お願いだから俺に構わないで下さい

大味貞世氏

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第21話 別離(前編)

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生きとし生ける物の全ては、出会いと別れに在ると言っても過言ではない。

孤独を求めた俺の人生も、結局は多くの人との出会いと関わりで成り立っている。

今後もずっとその先もそれだけは変わらない。

仲間の窮地。敵からの接触。護ると約束した人。
物事は一つ一つ分割ではやって来ない。
今回もそう。大抵重なってしまう物だ。


朝方にシュルツを迎えに潜伏先に向かうと、邸内でムルシュとカメノス隊の3人(1人は本部へ帰還)、シュルツが身支度を終えて勝ち構えていた。
ここまでは予定通り。

ゴンザが居ないなと、リビングを見渡すと。
シュルツがフィーネの胸に飛び込んで来た。
「ゴンザ様が、敵に呼び出されました」
唐突に言葉が弾き出され、やや思考が追い付かない。
「ん?何?どうしたって」
フィーネが優しく問い掛けても同じ言葉を繰り返すのみで先に進まなかった。

ムルシュに眼を向けると、今度は銀貨を投げられた。
そこで漸く状況の半分を理解した。
「ゴンザさんはどの位前に、何処に向いました?」

「大体一刻前に。正午に墓地から北に辿った外壁の外。接触者は、アンネの魂を呼び戻すとかで誘って来たらしい。どうする?町中では帯剣は許されず、ゴンザは丸腰だ」

「困りましたねぇ」
暫しの考察。リビングを歩き回って策を練る。
銀貨なら話如何では乗る積もりだ。
完全に敵側に潜るとなると、手が出せなくなる。
「俺は先日の誘拐擬きの一件から、カメノスさんに王都からの外出を固く禁じられてます」
王都に帰還後、メチャメチャ怒られてしまった。これ以上彼を怒らせるのは得策じゃない。

「取り敢えずライラさんに協力を仰ぎましょう。ノイツェさんは宮に戻りましたが、ライラさんはまだ別宅に居ました。帰るとしても自宅に居る筈。
ムルシュさんはライラさんの指示に従って下さい。救援するにしても、余り人数や武器を増やしては、逆にゴンザさんを窮地に追い込んでしまう」
「了解だ」

「カメノス隊の皆さんは、出来るだけ派手目に偽装工作をお願いします」
「嬢ちゃんはどうする。一緒に連れて行くのか」
シュルツはフィーネの胸で震えている。置いて行かれるのが怖い。けれどゴンザは助けて欲しい。
「勿論連れて行きますよ。こうなると1区にも留まれませんが、広い2区内ならある程度自由が利きます。
俺とフィーネとシュルツの3人は、別行動を取りつつゴンザさんの支援に回ります」
「気には成るが聞かないで置こう」

「そうして貰えると助かります。さてシュルツちゃん」
「何ですか」
ポーチから地下室で拝借した魔道具を取り出した。

名前:雨露の髪飾り(古代兵器)
特徴:頭部の認識を阻害する効果を持つ

流線の水球がモチーフのヘアピン。
古代人も中々可愛らしいデザインを考えるもんだ。

断りを入れ、長い髪を空きヘアピンを取り付けた。
おぉと響めく一同。取り付けた瞬間に顔のイメージがガラリと変化した。丸で別人。
同じ可愛いでも庶民的な可愛さ。
「思った以上だね。鏡見てきなよ」
「?はい」
疑問顔で洗面所に向かうシュルツ。そこから小さな悲鳴が聞こえた。戻って来るとちょっと涙目。
「外せば戻るから。心配要らないよ」
「そうだと解っていても心臓に悪いです…」

「これで偽装は完璧ですが、ポロリと外れる懸念も在るので身を隠せる場所の確保は予定通りでお願いします」
「あぁ、了解した」

「さてと行きますか。フィーネ、ライラさんの確保宜しく」
「仕方ないわね。さ、シュルツちゃん乗って」
シュルツに背を向け、跪いた。
怖ず怖ずと背に乗り腕を首に回した。
「首元じゃなくて、下の襟を握る感じ。そうそう。ちょっとの間、目と口を閉じててね」
言われた通りにギュッと掴んで目を閉じたのを確認し、ふわりと消えた。

「噂には聞いてたが、実際目にすると凄えな。あんたの嫁さん」
「瞬間移動じゃないですよ。単純に速いだけです。俺たちも急ぎましょう、ムルシュさん」
普通に全力ダッシュ。仕込み鎧のお陰でムルシュとも同列の素早さ。
カメノス隊のメンバーに軽く手を振り走り出した。



取り残されたカメノス隊の面々。
「ムルシュさんの言ってた通り。全然冷静でしたね」
「普通はこう、何て言うか取り乱したりとか」
「こう言う状況すら予想の範疇だったんだろ。団長が敵には絶対に回らないと決めたのも頷ける。視点が全く俺らとは違うのさ。あれは商人でもねえよ。
こっちはこっちの仕事を始めるか」
シュルツの等身大に合わせた、中身の無い簀巻き。

それを二人で重そうに担ぎ、通い慣れた階段を下った。

第六区に在る奴隷ギルド本部。その建物と地下で繋がる屋敷を潜伏先として使用していた。
ギルド側の扉を開け、裏口から表に回り込む。
人も疎らな受付にカメノス商団専用のチップを置いた。
「巣籠りは終りか?」
「一応終了だ。また別件で使うかも知れん」

軽く言葉を交して店を出ようとしたが、引き留められた。
「なぁ。俺の気の所為かも知れないが。二人の男の前に何か風の様な物が通り過ぎた気がするんだが」
「気の所為だろそんなもん」
「そうか…。心なしか、良い匂いもしたような…」

