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第2章 再会、集結
第16話 純白の翼
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今日で攻略3日目。行ける所まで行く。
そろそろ区切りを付けないと、6人が王都に到着してしまう。別に焦る必要はないけど、少ないチャンスを生かすにはそれなりの準備が必要。
「予定では明日までだったけど、今日の成果次第で早めに上がろうか考えてる。ヒオシはどうしたい?」
「うーん。悩むなぁ。遣り切りたい気持ちもあるし、早く兎捕まえたいしな。ラビちゃん気紛れだろ?」
確かに。あっちの都合次第なとこあるもんな。
「お二人は、どうしてそこまであの兎に拘るのですか?」
「兎?何か特別な思いでも?」
「え?何ってそりゃ、ねぇ」
「逃亡手段!」ヒオシが代わりに言い切った。
「逃亡?それはまた何から?」
「国、からか」
「正解。身元が上にバレたら、各国の勧誘が凄そうだし。現状でフェンリルの倒し方すら掴めてないのに、兎に角行けって五月蠅そう」
「運悪く遭遇戦なら腹括るしかない。でも狼の居場所は大体割れてる。だったら色々情報収集してから、部隊なり編成した上で挑まなきゃ。死ぬのは俺らも含め、その兵隊さんたちでしょ?犬に喰われて犬死にって、ジョークにもならねぇよ」
ならねぇよなぁ。
「2人に言っても関係ないけどさ。僕らは無理矢理召喚させられてここに来たんだよ?都合が良すぎない?フェンリル倒せば帰れますってならまだ解る。でもそれすら未確定で誰も信用出来ない状態」
「世界は広く、まだ見てない場所や各地の強者たち。山も在れば海だって在る。世界中が手を取り合えば、必ず倒せるはずなのにそうしない。そのクセ俺らに全部擦り付ける。面白いよねぇ。そう思わない?」
「なんとも」
「耳の痛い話ね」
「リンジー。そもそもの話さ。どうしてフェンリルに拘るのさ。何か期間でもあるの?妙に焦って見えるんだけど?」
「もう直ぐ。後半年から1年程で、手の付けられない繁殖期に入ると噂されている。ただでさえ強い魔獣が更に凶暴化する。記録上繁殖期が5年。生んだ子を育てる育成期が10年。その10年間は多少大人しくなるのだが、調子に乗って子を害そうものなら…」
お母さんだったら発狂するよなぁ。
「うん。何となく事情は察するよ。今を逃すと倒せる確度が減少するって」
「のんびりと15年待ってると、強敵の数が増えてる。か」
「身近な所で、丁度育成期に在るのがトーラス山脈の何処かに巣を持つとされる赤竜。何かの拍子に怒りを買い、その怒りの矛先が北に向かえば。ツーザサは疎か、この国自体も危うくなる」
おー怖。ザイリスさんたちはそんな危険地域を防衛してるんだ。そりゃ熊如きで慌てちゃ居られんワケだねぇ。
「その万一に備え、ツーザサが在り、ゴルザ様を置いているのがこの国の建前」
「建前?」
「最近は王都もフェンリルに傾倒気味で、現状でもツーザサに配される予算自体がかなり削られていると聞いた。報酬が少なければ、そこに集まる有力な冒険者も少なくなっているのも現実。どちらも2人には酷な話に聞こえるだろうが。すまないな、こんな国で」
「色々事情もあるだろうから、何とも言えない」
「リンジーは関係ないだろ。国営から降りてまで責任を感じる必要ないさ」
「…ありがとう。2人とも」
リンジーさんが頭を下げる。元騎士が下げる意味。それは決して軽くない。
「そうと解れば。さっさと予定を熟して、皆さんでツーザサに向いましょう。お化けが怖いとか言っている場合ではありません!」
遂に怖いって言っちゃった。ジェシカさんだけじゃない。僕もだよ!
