ファンゲール

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prologue

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「ダービィさん、そろそろ着きますよ」
「ん? ……ああ、いつの間に眠っていたのか……すみません」
「いえいえ。なかなか心地よいですからね、この馬車。僕も危うかったですよ」

 外装こそ貧相ながら、機能性においては高級車にも引けを取らない上質な馬車に揺れる、二人の若い男。
 ダービィと呼ばれた若い男が身につけるのはアカデミックガウンに似た物。横の席には大量の書物や筆記用具が積まれている。
 その向かいにいる、ダービィを起こした若い男が身につけているのはシャツに短パン、ハンチングとかなりの軽装だった。その手にはメモ用紙や何らかの資料が握られていた。
 一見して文化人のような彼らだが、ダービィの腰にはレイピアが、向かいの男の腰にはマスケット銃がベルトにかけられていた。
 文人か、武人か、やや迷う服装ではあったが、彼らは文人で間違いなかった。
 彼らの目的は、百年前の出来事の調査である。

 潮風に頬を撫でられていたダービィは向かいの男に起こされ、眠たげな目をこすり、一つあくびをする。
 そして目の前の男に話しかける。

「しかしホークアイさん。そろそろ私のことはエドワードと呼んで構いませんよ?」
「ならエドワード、僕の事もトーマスと呼んでください」
「わかりました、トーマス。……呼び捨てとはあまり慣れませんね」
「僕たちは共に一つのことを調査するのですから、やっぱり信頼関係は築かないと」
「ごもっともです」

 と、ここで馬車が停止する。目的地に着いたらしい。
 御者に宿で待機するよう言いつけ、エドワードとトーマスは馬車という閉所にいた疲れを癒すように、息を大きく吸い込む。

「やはりデラストは潮の香りが他より強いですね。あと油の香りも少々」
「港国メーベラスの港町ですからね。そりゃ潮の香りも、船に差す油や繁華街の油の匂いもするってもんです」
「ちょっと私には潮風が毒かな……とっとと中に入りますか」
「ですね」

 二人は慣れない潮風から逃げこむように、目の前の建物に飛び込む。
 その建物は『デラスト歴史博物館』。町の歴史を保管し、研究し、展示する、どこの街にもだいたいある『町の博物館』だ。
 やはり港町の建物。しっかり潮風対策がなされており、室内には潮の香りの代わりにアロマの香りが漂っている。
 そのアロマの香りが漂うのは、白を基調とした、簡素ながら力強い、港国メーベラス式の装飾がなされたロビー。そのロビーの受付に迷いなく足を運ぶ。

「カグニス帝国立エスカトニア大学考古学科教授、エドワード・ダービィだ。メーベラス公国立デラスト大学考古学科のゲーデル教授とここで待ち合わせして居るのだが?」
「……はい、いらっしゃいますね。第一多目的室にいらっしゃいます。……そちらの方は?」
「ああ、この方は私の連れの……」
「しがないジャーナリストのトーマス・ホークアイです」
「……わかりました。そちらの廊下の右側、二番目の扉でございます」
「ありがとう」

 受付嬢に簡単に礼を言い、示された扉をノックする。
 そしてすぐに中から、品の良い老人の了承の声が聞こえる。

「失礼します、ゲーデル教授」
「失礼します」
「おお、初めまして、ダービィ教授」

 そこにいたのは、エドワードが着るものとは少しデザインの違うアカデミックガウンを着た、長い白髪と白ひげを垂らした老人マック・ゲーデル教授。皺くちゃな顔ではあるが、その目は叡智と覇気に満ちて居る。
 だがその下半身は人の姿をしていない。蛇の体をしていた。
 そう、彼は人族と対する種族である魔人の一種、ナーガであった。

「……と、申し訳ない。そちらはどなたかな?」
「エドワード・ダービィ教授と共に研究に参加するジャーナリストのトーマス・ホークアイです。よろしくお願いします」
「ほぅそうか、君が私の提示した条件に合う助手かね?」
「ん? どういうことです?」
「それはこれを見てからにしてもらおう」

 ゲーデル教授がその手でポンポンと机に置かれた無数の木箱のうち一つを叩く。
 許可を取り、その蓋を開けてみれば……そこにあるのは、無数の本であった。

「……ああ、なんでジャーナリストの中でも若輩者の僕が選ばれたのかわかりましたよ。速読ですね?」
「なるほど。私も他の教授よりは速読法に精通して居るつもりでしたが、そういう……?」
「その通り。ここにあるだけで約50冊。ここに運ばれていないものも含め、推定150冊はあるぞ」
「そんなに……一体どこから?」
「それが、町の外れに突然。……どうやら捨てられたマジックアイテム『無限収納の小箱』が劣化で壊れてしまったようです。壊れた拍子に収納していたものをぶちまけてしまったのでしょう」
「しかし、こんなにあるなら人手を増やせばいいんじゃないですか?」

 トーマスの意見は尤もであった。
 確かにたった百年前の文献を読むことくらいは彼らにとっては容易い。しかしこうも数があるならもう少し人手を増やしたほうがいいのではないだろうか。
 その問いに、ゲーデル教授は若干渋面を作る。

