それぞれの希望の詩

居るべき世界、居たい世界

「助けて」

その一言がどうしても言えなかった。次は何をされるのだろう？恐怖に体も心も強張り逃げ出すこともできなかった。きっかけは些細な事だったはず。それが何かももう覚えていない。
「大丈夫？」
 
  昨日心配して声をかけてくれた母さんには大丈夫と答えてしまった。今更何を言えばいい？やっぱり助けてだなんて言えない。
 いつからだっただろう、いつまで続くのだろう。覚えていないし見当もつかない。今日を泣かずに生きることで精一杯。此処しか居場所は無いのだから。明日も生きることはできるだろうか。
 先生は最初は見つけて助けてくれた。それ以来、殴られたりすることはなくなった。だが彼らは心に刃を突きつけ始めた。どうしてだろう？傷はついていないはずなのにこれのほうがずっと痛い。先生はもう気付いてはくれない。

 日に日に弱っていく姿を見て母さんは心配してるようだった。それでも打ち明けることはできなかった。

「今度のお休みにどこか出掛けようよ。あなたに好きな電車に乗って。」

  次の土曜日、母さんに誘われ小さな旅行に出た。彼らのいない世界は怯えることもなく、落ち着いて過ごすことができた。大好きな電車にも乗れて久しぶりに心のそこから笑えた気がする。でも時間が経つに連れ、また恐怖が心の中で大きくなっていった。明日にはあの世界に帰らなくてはいけない。それがとても怖かった。

 夕方になり、母さんと2人帰りの電車を待つ。色々な光景や思い頭の中に思い浮かぶ。何故大好きな電車であんな世界に戻らなくちゃいけないのだろう？その矛盾がとても哀しかった。また、いろんな情景や想いが頭を駆け巡る。最後に思いだしたのは今朝テレビで見たニュースだった。心は決まった。

  あそこへは帰らない。ずっとここに居る。好きな電車に囲まれて過ごせたらどんなに幸せだろうか。だからここに連れてきて母さんには心の中で感謝している。だからいつでもここに会いにきて欲しかった。もうあそこに戻らずに済む。それが何より嬉しい。それが最期に夢見た唯一の希望。