2 / 2
001
しおりを挟む
学校。
そこでの生活は誰にとっても、人生の中で一際輝く場所だろう。
友人と話し、絆を築き、恋愛して、一つのことに一生懸命になったりして……
人はそれを“青春”と呼び、美しく尊いものとする。
だが私には、それがない。
話し絆を築く友人はおらず、当然恋焦がれ、惚れられる異性はできず、皆がイベントに燃える中、ただ一人端から眺めるのみ。
何がまずかったのだろうか。
どうしてこうなったのだろうか。
ああ、わかっている。わかっているとも。
私は人と竜の子。魔物に近しい存在、半竜。学校に通うのは人間や、エルフや、ドワーフ、獣人がほとんど。その中で半竜の私はどうしても浮く。
短めに切ったダークブラウンの髪の間からは一対の竜の捻じ曲がった角が生え、背中からは鱗に覆われた蝙蝠のような翼が生え、腰からは甲殻に包まれた爬虫類の長い尾が生えている。
人族と比べて、その姿は異形に他ならない。魔人といった方がいいかもしれない。
そんな者と、一体誰が仲良くしたいというのだろう。
幸い、虐められることはなかった。だが、それは虐めるのも嫌なくらい、怖かったのだろうか。
学校から帰っても、別段面白いことはない。
普通の者たちは学校での出来事を家族と食卓を囲んで話すのだろう。だが、私には家族はいない。
私の父は核熱の竜。私が生まれる前に何処かへと行ってしまった。私の母は私を生み落す時に角で胎内を傷つけられ、亡くなってしまった。親戚は誰も半竜たる私を養おうとせず、今私を養っているのは孤児院。
孤児院の保母との仲は悪くない。が、良くもない。学校に行かせてくれる彼女に感謝していないわけでもない。だが、それ以上の仲ではない。所詮は赤の他人。
私は生まれて16年、常に孤独であった。
これからもずっと孤独であるのだと思った。
かの日、かの路地で、蹲った彼女に会うまでは。
◆◆◆◆
鞄を揺らし、丘の上にある公国立デラスト学園へと続く道を進む。
周りを見れば、たむろする男子や横に並んで話に花を咲かせる女子が登校している。
そんな彼らが身につけるのは、教科書の類が入った鞄というオーソドックスなものだけではなかった。その腰には、なぜか剣や杖が下げられているのだ。
なぜ、学生が武装しているのか。それは、この学園が『冒険者』を育成する学校であるからだ。
この世界には人知を超えた獣────魔獣や人知を超えた土地や遺跡────ダンジョンが存在している。それに対抗し、人々を守るのが冒険者であり、彼らには個の力とチームワークが求めらた。
そのスキルを磨くのがこの公国立デラスト学園である。当然、ここに集うのは夢を求め、冒険者を目指す者たちだ。
私もその一人である。
だが、私の周りには誰もいない。逆に、人はおらず、見えない隔たりができている。
だが、これもいつものことだ。
何度も繰り返して来たことだ。
狭く薄暗いが故にほとんど誰も通らない学園への近道を通る。
当然、人はいない。
だが、私にとってはそれが心地よい。
仲間とともに楽しそうにしている彼らを見るのは……やはり今でも少し辛いのだ。
だからこそ、私はこの人のいない近道が好きなのだ。
すこし曲がりくねった路地を行く。
薄暗いが、半竜の私にとっては暗所も見渡せる。
だから、怖くはない。
私は路地を進む。
人がいないことに安堵しながら。
だが……枝分かれする路地の影にあるものを見て、私は身を強張らせた。
誰もいないと思い込んでいたが故に、衝撃は大きかった。
路地の脇道にもたれかかるように座る人物が、そこにいたのだ。
腕は細い。着ているものはボロボロ。身体中煤けてさえいる。
そのボブカットの髪はロシアンブルーの毛色に似ており、その頭頂からは猫の耳が生えていた。
獣人の一種、猫人に違いない。
顔を伏すように座っているため、その顔を確認することはできない。
なぜ、こんなところに座り込んでいるのか。
なぜ、こんなにも煤けているのか。
気がつけば、私はその猫人に声をかけていた。
「あの……」
返事はない。
その肩に手をかけ、揺すりながら声をかけて見る。
「あの、すみません……」
「……」
ようやく、猫人はその顔を上げた。
やはり顔も煤けていた。がしかし、それでもくすまないほどの美しさ……いや、小動物的可愛らしさをその猫人の少女は持っていた。
だがその青い瞳は疲れ切ったソレ。その瞳を通して疲労、絶望、諦念……様々な負の感情が滲み出て押し寄せてくるかのようだった。
その瞳を見た瞬間、あまりに重たい瞳に私はたじろいだ。
だが、それでもそそくさと見て見ぬ振りをして逃げなかったのは……神の悪戯か。
「あ……あなたは、なぜ、こんなところに……?」
「……」
「……わっ、私は……ノア・ネザーソル。この先のデラスト学園の高等部二年生です……あなたは?」
理由を、名前を聞こうとする。
だが、何も答えない。
暖簾に腕押し。無駄か。
そう思った時、微かに声が聞こえた。
