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第3章 大狼討伐戦
第9話 そいつは夜にやって来る
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黒竜の森。サイカル村より更に西。
その場所に取りに行くと約束した果物が実っている。
不確かな情報だけでは踏み込む気には成らない。
「でも約束しちゃったしなぁ」
「次に会う時までにって言ったしねぇ」
「黒竜の森なら」
カルバンが地図の魔道具を取り出して見せた。
「私たちは西の森に入っちゃったの」
「知らぬは何とやら。怖い怖い」
「私はゴーウィンから逃げるのに森を抜けました。その途上で2人と合流。その時に作成した地図です。これを持って行って下さい」
「私たちが居た時は森の魔物も大人しかった。黒竜とも出会わなかったし」
「それで大丈夫とは言い切れないけど。保険にはなるでしょ」
山査子さんが強く豪語する。鷲尾さんも頷いてる。
騙そうとしてる雰囲気じゃないし、メリットも無い訳で。
「貰っておくよ。2人は黒竜を見たの?」
「遠目にね…」
「うちらが学校を出た後。森に入るのと入れ違いで。黒竜が通り過ぎた後に、学校の方角で大きな爆発が」
「ふーん。他に注意事項は?」
「森の付近や内部では、火の魔術は厳禁です。黒竜は大小問わず、火に反応を示すと言われてますので」
他にも、黒竜が居るとされる場所と、青い林檎が群生した場所などを示してくれた。
目的の林檎の木は、森のほぼ中央部。
簡単に取って逃げると言うには、簡単ではない距離。
「次は人選だね」
「本音で言えば、俺らだけで行きたい所だけど」
「却下ね」
「当然。却下します」
リンジーさんとメイリダさんの息がピッタリ。
まだ何も言ってないんですけど?
「置いて行くなら浮気します」
「どうしても置いてくなら。新しい殿方探そうかなぁ」
なんて宣言するもんだから。僕のほう…酷くない?
「解った。みんなで行きますか、先生」
「しゃーねぇな。腹括りますか、教授」
「2人とも…モテモテ」
「私も、本気で彼氏探そうかなぁ」
「…」カルバンだけは笑っていない。
メイリダがカルバンの前に歩み寄る。
「私は代表者ではありません。抱える思いも人それぞれ。この顛末の引き金を引いたのはあなたかも知れない。恨みもすれば憎みもします。けれど、ある意味でこれはツーザサの宿命。氾濫を防止する役目を負ってしまったが故の。そして、私たちは敗れた。残った結果はそれのみ」
「…」
「この結果を本心から嘆き、後悔するなら。あなたはその命を賭して役目を果たしなさい。異世界への扉をもう一度開くのなら、責めてその目標からは逃げないで。私たちの犠牲を、無駄にしないで。ね」
周囲に人は居ない。それでも尚、低く抑えた声で諭す。
「この町を冒険者に押し付け、国の兵や防衛費を削減したのは明らかな中央の失態。英雄ゴルザ様も王都へ説明に向かわれた。押さえ込まれていたフレーゼ様も出張る。中央はかなり荒れるだろうな。しかしそれは政。お前には関係ない話。町の崩壊を半壊で留め、オーガイヤと赤竜を退けた英雄殿が断罪される可能性は至極低い。ラムール様の殺害を差し引いても」
リンジーは呟き。国政の展開を予想していた。
「…はい」
「ただ…、フレーゼ様の出方次第。戦時とは言え、子供を害された母としては。何処まで冷徹になれるか。あの人だけは、読めない。カルバンへの沙汰は後日明らかにされるだろう」
こちらとしては何も手出し出来ない。ゴルザさんに任せるしかない。
「逃亡を図っても、国からの放置はない。僕らも無視はしない」
「手助けもしない。鷲尾さんたちが敵に回るなら…」
「私は逃げも隠れもしません。クイーズブラン政権の判断に委ねます」