昨日斬って捨ててきたヒオシが頼もしい。
「見えないから怖いと思うだけであって。見えてれば空飛ぶスライムだと思えば何も怖くない」
「もの凄い極論」リンジーさんに同意します。
そんな世間話をしていたら。やって来ました第4層へと続く開口部。
丸腰でウロウロしてた残念なあいつは、4人で仲良く袋叩きにして粉砕。彼が大事にしてた想い出の刀で砕かれる悲運。僕なら泣くね。
スケルトンタイプにしては珍しく石を出してくれた。暴行して恐喝したようで、少し後味が悪かった。貴重な魔石はしっかり回収。
第4層。序盤。初っ端から、異形なる景色に後退り。
床、天井、壁。全面に連なる半透明の顔、顔、顔!
女、男、老人、子供、ヘンテコな動物たちの阿鼻叫喚。
断言します。今夜僕は眠れない。
ヒオシと抱き合って寝るのは絶対嫌です。
土下座してでもジェシカさんと一緒に寝て貰おう。そうしよう。浮気じゃないよ。添い寝だけだから!
世の中の大半の男は皆そう言い訳する?知るか!
我らがタフガイ、ヒオシ殿まで。
「あれはみんな馬鈴薯、みんな馬鈴薯!」
言ってる事違うし。
パニック寸前に陥りながらも、同士討ちだけは絶対回避で4人が四方に散って距離を取る。
-スキル【狂戦士】
並列スキル【斬波】発動が確認されました。-
「全員フライドポテトにしたらぁぁぁ」
聞いた事もない雄叫びと、見た事もなかった衝撃波を放ち捲っていた。ポテトたちの悲鳴が木霊する。
聞き入ってる場合じゃない。
地面からどんどんじゃんじゃん生えてくる芋を刻む。刻み付ける作業。作業にしてなんかゴメン。
振れば当たる。掠っただけで昇天してくれる。
-スキル【無知無能・大関心】
並列スキル【救済】発動が確認されました。-
「成仏してぇぇぇ」
-並列スキル【救済】【決心】の発動に依り必要条件が
満たされました。
最上位スキル【無知無能・大関心】は
【無知無能・激情】へと進化しました。-
やった…。やってやった…。
静けさを取り戻した4層。
床一面に広がる魔石が輝き、暗いダンジョンに浮かぶ運河のよう。天空の天の川を上から見たらこんな感じ。
違う?解ってるよそんなの。
疲労困憊。4層でこれなら、もう帰ろうかなぁ。
「ホントに、ここって初し…」
「知りません!」そんな怒らなくても。
魔石の運河を回収し終え、早くも休憩。今日のお茶は苦く感じた。
大きさのバラツキから察するに。
Cの上位、レイスRとかBの下位、リッチモンドとかが何体か混じっていた模様。判別している余裕が無くて。
「か…」えろうかと提案し掛けたその時。闇夜の景色が一変した。
辺り一面が淡白い光に包まれた。明るい。眩しくはない優しい明るさ。その僕らの前方中央部に現われたのは。
エンジェル。ある神の御使い。ランク圏外。
出逢う事すら難しく、その存在自体が危うい。不確かな幻とされる。この世に残る多くの逸話は、その殆どが創作である事が多い。誰にも証明出来ない不可思議の一つ。
「「「「……」」」」
純白の両翼。絹色のワンピース。何処か幼げであり、成熟した女性のようにも見える。
「救済を為した者たちよ。細やかながら贈り物を一つだけ」
澄み渡った声。神聖なエコーが頭の奥に響いた。
「貴方たちなら、必ず乗り越えられると信じます。声無き声を心に抱いて、前へと進みなさい」
そう言い残し、景色と共に彼女は消え去った。
現実へと引き戻される4人。
「なんだったんだろ…」
「天使、で間違いないだろうな」
「あれが、天使」
「まるで、全てが幻だったかのよう」
ふと、登録証を取り出して確認し合う。
-譲渡スキル【白倖】発動が確認されました。-
「白倖って何?」
「白い、幸せ?とか」
「意味は解りません。ですが」
「私たちのスキルまで。複数化してしまった…」
さっきの天使が僕らにくれた贈り物。
そこは疑いようも無い。でもこれが示す意味が不明。
今後、この先で必要になる物。なのかな。
全員無言で帰り支度を済ませ、帰路に着く。
このダンジョンで遣るべき事は、全て終わった気がして。
外へ出る。太陽は真上。正午前後。
お昼を食べるには丁度いい。
見晴しの良い場所まで移動した。
厚手の麻布のシートを敷き、4人で向い合う。
晴れ渡る蒼天の空。肌を触り抜ける微風が気持ちいい。
日本の四季とは全然違い、夏が過ぎても秋がとても長い。本格的な冬の到来は、かなり先だと聞いた。
時間経過も年周期もほぼ同一なのに。季節変動、気候変動だけは違うらしい。
ひょっとしたら、この世界は球体ではない?でもそれだとこの体感重力は、いったい何処から生まれてるの?