「夜勤明けか?寝ぼけてんじゃねえぞ」
「いや、済まん。疲れてたのかな…」

奴隷ギルドを出て、出来るだけ目立つ様に練り歩いた。

入り組んだ路地を余計に回り、三区へのゲートが見えた。
「待て…、その娘を!」
脇道から飛び込んで来た刺客の胸に向かって反射的に隠しナイフを投げ放つ。
身を翻して避けた所に踏み込み、土手っ腹にガントレットを突き入れた。
悶絶する刺客。
入念に何発も。確実に相手の意識を刈り取るまで。
その間、ほんの一息。

後ろの二人は即座に荷物を物陰に置き、周囲を伺った。
「…こいつ、単独か」
「馬鹿にされてますね。俺たち」
「まぁイキるな。気持ちは同じだ。とは言え、いい手土産が出来た。憲兵に見せ付けて堂々と出てやろう」

手際良く縛り上げ、空の簀巻きに中身を入れた。




---------------

自宅に戻ると、2人とライラが待っていた。
「ライラさん。居てくれて良かった。
至急武器の購入許可証と、北東外壁の入登許可証をお願いします」
「話はフィーネさんと雛殿から伺いました。北東…。本当に北東ですか」

「間違い在りません。北東です」
「解りました。ムルシュさん、武装は何方に」
「事務所に集めてある。取りに」

「それだと一手遅い。武器は俺が外壁から降ろしますので下側で待機してて下さい。人員だけ。トームさん以外をもう一人だけ呼んで先行をお願いします」
「どうしてトーム以外なんだ」

「こう言う時は一挙に来る物です。今トーム家を空けるのは非常に危険です。ライラさん作成を急いで!」
「直ちに」
ライラは自分の自宅へ。ムルシュはメメット宅裏の事務所へと走った。

シュルツの頭を撫でる。
「怖い思いをさせて済まない。けどそれももう少しの辛抱だから」
頬を赤く染め、瞳を潤ませている。
「この人に惚れると命が幾つ有っても足りないぞー」
「ち、違います!」
そんな全力で否定しなくても。

ショルダー掛けのポーチを外し、フィーネに渡した。
「武器を運ぶには容量的にフィーネが持って行って」
「了解」
「それは何ですか?」
シュルツが興味津々で身を乗り出した。

「見た目とは裏腹に大きな物でも入っちゃう優れ物。その口の大きさで入る物なら、長い槍もへっちゃら」
「身を捩れば私でも?」
「ダメダメ。この中は空気が無いから、生き物は窒息して死んじゃうよ」
口を両手で押さえて首を振った。一々可愛いな。
「変態」
「変態ですね」ロイドまで口を挟んで来た。
「違うって」

ライラが戻る前に、フィーネにBOXの使用感を確認して貰う。小物で出し入れを繰り返して貰った。
「不思議な感覚だね」
「慣れるまでは戸惑うよね。でもそうも言ってられない」
「…」無言で頷くフィーネ。
言わなくても解り切った事。本来これを彼女に渡すのは俺の人生の最期。遺産として。


数分後にライラ。更に20分後にムルシュはヒレッツと一緒に戻って来た。足の速さで人選したんだな。
「ライラさん。ゴンザさんを取り戻したいなら、チャンスは潜る前まで。完全に潜ってしまったらかなり厳しい状況と成ります。いいですね」
「はい…。しかし昨晩申し入れたばかりで、返答は後日とお願いしたのに」
そうだったのか。即断即決は見事だけれど。
「状況は待ってくれません。口をこじ開けてでも引き留めて下さい。ライラさんの気持ちが固まってるなら」

悩んでいたのは一瞬だった。
「行きます。返事を聞きに」
「良かった。ヒレッツさんは道すがらで詳細を聞いて」
「はいよ。俺もそろそろ仕事しないとな。昨日あんなに飲んだのに身体が嘘みたいに軽いぜ」

「事務所には何人残ってました?」
「トームとモーラス以外は残り全員だ。トームは自宅に帰った。モーラスはカメノスの工房に向かった」
素晴らしい。みんな自分の役割を正しく果たしてる。
偽装の為にも日常を送る人も重要だ。

「休日を返上させて済みません。埋め合わせは後日。皆さん無事で、解散!」


ライラは家を出るなり、近場の衛兵を捕まえて二言三言巡回強化箇所の指示を出していた。
トーム家、メメット宅、カメノス商団工房までの経路。
全く関係無い場所も2つ追加してリスク分散。
中々冷静な判断だ。

3人に遅れての出発。
急ぎたい所だが、慌てて敵に勘付かれたらお終いだ。
シュルツを間に挟み手を繋ぎ合って親子風を装った。
只でさえ目立つ俺ら夫婦に加えるには、本当なら胸熱な場面でも至って真面目だ。
シュルツの手が汗ばむ。緊張が伝わって来る。
「俺とフィーネに任せて。平静を装って」
「はい…」

ご近所さんを余計に回り、顔見知りに挨拶がてら。
「親類の子を預かりました」と言い訳を加える。
「まあそれは大変ねぇ」親切なおばちゃんまで疑わなくちゃいけないとは…。
「素直な良い子で、全く手が掛からないんですよ」
フィーネが答えた。

先立ってメメット宅の事務所へ。
「折角休日にしたのに敵も休ませてくれないな」
メメットが悪態を付いて出迎え。
「初めまして」
「初めましてだな。話は聞いてる。先に御仁の孫にご対面たぁ光栄なんだかなぁ」

「迷惑掛けます。カーネギ、ソプランは引き続きメメットの警護を継続。メレスはトーム家の加勢に回って下さい。
都合はどうですか?」

ソプランが肩を竦める。
「一々気ぃ遣うなって。昨日の時点で日常は捨てた」
「お、俺も」
「早速だが行って来る。武装はトーム家にも隠してあるからこっちの心配は要らん。逆に遠距離の支援が出来なくて済まない」