カルバンはそう言い切った。極刑でも受け入れると。
「私は逃げない。カルちゃんだけが罪に問われるなら。私も受刑を申し出る積もり」
「私は…。解らない。敵対はしないけど。本音では逃げたい気持ちが強い。未練があるから。元の世界に」
山査子さんのだけは迷いがあると。正直に答えた。
3人を責めるのは止めよう。時間の無駄。
ゴルザさんに任せると誓った。本人も任せろと言ってくれた。
急造で6人用の馬車(自動運転)を製造。
性能はもの凄い。山査子さんのクリエイトスキルは万能で粗が見当たらない。人を殺める武器の製造だけは不得意だと彼女は言った。防具は兎も角、僕らの鍛冶の鍛錬は無駄じゃなかった。彼女たちが、得意な魔術に傾倒してしまった最大の要因。山査子さんが悪い訳じゃない。そう自分に言い聞かせた。
自動馬車の速度はイオラたちに比べれば数段落ちる。
彼らに頼れない、今みたいな状況の大切な移動手段が手に入った。
イオラたちは友達であって移動の足じゃない。キュリオとメイリダさんにも会って貰いたいけど、それは乗せる為じゃない。勘違いしてちゃ縁は切れる。
サイカル村に立ち寄り、状況確認と報告。
「父様が…。任せろと言ったのなら。信じます。父様が帰って来るまで。私が村を守る」
戦闘服に身を包んだターニャ。
村に居た時は解らなかった。彼女が僕らよりも遙かに強かったって事。今更だけど、ヒオシの玉砕は当然の結果。
ヒオシは平静を装ってた。内心冷や汗タラタラだったと思う。過去をズルズル引き摺るのは、男の性。あっちは多分気にも留めてない。大丈夫!
村長とフィーネさんにも挨拶。ウィード兄弟や村人たちと軽く談笑後、村の被害は農作物程度だというのを確認し、安心して村を後にした。
泊まって行けばとの言葉には甘えなかった。
長時間ターニャとカルバンを会わせたくなかった。カルバンが余計な話をする前の予防線。
村を出た後に、学校の在った場所に向かう。
やっと戻れた、スタート地点。異世界の始まりの地。
「私たちの教室。やっぱり…」鷲尾さんが小さく呟いた。
教室の在った校舎側が、黒ずんだ更地と化していた。
黒竜の爆撃の脅威が窺い知れる。本気でぶつかったら、この戦力だと全滅すると思う。
峰岸君たちとも共闘しないと、討伐は難しいと感じた。
目標のフェンリルよりも格上。その評価は恐らく正しい。
森に入り、林檎を奪取したら即座に撤収。黒竜本体を拝見してみようとか。有り得ないっしょ。自殺もいいとこ。
残りの建物は、職員室や保健室が並んでた建屋と体育館だけ。建屋が半壊で留まってる…。
黒竜と、誰かが戦ったような痕跡が見つかった。
凄い。誰だろう。窮鼠猫を何某的な、勇気ある誰か。
合流出来た10名以外に、誰かが生きている可能性。
淡い期待だけど、良い奴だったらいいな。梶田君みたいな半ヤンキーならマジ勘弁。
敵に回すと一番厄介な奴。仲間に成れる気がさっぱりしないもん。彼とだけは。
夜も近くなった頃合い。
「今日は、ここで一泊しよう」
「火気厳禁で」
僕のサーチエンジンを全開。カルバンに防敵用の結界を多重に張って貰った。
購買の焼け残りから、運良くボディーソープやシャンプーの類いが見つかり、急遽体育館脇のシャワールームを改造。電気式の湯沸かし器を設置。給水タンクを上階に配置した上で水路の配管を整えた。
男子の僕らは最後っす。ジェシカとキュリオは一緒がいいと言ってくれたけど…。他の子が居る手前、無念のお断りをした。異世界の機器は、鷲尾さんや山査子さんじゃないと色々説明出来ないしさ。
順番が来るまで暇だったので、保健室周辺の掃除をした。
丁寧にガラス片をホウキで片付ける。
ベッドはシングルサイズが2つしかない。山査子さんに何とかして貰おう。
