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5章 薄氷の上
9話 嫉妬(後)
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「……ロラン君、ロランく~ん」
「!」
トモミチが目の前で手をヒラヒラと振っている。
どうやら、呼びかけられていたらしい。
「な……なんだ?」
「そのプリン、オレももらっていい?」
「え……」
「あかん?」
「いや、……かまわない」
――「けど、お前、味が分からないんじゃないのか」という言葉が頭に浮かんだが、口には出さずに心の中で打ち消した。
言わないのが正解だ。それこそ、配慮と気配りがない。
……思えば、今までそんなことばかり言っていた気がする。
「ありがとー」
そう言って、トモミチはトレーに載ったプリンを手に取った。
「スプーンどこかな?」
「……そこの引き出しに」
「引き出し、……おっ、あったあった」
トモミチは食器棚の引き出しからスプーンを取り出し、席につく。
一度スプーンを机の上に置き、手を合わせて「いただきまーす」と言ってから、再びスプーンを手に取ってプリンを食べ始めた。
(『いただきます』……だって)
――前に料理を披露した時も、そう言って手を合わせていた。
彼の国の文化なのだろうか。
(…………)
このプリンはいい香りで、甘くておいしい。
……そのはずなのだが。
「……うん」
一口食べて、トモミチは寂しげに目を伏せた。
――ああ、やっぱり……。
「冷たくてプルプルなんは分かるけど……アカンなあ、やっぱ味は分からんわ……」
「……そうか」
「残念無念や」
言いながらトモミチはプリンを口に放り込む。
食べてもらえるのは嬉しい。
けれど――それで、いいのだろうか。
「……オレさぁ、プリンはカラメルソースある方が断然好きやねんな」
「え? ……ああ」
プリンを飲み込んだあと、トモミチが口を開いた。
「カラメルソースがある方が好き」……僕も同意見だ。
「仕事帰り、たまーにプリン買って帰って食っててんけどさぁ。『うまそー』思てたのにカラメルソースないヤツやったりしてさー。まあそれはそれでうまいんやけど、やっぱある方がええなーって」
「……うん」
「カラメルソース、うまいのに容量少ないよなー。まあ、あれがちょうどエエ分量なんやろけど。『もっとヒタヒタに入ってたらエエのに』ってずーっと思ててさー。最初底までスプーン刺して、カラメル発掘してから一緒に食うててん」
「えっ……」
「ん? ……あっ、おんなじことしてる? フフッ」
まさに今、同じことをしていた。
それに気付いたトモミチが目を伏せて、微笑を浮かべる。
――まさか、こんなところで彼と感覚が合致すると思わなかった。
嬉しい。けれど、少し気恥ずかしい。
彼の顔を直視できず、目を伏せてプリンの器に視線を落とす。
「プリン、おいしい?」
「うん……」
「そっか。……これ、食う?」
「え?」
トモミチが、プリンの器をこちらに差し出してくる。
「ゴメン。『くれ』言うて、もらっといてなぁ。……けどやっぱ味分からんし、『うまい』って思える人が食う方がエエかなーって。……アカンかな、食いさしはやっぱアレかなあ」
「クイ、サシ」
「……えっと、んー……〝食べかけ〟? かな」
「……もらう」
器をこちらに寄せ、まずは自分の分を食べきる。
正直に言えば「もう少し欲しい」と思っていた。だから、彼の申し出はありがたい。
――なんなんだろう、僕は。
本を読んで落ち込んだり、嫉妬したり、人の分のプリンを欲しがったり。
全然無機質になれない。
常に、思考と感情が揺れている。
「……そう、さっきも言うたけど、ニライ・カナイにもプリンあんの?」
もらったプリンにスプーンを差し込んだ瞬間、トモミチが口を開いた。
「いや、これは異世界料理だ」
「やっぱそうか。……あっ、それレシピ? ちょっと見して」
トモミチにプリンのレシピを渡す。
「これ、どうしたん? 前、ハッシュドビーフとか教えてくれた人から聞いたん?」
「そう。トミーという奴で……これは今日教わった分だ」
「〝今日〟? ……会うてたん?」
「図書館でたまたま会ったんだ。他にもいろいろ教わった。僕からも、いくつか――」
「料理、教えてあげたん?」
「うん……」
食べながら、図書館での出来事を話した。
トミーもトモミチと同じように、料理の色が馴染めなくて困っていること。
でも、いつまでもそれではいけない。ニライ・カナイの料理を覚えたいから、教えてほしい――そう頼まれたこと。
「……それで、レシピを交換したあとは、料理の話をずっと――」
「友達できたんや。よかったなあ」
「あ、……うん……?」
――料理の話を少ししただけなんだが、これで〝友達〟と言っていいのか?
