に手を掛ける。

僕とヒオシは、2つの意味で生唾を飲み込む。

「お、お許しを!どうか」
「そっちは我慢するから!お願いします」

「冗談ですよ。ちょっと言ってみたくなっただけです」
ジェシカさんが姿勢を正して、リンジーさんの肩をそっと叩いた。面白くなさげに矛を収めてくれた。

色々な意味で胸を撫で下ろす。良かった…のか?


「新たな武器でも造るの?」

「うん。銀鉄鋼の剣と、この魔導剣を参考に。基本はサイカルでお師匠さんたちから教わってるから」
「上手く出来るかは、やってみないと。精算終わったら、城下街の「トートランド」に来てよ」
オモチャ屋にも聞こえるかも知れないお店。鞘や武器はそこで購入した。
おふざけ感は一切無い、ちゃんとした店だよ。ウィード兄弟師匠と比べたら、質が数段落ちるのは確かだけど。

「それは楽しみですが、鍛冶場内は女人禁制の所も多いと聞きます。入れなかったら宿へと戻っていますので」
「そちらは心配ない。この私が視察に来たと言ってやる。それでも文句を言う様なら、足の一本位は貰ってやろう」
リンジーさん男前やな。元騎士隊長の名は伊達じゃない。


温存しておく分と売る分に魔石を仕分け。
広々サイズのシートの上に小山が出来た。

「稀少と言われる魔石が、モラシュでこれ程取れるとはな」
「価値観がズレそうで怖いです」

市場を荒らしてしまう懸念もあるのかぁ。
なら今日は。小振りと中粒を少々で行きましょう。

売る方の魔石を袋詰めにしてリンジーさんに渡す。代わりに没収されてた銀鉄鋼を受け取る。


「こんな事を言うのも心苦しいが。出会って数日の人間にこの様な物を渡していいの?警戒心と言うか…」
「清算金を誤魔化したり、ネコババも有り得ますよ」
この2人程、信用出来る人も居ないけど。

「ハッキリ言って、全部持ってかれても問題なし!」
「金ならまた仕事して稼げばいい。魔石も定量的に出る類いも倒し方も解ったし。持ち逃げするなら、責任持って幸せになって欲しいと思う。何も返せない、俺らからのほんの僅かな誠意だと思ってくれたら嬉しいかな」
ヒオシ君、キザにも程がありますぜ。

「せ、誠意か…。その様に言われてしまうと」
「ちゃんと!しっかりきっちり等配分しますので!」
2人の顔が赤い。嬉しく思ってくれたならそれでいいや。


その後、王都の東門の入口を潜った所で2人と別れた。


-----

「どうしましょう」
「すまない。全くの逆効果だった…」

誠意だと返されるとは。

「今度、ちゃんとお話すべきでは?」
「既に一部を受け取ってしまっている。知った上でお願いでもされたら…。断り切れる自信が」

「ありませんねぇ…」

心底嫌なら断れば良い話。その反面で、嫌ではないと思ってしまっている自分も居る。

「ここまで来たら、いっそ既成事実を作ってしまうか」

「それは問題を先延ばし処か、増長させるだけな気がしてなりませんが」


「挿し入れに持って行く水に、高価な精力剤でも…」

「リンジー!早まってはなりません。物事には順序と言う物があります。こうしましょう。私も半分お出しします」
在らぬ方向に爆進してしまう。

暴走した馬車は、そうそう簡単には止められない。

キルギス。この様な形で、貴方との別れをする事になって申し訳ない。責めて後悔だけはしまい。実に淫らな私を、どうか許して。


ダンジョンで、天使様の贈り物を頂いてから。あの光を受けてから、気持ちがフワフワして仕方が無いのです。
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