愛を知らない空っぽ屍霊術師は、泥の人形に泡沫の恋をする

天草こなつ

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5章 薄氷の上

27話 燻る

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 トモミチのことが好きだ。
 その気持ちは内々に秘めていたものではなく、ふとした瞬間――視線や言葉、行動の端々からにじみ出ていた。
 
「顔を見たかった」とか、「どんな顔でも見たいから」とか。
「心に触れたい」とも言った。
 彼の名前を示す単語を習字で書こうとした。
 不安を吐露する彼の手を握って「僕が守るから」と宣言したりもした。
 
「好きだ」と言っていないだけで、好意はいつもあからさまだった。
 その様は彼の目には滑稽に映っていたかもしれない。
 
 彼の世界と同様、ニライ・カナイにおいても同性愛は「特殊なもの」という位置づけだ。
 自身が〝そう〟であると意思表明をするのは相当の勇気と覚悟が必要だろう。
 彼が僕に告白をしてきたのは、僕の好意があからさまだったからこそ。
 
 それなのに、僕は……。
 
『あんなに関わってきておいて、人の……僕の心に触れておいて、自分は触れられたくないなんて、そんなの勝手だ……』
 
 昨日僕が彼に言った言葉だ。
 話を適当に打ち切ろうとする彼に向かって、「無礼だ、卑怯だ」とも言った。
 
 ――あんなことを言ったくせに、今日の僕は何だ?
 勝手なのはどっちだ?
 無礼で、卑怯なのは……。
 
「っ……」
 
 涙がボロボロとこぼれる。
 泣く僕を見てか、トモミチは手首をつかむ力を緩めた。
 が、それ以外の反応はない。
 僕が行動を起こすべきなのだろうが、どうすればいいのか分からない。
 
 ――「ごめん」と謝ればいい?
 駄目だ。
 〝謝罪〟という概念を教わってこなかった僕から発せられるその言葉には、重さがない。
 でも……。
 
(……また……)
 
 心の中ですら「でも」ばかり言っている。
 嫌になる。どうして僕はこうなんだ。
 
「……トモミチ、ご……ごめん」
 
 震える声でボソリとつぶやく。
「重さがない」としても、やはりこうする以外にない。
 トモミチは何も言わない。手首から手を離すこともない。
 しばらくの間のあと、頬に何か温かい感覚を覚えた。
 トモミチの手だった。
 驚き彼を目線だけで見上げると、彼はその手で僕を少し上に向かせた。
 茶色の瞳が、すぐ前にある――。
 
「と……トモミチ」
「『ごめん』って? 何が?」
「あ、あの」
「ちゃんとオレの目ぇ見て言ってほしい」
「……トモミチの言葉を信じずに、カズの代わりとか、魅了状態とか」
「おう、ショックや。めっちゃ傷ついたありえへん」
「トモミチの気持ちに全然応えていない。……本当は、すき、なのに」
「ん? ……ゴメン。声っさぁて、よう聞こえんかった」
 
 相変わらず手首はつかまれているし、顔はまっすぐ前を向かされている。
「聞こえなかった」と言うが、そんなに小さな声で喋っていない。
 本当は聞こえているのに、もう一度言わせようとしているんだろうか。
 そうだとしても、責める資格はないが……。
 
「……トモミチのことが、好きだ。欲しいと思ってる」
 
 その言葉に彼が少し目を見開いた。
 頬を包む手に手を重ねて握り、僕はまた口を開く。
 
「でも、僕の気持ちは、全然綺麗なものじゃない」
「……どういうこと?」
「トモミチの全部が欲しい。僕だけのものになってほしい――そう思ってる」
「僕だけの……」
「他の人間を目に入れてほしくない。僕だけ見ててほしい。トモミチが僕のものになるなら僕は、他になにもいらない――」
「……そう」
 
 小さくつぶやいたあと、トモミチは目を細め、わずかに口角を上げた。
 いつも見せていた笑顔とは違う。
「妖艶」って、こういうのを指して言うんだろうか。
 
「と、トモミチ」
 
 ――変だ。
 普段の彼の笑顔を見たときよりも、確実に胸が踊っている。
 ぞくぞく、する……。
 
「意外やったなあ。そういう感じとは想像もしてへんかった」
 
 頬に添えられた手の親指が少し動く。
 頬を撫でられている――「意外だ」という言葉に、否定的な意味合いはないようだ。
 
「こ……これが僕、だから」
「うん。ありがとう」
「え……?」
 
 なぜ今「ありがとう」という言葉が出てくるのだろう、と不思議に思っていると、それに応えるようにトモミチがまた笑みを浮かべる。
 手首を持っていた手が、僕の頬に添えられる。両頬を包まれているのに、なぜか彼の手の温かみを感じない。
 僕の顔の方が熱くなっているからかもしれない――。
 
