愛を知らない空っぽ屍霊術師は、泥の人形に泡沫の恋をする

天草こなつ

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5章 薄氷の上

17話 倫理:プライド(前)

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 暗闇の中を歩いている。灯りはひとつとしてない。
 手を伸ばすと壁にぶつかったので、手をつけて壁伝いに歩く。
 
「カツ、コツ」という足音が響いている。
 地面が固い。自然の道ではなく、人の手が入った道だ。
 トンネルの中……それか、地下鉄の構内だろうか?
 しばらく歩き、目が暗闇に慣れてきた頃、眼前に扉が出現した。
 
「…………」
 
 ここ以外に道はない。開けなければ先には進めない。
 ……だが、開けたくない。
 
 あらゆる昔話において、〝扉〟そして〝箱〟というものは、「開けてはならないもの」の象徴として描かれている。
 この扉もきっと同じだ。開ければ、災いが……。
 そう思うのに手が勝手に動く。ドアノブを握って回し、押し開けてしまう。
 扉の向こうから、わずかな光が漏れる――。
 
(行きたく、ない……)
 
 ――この先にはきっとゴミしかない。
 暗闇の中にいるのは嫌だが、あちらよりはマシだ。
 
「うっ……!」
 
 ノブを持ったまま立ち止まっていると、突風が吹いた。
 扉が「バン!」と音を立てて開き、トモミチは扉の向こうに追いやられてしまう――。
 
 
 ◇
 
 
栢木かしわぎ君、栢木君」
「……はい?」
 
 2023年、6月末。
 自席のパソコンでメールを打っていると、社長の雪村ゆきむらに声をかけられた。
 社名の「Y’sワイズ工務店」は、彼の名字のイニシャルから取られている。
 会社を興したのは彼の父、雪村 きよしで、10年ほど前に息子のおさむに代替わりしたという。
 つまり、この社長は2代目。「2代目」というと、どうしても良くないイメージがつきまとうものだが……。
 
「ちょっと、やってほしいことあんねんけども」
「ボクに、ですか」
「せやねん。あんな……」
 
 社長が、マス目の入ったA3サイズの紙を机に置く。
 
「ちょっとなあ、プランを書いてみてほしいんやわ」
「プラン……?」
「家の間取り図の、ラフなやつ。宮田さんもよう書いとったやろ」
「え、ボクがですか? 書けませんよそんなん。……やり方とか、全然……」
「やり方なんか、インターネットのどこにでも転がってるがな。ハウスメーカーの図面とか、建て売りの広告とか参考にしたらええから」
「や、でもボク……」
「『でも』とちゃうねん。頼まれたら『ハイ』ってやるのが仕事やろ」
 
 唸るような声でそう言い、社長は紙束を机にドン、と置いた。
 
「…………」
 
 ――知っている。
 この男は一度こうなったら誰の話も耳に入れない。
 〝2代目〟には、「先代が築き上げた信頼や実績にあぐらをかいて全てを食い潰す」というイメージがあるが、この男も例に漏れずだった。
 先代の権威を自分も持っていると勘違いをして、居丈高に振る舞う。
 外面はいいが、社内では常に威圧的で我儘だ。
 社員を「手足」としか思わない。感謝も尊重もしない。
 動いて当たり前のものだからだ。
 
 それが原因で設計の宮田は辞めた。
 最近は工事部長、そして倫理の直属の上司である経理部長ともやり合っている。
 経理部長は社長の姉であるが、社長の「男尊女卑」は姉にも適用される。
 そのうえ、「仕事は外に出てナンボ」と、経理をはじめとするデスクワークを見下す傾向がある。
 よって、経理部長の言葉は社長には響かない。
「机に座っているだけの女が何をエラそうに」と鼻で笑って終わりだ。
 
 男なら尊重するかといえばそうでもなく、誰に対しても横柄だ。
 機嫌が悪いと、突如レッテル貼りからの差別発言や罵倒を繰り出す。
 倫理も例外ではない。
「男が女みたいに机に座りよって」から始まり、「平成生まれ」だの「ゆとり」だの「田舎者」だの「B型」だのとしょっちゅう言われている。
 
 ――業務に関係ないやろ、それは。
 
 イライラしない日がない。毎日何かしらで胸にむかつきを覚えていた。
 今日も、また……。
 
(こんなん、オレの仕事ちゃうやろ……)
 
 自分の仕事は経理だ。
 そして今は月末。やることが山ほどある。
 そんな中、なぜやったこともない「家のプラン」にまで脳のリソースを割かねばならないのか……。
 
「設計、雇えや……」
 
 心の中も独り言も、文句と悪口ばかりだ。
 
 書かなければ、また仕事内容と関係ない悪口を言われる。それだけは避けたい。
 仕方なく、分からないながらネットで調べ、2時間ほどかけて頑張って仕上げた。
 時間をかけたが、よく書けているかどうかなど分からない。
 
 どうせまたケチをつけられる。
「今まで何見とったんや」と罵倒されるに違いない。
 
 ……それだったらまだよかった。
 
 その方が、マシだった――……。
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