愛を知らない空っぽ屍霊術師は、泥の人形に泡沫の恋をする

天草こなつ

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5章 薄氷の上

6話 デリカシー

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 庵の本館に向かって歩いていると、途中にある別館の、開けっぱなしになっているドアの向こうにアンソニーの姿が見えた。
 玄関ロビーでそわそわと歩き回っている。
 
「……アンソニー?」
「ひゃんっ!?」 

 声をかけるとアンソニーは間抜けな声を上げ肩をすくめた。しかし僕の姿を認めると苦笑いをしながら両手を広げてみせる。

「ああん、びっくりしたぁ~。なあに、先生? アタシに御用?」
「…………」

 ――そんなに驚くことか? 大声を出したわけではないのだが……。
 
「別に、用というほどのことは。……ウロウロしているのが見えたから」
「あらやだ、見てたのぉ? 恥ずかし~」
「何をしているんだ?」
「デンワを待ってるのよぉ」
「……デンワ」
 
 アンソニーが指さす先にコンソールがあり、上にあの〝デンワ〟という道具が置いてある。
 あれは昨日、アンソニーがザビーネから譲り受けたものだ。相当気に入ったらしい。
 ザビーネのものとは色が異なるが、基本的な構造は同じに見える。
 ボディの上部に取っ手が載っている。あれで話をするのだろう。中央に取り付けられた円盤のようなものにはいくつか穴が空いており、穴の下には数字が書かれている。
 
(数字……)
 
 そういえばトミーが、「ここにかけてくれたらいつでも会話できる」と数字を書いてこちらによこしてきたが、あれと関係があるのだろうか。
 数字を受け取ったときも思ったが、〝ここにかける〟とはどういう意味だろう……?
 
「……相手がこのデンワを鳴らしてくるのか」
「ええ」
「誰からのデンワを待っているんだ? 待っていないで、お前からかけてみれば」
「魔法を使える人からじゃないとかけられないんですってぇ」
「……そうなのか」
 
「デンワをかける」というのがどういう行為なのか見てみたかったのだが、そう簡単にはいかないようだ。
 仕方ないな……と思っていると、後ろからアンソニーの大きな溜息が聞こえてきた。
 ジトッとした目でこちらを見下ろしている。……怖い。
 
「……なんだ?」
「『なんだ』じゃないわよぉ。ロラン先生ったら、デリカシーがないんだからぁ」
「……デリカシー? なんだ、それは」
「『なんだそれは』って、……んもう! 配慮とか気配りって意味よぉ」
「……配慮、気配り……」
「そーよぉ。『誰からのデンワ待ってるんだ?』『お前からかけろ』だなんて、デリカシーがないにもほどがあるわぁ。オジサンみたいよぉ」
「お、おじ……」
「……たとえばよぉ? 先生がカシワギ君とデンワするとしてぇ、『待ってないでこっちからかけよう!』ってなる~?」
「な……」

 ――『おじさんではない』とか『なぜそこでトモミチが出てくるんだ』とか色々抗議したいことがあるが、それよりもまず「お前には配慮と気配りがない」という指摘がショックすぎて変な声を出すしかできない……。

 僕の言葉を待たず、アンソニーが再度口を開く。
 
「『いつかかってくるのかしら?』『ああっ、何を話そうかしら!?』って、そういうの考えながら待つのが楽しいんじゃないの~」
「……そう、なのか」
 
 ――デンワって、そういうものなのか……?
 全然分からない。……これ以上はなにか分が悪い気がする。適当に話を切り上げて逃げてしまおう――。
 
「その……お前以外に使う人間はいないんだから、自室に置いておけばいいんじゃないのか」
「そう? けど、ロラン先生だって使うことがあるかもしれないでしょ」
「いや……僕は」
「ザビーネ先生にビクトル先生、あとは、そう……カシワギ君がここからいなくなったあとも、コレがあれば連絡取れるし~」
「え、な、何を――」
 
 僕が口を開いたその瞬間、デンワが「ジリリリリ」とけたたましい音を上げた。
 
「きゃっ、来たわぁ!」
 
 アンソニーが満面の笑みで組み合わせた両手を頬にくっつけ、ステップを踏むようにデンワに歩み寄る。

 ――「少し助かった」と思ってしまった。口を開いたはいいが、「何を」のあとに続く言葉を全く用意していなかったのだ。
 
「ごめんなさいねぇ、ロラン先生♪ アタシちょっと、デンワするからぁ♡」
「あ、ああ」
 
 僕に向けて手をひらひらさせ、アンソニーはデンワの上に載っている取っ手を手に取る。
 
「はぁい、アンソニーよ♡」
 
 取っ手に向けて話をしながらデンワの本体を抱え、アンソニーはスキップで颯爽と走り去っていった。

(デンワ……うるさいな、やっぱり……)

 遠くの相手と会話ができるのは便利だと思うし、異世界では当たり前に使われている道具なのかもしれないが、僕はやはりどうにも好かない。
 けたたましい声で鳴く獣にしか見えないのだ。

 ……と言ったら、また「デリカシーがない」とか「おじさん」と言われてしまうのだろうか……。

(デリカシー……) 

 配慮、気配り――今の僕に圧倒的に足りないものだ。
 事実ではあるが、面と向かって「ない」と言われるとショックが大きい。
 おそらくこのことに限らないはず――直すべきだろうが、直し方が分からない。
 図書館にそういう本があったら借りてくるのに――。
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