「仕方ないですよ。少数精鋭での対応ですから。
敵の一斉攻撃は最後の手です。これさえ乗り切れば落着ける筈です」
「そう願いたいもんだな」

挨拶は底底に、ムルシュたちの武器をBOXに放り込んで退散。
「まずは服を買いに行こう。いいかい?フィル」
「はい…。気持ちの切替えが難しいですね」
フィルはシュルツを呼ぶ上での偽名。フィーネの本名から引用させて貰った。
「私の大切な名前だから。大事にしてね」
「はい!心に刻みます」

2区内の服飾店でシュルツとフィーネの衣服を新調。
シュルツにはピンクのワンピース+五分丈の短パン。
店員が変な顔をしていたが無視。
フィーネの衣装はパンツスタイルを継承。
店を出た所で交換前の服はBOXへイン。
「次はもっとゆっくり見たいね」
「はい。是非」何だかもうすっかり大人だわ。
次への期待感も込めて。


同2区内の唯一の武器屋へGO。
パージェントでは毎回購入の際に許可証の提示が義務付けられている。治安維持には効果覿面だが、今はハッキリ言って邪魔。
子供連れの入店は煙たがられたが、ライラから貰った許可証を提示すると目の色を変えた。

短剣を数本と中尺槍を数本ずつ。ホルダーと共に購入。
大量購入で金貨が飛んだ。店の主人の嫌らしい笑みったらなかった。武具は武器商人の商品なので気持ちは理解出来る。が、気持ち悪い顔だった。
正義感じゃなく生理的に…。俺ってあんな感じだったのかなぁ。

気を取り直して外壁の麓へと到着。
壁の高さは平均して約20m。ブロック石の積み上げでとても頑丈。オークの群れの体当たりでも崩れない、編み上げ構造に王都の長い歴史を感じる。

ここでも許可証を提示。
一般公開されている中段のテラス回廊よりも更に上。
「ライラ様の縁者なら文句は言えぬが、滅多矢鱈と訪れるのは止めて頂きたい」
大変重要な見張り業務。一々観光客の相手はしてられないわな。申し訳ないがこちらも非常時。
「済みませんねぇ。どうしてもこの子に北側の眺望を見せたくて」
「御免なさい」

警備の兵士は苦笑う。
「ノイツェ様からも布令が回っている。風変わりな仮面をした嫁を連れた夫婦が来たら手出しは無用だとな。
壁の破壊以外は何をしても構わないが、見た物全ては報告させて貰う。その積もりでな」
ノイちゃんやるぅ。
「景色眺めるだけなんで大丈夫ですよ。多少の荷物は下ろしますがね」

兵士は首を傾げ溜息を吐いた。
「どっちだ?」
「どっちが?」
「見逃せばいいのか?見逃さず止めた方がいいのか?
どっちが俺に得なんだ。俺は今の仕事にも給料にも満足している」
荒事に巻き込まれたくないと。
「報告は構いませんよ。ライラさんも既に動いてます。
何方でも損はしませんが、終わるまで見守って貰えると嬉しいですね。昼の交代までには終りますよ」

上層が動いていると聞いて安心したのか。
「終わるまで待ってやる」
現金だねぇ。でも嫌いじゃない。


壁上の厚みは約10m。
見張り台には上らず、壁上を北外門方向へ移動。
強めの風が吹き抜け、シュルツのスカートが翻った。
「キャッ。あ…なるほど…」
短パン履かせた意味を理解したらしい。

後ろを付いて来る兵士が、罰が悪そうに頬を掻いていた。
このロリめ。

北門の真上は3m程下に凹み、間は約20m。
剣を持てば越えられそうだ。

王城を指針に北北東地点。外側下の地面を覗くと既に3人が待機していた。
手を振り荷物の準備。
投げナイフ10連ホルダーを3セット。即投げ。
1人2本計算で短剣を6本。ロープで縛り下ろした。
「おいおい…。いったい何と戦うってんだよ。あー塵が目に入って見えないなぁ。あ、お嬢ちゃんは伏せてな」
「はい」
今日は素直だねぇ。何時もこうだと助かるんですけど。

兵士は北西の見張り台に向かって手旗を振った。

構わず望遠鏡をロープに吊り下げて下ろす。盗賊のアジトで奪った方の。ノイツェセレクションは手元に残す。
壊れたら修理が利かなさそうだしな。

「お!それ最新式の奴だな。結構高いんだぞ。俺らの使ってる物より上当品。そっちのはヤケに古そうだな」
解説有り難う。
最後に2人の武器を下ろした。

手を振ると3人は荷を装備して一路北へ。
行商たちの往来を迂回して本街道を横断する。急いでいても一般人を巻き込む訳には行かない。

日は真上。待ち合わせ丁度の時間。
古びた望遠鏡でゴンザを探す。

名前:望遠鏡亜型。Lo.302(古代兵器)
特徴:視認性拡大。範囲は魔力量に比例する

照準を北西方面に絞る。
「おー居た居た。相手は…まだ1人だな」

お知らせ通りに北本街道を外れた西側を、黒尽くめの人物の後ろに付いて歩いていた。

望遠鏡をフィーネに渡した。
「どう?届きそう?」
「うーん。ギリギリかなぁ。覘きながらだと投げるの難しいのが問題かな」
そりゃそうだわ。どうすっかな。
「私も見せて下さい」シュルツがフィーネの服の袖を引いて望遠鏡を要求した。

