生まれ変わっても無能は無能 ~ハードモード~

大味貞世氏

文字の大きさ
106 / 115
第3章 大狼討伐戦

第67話 彷徨う渚

しおりを挟む
揺蕩う波の音。海は嫌いだ。
嫌いになった。私から全てを奪った海。

何処かの海岸。

薄目を開くと照り返す日の光で、砂浜は輝いて見えた。

どうして生きている。どうして、殺してくれない。

私は、もう用済みのはずだ。

信じた者に見限られ、部下に裏切られた。

利用しようとしたのはこちら側。
捨てられて当然の結果。


離れた場所で誰かが会話をしていた。
「どうする。生きているみたいだぞ」
「何にせよ。魔王様に報告だ」

気配は直ぐに遠くに去った。
助ける雰囲気ではなかったな。

BOXから登録証を取り出す。
スキル、無記入。

これでまた振り出しに戻った。戻っただけだ。
何も無い時に。

全身が怠い。胃の中の海水を指を入れて吐き出した。

痛む脇腹を押さえながら、仰向けになった。

嫌みな程の晴天。雲一つ流れていない。

呼吸がし辛い。肺まで爛れているのだろうか。

これから選べるのは一手。
生かされたのなら、使っても良いと判断された。

ならば遠慮無く使おう。問題は、あの場所まで辿り着けるかどうか。

スキルと舟を同時に失った。神の加護も。


数刻が過ぎた頃。
「打ち捨てられた汚らしい人間とは、お前の事か?」

私は発すべき言葉を失った。
「…」

覗き込む女性。真っ白なワンピースを纏う姿形。
似ているのではない。同一人物。

背に生える黒き翼だけが違う。

「恭子…。ここは、天国か?地獄か?」

「誰じゃそれは。妾はルシフェル。このキルヒマイセンを統べる者。矮小な人間には、ここは地獄やも知れぬな」
西の大陸。そして魔王の名。

求めていた答えは、こんな場所に用意されていた。
初めから。始める前から。

だとすると…。
私は、決定的な間違いを犯していた事となる。

報酬の先渡し。それが意味する物。

いけない。あれは、起動しなくとも時が来れば勝手に動き出す代物。

「殺すのは待って欲しい。出来れば、ここが大陸のどの辺りかを教えて欲しい」

「人間を無闇に殺すのは止めたのじゃ。娘を産んでから妾も変わった。ここは丁度大陸の北端に位置する場」

思い出せる。その声まで同じだった。

御方の真意が見えない。
この世界を諦めたのか。残された時間だけを生きろと。

それでは余りにも短い。短すぎる。

折角与えてくれたこの答えを、手放したくない。
「済まない。西側への海流に捨てて欲しいのだが、頼めないだろうか」

「命拾いした様に見えるが?良いのか?」

「構わない。海の藻屑に消えるなら、それもまた運命」

「変わった異世界人だな。他の者とは少々違う臭いがするが」

魔王が、異世界人を知っている…。何と言う事だ。
「事の序でに。もう一つだけ頼めないだろうか」

「退屈していた所じゃ。申してみよ」

「この身体は長くない。私に、魔石を埋め込んで欲しい」

「…こちら側に来ると?益々偏屈な人間じゃ」
高らかに笑うルシフェル。

その笑い方だけは、似ても似付かなかった。
これ以上を望むは、過ぎた望みと言う物。

何方でも私は満足だ。
ここで殺されようと。海で死のうと。

地獄。言い得て妙。
生徒、一般人、兵士。多くの命を奪っておきながら。
何を今更天国かと。

残る手段と行く先は限られている。

「準備は良いのかえ?二度と人間には戻れぬぞ」

「当に覚悟は出来ている。何時でも構わない」

ルシフェルは小さく頷いた。

-スキル【支配】
 並列スキル【魂改】発動が確認されました。-

死の霹靂 理の外 生の軋轢 如くに同じ
「ソウル・グロー」

胸に押し当てられた冷たい掌。
次いで加わる衝撃に思わず声を漏らした。

この様に痛みを伴う物なのか。
死骸で試し、生身でも試したが、自分の身体で試した事は未だに無かった。

僅かばかりの罪悪感が胸を刺す。
実際ルシフェルの手が埋没しているのだが。

心臓の隣に魔石が置かれた。
私は魔王に魂を売った。

引き摺り出した手を振り払いながら。
「定着までは暫く掛かる。妾の支配下に下るなら、助けて遣らなくもないぞ」

「感謝する。軍門に下るのは後。先に遣らねばならない事が有るのでね」
今直ぐ臣下に就くのは都合が悪い。

因果。梶田の暴走を見過ごした結果が、この様な形で返って来るとは実に想定外だ。

「魔王ルシフェル。一つだけ問いたい」
「何じゃ?」

「この世界を、どう見る」