定義が分からないな……。
というか、まだ報告したいことがあったのに、何か話を切られた気がする。
……気のせいだろうか?
そんなことを考えていると、トモミチがレシピの紙を見て「ん?」と首をかしげた。
「……このさあ、下らへんに書いてある数字って何?」
「あ……」
トモミチがレシピの紙を机に置き、下の方に書かれた数字を指さす。
「これは……トミーが、『聞きたいことがあったらここにデンワしてくれ』って」
「でんわ」
「魔法で、遠くの相手と会話ができる道具だって。昨日、ザビーネからもらったんだ」
「魔法で? ……へえ、すごいな」
デンワのことを聞いても、トモミチは驚く様子を見せない。
もしかして彼の世界にはデンワが存在するのだろうか?
だったら……。
「……けど、僕はデンワを知らないから、この数字でどうすればいいのか分からなくて。……トモミチは、使い方を知っているか?」
「さあ? 知らん」
「え……」
――「知っているから、教えてやろう」という流れを予想していたのに、返ってきた言葉は思いもよらないものだった。
驚いてトモミチの顔を見ると、彼は微笑を浮かべて肩をすくめた。
「あ、知らない……のか」
「うん、ごめんな」
「……そうか」
トミーがデンワを使いこなしているから、同じ世界のトモミチも使い方を知っていると思っていた。
だが、どうやら違うらしい。
同じ世界でも、国や時代が違えば、知らないことがあるのかもしれない。
(仕方ないな……)
別に、本気でデンワの使い方を知りたかったわけじゃない。
……そもそも、僕はあの道具は苦手だ。
会話の糸口になればと思って聞いてみただけだったのだが、「話を広げる」って難しいな……。
「!」
トモミチが目の前で手をヒラヒラと振っている。
どうやら、呼びかけられていたらしい。
「な……なんだ?」
「そのプリン、オレももらっていい?」
「え……」
「あかん?」
「いや、……かまわない」
――「けど、お前、味が分からないんじゃないのか」という言葉が頭に浮かんだが、口には出さずに心の中で打ち消した。
言わないのが正解だ。それこそ、配慮と気配りがない。
……思えば、今までそんなことばかり言っていた気がする。
「ありがとー」
そう言って、トモミチはトレーに載ったプリンを手に取った。
「スプーンどこかな?」
「……そこの引き出しに」
「引き出し、……おっ、あったあった」
トモミチは食器棚の引き出しからスプーンを取り出し、席につく。
一度スプーンを机の上に置き、手を合わせて「いただきまーす」と言ってから、再びスプーンを手に取ってプリンを食べ始めた。
(『いただきます』……だって)
――前に料理を披露した時も、そう言って手を合わせていた。
彼の国の文化なのだろうか。
(…………)
このプリンはいい香りで、甘くておいしい。
……そのはずなのだが。
「……うん」
一口食べて、トモミチは寂しげに目を伏せた。
――ああ、やっぱり……。
「冷たくてプルプルなんは分かるけど……アカンなあ、やっぱ味は分からんわ……」
「……そうか」
「残念無念や」
言いながらトモミチはプリンを口に放り込む。
食べてもらえるのは嬉しい。
けれど――それで、いいのだろうか。
「……オレさぁ、プリンはカラメルソースある方が断然好きやねんな」
「え? ……ああ」
プリンを飲み込んだあと、トモミチが口を開いた。
「カラメルソースがある方が好き」……僕も同意見だ。
「仕事帰り、たまーにプリン買って帰って食っててんけどさぁ。『うまそー』思てたのにカラメルソースないヤツやったりしてさー。まあそれはそれでうまいんやけど、やっぱある方がええなーって」
「……うん」
「カラメルソース、うまいのに容量少ないよなー。まあ、あれがちょうどエエ分量なんやろけど。『もっとヒタヒタに入ってたらエエのに』ってずーっと思ててさー。最初底までスプーン刺して、カラメル発掘してから一緒に食うててん」
「えっ……」
「ん? ……あっ、おんなじことしてる? フフッ」