はいと渡された鏡で同じ方向を見る。
「見える?」
「…あ!見えました」
気の所為か胸元が淡く輝いている様に見える。
ネックレス?魔力の素養が在るのかな。




---------------

勧誘者の後ろを歩きながら、周囲を伺う。
街道から逸れた場所。人気は自分たち以外に無い。
一応今の所伏兵は居ない様子。

「何処まで行く。森まで行くなら何もせず帰るぞ」
森の中で囲まれては堪らない。丸腰状態では対処が難しいのもある。

「用心深いお人だ。ここで良いでしょう」
隠者は背負っていた包を地に下ろし解いた。
中には大きな青銅鏡。
見た事も無い装飾が施されている。
真鍮か黄金か。黄色の輝きを放つ炎を象った様な造形。
「それは」

「これは現し身の銅鏡。ここには九十九の力有る魂が収められている。中にはアンネの魂も」
「な…」

「苦労しましたよ。御方がお気に召した者の魂だけを奪取するのには。こんな所で役に立つとは思いもしませんでしたが」
鏡の端を掴んで持ち上げる。
「収める魂が百を数える時。この魔導鏡は更なる進化を遂げる」
「進化…だと」
「そして名誉ある百番目に選ばれたのは」
俺だと言うのか?

「寂しくはありませんよね。愛する者の魂と同一と成れるのですから」
こいつはいったい、何を言っているんだ。

鏡を片手で抱え、空いた片手を頭上に挙げた。
「但し、魂を奪い取れるのは。肉体が果てた瞬間」
その言葉を聞き終える前に後方へ飛び退いた。

「中々に鋭い」
先程立っていた場所の地面から、何か紐状の物が幾本も伸びていた。
「触手か!」
触手を出す魔物は多くはない。まして人間に仕える魔物など聞いた事もない。

「ご明察。解った所で手遅れですが」

これまでのスターレンとフィーネ嬢の話を繋ぎ合わせる。
渓谷とアジトで見た魔人の姿。
逆も又然り…。

飛び退いた先の地面からも数本が割って出て来た。
内の二本に両脚首を掴まれた。

これは神への冒涜。生命への渇望。
これは弱体化ではなかった。

「スターレン!!見ているか!こいつらは」
人魔を造り出してしまった。

目の前に数本が撚り合わせられ、尖った先端部を見せ付けられた。
「往生際の悪い」
「こんな愚劣な物が、置き土産とはな…」
遂に死を覚悟した瞬間。右手上方から何かが通過した。

目にしたのは、切断され地をのた打つ触手。
「…この距離を狙われるとは、驚きましたよ」




---------------

トームは自宅へ帰るなり叫ぶ。
「レーラ!二人を連れて地下へ隠れろ!」

再三忠告を受けていた事が遂にやって来た。
無言で頷くレーラと泣き叫ぶ二人の子供たち。

泣く事自体は咎めない。急げとだけ叫んだ。

居場所も在宅も確認されている。今更路上には放り出せない。
地下へ収納後に二階に駆け上がり、屋根裏から弓矢と短剣を掴み取ると矢筒を肩に掛けバックルを装備した。

小さなベランダから身を乗り出して屋根に飛び乗った。

周囲を見渡す。人が多すぎて敵の気配は探れない。
目立つ様に尾根へと腰掛ける。

弓を引き、向い数軒先のエドガントの家の窓枠を捉えた。
反応無し。不在とは運が悪いな。

今の所で敵影は無い。
小一時間経過した所で眼下の路地が騒がしくなった。

「お待ち下さい!メレス殿」
「待てん」

剣を抜刀したメレスが通り過ぎて行く。その後を衛兵数人が追い回していた。
メレスと視線を交す。
「幾ら貴方たちでも町中での武装は!」
「乱心だ。許せ」
「それの何処が…」

下は問題無さそうだ。メレスに任せ、高い建屋や隙間、軒影に集中した。
ご近所の顔ぶれは把握している。見慣れぬ人影を探した。

四方八方から沸き上がる黒尽くめ。
如何にも敵だが相手が仕掛けて来るまでは、反撃は出来ない。冒険者でも町中では専守防衛が課せられている。
自由に動けるのは衛兵と憲兵のみ。

暫く睨み合い状態が続いた。
「ぎゃーーー」
視線を送るとメレスが黒の一人を斬り付けていた。

「人違いだ。許せ。一般人は家から出るな!」
真っ昼間から無茶するなぁ。
「それは我らの役目です!」
「ならば相応の動きをしろ。まだまだ敵は居るぞ」

風切り音がした所で、弓を抱えて屋根を転がり落ち、ベランダの柵を足場に路地へと降りた。

「攻撃されたぞ!衛兵は何を遊んでるんだ」

「ええい!二人一組。一方はメレス殿を。一方はトーム殿とここ周辺の路地裏。残りは私に続け!散開」

家を起点に周回。
弓を向けて逃げない黒を排除して行った。
嫌な感覚を覚えた三匹目。
そいつは何かの武器を抜いた。

確認出来たのはそこまで。突然足の力が抜けた。
弱体化…。
「ビンゴは…こっちかよ!」
二人の衛兵も膝を着いて戸惑っていた。
「物陰に隠れろ!」
声は出る。

力が上手く入らない腕を伸ばして逃げ遅れた衛兵の首襟を掴んで引き込んだ。

当りを示す金貨を一枚。鏃に括り付け、真上の空に打上げた。
スターレン。こっちを見てろよ。




---------------

「変な…蔦の様な物に捕えられました!」
シュルツに渡した望遠鏡を返して貰いゴンザを探った。

金色の道具を前に戸惑い、足を掴まれたゴンザが見えた。
「フィーネ!肉眼で行ける?」
「やってみる」
足元に購入した槍を全て転がし、1本を掴み取った。

「おいお前たち。そっちもだが、街中も騒がしいぞ!」
ややこしい!