「………………………るか」
「……え?」
「初対面の者に名乗るのか」
その声は重かった。
元は明るかったのだろう声色も、酷く重くかすれたものになっている。
そして、その声をよく聞こうと猫人の少女に顔を近づけた時。
私は見てしまった。
その手に握られた短剣を、その首にずっと突き立てていたのを。
切っ先が皮に引っかかる程度であったが、わずかに血が滲んでいた。
力を加えれば、濁流のように血が噴き出すことだろう。
これを見て察さない者はおそらくいるまい。
彼女は、自殺しようとしている。
瞬間、自分の中で何か弾けたのだ。
なぜそんなことをしようと思ったのか、わからない。
まるで発作のように、体が動いたのだ。
気づけば、私はナイフを持つ手を取り、強引に引き、駆け出していた。
元来た道を戻り、学生の流れを逆走し、訝しみの視線を浴びながら私は走った。
その時の少女の顔など見てはいない。見る余裕もなかった。
そのまま孤児院へ、私はその少女を連れ込んだのだ。
そこでの生活は誰にとっても、人生の中で一際輝く場所だろう。
友人と話し、絆を築き、恋愛して、一つのことに一生懸命になったりして……
人はそれを“青春”と呼び、美しく尊いものとする。
だが私には、それがない。
話し絆を築く友人はおらず、当然恋焦がれ、惚れられる異性はできず、皆がイベントに燃える中、ただ一人端から眺めるのみ。
何がまずかったのだろうか。
どうしてこうなったのだろうか。
ああ、わかっている。わかっているとも。
私は人と竜の子。魔物に近しい存在、半竜。学校に通うのは人間や、エルフや、ドワーフ、獣人がほとんど。その中で半竜の私はどうしても浮く。
短めに切ったダークブラウンの髪の間からは一対の竜の捻じ曲がった角が生え、背中からは鱗に覆われた蝙蝠のような翼が生え、腰からは甲殻に包まれた爬虫類の長い尾が生えている。
人族と比べて、その姿は異形に他ならない。魔人といった方がいいかもしれない。
そんな者と、一体誰が仲良くしたいというのだろう。
幸い、虐められることはなかった。だが、それは虐めるのも嫌なくらい、怖かったのだろうか。
学校から帰っても、別段面白いことはない。
普通の者たちは学校での出来事を家族と食卓を囲んで話すのだろう。だが、私には家族はいない。
私の父は核熱の竜。私が生まれる前に何処かへと行ってしまった。私の母は私を生み落す時に角で胎内を傷つけられ、亡くなってしまった。親戚は誰も半竜たる私を養おうとせず、今私を養っているのは孤児院。
孤児院の保母との仲は悪くない。が、良くもない。学校に行かせてくれる彼女に感謝していないわけでもない。だが、それ以上の仲ではない。所詮は赤の他人。
私は生まれて16年、常に孤独であった。
これからもずっと孤独であるのだと思った。
かの日、かの路地で、蹲った彼女に会うまでは。
◆◆◆◆
鞄を揺らし、丘の上にある公国立デラスト学園へと続く道を進む。
周りを見れば、たむろする男子や横に並んで話に花を咲かせる女子が登校している。
そんな彼らが身につけるのは、教科書の類が入った鞄というオーソドックスなものだけではなかった。その腰には、なぜか剣や杖が下げられているのだ。
なぜ、学生が武装しているのか。それは、この学園が『冒険者』を育成する学校であるからだ。
この世界には人知を超えた獣────魔獣や人知を超えた土地や遺跡────ダンジョンが存在している。それに対抗し、人々を守るのが冒険者であり、彼らには個の力とチームワークが求めらた。
そのスキルを磨くのがこの公国立デラスト学園である。当然、ここに集うのは夢を求め、冒険者を目指す者たちだ。
私もその一人である。
だが、私の周りには誰もいない。逆に、人はおらず、見えない隔たりができている。
だが、これもいつものことだ。
何度も繰り返して来たことだ。
狭く薄暗いが故にほとんど誰も通らない学園への近道を通る。
当然、人はいない。
だが、私にとってはそれが心地よい。
仲間とともに楽しそうにしている彼らを見るのは……やはり今でも少し辛いのだ。
だからこそ、私はこの人のいない近道が好きなのだ。
すこし曲がりくねった路地を行く。
薄暗いが、半竜の私にとっては暗所も見渡せる。
だから、怖くはない。
私は路地を進む。
人がいないことに安堵しながら。
だが……枝分かれする路地の影にあるものを見て、私は身を強張らせた。
誰もいないと思い込んでいたが故に、衝撃は大きかった。
路地の脇道にもたれかかるように座る人物が、そこにいたのだ。
腕は細い。着ているものはボロボロ。身体中煤けてさえいる。
そのボブカットの髪はロシアンブルーの毛色に似ており、その頭頂からは猫の耳が生えていた。
獣人の一種、猫人に違いない。
顔を伏すように座っているため、その顔を確認することはできない。
なぜ、こんなところに座り込んでいるのか。
なぜ、こんなにも煤けているのか。
