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6章 最後の1枚
19話 レミとトモミチ②(3)
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「ハァ、ハァ、……うぅ」
走って走って、辿り着いたのは地下の薬品庫。
安置室の隣に位置するこの部屋には、ホロウに関する薬品がたくさん置いてある。
ニライ・カナイの人間にとって、「地下」は忌むべきもの。当然、レミにとってもそうだ。
指示がない限り、自分からは近づかない。
「あった……」
ロランに教わった薬と、もう1つ〝ある薬〟を手に取って箱に詰め、レミは薬品庫を足早に立ち去った。
◇
「お待たせ、トモ」
「ああ……うん」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔を拭いてから台所に戻った。
トモミチはなぜか、壁を背にして床に座り込んでいた。
「触らないで」と言ったからか、額に手をつけていない。手に付いた青緑色の液体をボーッと見つめているようだった。
「今手当するからね」
薬箱を床に置いて開け、中から湿布を取り出した。
これはホロウを形成する泥の、上澄みの水に浸したものだ。
泥部分が露出したときの応急処置に使われる。
トモミチの額の泥は表面だけが露出した状態だから、これで十分だ。
――安心した。
重症になると、泥を塗り込んだ上で大量の魔力供給が必要だと聞いた。そうなればレミには何もできない。
「……っ」
湿布を額に貼り付けると、トモミチは小さく呻き声を上げた。
「痛い?」
「ん……ちょっと。でも、冷たくて気持ちいいかも」
「そっか。もうちょっと待ってね。貼り付くまで、時間かかるから」
湿布の上に手を当て、露出部分に定着させる。
10秒くらいしてから手を離し、額から剥がれてこないことを確認すると、そこでようやくレミは安堵のため息を漏らした。
「これでだいじょーぶだよ。明日まで、剥がさないでね」
「ありがとう。…………」
「……どうしたの」
薬箱を持って立ち上がるレミに対し、トモミチは変わらず座ったまま。
気になって尋ねると、トモミチは手のひらの青緑色の液体を見ながら口を開いた。
「いやあ、……デコから青緑色の液体が出たのが衝撃で。なんかオレもう、人間じゃないんかなって」
「……人間、だよ。おれ達とおんなじ……人間だよ」
「うん。ありがとう」
そう言うが、トモミチは相変わらず床に座ったまま動かない。
(もしかして、動けないとか……?)
「あっ!」
「ん?」
「トモ、これも持ってきたんだ。飲んで」
そう言ってトモミチに、薬品庫から持ってきた小瓶を渡した。
「何、これ? メロンソーダ?」
「魔力回復薬だよ」
「えーてる……? MP回復する?」
「えむぴー? ううん、魔力が回復するんだよ」
「ふーん……なんでまた、オレに」
トモミチが不思議そうに首をかしげる。
「さっき、デンワしてたでしょ。魔力いっぱい使ったでしょ」
「え? いや、別に――」
「デンワって、魔力すごい使うって聞いたよ。トモ、疲れちゃったんだよ。魔力補充したら、きっと元気になるよ!」
さっきまで情緒がぐしゃぐしゃだったが、頑張って笑顔を作った。
トモミチは瓶を見つめたまま沈黙していたが、しばらくの間のあと「ありがとう」と言って瓶の蓋を開け、中身を飲み干した。
「どう? ちょっと元気出た?」
「うーん。……あんま、変わらんかも」
「えー。エーテルじゃ回復しきれないくらい、魔力使っちゃったのかな」
「……電話って、そんな魔力使うん?」
「前いたところのご主人はね、エーテル何本も横に置いてデンワしてたよ」
「へえ……」
「前のご主人、すごい魔法使いだったんだけど、それでも使いこなすの難しいみたいでさ。『あんなの使い続けてたら、魔力吸い尽くされて死んじまうよ』って、しょっちゅう――?」
「………………」
「え、え? トモ……」
会話の流れでトモミチの方を見ると、トモミチは涙を流して泣いていた。
前と同じで、涙をぬぐうことはない。涙はぼろぼろとこぼれ、彼の服を濡らしていく。
「どしたの、トモ。おれ、何か変なこと……」
「ちがう、レミ君はなんも悪くない。……ゴメンな。大の男が、みっともないとこ」
「いいよ、そんなの。なんで毎回謝るんだよ」
「……っ」
レミの言葉を聞いたトモミチは、片手で顔を隠して鼻をすすり始める。
余計に泣かせてしまった――今度はこちらが謝る番だ、と口を開くと、トモミチの方が先に言葉を繰り出した。
「ありがとうレミ君、優しいなあ……。電話の、キムさんて人も。……ここ、オレの世界とは何もかもかけ離れてんのに、元の世界よりよっぽど意志も言葉も通じる。……オレ、なんも間違ってなかったよな……」
トモミチは顔を伏せて膝を抱え、すすり泣く。
「……トモ……」
――どうしていいか分からない。
前と違って「1人にしてくれ」と言われなかったので、隣に座って彼の頭を撫でてやった。