遅めの夕食の後、僕らは体育館の休憩室に向かった。
正直僕らは、カルバンと一緒に寝るのが嫌だった。
そんな簡単に割り切れない想いが在る。気持ちの蟠り。
仮眠用の簡易ベッドが2基。普通のベッドよりはマットレスが硬め。でも充分に寝られる。
高身長の人も休める用、セミダブルのロング。
スポーツしないから知らなかったぁ。こんな設備が在るなんてさ。
久々の日本語で話す。
「ねぇ、ヒオシ。正直、これからどうする?カルバンを見てると、複雑でさ」
「難しいなぁ。犠牲になったのがメイだったら…って考えると、どうしてもなぁ」
同意する。自分も、もしもキュリオが死んでいたら、どうしていたかは解らない。きっと怒り任せに…。
「子供かぁ」
「この歳で父親に成れたかどうか。自信ない」
流れてしまったお互いの子。想像もしてなかったし、今でも曖昧。いずれは何て、遠い話だと思ってた。
残念、悔しい、もう少し到着が早ければ。
色々考えてしまう。それでも、一番精神的ダメージを負ったのは母親に成ろうとしてくれた彼女たち。
踏み込むのが怖い。どんな言葉を掛ければいいのか。
「無責任だけど」
「これだけは触れられないよな」
「男ってさ」
「ホント、クズだよ。こんな時でも、何もしてあげられないのが、情けない」
「情けないねぇ。それ以外に、言葉が見つからないわ」
「邪魔するぞ」
「お邪魔かしら?」
リンジーさんとメイリダさん?僕らを捜しに来たんだ。
その後ろから。
「お邪魔します」
「聞く前に入っちゃうよぉ」
ジェシカとキュリオも部屋に入って来た。
各自の装備品を外し、床置き。
下着姿の4人がそれぞれのベッドに潜り込む。
正直…、狭いっす。当然興奮はするもので。
でもそんな気分には成れないので、両脇の2人の肩を抱き締めた。もう下手な言葉は要らない。この確かな温もりさえあれば。
彼女たちも同じ。カルバンたちとは寝たくない気持ち。
仲間と呼べるには、余りにも深い溝が未だ残る。
はい、嘘を付きました。両手に花状態で、若い男子が我慢出来るとでも?うん、無理でした。
お互いの気持ちや後悔をぶつけ合う。
儚くも激しく熱い夜。
頭の裏で、サーチに何かが引っ掛かった。敵意は全く感じなかったので、小動物か何かだろうと無視をした。
後に。無視して良い存在ではなかったと判明したが、この夜の僕らは、何も気付かずに居た。
-----
眠れない。
遠く離れてるのに…。気にし出すと、もの凄く聞こえてしまう。
フウは隣で豪快な鼾を掻いてるし。明日から彼女を豪傑と呼ぼう。心の中で。
カルちゃんは…、声を殺して泣いていた。
「泣かないで。私たちが着いてる。信用出来ない?」
「違うの。信用とかじゃない。個人的な感情。2人を帰してしまった後の事を…、どうしても考えてしまって」
寂しい。独りになるのが怖い。きっとそんな感情。
「まだ約束は出来ないけど、私は帰らない積もり。心配だもん。親友の今後が」
「…ありがとう」
「約束じゃないよ。土壇場で気が変わるかもだし。もしも、また自由な旅が許されたらさ」
「自由?こんな大罪人が?」
「もしも、よ。今度の旅では、3人で。本気で彼氏捜しに行こうよ」
「…それ、いいね。そんな自由があったなら」
少しだけ作り笑顔を浮かべた。
「その意気だよ。ちょっとトイレ行って来るね」
「うん」
ベッドを抜け出て保健室の棚を見渡す。
睡眠導入剤でも有ればと探してみたが、どうやら置いてないらしい。市販的な箱にでも入っていれば中身も解ったのに、変な瓶の薬品名を見ても全然理解不能。
薬学の知識はゼロなんで。
魔石ランプを片手に、諦めてトイレに向かう。その途中。
教員室を通り過ぎる時に気が付いた。
教師の誰かに不眠症な人居なかったかなと。
学校を飛び出す前に立ち寄った、更衣室に入った。
「え…?」