何時もの堂々巡り。止めよう。
何時も通りにジェシカさんのサンドイッチは美味しかった。なのに口の中に広がるのは味気なさ。
意識が先程の4層での出来事に捕われていた。
触れようにも誰にも解らないんじゃさ。無言にもなるよ。
「ウサちゃんは予定通りに明日から。換金は女性陣に任せて僕らはちょっとやりたい事があるんだ。ヒオシ、久し振りにアレやってみない?」
右拳を握り上下に振って見せる。
「お、いいねぇ。おれも最近すっかりご無沙汰だから、無性にやりたいと思ってたんだ」
「男性だけで…、エッチなお店ですか?」
ジェシカさんが真顔で盛大な勘違いを。
「ち、違うよ。鍛冶工房の炉を借りるって話だよ…」
リンジーさんの胸にジェシカさんが飛び込んで顔を隠してしまった。
「は、恥ずかしい…」
ヨシヨシと頭を撫でながら。
「誰にも間違いはある。気にしない、気にしない」
「だ、大丈夫だよ。ほら、僕らも若いし。我慢出来なくなったら、そういうお店にも行くかもだからさ」
我ながら変な言い訳。
撫で撫でしてた手が止まった。
「ほう。こんな近くに私たちが居ると言うのに。他へ行くと。私たちでは役不足と、そう言いたいのだな…。不要な物なら、去勢してやろう」
ジェシカさんの身体を離し、剣の柄に手を掛ける。
僕とヒオシは、2つの意味で生唾を飲み込む。
「お、お許しを!どうか」
「そっちは我慢するから!お願いします」
「冗談ですよ。ちょっと言ってみたくなっただけです」
ジェシカさんが姿勢を正して、リンジーさんの肩をそっと叩いた。面白くなさげに矛を収めてくれた。
色々な意味で胸を撫で下ろす。良かった…のか?
「新たな武器でも造るの?」
「うん。銀鉄鋼の剣と、この魔導剣を参考に。基本はサイカルでお師匠さんたちから教わってるから」
「上手く出来るかは、やってみないと。精算終わったら、城下街の「トートランド」に来てよ」
オモチャ屋にも聞こえるかも知れないお店。鞘や武器はそこで購入した。
おふざけ感は一切無い、ちゃんとした店だよ。ウィード兄弟師匠と比べたら、質が数段落ちるのは確かだけど。
「それは楽しみですが、鍛冶場内は女人禁制の所も多いと聞きます。入れなかったら宿へと戻っていますので」
「そちらは心配ない。この私が視察に来たと言ってやる。それでも文句を言う様なら、足の一本位は貰ってやろう」
リンジーさん男前やな。元騎士隊長の名は伊達じゃない。
温存しておく分と売る分に魔石を仕分け。
広々サイズのシートの上に小山が出来た。
「稀少と言われる魔石が、モラシュでこれ程取れるとはな」
「価値観がズレそうで怖いです」
市場を荒らしてしまう懸念もあるのかぁ。
なら今日は。小振りと中粒を少々で行きましょう。
売る方の魔石を袋詰めにしてリンジーさんに渡す。代わりに没収されてた銀鉄鋼を受け取る。
「こんな事を言うのも心苦しいが。出会って数日の人間にこの様な物を渡していいの?警戒心と言うか…」
「清算金を誤魔化したり、ネコババも有り得ますよ」
この2人程、信用出来る人も居ないけど。
「ハッキリ言って、全部持ってかれても問題なし!」
「金ならまた仕事して稼げばいい。魔石も定量的に出る類いも倒し方も解ったし。持ち逃げするなら、責任持って幸せになって欲しいと思う。何も返せない、俺らからのほんの僅かな誠意だと思ってくれたら嬉しいかな」
ヒオシ君、キザにも程がありますぜ。
「せ、誠意か…。その様に言われてしまうと」
「ちゃんと!しっかりきっちり等配分しますので!」
2人の顔が赤い。嬉しく思ってくれたならそれでいいや。
その後、王都の東門の入口を潜った所で2人と別れた。
-----
「どうしましょう」
「すまない。全くの逆効果だった…」
誠意だと返されるとは。
「今度、ちゃんとお話すべきでは?」
「既に一部を受け取ってしまっている。知った上でお願いでもされたら…。断り切れる自信が」
「ありませんねぇ…」
心底嫌なら断れば良い話。その反面で、嫌ではないと思ってしまっている自分も居る。
「ここまで来たら、いっそ既成事実を作ってしまうか」
