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9話
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柑菜は、美鈴がいる大学のある教室に来ていた。
そこには、美鈴の絵が数枚飾られてあって、柑菜はそれを見ている。
自分の絵とは、印象が違うなと思いながら、美鈴が淹れたコーヒーを飲んだ。
「これ、大学院の資料。……考えてくれたんだ」
「はい、とりあえず、ですけど」
「うん、それでも全然いいのよ」と、美鈴は笑いながら柑菜にそう言った。
柑菜は、押し付けるのではなく、あくまでも自分のペースで考えさせてくれる美鈴だからこそ、こうやってもう一度絵に向き合ってみようと思えたのだと感謝している。
「そういえば、秋斗フランスに行くって決めたんだね」
「そう……ですね」
「なんか、一皮向けたって感じがしたよ、秋斗。よかったよかった」
コーヒーを啜る美鈴の顔は、安心しきったようで穏やかな表情をしていた。
きっと、美鈴も真莉と同じように、秋斗のことを思っていたのだろう。
柑菜は、2人の秋斗に対する思いに感心させられる。
自分では、その弱い秋斗がいることに気付くことができなかったから。
「私、中学生の頃に手を怪我したんです」
柑菜は、美鈴に心を許しているのか、自分の過去について話し始めた。
「春樹と喧嘩をした時に、ちょっとしたはずみで転んでしまって手をついたんです。それが思いがけず大きな怪我になって。その後、絵を描いたら全然思い通りに描けなかった。普通の人よりは描けたけど、今まで通りには描けなかった。手が言うことを聞かなくて、私は大好きだった絵から逃げたんです。数ヶ月後、手は元どおりに戻ったけど、逃げた自分はそのまま絵から逃げたままでした……」
柑菜は一旦、乾いた喉を潤すためにコーヒーを飲んだ。
「でも、やっぱり絵が好きで、だけどやっぱり昔みたいに描けなかったらどうしようって思う自分がいて、私は絵の才能があまり重要視されない美術教員を目指すことにしました。教員くらいなら、人の心を動かすものを描かなくても大丈夫だって。……でも、いろんな人と出会って、ただ自分が逃げてるだけだって気付いたんです。評価されずに自分の絵を批判されることがただ怖かった。きっと、怪我をしていなくても私はどこかでそれから逃げていたかもしれません」
「うん、分かる。絵って、自分の一部だもんね」
「はい……でも、もう逃げないことにしました。怪我だって、もう完全に治ってる。自分の弱さを怪我のせいにはもうしません」
美鈴の目を真っ直ぐ見て、柑菜は力強い口調でそう言った。
秋斗が自分の殻を破ることができたその瞬間にいることができたからこそ、柑菜もまた自分と向き合うことができた。
お互いの存在が、お互いを成長させるためには必要不可欠であったのかもしれない。
そこには、美鈴の絵が数枚飾られてあって、柑菜はそれを見ている。
自分の絵とは、印象が違うなと思いながら、美鈴が淹れたコーヒーを飲んだ。
「これ、大学院の資料。……考えてくれたんだ」
「はい、とりあえず、ですけど」
「うん、それでも全然いいのよ」と、美鈴は笑いながら柑菜にそう言った。
柑菜は、押し付けるのではなく、あくまでも自分のペースで考えさせてくれる美鈴だからこそ、こうやってもう一度絵に向き合ってみようと思えたのだと感謝している。
「そういえば、秋斗フランスに行くって決めたんだね」
「そう……ですね」
「なんか、一皮向けたって感じがしたよ、秋斗。よかったよかった」
コーヒーを啜る美鈴の顔は、安心しきったようで穏やかな表情をしていた。
きっと、美鈴も真莉と同じように、秋斗のことを思っていたのだろう。
柑菜は、2人の秋斗に対する思いに感心させられる。
自分では、その弱い秋斗がいることに気付くことができなかったから。
「私、中学生の頃に手を怪我したんです」
柑菜は、美鈴に心を許しているのか、自分の過去について話し始めた。
「春樹と喧嘩をした時に、ちょっとしたはずみで転んでしまって手をついたんです。それが思いがけず大きな怪我になって。その後、絵を描いたら全然思い通りに描けなかった。普通の人よりは描けたけど、今まで通りには描けなかった。手が言うことを聞かなくて、私は大好きだった絵から逃げたんです。数ヶ月後、手は元どおりに戻ったけど、逃げた自分はそのまま絵から逃げたままでした……」
柑菜は一旦、乾いた喉を潤すためにコーヒーを飲んだ。
「でも、やっぱり絵が好きで、だけどやっぱり昔みたいに描けなかったらどうしようって思う自分がいて、私は絵の才能があまり重要視されない美術教員を目指すことにしました。教員くらいなら、人の心を動かすものを描かなくても大丈夫だって。……でも、いろんな人と出会って、ただ自分が逃げてるだけだって気付いたんです。評価されずに自分の絵を批判されることがただ怖かった。きっと、怪我をしていなくても私はどこかでそれから逃げていたかもしれません」
「うん、分かる。絵って、自分の一部だもんね」
「はい……でも、もう逃げないことにしました。怪我だって、もう完全に治ってる。自分の弱さを怪我のせいにはもうしません」
美鈴の目を真っ直ぐ見て、柑菜は力強い口調でそう言った。
秋斗が自分の殻を破ることができたその瞬間にいることができたからこそ、柑菜もまた自分と向き合うことができた。
お互いの存在が、お互いを成長させるためには必要不可欠であったのかもしれない。
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