愛を知らない空っぽ屍霊術師は、泥の人形に泡沫の恋をする

天草こなつ

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5章 薄氷の上

25話 扉のむこう

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 本を読んだり部屋の片付けをして気を紛らわせようとしたが、いつまで経ってもそわそわしたまま。
 ふと時計を見ると、時刻は3時を回っていた。
 
(……もう寝よう)
 
 全然眠くないが、横になればそのうち寝付くはず――そう考えつつ寝間着を取り出す。
 着替え終わった頃、「コンコン」とドアを叩く音がした。
 
(え……?)
 
 心臓が早鐘を打つ。
 こんな真夜中にここを訪れる人間は、アンソニー以外にいない。
 非常事態だ――。
 
「アンソニーか!? どうした……」
 
 急ぎドアの前へ駆け寄り呼びかけるが、返事はない。
 最初よりも大きい、連続したノック音が返ってくるだけ。
 
(…………?)
 
 何か様子がおかしい。
 アンソニーなら、ノックをした時点で「先生、アンソニーよ」という風に声かけをしてくるはず。
 考えている間にもドアのノック音が続いている。
 
「だ、誰、……っ!?」
 
 ドアを開けると同時に、「ヒッ」と息を呑む。
 
「よう、こんばんは~」
「と、トモミチ……!?」
 
 ドア向こうにいたのはトモミチだった。
 僕の反応を見てトモミチは薄く笑みを浮かべながら首をかしげ、「フッ」と小さく息を吐き出す。
 
「そんなビビらんとってや。幽霊ちゃうんやから……」
「あ……」
 
(なぜ……!?)
 
 夜の魔力供給を受けたホロウは、朝の魔力供給まで生命活動を停止して――〝死んで〟いるはずなのに……。
 
「ど、どうして……」
「なんか、目ぇ覚めてもうてさ~。そっから、全然寝られへんくてー」
「目が、覚める……? そんな、はずは」
「ああ……毎晩、死んでんねやっけ?」
 
 気怠そうに口元だけで笑い、トモミチは再度口を開く。
 
「それ、ホンマなんかなあ……。また騙されてんのとちゃうん?」
「………………」
「……寝るとこやった?」
 
 黙って首肯を返すとトモミチは「ゴメンな」と力なく笑う。
 
「ちょっと、顔見たくなってもうて。入っていいかなあ」
「あ……」
 
 僕の返事を聞かずトモミチは部屋に入り込み、倒れるようにイスに座り込んだ。
 そのまま机に突っ伏し、目線だけで僕を見上げてくる。
 
「今着てんのって、パジャマ?」
「え? ……そう、だけど」
「昼間も白い服着とったよなあ。そういう明るい系の方が似合うんとちゃうん?」
「…………」
 
 さっきの「顔を見たくなった」という言葉に加え、今の言葉――それどころじゃないのに、顔が熱くなってしまう。
 
(どうすればいいんだ……)
 
 〝死んだ〟はずのホロウが起き上がって、術師の部屋を尋ねてくる。
 どう対応すればいいんだ?
 もう一度魔力供給が必要なのか?
 ……全然分からない。
 とりあえず今は目の前にいるホロウ――トモミチの話に耳を傾けるべきだ。
 そう思い、彼の対面に置いてあるイスを引いて腰掛ける――。
 
「!」
 
 座ったのと同時にトモミチが僕の手を取った。
 
「ど……どうした」
「やー、怖い夢見ちゃってさあ」
「夢……?」
 
 ――眠ったホロウは死んでいる。夢など見ないはずだ。
 さっきトモミチが言ったように、「魔力供給を受けたホロウは死んでいる」というゴーチエの教えは、嘘だった?
 でも、夜の魔力供給のあとトモミチの体は冷たくなり、心臓も止まっていた。確かに死んでいた。
 その状態で夢――いや、〝意識〟など持てるものなのか……?
 
「どういう……夢を」
 
「会社におった頃の嫌な記憶。……あと、カズも出てきたんやけど。アイツ、オレを凍った川ん中落としよって。『バリア破壊~!』言うて。……アホやでアイツ、ホンマ。……でな、川ん中でデッカイ魚に襲われて」
 
「魚……」
「そー。『モンスターか?』ってくらいデカくてさ。体も黒光りしとってキモかったわー」
 
(巨大な魚、黒……)
 
 童話の「よくばりの魔法使いと怪物の魚」にも同じく、怪物のような黒い魚が出てきた。
 それは、愛する者を求め続けた愚か者のなれの果て。
 
 ――なぜそいつが、トモミチの夢の中に?
 童話の存在すら知らない人間が、その登場人物の夢を見るのはおかしい。
 架空の存在ではないということか?
 そうだとして、なぜトモミチの夢に……もしや、人の意識に干渉している?
 
「!」
 
 ふと、トモミチが僕の手を取ってぎゅっと握ってきた。
 考えごとをしている僕を、自分の元に引き戻すように――。
 
「と、……トモミチ」
「……食われそうになってんけどな。魚が口開けてガーって来たとこで手首つかまれて、下まで引きずり込まれてん」
「そうか。あの……食われなくて、よかった」
 
 ――適切な回答じゃないことは理解しているが、正直どう返していいか分からない。
 魚の話を聞きたいが、それで死の真相に辿り着いてもいけないし……。
 
「……ふふ」
「?」
「……ホンマやで。食われんでよかったわぁ。ありがとう」
「え? うん……?」
 
 どうしてここで「ありがとう」なんだ、と首をかしげていると、トモミチがフッと笑って身を起こした。
 握っていた手を一度離したかと思うと再度手を取り、今度は僕の指の間に指を絡めてくる。
 握り返してもいいのだろうか――ああ、頭がグラグラする。
 
「……ロラン君」
「うん?」
 
 呼びかけてきたトモミチの顔に笑みはない。真剣な顔で、まっすぐに僕を見据えてくる。
 
 ――こんな表情、初めて見る。
 今、何を考えているんだろう?
 ……駄目だ。こんな時なのに、胸の高鳴りを抑えられない。
 
 
「あのさあ……」
「な、何――」
 
 トモミチが、絡めた指をぎゅっと握り込んで、少しだけ自分の方に寄せる。
 僕がそれに何らかの反応を示すよりも先に息をスッと吸い込み、口を開いた。
 
「――キス、してもいい?」
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