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5章 薄氷の上
26話 でも、だって、どうせ
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「あ……、え?」
トモミチが放った言葉を飲み込めず、固まってしまう。
また頭がグラグラする。
「な、何」
「『キスしてもいい?』って聞いた」
「ど、どう、して」
「したいから」
「だから、どう……」
「理由、いる?」
「…………」
あっけらかんと言い放たれ、再度固まってしまう。
唇が震える。呼吸が乱れ、目線が忙しなく左右に泳ぐ。彼の顔を直視できない。
――「理由いる?」って何なんだ。
要るに決まってるじゃないか。どういうつもりで――。
(あ……)
「ま、まりょ」
「魔力足りん、とかじゃないよ。全然ピンピンしてます。……つーか、〝魔力供給〟って何? オレからしたら、ずっとキスでしかないよ」
僕が「魔力供給」と言い出すのを待ち構えていたかのように、トモミチがたたみかけてくる。
顔を上げてしまったために彼と視線がかち合ってしまった。
――どうしよう。目を合わせてしまったら、もう視線を下に落とせない。
トモミチの顔に笑みはない。
からかっているのではない。真剣に言っている。
「魔力供給ではなくて、キスをしたい」……と。
「あ、……ど、して」
同じ言葉しか出てこない。
目が勝手に潤む。声がずっと震えている。
――逃げたい。
でも、逃げられない。
だってさっきからずっと手を、指を絡め取られている。
トモミチはその手に少し力を込め、また口を開く。
「……オレは、キミに惚れてると思う」
「え……」
信じられない言葉に瞠目する僕を見てトモミチは一瞬睫毛を伏せる。が、すぐに僕に視線を戻し、また口を開いた。
「……『惚れてるってなんやー』って? 『好き』ってことな」
「な……」
「今の、別の意味にはなり得へんから。ヘンな曲解とかせんといてほしい」
「……そんな」
「ん?」
「そんなはず……ない」
「『そんなはずない』? なんで」
「……だって、僕を好きになる……理由なんか」
うつむいて消え入りそうな声でポソポソとつぶやくと、トモミチは小さくため息をついた。
――何のため息だろう。怒っている? それとも、呆れている?
分からない。だって僕は人を怒らせたことしかないんだ。
「理由はあるよ。オレが、ベッドがない机がない娯楽がない、ってワガママ言うたの聞いてくれたやんか。わざわざ遠い町まで行って、食材とか習字道具買ってくれたり。メシもうまそうなん作ってくれたやん、オレのために。……それから、カズのことも。感謝してる」
「それは……だって」
最初は仕事の一環だった。
〝管理〟しているホロウが溶けたら困るから、仕方なくやっていた。
だが日を追うごとに違う理由に変化していった。
トモミチの喜ぶ顔を見たかった。彼のことが……好きだから。
「ぼ、僕は、カズじゃない……」
「当たり前やん。……てか、なんでカズ? アイツが今、何の関係ある?」
トモミチが僕を睨むように見据え、語気粗めに言い放つ。
「カズが死んで悲しいのをキミで埋めようとしてる……とか? それはさすがに抗議するわ。オレにもカズにも無礼やで」
「だ、だって、ダリオは」
「〝ダリオ〟? ……誰?」
脈絡なく出てきた固有名詞にトモミチは顔を歪め、不快の意を露わにした。
「僕が子供の頃に出会ったホロウだ。先生が作った。寂しいからって、毎日話しかけてきて……最後の日、僕に、『ついてきてくれないか』って」
「……それで?」
「それを見ていた先生が怒って、ダリオを手にかけた。最後ダリオは僕に抱きついて、自分の息子の名前を呼んで死んでいった」
「…………」
「先生が、『お前は息子の代替品に利用されただけだ』って。『お前なんか、誰も必要とするものか』って」
「ダリオさんの話は1回置いといてほしい。オレは、キミが必要やって言ってる」
「……で」