閉じたはずの担任教諭のロッカーの扉が、開いていた。
気になって中を覗いて見た。見なければ良かったと、後悔してももう遅い。
「…なんで」
トイレも忘れ、急ぎ足で保健室まで戻り、爆睡中のフウを叩いて起こした。
「イタイ!ビンタは止めろ」
怒ってる。当然でも今は。
「無いの。無くなってるの!」
「どうしたの?」
やっと寝かけたカルちゃんまで起こしてしまった。ごめん。
「何よ。何が無いのさ。ナプキン?」
「違う!あの、先生のデジカメが!!」
「…は?あの後で誰かが持ってっただけじゃ?」
「変なのよ。他の人のロッカーも見たけど全然荒らされてない。寧ろあの時見たまま残ってる感じ」
勿論全てを記憶してはいない。
「考え過ぎじゃない?」
「違う!絶対違う。デジカメ以外の荷物はそのままなのよ。不自然だよ。あの盗撮魔は、…生きてる」
門藤 良助(モンドウ リョウスケ)。それが担任の名前。
真面目な風貌で、高身長。見た目は悪くなく女子の評判も良好。中身は30半ばの独身ドスケベ。デジカメの存在を知ってからはキモいの一言。何処か裏に闇が有りそうで私は元々好きじゃなかった。
「確かに…。気持ち悪いわね。カルちゃん、索敵出して」
カルちゃんが魔道具を取り出して確認した。
「特別付近一帯には、何も…」
別室の6人が、現在進行形で暴れているのを除き。確かに学校周囲近辺には何も写ってない。
安心していいのかな。不安しか残らない。
「フウ。ごめん…。トイレ、付き合って」
「んもう。子供じゃないんだから。しゃーない。3人で行きますか。直ぐ近くだけどね!」
「私は、特に催しては。逆に少し喉が渇いてて」
カルちゃんは主に目から水分出してたもんね。
「いいから行くの。この歳でおねしょは嫌…」
「それは、私たちも困るから。行ったげる」
「…うん」
この世界では成人女性が連れ立って。
来た当初の約2週間で、随分慣れたと思ってたのに。
夜間校舎の恐怖が再燃。梶田に襲われた日も、大きい方を催してしまい。独りで頑張って、教室から離れた場所のトイレを目指していた。
もう私は、独りトイレ出来ないのかも…。大人なのに。
その場所に取りに行くと約束した果物が実っている。
不確かな情報だけでは踏み込む気には成らない。
「でも約束しちゃったしなぁ」
「次に会う時までにって言ったしねぇ」
「黒竜の森なら」
カルバンが地図の魔道具を取り出して見せた。
「私たちは西の森に入っちゃったの」
「知らぬは何とやら。怖い怖い」
「私はゴーウィンから逃げるのに森を抜けました。その途上で2人と合流。その時に作成した地図です。これを持って行って下さい」
「私たちが居た時は森の魔物も大人しかった。黒竜とも出会わなかったし」
「それで大丈夫とは言い切れないけど。保険にはなるでしょ」
山査子さんが強く豪語する。鷲尾さんも頷いてる。
騙そうとしてる雰囲気じゃないし、メリットも無い訳で。
「貰っておくよ。2人は黒竜を見たの?」
「遠目にね…」
「うちらが学校を出た後。森に入るのと入れ違いで。黒竜が通り過ぎた後に、学校の方角で大きな爆発が」
「ふーん。他に注意事項は?」
「森の付近や内部では、火の魔術は厳禁です。黒竜は大小問わず、火に反応を示すと言われてますので」
他にも、黒竜が居るとされる場所と、青い林檎が群生した場所などを示してくれた。
目的の林檎の木は、森のほぼ中央部。
簡単に取って逃げると言うには、簡単ではない距離。
「次は人選だね」
「本音で言えば、俺らだけで行きたい所だけど」
「却下ね」
「当然。却下します」
リンジーさんとメイリダさんの息がピッタリ。
まだ何も言ってないんですけど?
「置いて行くなら浮気します」
「どうしても置いてくなら。新しい殿方探そうかなぁ」
なんて宣言するもんだから。僕のほう…酷くない?