「…実に詰まらない世界じゃのぉ。少なくとも、シンスケと出会う前までの妾なら。何度でも滅ぼしてやろうと怒りに駆られ動いていたじゃろうな」

「そうか。私は運が良いのだな」

「それに」

「それに?」

「娘がのぉ。楽しそうに遊んで居るのでな。妾もお前に問おう」

「何なりと」

「北の山脈とやらには、西と東。何方が近い?」

娘の居る位置が解るのだろう。
しかしここはほぼ真裏。何方も距離では変わらない。
北の極点に直接向かうのは問題が有る。

必ずアレに阻まれる。
「強いて言えば西だ。東は人間が多い。邪魔者を排除するのも手間。西の海を渡るのが最短。北の海には面倒な番が構えている」

「詳しいのじゃな。…気が変わった。私の案内をせよ。お前も西に用事があるのじゃろ?」

既に半分支配が効いているのか、拒絶出来ない。
拒否する必要性も無いが。

「良いだろう。途中で幾つか寄りたい場所と、大陸到着後に離脱する事を許容してくれるのなら」

「本来なら許さぬが、今回は特例じゃ。許そう。がしかしその前に」

「何か?」

「風呂に入れ。不愉快な臭いがする。思わず殺してしまいそうじゃ」

復活直後に殺されては適わない。
嫌いな風呂でも我慢しよう。




-----

東諸国の偵察を終え、グラテクスに戻った。
だが治水事業の着工が遅れていた。

オーバエの情報に依ると、何でも王都が空飛ぶ舟に襲われペンダーが死亡。

ガング砦も同じ舟に相次いで。
ロンジーは健在だが重傷を負った模様。

犠牲は最少で抑えたが、未だ混乱状態に在るそうだ。
「お師匠。顔色が悪いですよ」

「…いや。心配ない、大丈夫だ」
旧知の友が先に逝った。

歳で言えばペンダーは上。過去には共にダンジョンへ潜った事も有る。

同じ様に娘を持つ者同士。

戦場に居る身。死は何時でも覚悟している。

「手向けの酒を買って来る。急ぎ王都へ戻るが、君たちはどうする?」

「勿論、お師匠様に付いて行きますよ。冒険者としてまだまだ未熟者ですし」

「隊長。俺も行っていいか?」
「タッチーたちにも会いたいしね」

ゼファーの言葉の方が本音だろう。

「好きにしろ。長旅は老体には堪える。既に町を本拠とした手前。素直にここで待つとしよう。2人に会えたら宜しく伝えてくれ」

「了解っす」
「やったー」

「浮かれるな。討伐隊に参加する積もりなら、相応の覚悟を持て」

「どうせ俺らまだCだしな。門前払いだろ」
「だよねぇ」

「イニシアンは推薦出来ないが、私が同行すれば強引にねじ込めるが?」

「ほんとっすか!流石ギルマス特権」
「尚更行きますよ。是非とも」

「3人を宜しくお願いします」
母親の様な眼差し。
実際にも母として接していたのだと思う。

「ガキ扱いすんなって。返って邪魔者消えて清清してる癖によ」
「夫婦水入らず」

「一言余計だ。さっさと行け」

「ラングさん。エマさん。短い間でしたが色々お世話になりました。有り難う御座いました」
心からの礼は実に清々しい。

2人も遅れて頭を垂れていた。

旅立つ若者たち。
正しく導いてやらないとな。

心配する親代わりの2人の為にも。
「無茶はさせない。任せておけ」



「行ったな」
「行ってしまいましたね。寂しくなります」
ラングの腕に手を回し、4人の姿が見えなくなった後も窓から暫く外を並び、眺めていた。

「久々に、励むか?」
「長旅の汚れを落とした後にしましょう」

「…それもそうだな」
汗や潮の匂いが香る。加齢臭も。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

ブラック企業で心身ボロボロの社畜だった俺が少年の姿で異世界に転生!? ~鑑定スキルと無限収納を駆使して錬金術師として第二の人生を謳歌します~

楠富 つかさ
ファンタジー
 ブラック企業で働いていた小坂直人は、ある日、仕事中の過労で意識を失い、気がつくと異世界の森の中で少年の姿になっていた。しかも、【錬金術】という強力なスキルを持っており、物質を分解・合成・強化できる能力を手にしていた。  そんなナオが出会ったのは、森で冒険者として活動する巨乳の美少女・エルフィーナ(エル)。彼女は魔物討伐の依頼をこなしていたが、強敵との戦闘で深手を負ってしまう。 「やばい……これ、動けない……」  怪我人のエルを目の当たりにしたナオは、錬金術で作成していたポーションを与え彼女を助ける。 「す、すごい……ナオのおかげで助かった……!」  異世界で自由気ままに錬金術を駆使するナオと、彼に惚れた美少女冒険者エルとのスローライフ&冒険ファンタジーが今、始まる!

ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜

平明神
ファンタジー
 ユーゴ・タカトー。  それは、女神の「推し」になった男。  見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。  彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。  彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。  その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!  女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!  さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?  英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───  なんでもありの異世界アベンジャーズ!  女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕! ※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。 ※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。

ハズレ職業の料理人で始まった俺のVR冒険記、気づけば最強アタッカーに!ついでに、女の子とVチューバー始めました

グミ食べたい
ファンタジー
 現実に疲れ果てた俺がたどり着いたのは、圧倒的な自由度を誇るVRMMORPG『アナザーワールド・オンライン』。  選んだ職業は、幼い頃から密かに憧れていた“料理人”。しかし戦闘とは無縁のその職業は、目立つこともなく、ゲーム内でも完全に負け組。素材を集めては料理を作るだけの、地味で退屈な日々が続いていた。  だが、ある日突然――運命は動き出す。  フレンドに誘われて参加したレベル上げの最中、突如として現れたネームドモンスター「猛き猪」。本来なら三パーティ十八人で挑むべき強敵に対し、俺たちはたった六人。しかも、頼みの綱であるアタッカーたちはログアウトし、残されたのは熊型獣人のタンク・クマサン、ヒーラーのミコトさん、そして非戦闘職の俺だけ。  「逃げろ」と言われても、仲間を見捨てるわけにはいかない。  死を覚悟し、包丁を構えたその瞬間――料理スキルがまさかの効果を発揮し、常識外のダメージがモンスターに突き刺さる。  この予想外の一撃が、俺の運命を一変させた。  孤独だった俺がギルドを立ち上げ、仲間と出会い、ひょんなことからクマサンの意外すぎる正体を知り、ついにはVチューバーとしての活動まで始めることに。  リアルでは無職、ゲームでは負け組職業。  そんな俺が、仲間と共にゲームと現実の垣根を越えて奇跡を起こしていく物語が、いま始まる。

俺、何しに異世界に来たんだっけ?

右足の指
ファンタジー
「目的?チートスキル?…なんだっけ。」 主人公は、転生の儀に見事に失敗し、爆散した。 気づいた時には見知らぬ部屋、見知らぬ空間。その中で佇む、美しい自称女神の女の子…。 「あなたに、お願いがあります。どうか…」 そして体は宙に浮き、見知らぬ方陣へと消え去っていく…かに思えたその瞬間、空間内をとてつもない警報音が鳴り響く。周りにいた羽の生えた天使さんが騒ぎたて、なんだかポカーンとしている自称女神、その中で突然と身体がグチャグチャになりながらゆっくり方陣に吸い込まれていく主人公…そして女神は確信し、呟いた。 「やべ…失敗した。」 女神から託された壮大な目的、授けられたチートスキルの数々…その全てを忘れた主人公の壮大な冒険(?)が今始まる…!

唯一無二のマスタースキルで攻略する異世界譚~17歳に若返った俺が辿るもう一つの人生~

専攻有理
ファンタジー
31歳の事務員、椿井翼はある日信号無視の車に轢かれ、目が覚めると17歳の頃の肉体に戻った状態で異世界にいた。 ただ、導いてくれる女神などは現れず、なぜ自分が異世界にいるのかその理由もわからぬまま椿井はツヴァイという名前で異世界で出会った少女達と共にモンスター退治を始めることになった。

俺だけ“使えないスキル”を大量に入手できる世界

小林一咲
ファンタジー
戦う気なし。出世欲なし。 あるのは「まぁいっか」とゴミスキルだけ。 過労死した社畜ゲーマー・晴日 條(はるひ しょう)は、異世界でとんでもないユニークスキルを授かる。 ――使えないスキルしか出ないガチャ。 誰も欲しがらない。 単体では意味不明。 説明文を読んだだけで溜め息が出る。 だが、條は集める。 強くなりたいからじゃない。 ゴミを眺めるのが、ちょっと楽しいから。 逃げ回るうちに勘違いされ、過剰に評価され、なぜか世界は救われていく。 これは―― 「役に立たなかった人生」を否定しない物語。 ゴミスキル万歳。 俺は今日も、何もしない。

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

処理中です...