「まだ『でも』って言う? ……どうしたらいい? 毎日毎日、『ロラン君かわいいね好きだよ』って言うたらいい? オレはエエよ、別に。必要やって言うんやったらそうするわ。……茶化したら許さんけどな」
「茶化す」ってどういうことだろうと考えて黙り込んでいると、聞くよりも先にトモミチが口を開いた。
「『はいはい』とか『誰にでもそんなん言うてるんでしょー』とか……。なんとも思ってないヤツに気ぃ持たすようなこと、絶対言えへんのに」
以前彼に説教をされたとき、「反論があれば聞くが、全部叩き潰す」と言われた。
同じだ――どれほど障害物を置いても壊される。
壁は取り払われ、生身の僕が晒し出される。
「っ……」
もう返す言葉を持っていない。
でも、やっぱり違う。
だってトモミチが僕を好きだなんて、どう考えたっておかしいんだ。
過ちはちゃんと、是正しなければ……。
「……僕が、悪いんだ」
「なに? 何の話?」
「僕がトモミチにこだわりを持ってるから、魔力供給でそれが伝搬したんだ。それは一種の、魅了状態で……だから」
「おい……それはさすがに酷いぞ」
トモミチは絡めていた手を一旦離し、今度は手首をつかんできた。
僕がうつむいているから、彼の顔は見えない。
しかし、語調と手首をつかむ力が、彼の怒りを物語っている。
「この世界では、同性愛についてどんな考えなんやろか。緩いんかな、厳しいんかな? ……あのさあ、男が男にこういうこと言うのって、相当勇気いることやねん。こっちは勇気振り絞って、真剣に言っとんねん。せやのにずっと、『でも』『だって』って……あげくの果てに、〝魅了状態〟? 何やねん、それ……」
「…………」
「……何を言うたら、どこの世界やったら、信じてもらえる……」
手首を痛いくらいにつかんだまま、トモミチは力なくつぶやいた。
(……トモミチ……)
――僕は馬鹿だった。
ここまで来て、ようやく分かった。
トモミチは怒っているんじゃない。傷ついているんだ。
僕が、彼の気持ちも言葉も信じずに否定し続けて、自分だけを守ろうとしているから――。
トモミチが放った言葉を飲み込めず、固まってしまう。
また頭がグラグラする。
「な、何」
「『キスしてもいい?』って聞いた」
「ど、どう、して」
「したいから」
「だから、どう……」
「理由、いる?」
「…………」
あっけらかんと言い放たれ、再度固まってしまう。
唇が震える。呼吸が乱れ、目線が忙しなく左右に泳ぐ。彼の顔を直視できない。
――「理由いる?」って何なんだ。
要るに決まってるじゃないか。どういうつもりで――。
(あ……)
「ま、まりょ」
「魔力足りん、とかじゃないよ。全然ピンピンしてます。……つーか、〝魔力供給〟って何? オレからしたら、ずっとキスでしかないよ」
僕が「魔力供給」と言い出すのを待ち構えていたかのように、トモミチがたたみかけてくる。
顔を上げてしまったために彼と視線がかち合ってしまった。
――どうしよう。目を合わせてしまったら、もう視線を下に落とせない。
トモミチの顔に笑みはない。
からかっているのではない。真剣に言っている。
「魔力供給ではなくて、キスをしたい」……と。
「あ、……ど、して」
同じ言葉しか出てこない。
目が勝手に潤む。声がずっと震えている。
――逃げたい。
でも、逃げられない。
だってさっきからずっと手を、指を絡め取られている。
トモミチはその手に少し力を込め、また口を開く。
「……オレは、キミに惚れてると思う」
「え……」
信じられない言葉に瞠目する僕を見てトモミチは一瞬睫毛を伏せる。が、すぐに僕に視線を戻し、また口を開いた。
「……『惚れてるってなんやー』って? 『好き』ってことな」
「な……」
「今の、別の意味にはなり得へんから。ヘンな曲解とかせんといてほしい」
「……そんな」
「ん?」
「そんなはず……ない」
「『そんなはずない』? なんで」
「……だって、僕を好きになる……理由なんか」
うつむいて消え入りそうな声でポソポソとつぶやくと、トモミチは小さくため息をついた。
――何のため息だろう。怒っている? それとも、呆れている?