「全部くれるってことやんな」
「僕を……?」
「他に何がある。……オレの全部が欲しいんやろ? だから、オレもキミを全部もらう」
 
 その宣告に目が潤み、唇が震える。
 ――今自分がどういう気持ちなのか分からない。
 嬉しい、彼が好きだ、ドキドキする……どれもいまひとつ当てはまらない。そういう綺麗なものじゃない。
 
 
「ほなちょっと、立ってくれる」
 
 言いながら彼が立ち上がる。
 彼の手が顔から離れたため、頬がすうっとする。
 彼の言葉に従い、僕も立ち上がった。
 さすがの僕でも、どうして立つのかくらい分かる。
 向かい合ってしばらく見つめ合ったあと、彼が僕の肩に手を置く。
 
(……トモミチ……)
 
 ――ああ、そうか。
 今のこの気持ちは、〝期待〟というやつだ。
 だって、今から起こることを考えるだけで気分が高揚している。
 
「……あのさあ」
「な、何」
 
 なぜかトモミチに動く気配が見られないのがじれったい。
 最初の頃だったら「早くしろ」なんて言っていたところだ。
 
「あのさ。ちょっと、手ぇ後ろに回してほしいんやけど」
「後ろ……?」
「あ、いや……ちがうよ、なんでよ」
「??」
 
 言われた通りに手を後ろで組んだら、彼が「フッ」と息を吐き出して笑った。
 
「オレの言い方が悪かった。……こう、な」
「あ……」
 
 トモミチが僕の両手を持って、自分の背中に回させた。
 彼に抱きついた格好になっている。彼に抱きしめられたことはあっても、僕の方からそうしたことはない。
 ――どうしよう。これからキスをするのに、すでに胸が苦しい。
 
「あ、あの」
「ん?」
「し、舌入れるのは、ちょっと」
「なんで? 入れるけど」
「だって、息が苦しい」
「鼻で息したらいいよ。この前もさっきも、ちゃんとできてたけど?」
「う……」
「まだなんかある?」
 
 そう言ってトモミチは片腕を僕の背に回し、もう片方の手で僕の頬を持って自分の方に向かせる。
 
「どっ……どうしてキスのとき、いつも目を開けてるんだ?」
 
 ――何を聞いているんだろう。
 気になってはいたが、今この場面で聞くことじゃないのに。
 
「……ん? うん。目ぇ、綺麗やなって思って」
「べ、別に……こんなの、珍しくもなんとも――」
 
 言いかけたところで、彼が唇を重ねてきた。
 何度か軽く唇を重ねたあと、親指を僕の唇に添えて口を開かせ、舌を差し入れてくる――。
 
「ん……」
 
 それに応えるよう、僕もおずおずと舌を絡める。
 そうするとトモミチは目を細め、僕の頭に手をやって大きく撫でる。
 
(トモミチ……)
 
 今、トモミチとキスをしている。
 彼が求めているのは魔力じゃなくて、僕自身。
 たまらず、背に回していた手で彼の服をぎゅっとつかむ。
 
「ふっ……」
 
 少し絡める程度だった彼の舌が、口内を探るように蠢き始めた。
 熱い。目の前がぼやける。また涙が出ているんだ。
 
 息が苦しくなってきたので、さっき彼に言われた通りに鼻で息を吸う。
 それと同時に彼の唇が離れ、頬に流れた涙をキスでぬぐった。
 そして僕の額に手を当て、髪をかき上げるようにして頭を撫でる。
 嬉しいが、せっかく上手く息継ぎができたのに、まだ唇を離して欲しくなかったのに……という気持ちがあって、つい抗議めいた眼差しを向けてしまう。
 トモミチは微笑を浮かべて軽く唇を重ね、次に僕の耳元へ顔をやる。
 
「ひゃっ……?!」
 
 耳に何か柔らかい感覚を覚える。耳たぶを唇で挟んでいるらしい。
 どうして、こんな……。
 
「っ……」
 
 舌が、耳たぶから耳の裏をなぞっていく。
 
「あ、うぅ……」
 
 声が勝手に漏れ出る。
 身体から力が抜ける。
 倒れそうだと思って彼の背中にしがみつくと、彼は耳を舐めるのをやめた。
 濡れた耳が外気に触れて、ひんやりする。
 耳元でトモミチが呼吸をしているため、濡れた耳に彼の呼気が当たる――。
 
「あっ……」
 
 全身がぞくぞくする。身体が麻痺してしまいそうだ。
 
「と、トモミチ……や、やめ」
「……ロラン」
「!!」
「可愛い……」
「あ……」
 
 耳元で囁かれた言葉に、涙があふれ出す。
 
「トモミチ、トモミチ……、好き。好きだ……」
 
 背に回していた手を彼の頬に添えて、今度は僕の方から唇を合わせた。
 そのあとまたトモミチに抱きつく。
 トモミチはまた耳元で「ロラン」と僕の名を囁き、僕を抱きすくめた。
 
(トモミチ……)
 
 ――トモミチのことが全部欲しい。
 だからトモミチも、僕を全部求めて欲しい。
 
「欲しい」気持ちに、歯止めがかからない。
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