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5章 薄氷の上
8話 嫉妬(前)
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「幸せの王子」を読んだあと、さらに2冊の物語を手に取った。
どちらも異世界ものではなく、ニライ・カナイにおける「屍霊術師・反魂組成」の興りについて描いた作品だった。
――「幸せの王子」以上に、読んだことを後悔した。面白くなかったのだ。
暗い話になるだろうとは予想していた。だがそれ以前の問題だった。
「貝がら姫」や「幸せの王子」のような、心の交流も空想の楽しさもない、ただ陰鬱なだけの物語だった。
沈んだ気持ちを晴らしたかったのに、かえって落ち込んでしまった。
面白くない話を読んで、こんなにも気持ちが沈むとは、思ってもみなかった。
――どうして僕は、こうも良くない選択ばかりをしてしまうのだろう……。
◇
本を読んで時間を潰したあと、再び厨房へ向かった。
そろそろプリンが出来上がっている頃だ。
冷蔵庫からプリンのトレーを取り出す。調理台の上に置いた拍子に、プリンがほんの少しプルッと揺れた。
顔を近づけると、甘い香りが鼻腔をくすぐる――この時点ですでにおいしそうだが、これで完成ではない。
トミーからもらったレシピによると、「砂糖を煮詰めて〝カラメルソース〟を作り、冷えたプリンにかけて完成」とのことだ。
(……できた)
プリンが完成した。
黄色と茶色の二層で構成された、スライムのような触感を持つ、不思議な食べ物だ。
鶏卵は高級品だ。僕自身、この黄色の色合いが好みでないということもあり、加工食も含め今まで食したことがなかった。
「……おいしい」
甘くて、おいしい。
黄色の部分だけでもおいしいし、カラメルソースと一緒に食べるのもいい――いや、僕としては、そっちの方が好きかもしれない。
――もっとカラメルソースを作っておけばよかったな。
次作ることがあれば、2倍の分量で作ろうか。
そんなことを考えながら、底の方までソースが行き渡るようプリンの黄色部分をスプーンで掘り起こしていると、廊下の方から足音が聞こえてきた。
「邪魔するで~……わっ、ロラン君」
トモミチだった。
両手にピッチャーを持っている。水を補給しに来たのだろう。
「ビックリした~。誰もおらん思てたから~」
笑いながらそう言い、シンクにピッチャーを置いて蛇口をひねる。
「…………」
――「誰もいないと思った」ということは、さっきの「邪魔するで」は独り言か? なぜわざわざ、そんなことを言う……?
(……幸せの、王子……)
――誰が〝王子〟だって?
王子はこんな変な口調でベラベラ喋ったりしないし、トモミチだって、王子のように世を儚んで泣いたりはしない。
トモミチは優しい。だが、「命を削って他者に尽くす」ほど献身的ではないだろう。
まったく、イメージから程遠い。
結びつけるなんて、愚かしいにもほどがある。
――そうだ。
トモミチは、幸せの王子やツバメのようにはならない。
もう少しすれば、〝鉛の心臓〟は動き出す。
飛べはしないが、どこへだって行けるようになるんだ。
「おっ」
「?」
水で満たされたピッチャーを調理台に置いたあと、トモミチが目を丸くして小さく声を上げた。
「それ、もしかしてプリンとちゃうん?」
「……そうだ」
「へ~っ、この世界にもあんねや~」
プリンを見て、トモミチは少し嬉しそうな顔をする。
この料理も知っている――やはり、彼とトミーは同じ世界の人間と見て間違いない。
『この世界には僕と同じように〝作られた人〟が大勢いると聞いたけど、僕が元いた世界の人もいるのかな。いるなら、同じ国の人に出会いたいな……』
……不意に、かつてのダリオの言葉が頭をよぎった。
(同じ世界、国……)
トモミチとトミーは同じ世界の人間。では、国の方はどうなのだろう?
髪色だけを根拠にするなら、同じ国出身とも考えられる。だが、それだけでは決め手に欠ける。
黒髪など、どこの世界にも国にも存在しうる。
そもそも、2人の名前に共通性がない。
トモミチ、トミー……出だしこそ似ているが、〝カシワギ・トモミチ〟は〝トミー〟と違って響きが硬い。
名付けの法則が異なるように思える。
同じ世界ではあるが、違う国の住人――そう考えるのが自然か。
トモミチもトミーも明るい。誰とでも気軽に話ができる。
トモミチは今、精神がとても不安定だ。
トミーの方も、明るく振る舞ってはいるが不自由を抱えており、話し相手を欲しがっている。
国が違っていても、2人はきっと仲良くなれる。悩みごとを打ち明け合うことも、できるかもしれない。
そう思うのに――。
(……どうして……)
なぜか、彼らを会わせたくないと思っている自分がいる。
トモミチの隣に僕ではない人間がいて、そいつと仲良く楽しく話をしている――。
その場面を想像しただけで、胸が焼けつくような感覚に襲われる。
彼がレミとボール遊びをしているのを見た時も同じ気分だった。
……思えば、トミーの店で買った習字道具を渡した時も……。
彼が僕といるとき以上に楽しそうに喋り、笑っているのが、どうしても気に入らなかった。
僕が用意したものより、他の人間が用意したもので喜ぶ姿を見るのが、嫌だった。
今、ようやく気付いた。
僕は彼を、自分だけのものにしたいと思っている。
彼のために何かをしたい。
でも、そうすることで彼が僕以外のものに目を向けるようになるのは、耐えられない。
僕を見てほしい。僕だけを見ていてほしい――そう、願っている。