分からない。だって僕は人を怒らせたことしかないんだ。
「理由はあるよ。オレが、ベッドがない机がない娯楽がない、ってワガママ言うたの聞いてくれたやんか。わざわざ遠い町まで行って、食材とか習字道具買ってくれたり。メシもうまそうなん作ってくれたやん、オレのために。……それから、カズのことも。感謝してる」
「それは……だって」
最初は仕事の一環だった。
〝管理〟しているホロウが溶けたら困るから、仕方なくやっていた。
だが日を追うごとに違う理由に変化していった。
トモミチの喜ぶ顔を見たかった。彼のことが……好きだから。
「ぼ、僕は、カズじゃない……」
「当たり前やん。……てか、なんでカズ? アイツが今、何の関係ある?」
トモミチが僕を睨むように見据え、語気粗めに言い放つ。
「カズが死んで悲しいのをキミで埋めようとしてる……とか? それはさすがに抗議するわ。オレにもカズにも無礼やで」
「だ、だって、ダリオは」
「〝ダリオ〟? ……誰?」
脈絡なく出てきた固有名詞にトモミチは顔を歪め、不快の意を露わにした。
「僕が子供の頃に出会ったホロウだ。先生が作った。寂しいからって、毎日話しかけてきて……最後の日、僕に、『ついてきてくれないか』って」
「……それで?」
「それを見ていた先生が怒って、ダリオを手にかけた。最後ダリオは僕に抱きついて、自分の息子の名前を呼んで死んでいった」
「…………」
「先生が、『お前は息子の代替品に利用されただけだ』って。『お前なんか、誰も必要とするものか』って」
「ダリオさんの話は1回置いといてほしい。オレは、キミが必要やって言ってる」
「……で」
「まだ『でも』って言う? ……どうしたらいい? 毎日毎日、『ロラン君かわいいね好きだよ』って言うたらいい? オレはエエよ、別に。必要やって言うんやったらそうするわ。……茶化したら許さんけどな」
「茶化す」ってどういうことだろうと考えて黙り込んでいると、聞くよりも先にトモミチが口を開いた。
「『はいはい』とか『誰にでもそんなん言うてるんでしょー』とか……。なんとも思ってないヤツに気ぃ持たすようなこと、絶対言えへんのに」
以前彼に説教をされたとき、「反論があれば聞くが、全部叩き潰す」と言われた。
同じだ――どれほど障害物を置いても壊される。
壁は取り払われ、生身の僕が晒し出される。
「っ……」
もう返す言葉を持っていない。
でも、やっぱり違う。
だってトモミチが僕を好きだなんて、どう考えたっておかしいんだ。
過ちはちゃんと、是正しなければ……。
「……僕が、悪いんだ」
「なに? 何の話?」
「僕がトモミチにこだわりを持ってるから、魔力供給でそれが伝搬したんだ。それは一種の、魅了状態で……だから」
「おい……それはさすがに酷いぞ」
トモミチは絡めていた手を一旦離し、今度は手首をつかんできた。
僕がうつむいているから、彼の顔は見えない。
しかし、語調と手首をつかむ力が、彼の怒りを物語っている。
「この世界では、同性愛についてどんな考えなんやろか。緩いんかな、厳しいんかな? ……あのさあ、男が男にこういうこと言うのって、相当勇気いることやねん。こっちは勇気振り絞って、真剣に言っとんねん。せやのにずっと、『でも』『だって』って……あげくの果てに、〝魅了状態〟? 何やねん、それ……」
「…………」
「……何を言うたら、どこの世界やったら、信じてもらえる……」
手首を痛いくらいにつかんだまま、トモミチは力なくつぶやいた。
(……トモミチ……)
――僕は馬鹿だった。
ここまで来て、ようやく分かった。
トモミチは怒っているんじゃない。傷ついているんだ。
僕が、彼の気持ちも言葉も信じずに否定し続けて、自分だけを守ろうとしているから――。
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