望遠鏡を2区の空に差し向けると、こちらも黄金色の物体が舞った。
当りだと…。本命があっちだとは思わなかった。


「スターレン!左手が邪魔!集中出来ない」
一投目を終え、手放した槍の代わりに数本の矢を手に掴んでいた。

「あんた何送ったんだ!」
「例の夫婦が来たとしか送ってない」

「あれは俺が排除する。あんたはフィルを連れて見張り台へ行ってくれ!」
「あ…あぁ。警鐘は鳴らすからな」
「当然。フィル。物陰に隠れてじっとしてるんだ」
「はい!」

見張り台の出入り口まで走る2人。尚も続く射撃。
目立つ様に矢面に立ち、地に散った短剣を腰のベルトに挿し走り出した。

中剣の柄を握り、壁上を西側へ飛び越える。
トーム家が本命だとしても、ここからでは間に合わない。
武器の投擲は市街地には以ての外。
中に残したメンバーを信じる。


北門の上を通過した途端に照準が俺に集中した。
それでいい。馬鹿が!

中剣を抜剣。飛来する矢を前進しながら全て弾いた。
照射口は2口。敵は最低2人居る。

鳴り響く北東からの警鐘。
王都内外での異変。何方にも対応出来ない歯痒さ。

北西の見張り台を射程圏に捉えた。
時間操作:前1

見張り台の壁を体当たりで突き破った。
中には弓を準備中の兵士が数名。軍部の裏切り者かどうかの確証が持てず、1人目を出会い頭に顎へ膝を入れ意識を奪い、乗り越えて台上に駆け上がった。

至近距離で弓を向けた2人の兵士。これは確定。
端に居た兵士に肩を当て外壁外へ突き落とした。
翻ってもう1人も西側へ逃れ様と背を向けてくれたので、腰を掴んでバックドロップ。投げっぱなしの序でに鐘を突いた。

鐘の音を間近で聞くと軽い拷問だな。鼓膜が痛い。

階段上で仁王立ち。追手の有無を見定める。
攻撃して来たら反撃する。
「裏切り者でないなら武器を捨てろ!」
忠告したにも関わらず、今度は長槍を突き返された。
その兵士の行動に戸惑う後方3名。これは違う。

突いて来た槍の柄を掴んで引き倒す。次いで倒れた所に背中から一刺し。
「関係ないなら下へ行け!2区で盗賊が暴れてるぞ」
「わ、解った」
後ろの1人が答え、顎を砕いてしまった兵士を抱えて下へと降りて行った。

…これは出会い頭の衝突事故だ。許して欲しい。
見舞いの品は豪華にするから!
何なら仕事も紹介するからさ!




---------------

私は見張り台内に隠れる振りをして、兵士の目を盗んで外壁中層へと降りた。
これは予定通りの行動。

スターレン様たち、顔を知っている人間以外は誰も信じるなと。逃走路の指示は受けている。

何時までも怯えてばかりの子供では居られない。
中層のテラスから逃げ惑う人々の波に紛れ、下層への階段へと向かった。

波に流されるまま、外壁の出入り口から押し出される。
「痛い」
受け身が取れず、地面を転がり後ろから来た人に腰を踏まれた。

波が通り過ぎた頃を見計らい立ち上がった。
軽い打撲と肘と膝を剥いていたが、身体は動く。
新品の召し物が台無しだ。折角買って頂いたのに。

涙を堪えて歩き出した所で肩を誰かに掴まれた。
振り返ると、そこには。
「お…」
「貴様!あのスターレンと共に歩いていたな。我が娘は何処だ!」
取り乱した我が父の姿が在った。
思わず髪飾りに手が伸びそうになる。
「あれは大事な献上品だ。知っているなら好きなだけ褒美を与えると約束しよう」

口を両手で押さえ、首を振る。
信じられない。信じたくない。そう考えるだけで頭の中が一杯になった。どうして、お父様が。
「知らぬなら、貴様は人質とする」
自分に伸ばされる父の手。あの優しかった父の手。それが今は悪魔の手に見えた。

助けて、お母様…。

父の手が触れ様とした瞬間。それを掴み挙げたのは、フィーネ様だった。
「内の娘に何すんのよ!」
その意外過ぎる言葉に思考が停止し掛けた。
「何をする!私を誰だと」
次には拳で腹を突かれ、苦悶の顔で地を転がる姿。

これ以上は見たくなかった。
フィーネ様を止める意味でも、背中に張り付き。
「お父様です…」
そう小声で伝えると、舌打ちしながらも追撃は止めてくれた。
「後どうするかは、ロロシュ様に一任する。それでいい?」
「はい…」

「衛兵さん!そこで転がってる暴漢を連れて行って」

そのままフィーネ様の背に負ぶさり、暫く兵士に連れて行かれる父の姿を眺めて見送った。
「どうして、お父様が…」
「どうしてだろうね」
それ以上は何も語らず、私をその場に下ろすと擦り傷に付いた砂をそっと叩いてくれた。
不思議と痛みも消えて行った。

その優しく温かい手。父は、与えてはくれなかった。




---------------

カメノス邸内。第三工房。
開発中の歯磨き剤の工房とは別館。

そこに急遽運び込まれた捕虜が一名。
カメノス本人を除いては情報も制限されている。その少なくない情報源を得たと、邸内は色めき立った。

対応をどうするかを悩んでいると、カメノス本人が工房に訪れ指示を出した。
「モーラス君。これの処遇は君に任せる。兵舎に突き出すなら肢体を砕いて放り出すが」
中々冷酷な言動。スターレンが仲間に引き入れるのも妙な感慨を覚えた。決して悪い意味合いではなく。

「拷問しても多寡が知れると言うもの。ここは一つ、例の新薬を試しましょう」
「僧職の君の言動とは思えぬな。しかし一度任せると言ったのだ。好きにしなさい」
褒められてはいない。