「それは問題を先延ばし処か、増長させるだけな気がしてなりませんが」
「挿し入れに持って行く水に、高価な精力剤でも…」
「リンジー!早まってはなりません。物事には順序と言う物があります。こうしましょう。私も半分お出しします」
在らぬ方向に爆進してしまう。
暴走した馬車は、そうそう簡単には止められない。
キルギス。この様な形で、貴方との別れをする事になって申し訳ない。責めて後悔だけはしまい。実に淫らな私を、どうか許して。
ダンジョンで、天使様の贈り物を頂いてから。あの光を受けてから、気持ちがフワフワして仕方が無いのです。
そろそろ区切りを付けないと、6人が王都に到着してしまう。別に焦る必要はないけど、少ないチャンスを生かすにはそれなりの準備が必要。
「予定では明日までだったけど、今日の成果次第で早めに上がろうか考えてる。ヒオシはどうしたい?」
「うーん。悩むなぁ。遣り切りたい気持ちもあるし、早く兎捕まえたいしな。ラビちゃん気紛れだろ?」
確かに。あっちの都合次第なとこあるもんな。
「お二人は、どうしてそこまであの兎に拘るのですか?」
「兎?何か特別な思いでも?」
「え?何ってそりゃ、ねぇ」
「逃亡手段!」ヒオシが代わりに言い切った。
「逃亡?それはまた何から?」
「国、からか」
「正解。身元が上にバレたら、各国の勧誘が凄そうだし。現状でフェンリルの倒し方すら掴めてないのに、兎に角行けって五月蠅そう」
「運悪く遭遇戦なら腹括るしかない。でも狼の居場所は大体割れてる。だったら色々情報収集してから、部隊なり編成した上で挑まなきゃ。死ぬのは俺らも含め、その兵隊さんたちでしょ?犬に喰われて犬死にって、ジョークにもならねぇよ」
ならねぇよなぁ。
「2人に言っても関係ないけどさ。僕らは無理矢理召喚させられてここに来たんだよ?都合が良すぎない?フェンリル倒せば帰れますってならまだ解る。でもそれすら未確定で誰も信用出来ない状態」
「世界は広く、まだ見てない場所や各地の強者たち。山も在れば海だって在る。世界中が手を取り合えば、必ず倒せるはずなのにそうしない。そのクセ俺らに全部擦り付ける。面白いよねぇ。そう思わない?」
「なんとも」
「耳の痛い話ね」
「リンジー。そもそもの話さ。どうしてフェンリルに拘るのさ。何か期間でもあるの?妙に焦って見えるんだけど?」
「もう直ぐ。後半年から1年程で、手の付けられない繁殖期に入ると噂されている。ただでさえ強い魔獣が更に凶暴化する。記録上繁殖期が5年。生んだ子を育てる育成期が10年。その10年間は多少大人しくなるのだが、調子に乗って子を害そうものなら…」
お母さんだったら発狂するよなぁ。
「うん。何となく事情は察するよ。今を逃すと倒せる確度が減少するって」
「のんびりと15年待ってると、強敵の数が増えてる。か」
「身近な所で、丁度育成期に在るのがトーラス山脈の何処かに巣を持つとされる赤竜。何かの拍子に怒りを買い、その怒りの矛先が北に向かえば。ツーザサは疎か、この国自体も危うくなる」
おー怖。ザイリスさんたちはそんな危険地域を防衛してるんだ。そりゃ熊如きで慌てちゃ居られんワケだねぇ。
「その万一に備え、ツーザサが在り、ゴルザ様を置いているのがこの国の建前」
「建前?」
「最近は王都もフェンリルに傾倒気味で、現状でもツーザサに配される予算自体がかなり削られていると聞いた。報酬が少なければ、そこに集まる有力な冒険者も少なくなっているのも現実。どちらも2人には酷な話に聞こえるだろうが。すまないな、こんな国で」
「色々事情もあるだろうから、何とも言えない」
「リンジーは関係ないだろ。国営から降りてまで責任を感じる必要ないさ」
「…ありがとう。2人とも」
リンジーさんが頭を下げる。元騎士が下げる意味。それは決して軽くない。
「そうと解れば。さっさと予定を熟して、皆さんでツーザサに向いましょう。お化けが怖いとか言っている場合ではありません!」
遂に怖いって言っちゃった。ジェシカさんだけじゃない。僕もだよ!