「解った。みんなで行きますか、先生」
「しゃーねぇな。腹括りますか、教授」
「2人とも…モテモテ」
「私も、本気で彼氏探そうかなぁ」
「…」カルバンだけは笑っていない。
メイリダがカルバンの前に歩み寄る。
「私は代表者ではありません。抱える思いも人それぞれ。この顛末の引き金を引いたのはあなたかも知れない。恨みもすれば憎みもします。けれど、ある意味でこれはツーザサの宿命。氾濫を防止する役目を負ってしまったが故の。そして、私たちは敗れた。残った結果はそれのみ」
「…」
「この結果を本心から嘆き、後悔するなら。あなたはその命を賭して役目を果たしなさい。異世界への扉をもう一度開くのなら、責めてその目標からは逃げないで。私たちの犠牲を、無駄にしないで。ね」
周囲に人は居ない。それでも尚、低く抑えた声で諭す。
「この町を冒険者に押し付け、国の兵や防衛費を削減したのは明らかな中央の失態。英雄ゴルザ様も王都へ説明に向かわれた。押さえ込まれていたフレーゼ様も出張る。中央はかなり荒れるだろうな。しかしそれは政。お前には関係ない話。町の崩壊を半壊で留め、オーガイヤと赤竜を退けた英雄殿が断罪される可能性は至極低い。ラムール様の殺害を差し引いても」
リンジーは呟き。国政の展開を予想していた。
「…はい」
「ただ…、フレーゼ様の出方次第。戦時とは言え、子供を害された母としては。何処まで冷徹になれるか。あの人だけは、読めない。カルバンへの沙汰は後日明らかにされるだろう」
こちらとしては何も手出し出来ない。ゴルザさんに任せるしかない。
「逃亡を図っても、国からの放置はない。僕らも無視はしない」
「手助けもしない。鷲尾さんたちが敵に回るなら…」
「私は逃げも隠れもしません。クイーズブラン政権の判断に委ねます」
カルバンはそう言い切った。極刑でも受け入れると。
「私は逃げない。カルちゃんだけが罪に問われるなら。私も受刑を申し出る積もり」
「私は…。解らない。敵対はしないけど。本音では逃げたい気持ちが強い。未練があるから。元の世界に」
山査子さんのだけは迷いがあると。正直に答えた。
3人を責めるのは止めよう。時間の無駄。
ゴルザさんに任せると誓った。本人も任せろと言ってくれた。
急造で6人用の馬車(自動運転)を製造。
性能はもの凄い。山査子さんのクリエイトスキルは万能で粗が見当たらない。人を殺める武器の製造だけは不得意だと彼女は言った。防具は兎も角、僕らの鍛冶の鍛錬は無駄じゃなかった。彼女たちが、得意な魔術に傾倒してしまった最大の要因。山査子さんが悪い訳じゃない。そう自分に言い聞かせた。
自動馬車の速度はイオラたちに比べれば数段落ちる。
彼らに頼れない、今みたいな状況の大切な移動手段が手に入った。
イオラたちは友達であって移動の足じゃない。キュリオとメイリダさんにも会って貰いたいけど、それは乗せる為じゃない。勘違いしてちゃ縁は切れる。
サイカル村に立ち寄り、状況確認と報告。
「父様が…。任せろと言ったのなら。信じます。父様が帰って来るまで。私が村を守る」
戦闘服に身を包んだターニャ。
村に居た時は解らなかった。彼女が僕らよりも遙かに強かったって事。今更だけど、ヒオシの玉砕は当然の結果。
ヒオシは平静を装ってた。内心冷や汗タラタラだったと思う。過去をズルズル引き摺るのは、男の性。あっちは多分気にも留めてない。大丈夫!
村長とフィーネさんにも挨拶。ウィード兄弟や村人たちと軽く談笑後、村の被害は農作物程度だというのを確認し、安心して村を後にした。
泊まって行けばとの言葉には甘えなかった。
長時間ターニャとカルバンを会わせたくなかった。カルバンが余計な話をする前の予防線。
村を出た後に、学校の在った場所に向かう。
やっと戻れた、スタート地点。異世界の始まりの地。
「私たちの教室。やっぱり…」鷲尾さんが小さく呟いた。
教室の在った校舎側が、黒ずんだ更地と化していた。
黒竜の爆撃の脅威が窺い知れる。本気でぶつかったら、この戦力だと全滅すると思う。
峰岸君たちとも共闘しないと、討伐は難しいと感じた。
目標のフェンリルよりも格上。その評価は恐らく正しい。
森に入り、林檎を奪取したら即座に撤収。黒竜本体を拝見してみようとか。有り得ないっしょ。自殺もいいとこ。