レミが何かうまくできたとき、彼がそうしてくれたように。
走って走って、辿り着いたのは地下の薬品庫。
安置室の隣に位置するこの部屋には、ホロウに関する薬品がたくさん置いてある。
ニライ・カナイの人間にとって、「地下」は忌むべきもの。当然、レミにとってもそうだ。
指示がない限り、自分からは近づかない。
「あった……」
ロランに教わった薬と、もう1つ〝ある薬〟を手に取って箱に詰め、レミは薬品庫を足早に立ち去った。
◇
「お待たせ、トモ」
「ああ……うん」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔を拭いてから台所に戻った。
トモミチはなぜか、壁を背にして床に座り込んでいた。
「触らないで」と言ったからか、額に手をつけていない。手に付いた青緑色の液体をボーッと見つめているようだった。
「今手当するからね」
薬箱を床に置いて開け、中から湿布を取り出した。
これはホロウを形成する泥の、上澄みの水に浸したものだ。
泥部分が露出したときの応急処置に使われる。
トモミチの額の泥は表面だけが露出した状態だから、これで十分だ。
――安心した。
重症になると、泥を塗り込んだ上で大量の魔力供給が必要だと聞いた。そうなればレミには何もできない。
「……っ」
湿布を額に貼り付けると、トモミチは小さく呻き声を上げた。
「痛い?」
「ん……ちょっと。でも、冷たくて気持ちいいかも」
「そっか。もうちょっと待ってね。貼り付くまで、時間かかるから」
湿布の上に手を当て、露出部分に定着させる。
10秒くらいしてから手を離し、額から剥がれてこないことを確認すると、そこでようやくレミは安堵のため息を漏らした。
「これでだいじょーぶだよ。明日まで、剥がさないでね」
「ありがとう。…………」
「……どうしたの」
薬箱を持って立ち上がるレミに対し、トモミチは変わらず座ったまま。
気になって尋ねると、トモミチは手のひらの青緑色の液体を見ながら口を開いた。
「いやあ、……デコから青緑色の液体が出たのが衝撃で。なんかオレもう、人間じゃないんかなって」
「……人間、だよ。おれ達とおんなじ……人間だよ」
「うん。ありがとう」
そう言うが、トモミチは相変わらず床に座ったまま動かない。
(もしかして、動けないとか……?)
「あっ!」
「ん?」
「トモ、これも持ってきたんだ。飲んで」
そう言ってトモミチに、薬品庫から持ってきた小瓶を渡した。
「何、これ? メロンソーダ?」
「魔力回復薬だよ」
「えーてる……? MP回復する?」
「えむぴー? ううん、魔力が回復するんだよ」
「ふーん……なんでまた、オレに」
トモミチが不思議そうに首をかしげる。
「さっき、デンワしてたでしょ。魔力いっぱい使ったでしょ」
「え? いや、別に――」
「デンワって、魔力すごい使うって聞いたよ。トモ、疲れちゃったんだよ。魔力補充したら、きっと元気になるよ!」
さっきまで情緒がぐしゃぐしゃだったが、頑張って笑顔を作った。
トモミチは瓶を見つめたまま沈黙していたが、しばらくの間のあと「ありがとう」と言って瓶の蓋を開け、中身を飲み干した。
「どう? ちょっと元気出た?」
「うーん。……あんま、変わらんかも」
「えー。エーテルじゃ回復しきれないくらい、魔力使っちゃったのかな」
「……電話って、そんな魔力使うん?」
「前いたところのご主人はね、エーテル何本も横に置いてデンワしてたよ」
「へえ……」
「前のご主人、すごい魔法使いだったんだけど、それでも使いこなすの難しいみたいでさ。『あんなの使い続けてたら、魔力吸い尽くされて死んじまうよ』って、しょっちゅう――?」
「………………」
「え、え? トモ……」
会話の流れでトモミチの方を見ると、トモミチは涙を流して泣いていた。
前と同じで、涙をぬぐうことはない。涙はぼろぼろとこぼれ、彼の服を濡らしていく。
「どしたの、トモ。おれ、何か変なこと……」
「ちがう、レミ君はなんも悪くない。……ゴメンな。大の男が、みっともないとこ」
「いいよ、そんなの。なんで毎回謝るんだよ」
「……っ」
レミの言葉を聞いたトモミチは、片手で顔を隠して鼻をすすり始める。
余計に泣かせてしまった――今度はこちらが謝る番だ、と口を開くと、トモミチの方が先に言葉を繰り出した。
「ありがとうレミ君、優しいなあ……。電話の、キムさんて人も。……ここ、オレの世界とは何もかもかけ離れてんのに、元の世界よりよっぽど意志も言葉も通じる。……オレ、なんも間違ってなかったよな……」
トモミチは顔を伏せて膝を抱え、すすり泣く。
「……トモ……」
――どうしていいか分からない。
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レミが何かうまくできたとき、彼がそうしてくれたように。
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