「……何から説明したほうが良いか……この資料は112年前の魔人と人族の大戦争『ファンゲール』のきっかけとなった冒険者グループ……もしくは戦争屋、『シュルヴィーヴル協産』に関する資料だ」
「はい、それは聞きましたが……それに何か関係あるので?」
「……『ファンゲール』より更に200年前。魔人と人族は100年以上もの長きの間争いあっていたが、魔人側が妥協し、停戦に至り、双方にとって平和と調和が訪れた。しかし、その100年後……過激な冒険者グループが企業のごとく組織を組んだ『シュルヴィーヴル協産』によって魔人領『ナグラウス』が襲撃され、それがきっかけとなり、未曾有の大戦争『ファンゲール』が起き、平和と調和は破られた。大戦争そのものは1年程度で終わったものの、10年近くの間小規模な戦争は残り、その後ようやく今の平和と調和の時代が戻った……これが我々の知る『ファンゲール』の歴史だ。子供も教科書で習うレベルのな」

 そう、人族と魔人はかつて殺し殺されあいの仲であった。一度は和解したものの、結局再び血を流し合うはめとなった。
 そのきっかけとなったのが過激派冒険者グループ『シュルヴィーヴル協産』であり、現代では『悪魔』、『邪神の使い』とも呼ばれ、忌み嫌われている。
 しかし『シュルヴィーヴル協産』そのものの資料は少なく、構成人数など詳しい部分はわかっていない。
 だからこそ、『シュルヴィーヴル協産』の資料がこんなにもあるのは、考古学者としては飛び上がりたいほど喜ばしいことだ。
 しかし、同じ考古学者であるゲーデル教授の顔は、険しい。

「『シュルヴィーヴル協産』の戦闘員の中でも抜きん出ており、『シュルヴィーヴル協産』の初期メンバーとされる五人の人族を知っているかね?」
「ええ、知っていますとも。力量だけで言えば人族の限界を突破した英雄とも言われていたと」
「そうだとも。彼らは強かった。敵味方双方に恐れられた。そしてやはり、謎も多い」

 『シュルヴィーヴル協産』が大戦争を起こしたのは、初期メンバーの五人の存在が大きいと考えられており、残された記録からどのような外見、力を持っていたかある程度はわかっている。

 ランドルフ・アーミテッジ。五人のリーダー格とされる人物で、人族のなかでも人類という、ごくありふれた種族でありながら、その膂力はオーガすらも鎧袖一触で薙ぎ倒すほどであったという。その巨体に、白い岩のような鎧を着込み、その全身を隠せそうなほど巨大な盾を構え、巨大な剣や槌で魔人を薙ぎ倒していたとされ、当時は『白い大要塞』と呼ばれていた。

 ケザイア・ウェイトリー。猫人の少女であり、純魔導師とされている。がしかし、その杖には巨大なハルパーの刀身が取り付けられており、前衛を突破した斥候の眉間を貫き、首を切り落とすという魔導師らしからぬ近接戦闘能力を持っていたため、『首狩り魔導師』と呼ばれていた。

 ヘンリー・カーター。翼人の男性であり、魔力入出力機械、略称魔力機械を用いて戦っていたという。マニュピレーターを駆使し、三丁の魔銃で空から爆撃し、さらには戦闘用魔力機械を同時に100台以上も稼動させるという驚くべき面制圧力を誇っていた。その顔は男性であるのにもかかわらず女性のような顔立ちであったため、72柱の悪魔の1柱からとり、『第九の悪魔』と呼ばれた。

 アセナス・メーソン。エルフの女性であり、天空神テリスを進行していた神官であった。高い支援能力、高い軍指揮能力を誇り、更には旗槍で後方に回ってきた敵を突き倒していたという。神官の間では当時こそ聖女として敬われていたものの、現在では異端者として扱われている始末である。当時はその持っていた特徴的な旗槍から『旗槍の聖女』と呼ばれていた。

 ノア・ネザーソル。彼女に至っては竜と人間のハーフであり、炎を纏った剣を生み出しての剣戟、その恵まれた身体能力を活かした拳による白兵戦、更には竜の能力による魔法攻撃と、高い攻撃能力を持っていた。彼女は『シュルヴィーヴル協産』加盟前は単なる女学生であったとされている。当時彼女は『核熱の半竜』と呼ばれていた。

 彼らが災厄を引き起こした元凶とされている『シュルヴィーヴル協産』の初期メンバーである。

 エドワードが彼らの名前、特徴を思い出している最中、ゲーデル教授は独り言を言うように語る。

「しかし、そもそも私は疑問だったのだ。なぜ、彼らは戦禍を巻き起こしたのか。彼らは当時は人族の希望であった。それが、なぜ突然絶望の淵へ叩き落とすようなことをしたのか、と……そして恐らく、その答えがここにある。そしてその答えは、その理由が伝わらぬその答えは……知らない方が良いものなのかもしれない」
「だから、少人数なのですね?」
「……知識は時に毒となる。今この書物がその毒を封じ込めていると決まったわけではないが、警戒はすべきだろう?」
「ごもっともです。して、この中身は?」
「そうですね。僕も気になります」

 エドワードとトーマスは身を乗り出し、木箱を覗く。
 ゲーデル教授はその中から表紙に『1』と書かれたものを取り出す。

「これは日記だよ。『核熱の半竜』ノア・ネザーソルが、毎日書き続けた日記だ」
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