残りの建物は、職員室や保健室が並んでた建屋と体育館だけ。建屋が半壊で留まってる…。
黒竜と、誰かが戦ったような痕跡が見つかった。
凄い。誰だろう。窮鼠猫を何某的な、勇気ある誰か。
合流出来た10名以外に、誰かが生きている可能性。
淡い期待だけど、良い奴だったらいいな。梶田君みたいな半ヤンキーならマジ勘弁。
敵に回すと一番厄介な奴。仲間に成れる気がさっぱりしないもん。彼とだけは。
夜も近くなった頃合い。
「今日は、ここで一泊しよう」
「火気厳禁で」
僕のサーチエンジンを全開。カルバンに防敵用の結界を多重に張って貰った。
購買の焼け残りから、運良くボディーソープやシャンプーの類いが見つかり、急遽体育館脇のシャワールームを改造。電気式の湯沸かし器を設置。給水タンクを上階に配置した上で水路の配管を整えた。
男子の僕らは最後っす。ジェシカとキュリオは一緒がいいと言ってくれたけど…。他の子が居る手前、無念のお断りをした。異世界の機器は、鷲尾さんや山査子さんじゃないと色々説明出来ないしさ。
順番が来るまで暇だったので、保健室周辺の掃除をした。
丁寧にガラス片をホウキで片付ける。
ベッドはシングルサイズが2つしかない。山査子さんに何とかして貰おう。
遅めの夕食の後、僕らは体育館の休憩室に向かった。
正直僕らは、カルバンと一緒に寝るのが嫌だった。
そんな簡単に割り切れない想いが在る。気持ちの蟠り。
仮眠用の簡易ベッドが2基。普通のベッドよりはマットレスが硬め。でも充分に寝られる。
高身長の人も休める用、セミダブルのロング。
スポーツしないから知らなかったぁ。こんな設備が在るなんてさ。
久々の日本語で話す。
「ねぇ、ヒオシ。正直、これからどうする?カルバンを見てると、複雑でさ」
「難しいなぁ。犠牲になったのがメイだったら…って考えると、どうしてもなぁ」
同意する。自分も、もしもキュリオが死んでいたら、どうしていたかは解らない。きっと怒り任せに…。
「子供かぁ」
「この歳で父親に成れたかどうか。自信ない」
流れてしまったお互いの子。想像もしてなかったし、今でも曖昧。いずれは何て、遠い話だと思ってた。
残念、悔しい、もう少し到着が早ければ。
色々考えてしまう。それでも、一番精神的ダメージを負ったのは母親に成ろうとしてくれた彼女たち。
踏み込むのが怖い。どんな言葉を掛ければいいのか。
「無責任だけど」
「これだけは触れられないよな」
「男ってさ」
「ホント、クズだよ。こんな時でも、何もしてあげられないのが、情けない」
「情けないねぇ。それ以外に、言葉が見つからないわ」
「邪魔するぞ」
「お邪魔かしら?」
リンジーさんとメイリダさん?僕らを捜しに来たんだ。
その後ろから。
「お邪魔します」
「聞く前に入っちゃうよぉ」
ジェシカとキュリオも部屋に入って来た。
各自の装備品を外し、床置き。
下着姿の4人がそれぞれのベッドに潜り込む。
正直…、狭いっす。当然興奮はするもので。
でもそんな気分には成れないので、両脇の2人の肩を抱き締めた。もう下手な言葉は要らない。この確かな温もりさえあれば。
彼女たちも同じ。カルバンたちとは寝たくない気持ち。
仲間と呼べるには、余りにも深い溝が未だ残る。
はい、嘘を付きました。両手に花状態で、若い男子が我慢出来るとでも?うん、無理でした。
お互いの気持ちや後悔をぶつけ合う。
儚くも激しく熱い夜。
頭の裏で、サーチに何かが引っ掛かった。敵意は全く感じなかったので、小動物か何かだろうと無視をした。
後に。無視して良い存在ではなかったと判明したが、この夜の僕らは、何も気付かずに居た。
-----
眠れない。
遠く離れてるのに…。気にし出すと、もの凄く聞こえてしまう。
フウは隣で豪快な鼾を掻いてるし。明日から彼女を豪傑と呼ぼう。心の中で。
カルちゃんは…、声を殺して泣いていた。
「泣かないで。私たちが着いてる。信用出来ない?」
「違うの。信用とかじゃない。個人的な感情。2人を帰してしまった後の事を…、どうしても考えてしまって」
寂しい。独りになるのが怖い。きっとそんな感情。
「まだ約束は出来ないけど、私は帰らない積もり。心配だもん。親友の今後が」
「…ありがとう」
「約束じゃないよ。土壇場で気が変わるかもだし。もしも、また自由な旅が許されたらさ」