気がつけば、私はその猫人に声をかけていた。
「あの……」
返事はない。
その肩に手をかけ、揺すりながら声をかけて見る。
「あの、すみません……」
「……」
ようやく、猫人はその顔を上げた。
やはり顔も煤けていた。がしかし、それでもくすまないほどの美しさ……いや、小動物的可愛らしさをその猫人の少女は持っていた。
だがその青い瞳は疲れ切ったソレ。その瞳を通して疲労、絶望、諦念……様々な負の感情が滲み出て押し寄せてくるかのようだった。
その瞳を見た瞬間、あまりに重たい瞳に私はたじろいだ。
だが、それでもそそくさと見て見ぬ振りをして逃げなかったのは……神の悪戯か。
「あ……あなたは、なぜ、こんなところに……?」
「……」
「……わっ、私は……ノア・ネザーソル。この先のデラスト学園の高等部二年生です……あなたは?」
理由を、名前を聞こうとする。
だが、何も答えない。
暖簾に腕押し。無駄か。
そう思った時、微かに声が聞こえた。
「………………………るか」
「……え?」
「初対面の者に名乗るのか」
その声は重かった。
元は明るかったのだろう声色も、酷く重くかすれたものになっている。
そして、その声をよく聞こうと猫人の少女に顔を近づけた時。
私は見てしまった。
その手に握られた短剣を、その首にずっと突き立てていたのを。
切っ先が皮に引っかかる程度であったが、わずかに血が滲んでいた。
力を加えれば、濁流のように血が噴き出すことだろう。
これを見て察さない者はおそらくいるまい。
彼女は、自殺しようとしている。
瞬間、自分の中で何か弾けたのだ。
なぜそんなことをしようと思ったのか、わからない。
まるで発作のように、体が動いたのだ。
気づけば、私はナイフを持つ手を取り、強引に引き、駆け出していた。
元来た道を戻り、学生の流れを逆走し、訝しみの視線を浴びながら私は走った。
その時の少女の顔など見てはいない。見る余裕もなかった。
そのまま孤児院へ、私はその少女を連れ込んだのだ。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う
yukataka
ファンタジー
断頭台で首を刎ねられた王女セリーヌは、女神の加護により処刑の一年前へと時間を巻き戻された。信じていた者たちに裏切られ、民衆に石を投げられた記憶を胸に、彼女は証拠を集め、法を武器に、陰謀の網を逆手に取る。復讐か、赦しか——その選択が、リオネール王国の未来を決める。
これは、王弟の陰謀で処刑された王女が、一年前へと時間を巻き戻され、証拠と同盟と知略で玉座と尊厳を奪還する復讐と再生の物語です。彼女は二度と誰も失わないために、正義を手続きとして示し、赦すか裁くかの決断を自らの手で下します。舞台は剣と魔法の王国リオネール。法と証拠、裁判と契約が逆転の核となり、感情と理性の葛藤を経て、王女は新たな国の夜明けへと歩を進めます。
いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
卒業パーティでようやく分かった? 残念、もう手遅れです。
柊
ファンタジー
貴族の伝統が根づく由緒正しい学園、ヴァルクレスト学院。
そんな中、初の平民かつ特待生の身分で入学したフィナは卒業パーティの片隅で静かにグラスを傾けていた。
すると隣国クロニア帝国の王太子ノアディス・アウレストが会場へとやってきて……。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
他国ならうまくいったかもしれない話
章槻雅希
ファンタジー
入り婿が爵位を継いで、第二夫人を迎えて後継者作り。
他国であれば、それが許される国もありましょうが、我が国では法律違反ですわよ。
そう、カヌーン魔導王国には王国特殊法がございますから。
『小説家になろう』『アルファポリス』に重複投稿、自サイトにも掲載
勇者パーティーを追放されました。国から莫大な契約違反金を請求されると思いますが、払えますよね?
猿喰 森繁
ファンタジー
「パーティーを抜けてほしい」
「え?なんて?」
私がパーティーメンバーにいることが国の条件のはず。
彼らは、そんなことも忘れてしまったようだ。
私が聖女であることが、どれほど重要なことか。
聖女という存在が、どれほど多くの国にとって貴重なものか。
―まぁ、賠償金を支払う羽目になっても、私には関係ないんだけど…。
前の話はテンポが悪かったので、全文書き直しました。
婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ!
タヌキ汁
ファンタジー
国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。
これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる