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8話
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しおりを挟む10月23日、天気は快晴。太陽の光が柑菜を照らしている。
柑菜は駅の改札口の近くでそわそわしながら秋斗を待っていた。
亜紀と櫻子に選んでもらった服装を身に纏い、自分に似合っているかな、と何度も確認する。
秋らしく、ボルドー色の膝までのスカートにベージュのブラウス。
丸1日かけて、亜紀と櫻子が柑菜のために考えてくれた服。
それを着ている柑菜は、いつもの彼女とはまるで違うお姉さまという雰囲気を醸し出していた。
「柑菜……さん?」
後ろから、名前を呼ばれた柑菜はゆっくりと振り向いた。
「なんか、その、……今日は雰囲気違うね」
柑菜の姿を見た秋斗は、柑菜から視線を逸らしている。
「あ、変……ですか?」
「全然そんなことないよ。ただ……なんだか緊張しちゃうなあと思って」
秋斗は、いつもよりも大人な雰囲気を漂わせる柑菜に息をのむ。
今まで可愛らしい妹みたいだと思っていた柑菜は、今日は1人の女性として秋斗の目に映っていた。
「じゃあ、行こうか」
2人は、チョコレート展を目指し駅から離れた。
2人の微妙な距離の間を、風がさあっと通っていく。
目の前を歩くカップルは、手を繋いでいてすごく親しそう。
柑菜はそのカップルを見ていると、今は楽しいはずの時間なのに少しだけ虚しさを覚えた。
快晴ではあるもの、もうすっかり夏から秋に変化したその風は少し冷たい。
その風が、なにも持っていない手にあたる。
「あそこかな」
秋斗が指をさしている先に、人が集まっている場所があった。
その手には、可愛らしいサイズの紙袋があり、そこにはCHOCOLATとフランス語で書かれている。
ベンチに座ってチョコレートを食べている人の姿もあり、そこが会場であるということはすぐに分かった。
「試食もたくさんあるらしいし、楽しみだね」
「はいっ」
中に入ると、チョコレートでできた1メートルくらいはあるであろうアート作品が何個も飾られていた。
まるでチョコレートでできているとは思えないその作品に、柑菜はつい釘づけになる。
どうやって作ったのだろうと、美術的な観点からそれらを眺めていた。
「すごいよね」
「はい、チョコレートって意外と割れやすいし、こんな風にアートにしてしまうなんて」
中には、この時期にぴったりのランタンの作品もある。
「あ、あそこで何か試食してるみたいだ」
一通り作品を見て回ると、次はいよいよチョコレートの売り場にやってきた。
日本には出店していないフランスのチョコレート店。
フランスに行かないと食べられないチョコレートを目にした柑菜は、まるで子供のようにはしゃいでいる。
「あら、秋斗……よね?」
でも、どこからともなく聞こえてきたその一言で柑菜は急に冷静になった。
秋斗を呼ぶ、女の人の声。
その人は、親し気に秋斗のことを呼び捨てにする。
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