昨日斬って捨ててきたヒオシが頼もしい。
「見えないから怖いと思うだけであって。見えてれば空飛ぶスライムだと思えば何も怖くない」
「もの凄い極論」リンジーさんに同意します。
そんな世間話をしていたら。やって来ました第4層へと続く開口部。
丸腰でウロウロしてた残念なあいつは、4人で仲良く袋叩きにして粉砕。彼が大事にしてた想い出の刀で砕かれる悲運。僕なら泣くね。
スケルトンタイプにしては珍しく石を出してくれた。暴行して恐喝したようで、少し後味が悪かった。貴重な魔石はしっかり回収。
第4層。序盤。初っ端から、異形なる景色に後退り。
床、天井、壁。全面に連なる半透明の顔、顔、顔!
女、男、老人、子供、ヘンテコな動物たちの阿鼻叫喚。
断言します。今夜僕は眠れない。
ヒオシと抱き合って寝るのは絶対嫌です。
土下座してでもジェシカさんと一緒に寝て貰おう。そうしよう。浮気じゃないよ。添い寝だけだから!
世の中の大半の男は皆そう言い訳する?知るか!
我らがタフガイ、ヒオシ殿まで。
「あれはみんな馬鈴薯、みんな馬鈴薯!」
言ってる事違うし。
パニック寸前に陥りながらも、同士討ちだけは絶対回避で4人が四方に散って距離を取る。
-スキル【狂戦士】
並列スキル【斬波】発動が確認されました。-
「全員フライドポテトにしたらぁぁぁ」
聞いた事もない雄叫びと、見た事もなかった衝撃波を放ち捲っていた。ポテトたちの悲鳴が木霊する。
聞き入ってる場合じゃない。
地面からどんどんじゃんじゃん生えてくる芋を刻む。刻み付ける作業。作業にしてなんかゴメン。
振れば当たる。掠っただけで昇天してくれる。
-スキル【無知無能・大関心】
並列スキル【救済】発動が確認されました。-
「成仏してぇぇぇ」
-並列スキル【救済】【決心】の発動に依り必要条件が
満たされました。
最上位スキル【無知無能・大関心】は
【無知無能・激情】へと進化しました。-
やった…。やってやった…。
静けさを取り戻した4層。
床一面に広がる魔石が輝き、暗いダンジョンに浮かぶ運河のよう。天空の天の川を上から見たらこんな感じ。
違う?解ってるよそんなの。
疲労困憊。4層でこれなら、もう帰ろうかなぁ。
「ホントに、ここって初し…」
「知りません!」そんな怒らなくても。
魔石の運河を回収し終え、早くも休憩。今日のお茶は苦く感じた。
大きさのバラツキから察するに。
Cの上位、レイスRとかBの下位、リッチモンドとかが何体か混じっていた模様。判別している余裕が無くて。
「か…」えろうかと提案し掛けたその時。闇夜の景色が一変した。
辺り一面が淡白い光に包まれた。明るい。眩しくはない優しい明るさ。その僕らの前方中央部に現われたのは。
エンジェル。ある神の御使い。ランク圏外。
出逢う事すら難しく、その存在自体が危うい。不確かな幻とされる。この世に残る多くの逸話は、その殆どが創作である事が多い。誰にも証明出来ない不可思議の一つ。
「「「「……」」」」
純白の両翼。絹色のワンピース。何処か幼げであり、成熟した女性のようにも見える。
「救済を為した者たちよ。細やかながら贈り物を一つだけ」
澄み渡った声。神聖なエコーが頭の奥に響いた。
「貴方たちなら、必ず乗り越えられると信じます。声無き声を心に抱いて、前へと進みなさい」
そう言い残し、景色と共に彼女は消え去った。
現実へと引き戻される4人。
「なんだったんだろ…」
「天使、で間違いないだろうな」
「あれが、天使」
「まるで、全てが幻だったかのよう」
ふと、登録証を取り出して確認し合う。
-譲渡スキル【白倖】発動が確認されました。-
「白倖って何?」
「白い、幸せ?とか」
「意味は解りません。ですが」
「私たちのスキルまで。複数化してしまった…」
さっきの天使が僕らにくれた贈り物。
そこは疑いようも無い。でもこれが示す意味が不明。
今後、この先で必要になる物。なのかな。
全員無言で帰り支度を済ませ、帰路に着く。
このダンジョンで遣るべき事は、全て終わった気がして。
外へ出る。太陽は真上。正午前後。
お昼を食べるには丁度いい。
見晴しの良い場所まで移動した。
厚手の麻布のシートを敷き、4人で向い合う。
晴れ渡る蒼天の空。肌を触り抜ける微風が気持ちいい。
日本の四季とは全然違い、夏が過ぎても秋がとても長い。本格的な冬の到来は、かなり先だと聞いた。
時間経過も年周期もほぼ同一なのに。季節変動、気候変動だけは違うらしい。
ひょっとしたら、この世界は球体ではない?でもそれだとこの体感重力は、いったい何処から生まれてるの?
何時もの堂々巡り。止めよう。
何時も通りにジェシカさんのサンドイッチは美味しかった。なのに口の中に広がるのは味気なさ。
意識が先程の4層での出来事に捕われていた。
触れようにも誰にも解らないんじゃさ。無言にもなるよ。
「ウサちゃんは予定通りに明日から。換金は女性陣に任せて僕らはちょっとやりたい事があるんだ。ヒオシ、久し振りにアレやってみない?」
右拳を握り上下に振って見せる。
「お、いいねぇ。おれも最近すっかりご無沙汰だから、無性にやりたいと思ってたんだ」
「男性だけで…、エッチなお店ですか?」
ジェシカさんが真顔で盛大な勘違いを。
「ち、違うよ。鍛冶工房の炉を借りるって話だよ…」
リンジーさんの胸にジェシカさんが飛び込んで顔を隠してしまった。
「は、恥ずかしい…」
ヨシヨシと頭を撫でながら。
「誰にも間違いはある。気にしない、気にしない」
「だ、大丈夫だよ。ほら、僕らも若いし。我慢出来なくなったら、そういうお店にも行くかもだからさ」
我ながら変な言い訳。
撫で撫でしてた手が止まった。
「ほう。こんな近くに私たちが居ると言うのに。他へ行くと。私たちでは役不足と、そう言いたいのだな…。不要な物なら、去勢してやろう」
ジェシカさんの身体を離し、剣の柄に手を掛ける。
僕とヒオシは、2つの意味で生唾を飲み込む。
「お、お許しを!どうか」
「そっちは我慢するから!お願いします」
「冗談ですよ。ちょっと言ってみたくなっただけです」
ジェシカさんが姿勢を正して、リンジーさんの肩をそっと叩いた。面白くなさげに矛を収めてくれた。
色々な意味で胸を撫で下ろす。良かった…のか?
「新たな武器でも造るの?」
「うん。銀鉄鋼の剣と、この魔導剣を参考に。基本はサイカルでお師匠さんたちから教わってるから」
「上手く出来るかは、やってみないと。精算終わったら、城下街の「トートランド」に来てよ」
オモチャ屋にも聞こえるかも知れないお店。鞘や武器はそこで購入した。
おふざけ感は一切無い、ちゃんとした店だよ。ウィード兄弟師匠と比べたら、質が数段落ちるのは確かだけど。
「それは楽しみですが、鍛冶場内は女人禁制の所も多いと聞きます。入れなかったら宿へと戻っていますので」
「そちらは心配ない。この私が視察に来たと言ってやる。それでも文句を言う様なら、足の一本位は貰ってやろう」
リンジーさん男前やな。元騎士隊長の名は伊達じゃない。
温存しておく分と売る分に魔石を仕分け。
広々サイズのシートの上に小山が出来た。
「稀少と言われる魔石が、モラシュでこれ程取れるとはな」
「価値観がズレそうで怖いです」
市場を荒らしてしまう懸念もあるのかぁ。
なら今日は。小振りと中粒を少々で行きましょう。
売る方の魔石を袋詰めにしてリンジーさんに渡す。代わりに没収されてた銀鉄鋼を受け取る。
「こんな事を言うのも心苦しいが。出会って数日の人間にこの様な物を渡していいの?警戒心と言うか…」
「清算金を誤魔化したり、ネコババも有り得ますよ」
この2人程、信用出来る人も居ないけど。
「ハッキリ言って、全部持ってかれても問題なし!」
「金ならまた仕事して稼げばいい。魔石も定量的に出る類いも倒し方も解ったし。持ち逃げするなら、責任持って幸せになって欲しいと思う。何も返せない、俺らからのほんの僅かな誠意だと思ってくれたら嬉しいかな」
ヒオシ君、キザにも程がありますぜ。
「せ、誠意か…。その様に言われてしまうと」
「ちゃんと!しっかりきっちり等配分しますので!」
2人の顔が赤い。嬉しく思ってくれたならそれでいいや。
その後、王都の東門の入口を潜った所で2人と別れた。
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「どうしましょう」
「すまない。全くの逆効果だった…」
誠意だと返されるとは。
「今度、ちゃんとお話すべきでは?」
「既に一部を受け取ってしまっている。知った上でお願いでもされたら…。断り切れる自信が」
「ありませんねぇ…」
心底嫌なら断れば良い話。その反面で、嫌ではないと思ってしまっている自分も居る。
「ここまで来たら、いっそ既成事実を作ってしまうか」
「それは問題を先延ばし処か、増長させるだけな気がしてなりませんが」
「挿し入れに持って行く水に、高価な精力剤でも…」
「リンジー!早まってはなりません。物事には順序と言う物があります。こうしましょう。私も半分お出しします」
在らぬ方向に爆進してしまう。
暴走した馬車は、そうそう簡単には止められない。
キルギス。この様な形で、貴方との別れをする事になって申し訳ない。責めて後悔だけはしまい。実に淫らな私を、どうか許して。
ダンジョンで、天使様の贈り物を頂いてから。あの光を受けてから、気持ちがフワフワして仕方が無いのです。
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秋山透はソロキャンプに向かう途中で突然目の前に現れた次元の裂け目に呑まれ、歪んでゆく視界、そして自分の体までもが波打つように歪み、彼は自然と目を閉じた。目蓋に明るさを感じ、ゆっくりと目を開けると大樹の横で車はエンジンを止めて停まっていた。
ゆっくりと彼は車から降りて側にある大樹に触れた。そのまま上着のポケット中からスマホ取り出し確認すると圏外表示。縋るようにマップアプリで場所を確認するも……位置情報取得出来ずに不明と。
彼は大きく落胆し、大樹にもたれ掛かるように背を預け、そのまま力なく崩れ落ちた。
「あははは、まいったな。どこなんだ、ここは」
そう力なく呟き苦笑いしながら、不安から両手で顔を覆った。
楽しみにしていたキャンプから一転し、ほぼ絶望に近い状況に見舞われた。
目にしたことも聞いたこともない。空間の裂け目に呑まれ、知らない場所へ。
そんな突然の不幸に見舞われた秋山透の物語。
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(1話2500字程度、1章まで完結保証です)
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