まさに今、同じことをしていた。
それに気付いたトモミチが目を伏せて、微笑を浮かべる。
――まさか、こんなところで彼と感覚が合致すると思わなかった。
嬉しい。けれど、少し気恥ずかしい。
彼の顔を直視できず、目を伏せてプリンの器に視線を落とす。
「プリン、おいしい?」
「うん……」
「そっか。……これ、食う?」
「え?」
トモミチが、プリンの器をこちらに差し出してくる。
「ゴメン。『くれ』言うて、もらっといてなぁ。……けどやっぱ味分からんし、『うまい』って思える人が食う方がエエかなーって。……アカンかな、食いさしはやっぱアレかなあ」
「クイ、サシ」
「……えっと、んー……〝食べかけ〟? かな」
「……もらう」
器をこちらに寄せ、まずは自分の分を食べきる。
正直に言えば「もう少し欲しい」と思っていた。だから、彼の申し出はありがたい。
――なんなんだろう、僕は。
本を読んで落ち込んだり、嫉妬したり、人の分のプリンを欲しがったり。
全然無機質になれない。
常に、思考と感情が揺れている。
「……そう、さっきも言うたけど、ニライ・カナイにもプリンあんの?」
もらったプリンにスプーンを差し込んだ瞬間、トモミチが口を開いた。
「いや、これは異世界料理だ」
「やっぱそうか。……あっ、それレシピ? ちょっと見して」
トモミチにプリンのレシピを渡す。
「これ、どうしたん? 前、ハッシュドビーフとか教えてくれた人から聞いたん?」
「そう。トミーという奴で……これは今日教わった分だ」
「〝今日〟? ……会うてたん?」
「図書館でたまたま会ったんだ。他にもいろいろ教わった。僕からも、いくつか――」
「料理、教えてあげたん?」
「うん……」
食べながら、図書館での出来事を話した。
トミーもトモミチと同じように、料理の色が馴染めなくて困っていること。
でも、いつまでもそれではいけない。ニライ・カナイの料理を覚えたいから、教えてほしい――そう頼まれたこと。
「……それで、レシピを交換したあとは、料理の話をずっと――」
「友達できたんや。よかったなあ」
「あ、……うん……?」
――料理の話を少ししただけなんだが、これで〝友達〟と言っていいのか?
定義が分からないな……。
というか、まだ報告したいことがあったのに、何か話を切られた気がする。
……気のせいだろうか?
そんなことを考えていると、トモミチがレシピの紙を見て「ん?」と首をかしげた。
「……このさあ、下らへんに書いてある数字って何?」
「あ……」
トモミチがレシピの紙を机に置き、下の方に書かれた数字を指さす。
「これは……トミーが、『聞きたいことがあったらここにデンワしてくれ』って」
「でんわ」
「魔法で、遠くの相手と会話ができる道具だって。昨日、ザビーネからもらったんだ」
「魔法で? ……へえ、すごいな」
デンワのことを聞いても、トモミチは驚く様子を見せない。
もしかして彼の世界にはデンワが存在するのだろうか?
だったら……。
「……けど、僕はデンワを知らないから、この数字でどうすればいいのか分からなくて。……トモミチは、使い方を知っているか?」
「さあ? 知らん」
「え……」
――「知っているから、教えてやろう」という流れを予想していたのに、返ってきた言葉は思いもよらないものだった。
驚いてトモミチの顔を見ると、彼は微笑を浮かべて肩をすくめた。
「あ、知らない……のか」
「うん、ごめんな」
「……そうか」
トミーがデンワを使いこなしているから、同じ世界のトモミチも使い方を知っていると思っていた。
だが、どうやら違うらしい。
同じ世界でも、国や時代が違えば、知らないことがあるのかもしれない。
(仕方ないな……)
別に、本気でデンワの使い方を知りたかったわけじゃない。
……そもそも、僕はあの道具は苦手だ。
会話の糸口になればと思って聞いてみただけだったのだが、「話を広げる」って難しいな……。
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