「自由?こんな大罪人が?」
「もしも、よ。今度の旅では、3人で。本気で彼氏捜しに行こうよ」
「…それ、いいね。そんな自由があったなら」
少しだけ作り笑顔を浮かべた。
「その意気だよ。ちょっとトイレ行って来るね」
「うん」
ベッドを抜け出て保健室の棚を見渡す。
睡眠導入剤でも有ればと探してみたが、どうやら置いてないらしい。市販的な箱にでも入っていれば中身も解ったのに、変な瓶の薬品名を見ても全然理解不能。
薬学の知識はゼロなんで。
魔石ランプを片手に、諦めてトイレに向かう。その途中。
教員室を通り過ぎる時に気が付いた。
教師の誰かに不眠症な人居なかったかなと。
学校を飛び出す前に立ち寄った、更衣室に入った。
「え…?」
閉じたはずの担任教諭のロッカーの扉が、開いていた。
気になって中を覗いて見た。見なければ良かったと、後悔してももう遅い。
「…なんで」
トイレも忘れ、急ぎ足で保健室まで戻り、爆睡中のフウを叩いて起こした。
「イタイ!ビンタは止めろ」
怒ってる。当然でも今は。
「無いの。無くなってるの!」
「どうしたの?」
やっと寝かけたカルちゃんまで起こしてしまった。ごめん。
「何よ。何が無いのさ。ナプキン?」
「違う!あの、先生のデジカメが!!」
「…は?あの後で誰かが持ってっただけじゃ?」
「変なのよ。他の人のロッカーも見たけど全然荒らされてない。寧ろあの時見たまま残ってる感じ」
勿論全てを記憶してはいない。
「考え過ぎじゃない?」
「違う!絶対違う。デジカメ以外の荷物はそのままなのよ。不自然だよ。あの盗撮魔は、…生きてる」
門藤 良助(モンドウ リョウスケ)。それが担任の名前。
真面目な風貌で、高身長。見た目は悪くなく女子の評判も良好。中身は30半ばの独身ドスケベ。デジカメの存在を知ってからはキモいの一言。何処か裏に闇が有りそうで私は元々好きじゃなかった。
「確かに…。気持ち悪いわね。カルちゃん、索敵出して」
カルちゃんが魔道具を取り出して確認した。
「特別付近一帯には、何も…」
別室の6人が、現在進行形で暴れているのを除き。確かに学校周囲近辺には何も写ってない。
安心していいのかな。不安しか残らない。
「フウ。ごめん…。トイレ、付き合って」
「んもう。子供じゃないんだから。しゃーない。3人で行きますか。直ぐ近くだけどね!」
「私は、特に催しては。逆に少し喉が渇いてて」
カルちゃんは主に目から水分出してたもんね。
「いいから行くの。この歳でおねしょは嫌…」
「それは、私たちも困るから。行ったげる」
「…うん」
この世界では成人女性が連れ立って。
来た当初の約2週間で、随分慣れたと思ってたのに。
夜間校舎の恐怖が再燃。梶田に襲われた日も、大きい方を催してしまい。独りで頑張って、教室から離れた場所のトイレを目指していた。
もう私は、独りトイレ出来ないのかも…。大人なのに。
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「逃げろ」と言われても、仲間を見捨てるわけにはいかない。
死を覚悟し、包丁を構えたその瞬間――料理スキルがまさかの効果を発揮し、常識外のダメージがモンスターに突き刺さる。
この予想外の一撃が、俺の運命を一変させた。
孤独だった俺がギルドを立ち上げ、仲間と出会い、ひょんなことからクマサンの意外すぎる正体を知り、ついにはVチューバーとしての活動まで始めることに。
リアルでは無職、ゲームでは負け組職業。
そんな俺が、仲間と共にゲームと現実の垣根を越えて奇跡を起こしていく物語が、いま始まる。
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ゆっくりと彼は車から降りて側にある大樹に触れた。そのまま上着のポケット中からスマホ取り出し確認すると圏外表示。縋るようにマップアプリで場所を確認するも……位置情報取得出来ずに不明と。
彼は大きく落胆し、大樹にもたれ掛かるように背を預け、そのまま力なく崩れ落ちた。
「あははは、まいったな。どこなんだ、ここは」
そう力なく呟き苦笑いしながら、不安から両手で顔を覆った。
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