……こんな醜い感情が自分の中に潜んでいたなんて、気づきたくなかった……。
どちらも異世界ものではなく、ニライ・カナイにおける「屍霊術師・反魂組成」の興りについて描いた作品だった。
――「幸せの王子」以上に、読んだことを後悔した。面白くなかったのだ。
暗い話になるだろうとは予想していた。だがそれ以前の問題だった。
「貝がら姫」や「幸せの王子」のような、心の交流も空想の楽しさもない、ただ陰鬱なだけの物語だった。
沈んだ気持ちを晴らしたかったのに、かえって落ち込んでしまった。
面白くない話を読んで、こんなにも気持ちが沈むとは、思ってもみなかった。
――どうして僕は、こうも良くない選択ばかりをしてしまうのだろう……。
◇
本を読んで時間を潰したあと、再び厨房へ向かった。
そろそろプリンが出来上がっている頃だ。
冷蔵庫からプリンのトレーを取り出す。調理台の上に置いた拍子に、プリンがほんの少しプルッと揺れた。
顔を近づけると、甘い香りが鼻腔をくすぐる――この時点ですでにおいしそうだが、これで完成ではない。
トミーからもらったレシピによると、「砂糖を煮詰めて〝カラメルソース〟を作り、冷えたプリンにかけて完成」とのことだ。
(……できた)
プリンが完成した。
黄色と茶色の二層で構成された、スライムのような触感を持つ、不思議な食べ物だ。
鶏卵は高級品だ。僕自身、この黄色の色合いが好みでないということもあり、加工食も含め今まで食したことがなかった。
「……おいしい」
甘くて、おいしい。
黄色の部分だけでもおいしいし、カラメルソースと一緒に食べるのもいい――いや、僕としては、そっちの方が好きかもしれない。
――もっとカラメルソースを作っておけばよかったな。
次作ることがあれば、2倍の分量で作ろうか。
そんなことを考えながら、底の方までソースが行き渡るようプリンの黄色部分をスプーンで掘り起こしていると、廊下の方から足音が聞こえてきた。
「邪魔するで~……わっ、ロラン君」
トモミチだった。
両手にピッチャーを持っている。水を補給しに来たのだろう。
「ビックリした~。誰もおらん思てたから~」
笑いながらそう言い、シンクにピッチャーを置いて蛇口をひねる。
「…………」
――「誰もいないと思った」ということは、さっきの「邪魔するで」は独り言か? なぜわざわざ、そんなことを言う……?
(……幸せの、王子……)
――誰が〝王子〟だって?
王子はこんな変な口調でベラベラ喋ったりしないし、トモミチだって、王子のように世を儚んで泣いたりはしない。
トモミチは優しい。だが、「命を削って他者に尽くす」ほど献身的ではないだろう。
まったく、イメージから程遠い。
結びつけるなんて、愚かしいにもほどがある。
――そうだ。
トモミチは、幸せの王子やツバメのようにはならない。
もう少しすれば、〝鉛の心臓〟は動き出す。
飛べはしないが、どこへだって行けるようになるんだ。
「おっ」
「?」
水で満たされたピッチャーを調理台に置いたあと、トモミチが目を丸くして小さく声を上げた。
「それ、もしかしてプリンとちゃうん?」
「……そうだ」
「へ~っ、この世界にもあんねや~」
プリンを見て、トモミチは少し嬉しそうな顔をする。
この料理も知っている――やはり、彼とトミーは同じ世界の人間と見て間違いない。
『この世界には僕と同じように〝作られた人〟が大勢いると聞いたけど、僕が元いた世界の人もいるのかな。いるなら、同じ国の人に出会いたいな……』
……不意に、かつてのダリオの言葉が頭をよぎった。
(同じ世界、国……)
トモミチとトミーは同じ世界の人間。では、国の方はどうなのだろう?
髪色だけを根拠にするなら、同じ国出身とも考えられる。だが、それだけでは決め手に欠ける。
黒髪など、どこの世界にも国にも存在しうる。
そもそも、2人の名前に共通性がない。
トモミチ、トミー……出だしこそ似ているが、〝カシワギ・トモミチ〟は〝トミー〟と違って響きが硬い。
名付けの法則が異なるように思える。
同じ世界ではあるが、違う国の住人――そう考えるのが自然か。
トモミチもトミーも明るい。誰とでも気軽に話ができる。
トモミチは今、精神がとても不安定だ。
トミーの方も、明るく振る舞ってはいるが不自由を抱えており、話し相手を欲しがっている。
国が違っていても、2人はきっと仲良くなれる。悩みごとを打ち明け合うことも、できるかもしれない。
そう思うのに――。
(……どうして……)
なぜか、彼らを会わせたくないと思っている自分がいる。
トモミチの隣に僕ではない人間がいて、そいつと仲良く楽しく話をしている――。
その場面を想像しただけで、胸が焼けつくような感覚に襲われる。
彼がレミとボール遊びをしているのを見た時も同じ気分だった。
……思えば、トミーの店で買った習字道具を渡した時も……。
彼が僕といるとき以上に楽しそうに喋り、笑っているのが、どうしても気に入らなかった。
僕が用意したものより、他の人間が用意したもので喜ぶ姿を見るのが、嫌だった。
今、ようやく気付いた。
僕は彼を、自分だけのものにしたいと思っている。
彼のために何かをしたい。
でも、そうすることで彼が僕以外のものに目を向けるようになるのは、耐えられない。
僕を見てほしい。僕だけを見ていてほしい――そう、願っている。
……こんな醜い感情が自分の中に潜んでいたなんて、気づきたくなかった……。
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