僧侶とは。主に従軍医療従事者を指す。
傷、怪我、病気、被毒などの状態を見極め、投薬を処方して傷を癒やすのが仕事である。
彼のベルエイガも女神教系の僧侶であった。
最後まで従軍していたのにも関わらず、ベルエイガは自身と冒険者を引き連れて帰って来た。
改めてスターレンが持つ疑問と符号する。それは僧職の仕事ではないと。
我らの本懐は主を先に救えて当然。時には身代わりと成れねばならない。

「ならば私は破戒僧なのでしょうね。しかしこれも主の望みを叶える為です。彼女たちは引き取って頂いた方が宜しいかと」
カメノスの後ろには、次女君のペルシェと侍女が静かに立っていた。
何時も私の助手を務めてくれている物静かな娘たち。
ペルシェは気丈で頭が良く、今から使う新薬の開発者でもある。侍女は純粋な世話係。
「お構いなく。作った試薬の効果を見られる良い機会。モーラス様が気にされるのでしたら、覆面でも被ります。同席をお許し下さい」
侍女に手を伸ばすと、白い頭巾を受け取り、それを崩して顔を覆った。
「そこまでされては拒否の理は在りません。カメノス様は念の為、隣の暗室から眺めていて下さい」
「そうさせて貰う。私は適当に戻る故、気にするな」
それを聞き届け、捕虜が縛られている部屋へと入った。

注射器を手に取り、中に薬剤を誘い込む。
ここに在る医療器具の全てはスターレンの発案。
これまでの人生で見知っていた医療の技術は、全てが張りぼてだと思い知らされた。
肉が切れれば縫合する。骨が折れれば添え木を当てて整える。毒を喰らわば吸い出し吐かせ解毒する。病気に成ればハーブを飲ませる。それだけだ。

我らは人体の外面だけを見て、中身を何も調べようとはして居なかった。中身の臓物の構造を調べ、血溜りを見付け痼りを見付けて取り除く。そんな単純な解を教わり、始めての医療だと思い知った。

痛みを取り除く痛み止め。意識を奪い取る麻酔。
幻覚を見せ擬似的な快楽を与える麻薬。それらを人体に張り巡る太い血管に直接入れようとは誰の認識にも無かった知識。

大天使様を見せられ、生まれる前の話を聞いた。
成程と。彼の知識の根源は全く別の場所に在ったのだ。
道理で幾ら探しても見付からない。

私はたった今。僧職を捨て去り、人外へと踏み出す。

注射器を持つ手が小刻みに震えた。
これは恐怖ではない。
「手が震えておりますよ。それでは上手く入りません」
ペルシェの手が添えられる。
「助力に感謝する」
これは喜び。嘗て無い叡智へと踏み出せる好奇心。
果てる事の無い探究心。
私の顔は酷く醜く破顔しているのだろう。

針の先端を捕虜の腕に挿し入れた。
注射器の尻のコルクをゆっくりと押し込んだ。

抵抗の意思を見せていた捕虜が大人しくなり、一瞬白目を剥いたかと思えば、次には瞳孔が開き切り鼻息が荒く、肩を上下させていた。

猿轡を外す。そして捕虜の耳元で囁いた。
「知っている事を全て話せ。お前の名と、雇い主は」
「俺はニックマン…。ッキャ、キャルベスタに雇われた」
窓の外のカメノスに視線を送る。彼は小さく頷いた。

鉄血宰相、キャルベスタ・オブライン。
この国は何処までも腐っているのが知れた。




---------------

盛大に燃え上がる隊長の自宅を、隣の事務所から眺めながら、ここへ残された三人でトランプのカードを切った。
「保険…利くかなぁ」
家の主がメソメソと泣いている。

「泣くなよ旦那。全部あいつに請求すりゃいいだろ。カードに鼻水付けんなって」
「げ、元気出して。メメットさん」
カーネギだけは何時もと何も変わらない。
「頑張る!思い出が何だ!クソ馬鹿野郎」
「そうだその意気だって。本当に大事なもんはこっちに移してあるんだろ」

「そうだけどよぉ…。死んだ嫁との思い出がよぉ」

そう言いつつ、ちゃっかりと肖像画は持って来てたのは知っている。家は諦めろ。

仲間の多くが離れた北側で戦っているのに。どうして俺たちだけここでのんびりと遊んでいるのか。
それもこれもカーネギが立てた作戦の一環。

俺たちだけはメメットの自宅の延焼に巻き込まれて死んだ体で居る。その実、地下通路から工房に逃れた。

敵も真逆直ぐ隣に避難しているとは夢にも思わん。
救援に向えない代わりにじっとしているのが正しいとは思わないが、衛兵が追い払ってくれた敵を再度分散させるのは明らかに愚手だ。全てのケリは今日中に付ける。


パージェント所属の冒険者ギルドの中でもゴンザ隊は極めて異質だった。欲さえ在れば上級に格上がり出来るメンバーが半分以上。実績も実力も。
足りないのはデカい商団か、お偉い貴族様のお墨付き。
リーダーがどっちにも嫌われていたからな。ついこないだまでは。

「いつも、足手纏いでごめん…」
また始まった。カーネギの過小評価の愚痴。

ゴンザ隊の知名度と防衛率と達成率を飛躍的に上げたのは他でもない。このカーネギだ。
「自信持てよっと」カードを切って配り終えた。

カーネギとの出会いは斬新だったな。
俺とメレスが駆け出しの頃。誰とも組めずに困ったいたカーネギと組んで鴨にしてやろうと、使い潰す積もりで誘ったのが切っ掛け。
ワンランク上の依頼を三人で受け、途中で襲われカーネギを囮に放置して逃げた。

