愛を知らない空っぽ屍霊術師は、泥の人形に泡沫の恋をする

天草こなつ

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5章 薄氷の上

7話 〝幸せの王子〟

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 本館の自室に戻り、服を着替えてから再び別館へ。
 向かう先は厨房だ。せっかく異世界料理のレシピをもらったのだから、作れそうなものを作ってみようと思う。
 
(これにするか……)
 
 もらったレシピの中に、材料が少なくて簡単に作れそうなものがひとつあった。
 手に取ったのは、〝プリン〟という菓子のレシピだ。必要な材料は、鶏卵、牛乳、ゼラチン、砂糖、グラニュー糖。
「グラニュー糖は砂糖でも代用可」とある。
 鶏卵と牛乳は高くつくが、他の料理と比べて手順も必要な材料も少ない。
 これなら簡単に作れそうだ――。
 
 
 
「……ふう」
 
 作ったプリンの素が入った器を冷蔵庫に入れ、自室に戻った。完成まで3時間ほどかかるとのことだ。
 出来上がるまでの間、借りてきた本でも読んでいようか……そう思いながら、机に置いていた本に手を伸ばす。
 
 本当は〝空〟に関する本を読みたいと思った。だが、ザッと目を通してみたところ、僕には分からない概念の話が多かった。
 おそらくこれを読んで理解するには相当の時間を要するだろう。
 今はもっと、簡単に読めるものがいい。あまり考えなくて済むような……。
 
 積んであった本の中から、適当に1冊抜き取った。
 
「幸せの、王子……」
 
 異世界産の、短い絵物語だ。
 このニライ・カナイにも王族がいるが、彼らは幸せの象徴とは言いがたい人達だ。
 〝幸せ〟と〝王子〟がどう結びつくのか、単純に興味があった。
 
 
 ――主な登場人物は、〝幸せの王子〟と称される金と宝石の彫像、そして〝ツバメ〟という、翼を持つ動物。
 南を目指す旅路の途中、ツバメは幸せの王子と出会う。
 王子は宝石の瞳から、大粒の涙を流して泣いていた。
 涙の理由を尋ねるツバメに王子は、「自分は昔、何不自由なく幸せに生きていた。像になって初めて貧しい人々の苦しみを知った。自分の心臓は鉛だが、悲しくてたまらないのだ」と答えた。
 
 王子はツバメに「自分の身体を飾る金や宝石を貧しい人々に分け与えてほしい」と頼む。
 ツバメは言われたとおり、王子の体から金箔や宝石を剥がして貧しい人々に届けた。
 やがて王子は瞳の宝石まで与え、目が見えなくなってしまう。
 
「ツバメさん。あなたはもう旅立たねばならないでしょう」
「あなたは何も見えなくなりました。だから、僕はずっとあなたと一緒にいます」
 
 ……そんな日々を繰り返すうち、街には〝冬〟が訪れる。
 王子の像はすっかりみすぼらしくなり、ツバメも寒さに耐えきれず衰えていった。
 死期を悟ったツバメは王子にお別れを言いに行く。もうその身には、王子の肩のところまで飛ぶくらいの力しか残っていない。
 
「さようなら、愛する王子様。あなたの手にキスをさせてください」
「ありがとう、かわいいツバメさん。あなたが南に旅立つのはとてもうれしい。でも、キスはくちびるにしておくれ。私もあなたを愛しているんだ」
「私は南に行くのではありません。死の家に行くんです。〝死〟というのは〝眠り〟の兄弟、ですよね」
 
 ツバメは王子の唇にキスをするとそのまま息絶え、王子の足元に落ちた。
 その瞬間、王子の鉛の心臓も砕け散った――。
 
 翌日、街の役人達がやってきた。
 すっかりみすぼらしくなった幸せの王子を見た役人達は、「これでは〝幸せの王子〟とは言えない」と、像を撤去してしまった。
 
 王子の像は炉で溶かされるが、鉛の心臓だけはどうやっても溶けない。
 困った職人は鉛の心臓をゴミ捨て場に投げ捨てた。そこにはあのツバメの死骸も……。
 
 2人の死後、神が天使に「この街で最も尊いものを持ってきなさい」と命じる。
 天使は王子の心臓とツバメを選び、神に差し出した。
 神は天使を賞賛。王子とツバメに「楽園で永遠に幸せに暮らすがよい」と語ったところで、物語は幕を閉じる……。
 
 
「…………」
 
 読み終わった本を枕元に雑に置き、ベッドにだらりと横たわる。
 物語の中の出来事なのに心と身体がずんと重い……。
 
 幸せの王子は街の人々を哀れみ、ツバメに助けを求めた。
 ツバメは「旅立たねばならないから」と言いながらも、その願いに応え続けた。
 ……その状況が自分とトモミチに重なるように思えて、途中から自然と重ねて読んでしまっていた。
 
 幸せの王子は、己の身から取り出した金や宝石を人々に与えた。貧しい人々は救われ、幸せになった。
 だが王子の姿はどんどん醜くなり、視力も失ってしまう。
 ツバメは最初こそ仕方なしに王子の頼みを聞いていたが、やがて王子を愛するようになり、旅立たねば寒さでいずれ死ぬと知りながらも王子の願いを聞き続けた……。
 
 相手に何かを与えるたび、自分は何かを喪失していく。
 願いを聞き入れるうち、相手を愛するようになっていく。
 王子とツバメはトモミチのようであり、また、僕のようでもあった。
 
『死の家に行くんです。〝死〟というのは〝眠り〟の兄弟、ですよね』
 
(違う……)
 
 〝死〟は〝死〟でしかない。永遠の〝眠り〟だ。もう目覚めることはない。だからこそ、王子の鉛の心臓は砕けたのだ。
 
 ――馬鹿だ、僕は。
 想像の世界の出来事に心を痛めて、作中の文に楯突いている。
 それでも、王子とツバメの結末が、これから先のことを暗示しているように思えてならなかった。
 
 どうしてよりによってこんな物語を選んでしまったんだ。
 今日は気楽に過ごせると思っていたのに、結局心が重い……。
 
(……大丈夫、大丈夫だ……)
 
 
 ――トモミチを〝死の家〟になんか行かせない。
 僕がトモミチを守る。何があっても、絶対に。
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