依頼は小物の運搬。荷物だけ届ければ達成出来た。
品物を届け終わった後で、報酬の山分けの段階で後味が悪くなり、カーネギの死亡確認に別れた所まで戻ると、たった一人で盗賊十人相手に奮戦中だった。

ざっと四半日は経っていたってのに。
俺たちは夢でも見てるのかと我が目を疑ったもんだ。
真夜中でも昼間と変わりない立ち回り。カーネギの周囲に転がる盗賊たち。信じられなかった。

腕や足を折られてたのが半数。中には首が曲がって絶命してた奴も居た。
動ける残党は三人になってた。
助けに入ってカーネギを見てみると。
「依頼は?達成した?」
ボロボロの大盾と、馬車から外した車輪を両手に開口一番に聞き返された。

矢の一本も受けず、掠り傷と打撲だけだなんて笑うしかないだろ。

カーネギの強みは無尽蔵な持久力と、誰にも真似出来ない夜目。

照明一切壊れて消えても敵味方の区別が付くんだと。

町に戻り酒を奢ると、嬉しそうな顔しやがって。
「明日も、組んで、くれる?」
こっちの口はポカーンだ。

「ああ…。こっちから頼む」当時は尖ってたメレスが素直になってた。俺も釣られて。
「依頼の前に、大盾いいやつ買いに行こうぜ」

「足手纏いで、ごめんね…」それが口癖だ。
置き去りにした俺らに恨み言一つも無く笑いやがって。

それから本格的に三人で組むようになった。
何時かの依頼時に、ゴンザ隊と同じ班になって真っ先にカーネギがスカウトされた。優秀な壁役。当然だ。
「ふ、二人もどうかな?出来れば、一緒がいいな…」
「こちらは願ったりだが。本人たち次第だ」
文句なんかある訳ねーよ。二つ返事でOKしてやった。

人数が増えれば受けられる仕事も大きくなる。
何よりカーネギが居るなら尚更。

そっから怪我で引退した奴を除いて死亡者は居ない。
それがどんだけの偉業なのかを本人が無関心。隊の皆で何度言っても理解出来ないとよ。そりゃこっちだぜ。


「なぁメメットの旦那よぉ」
「なんじゃい」持ち札が悪く頗る機嫌が悪い。
「スターレンはいつから俺らを仲間にしようとしてたんだろうなってな」

メメットは暫く考え。
「…最初っからだな」
「最初から?旦那と話してからか」
「違うな。あいつはあの時、自分で冒険者を雇えるだけの金は持ってた。敢えて、あいつは時間調整して最後尾の馬車に乗ったのさ」
「どうして…」

「そりゃカーネギが居たからだろ。ちょっと調べりゃ隊の生存率なんざギルドで解るしな」
「お、俺?強くも、ないのに?」んな訳あるか。
渓谷で魔人見た時だって。
「…この盾だと、二発が、限界…」とか呟いてたのはどいつだよ!正直俺は足がブルって動けなかった。

馬車に乗る前からかよ。流石は御使いさんを従えるだけあるぜ。全く嫌になる。
「こちとら普通の人間だってのによっと。上がり」
「つ、強いなぁ、ソプランは」
「だー。ついてねえ時はついてねえなぁったくよぉ」

ゲームが終了後にカーネギは席を立ち、自分の大盾を装備した。
「ふ、二人は、動かないで」
敵も馬鹿じゃないらしい。
「チッ…。旦那は絶対にそこを動くなよ」
「お、おぅ」

ガンと五月蠅い音と共に側壁が破られた。
乱れ飛ぶ瓦礫の中、カーネギは俺とメメットとの直線上に立ち塞がり、飛んで来る物を盾で払った。

防衛ならお手の物。カーネギは屋外や市街戦よりも、屋内戦・籠城戦の卓越者。本来の得意分野だ。

崩された壁から太い腕が見えたと同時。カーネギは足元の仕掛けを踏み抜き、俺たちは地下へと落ちた。
椅子とテーブル毎。
これって…敵用じゃ…。

「旦那は奥に。絶対に出んなよ」
メメットを一つ奥の部屋に押し込み、俺は双剣を握った。




---------------

槍の雨は止んだ。弾切れに違いない。
しかし助かったのは事実。何度拾えば気が済むんだろうこの命。無駄にはしまい。

隠者は周囲を警戒し、距離を離した。

「良いのですか?これを壊せば、彼女の魂も」
「あっそ」
男が離れると触手も消えた。本体を別に見せて、その実男の身体自体が本命。
近場に突き刺さっていた槍を抜いて構えた。

槍装備は何年振りか。

軽い素材の中槍。耐久性は後数回が限度。過去の記憶を呼び起こす様に両手で回旋。

「真実だと言うのに…」
「黙れ。それが本当に真実なら、二つだけ問おう」
「…」

「どうしてアンネが白い躑躅が好きだったのか。魂を百集めるとその魔道具はどう進化する」
一つは偽言。品種を変え、その理由だけは俺とアンネしか知らない。
「…躑躅?その意は本人でないと解らぬ。後者は…」
逃げの口上としては尤もな言い分。
後者を言葉にするのを躊躇っている。逃亡する気だ。
「話にならんな」

あれが弱体化の道具でないなら恐れる物は限られる。

隠者が徐に片手を振り上げた…。しかし何も起きない。
「…なぜだ」

「この伏兵の事かしら!」
北側の丘上に立つ三人。ライラが隠者の仲間の首数個を上から転がした。
「汚らしい。穢らわしい!その魔導鏡は何だ」
矢継ぎ早に紡がれる言葉に隠者の男は狼狽えた。
「敵ならば容赦無しですか…」

無言のヒレッツが短剣を投げ放つ。

何処に同情しろと言うんだ。
「余所見をするとは舐められたものだな」
剃刀。耐久性が心許ない武器の使い方。
「冥土の土産に教えてやる。武器の正しい使い方をな」
戸惑う男との距離を左右に走りながら詰め、男の肢体側面を剥いで行く。

「どうやら、私はここまでの様ですね」
魔道具を手放さんと両腕で胸に抱え込んだ。
後転して距離を取る。

隠者の足元が崩れ、無数の触手が男を丸飲みした。

知らぬ三人が絶句する。
「怯むな!実体は一つ。ライラとムルシュは側面から。ヒレッツは投擲温存、周辺警戒。さぁ来い化物め」

乱れ飛ぶ触手の先端。速いが見える。
その悉くを槍で去なした。

速くて強い。只それだけだ。
フィーネ嬢の動きに比べれば数段落ちる。あの地獄の特訓も無駄ではなかった。

当たらなければどうと言う事は無い。スターレンの言葉が脳裏に浮かぶ。

本体には近付けない。男を囲む触手が折り重なり中央部は球状が形勢された。身の丈は3m近く肥大化。

「人間辞める前に、お前の名を聞かせろ」
「ギョザ。この名を土産にするのは、貴様らの方だ!!」

触手が全面に解放された。
それは、漆黒の華が開くが如くに。




---------------

「そっかぁ。お父さんが」
「うん…うん…」

フィーネの背で泣きじゃくるシュルツの頭を撫でた。
「献上品だって言ったんだね」
「…うん」

この子の命より、国を取ったか…。辛いなぁ。
「お父さんはさぁ。この国を守りたかったたんだと思う。それと同時にフィルも救おうとしたんじゃないかな」
「…私も?」

「成人までの4年。国の法まで捻じ曲げられなければ、その間は婚礼の儀は行われないんだ。お父さんは、そこに賭けたんだと思うよ」
「…」
シュルツは頭の良い子だ。何も言わなくてもきっとそれに気付ける。敢えてそれを言葉にした。
「心を、強く持って。フィル」
フィーネの優しい言葉が届いて欲しい。


2区の外壁沿いを1区方面に走った。
「どっちに行くの?」
フィーネの質問が飛ぶ。どちらに加勢するか。
「どっちにも行かない。今行くべきは」
俺は王都の真ん中を指差した。

「城?どうして…」
「最も安全な場所はあそこしかない。トームさんの所で当りが出た。フィルを匿って貰っ上で行かないと最悪全滅。何よりゴンザさんたちを信じてる」
信じるのは簡単。全てを成立させるのは困難。
身を切る思いで、俺は仲間を切り捨てた。
「…急ごう。しっかり掴まってて」
「はい」

各所で広がりを見せるか細い糸。行き着く果ては、俺たち3人だ。


商業ギルドで貸金庫からある物を取出し、メドベドが常駐している北部第三兵舎へと向かった。
入場の手続きをして貰おうと、メドベドに面会しようとした所で意外な人物が隣に立っていた。
「貴方は確か、ギークさん」
「覚えててくれたとは意外だな」
冒険者ギルドマスター、モヘッドの専属護衛の1人。
エドガントと同様に一線を退いた上級冒険者だ。

「今はかなり急いでいるので話は後で」
「馬鹿を言うな。俺は加勢だ。エドは自宅に居る。何処に向かえばいいのか言え」
「助かります!」
モヘッドには感謝しないと。
落着いて考えろ。強力な助っ人も、無駄に動かしたら誰も救えない。

エドガントは自宅。
なら近所のトーム家の味方枚数が増えた。

「トーム家の付近には弱体化を促す魔道具を持つ敵が居ます。ならばギークさんは…まずメメットさんの自宅方面へ向かって下さい。お願いします」
「弱体化だと…。解った急ごう。邪魔をしたなメドベド」
「いいえ。対応仕切れない我々が責められるべき。こちらに構わず行って下さい。武装許可の代わりに…そこの二人はギーク殿の補佐として同行せよ」
「「ハッ!」」
衛兵を加えた3人が兵舎を飛び出して行った。

「メドベドさん。急で申し訳ないですが」
「入場の許可証は作ってある。ノイツェ様からの通達通りにな。簡単でいい。今の現状を教えてくれ」

北西部の外壁外でゴンザ、ライラ、ムルシュ、ヒレッツが敵と交戦中。
トーム家周辺では先程ギークに知らせた内容に加え、トームとメレスが対応中。
敵の先手を取るにも、フィルを最も安全な王宮で匿って欲しい旨を伝えた。

「概ね把握した。ゴンザめ…俺を外したな。魔道具が本物ならこれ以上壁内の枚数を増やせば余計な混乱を招く。
憲兵隊。王都内北部全域に外出禁止令を発令。
衛兵隊。第二班まで私に続け。残り二班は南部への伝達に加え壁内の大掃除だ。
敵は路上だけに居るとは限らない。三身一組で怪しい連中を片っ端からしょっ引け。
私は旧友の泣きっ面でも拝みに行こう」
「お願いします!」
改めて凄い対応力だ。衛兵長は伊達じゃない。

「我々も、王都を護る意地が在る。何もせず惰眠を貪っていた訳ではない。後ろは気にせず走れ!」
感動で涙が出そうだ。
「ありがとうございます」

後ろの2人も頭を下げた所で、許可証を受け取り兵舎を退出した。

「後もう少しだからね。ここが踏ん張り処だよ、フィル」
「はい!お母様」
お母様!?何それ聞いてない。
「…やっぱり、お姉さんに変えて」
「はい!お姉様」
フィーネが満更でもない顔をしている。そっちの方がしっくり来るな。


こうして俺たちは北部の城門へと辿り着いた。
本当の黒幕が待ち構えているとも知らず。入城。
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