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6章 最後の1枚
20話 倫理:破砕(前)
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『おい、おめえ。そんなに謝りまくるもんじゃねえぜ。〝様〟とかつけて、畏まらなくてもいい。俺ぁ口は悪りぃが、別に怒っちゃいねえ』
『デンワって、魔力すごい使うって聞いたよ。トモ、疲れちゃったんだよ』
『……人間、だよ。おれ達とおんなじ……人間だよ』
――ここは異世界。
人の見た目は日本人とは大きくかけ離れている。人名もみな、外国名だ。
当然、使っている言葉も違う。方言は時折訳さなければ通じない。
モノの色合いもおかしい。食べ物、草木や土は青系が多くを占めている。
空がない。太陽もない。もちろん、月も。
そんな異様な世界なのに、自分の言葉は聞いてもらえるし、意志も伝わる。
おかしい。元いた世界の方が異世界なのではと錯覚してしまう――……。
◇
「はい、y's工務店、栢木……、はい、お世話になっております。……すみません。部長――佃はあの、退職いたしまして……」
「申し訳ございません。戻りは15時とあるんですが、まだ戻っていなくて……電話もちょっと、繋がらない状態で……はい。…………、すみません」
『すみませんすみませんって、ホンマに悪い思とんの?』
『部長がトぶって、おたくホンマどういう会社やの? ちょっと普通ちゃいますよ。よう働いてはりますねえ』
「………………」
頭が痛い。
最近、全然眠れていない。寝て起きたら明日になる、明日も仕事だ――そう考えてしまうからだ。
胃は常に紐で縛られているかのように痛い。
最近は味覚も死んでいる。花粉症のせいかと思っていたが、どうやら違う。
どの医者にかかれば治せるのか分からない。
……医者に行く時間があるなら家でじっとしていたい。
――ここは本当に、自分が知る〝大阪〟なのか。
もしかしたら通勤時に使っているあの電車は次元を飛び越える装置か何かで、扉が閉まった瞬間に元の世界から分断されているのじゃないだろうか――そんな馬鹿なことを考える。
でも、そうでなければ説明がつかない。
それくらい、この会社はおかしい。
同じ国、同じ土地で、同じ言語を喋っているのに、意志がまるで通じない。
ここには、〝人権〟というものがない。
社長の雪村修はもちろん、その姉である松野もおかしい。
弟ほどではないが、社員への礼節がない。部品や建材としては大事だが、人間としてはどうでもいいと思っていそうだ。
こんな面が顕在化してきたのは、全て部長の佃が消えたからに他ならない。
倫理は佃のことを尊敬していたし、懐いていた。
彼が大変だと思うから手助けしたい、そういう気持ちもあった。
だが今はもう、憎しみの対象でしかない。
――オマエのせいで、オレがこんな目に遭ってんねんぞ。
今どこで何しとんねん。
この状況、どう考えとんねん――。
◇
「栢木君、このプランやけどなあ」
2024年4月25日、木曜日。
倫理は社長室に呼び出され、家のプランのチェックを受けていた。
設計の宮田が辞めてからもうすぐ1年――相変わらず新しい設計士は来ていない。
最近は倫理が考えたプランを社長が手直しして、それを倫理がCADで清書する、ということまでやっていた。
なぜこんなことをしているのだろう。
自分は一体、〝何屋〟なのだろう……。
「……これ、北側斜線考えとるか?」
「え?」
社長がプランをコンコンと指さしながらつぶやく。
〝北側斜線〟というのは、敷地の北側隣接地の日照を確保するためのもの。
これによって、建物の高さに制限を受ける場合がある。
「……プランの段階ではまだ、エエんとちゃいますか。平面図ですし」
「いやいや、この段階からちゃーんと考えとかんと、あとで困るのは自分やで」
「…………」
――それはそうかもしらんけど、ボク建築士ちゃいますよ。
それ考えんのは社長の仕事でしょ、一級建築士やねんから。
よほど言い返してやりたかったが、言ったところで「こちらの考え足らず」にされることは目に見えている。
「……はあ……」
失敗をしたが、謝るのは癪だ。
曖昧な返事を返すと社長はガムをクチャクチャ噛みながら「ふー」とため息をついた。
「しっかりしてやあ。栢木君には、二級取ってもらわなアカンねんからー」
「え……?」
「二級を取る」――文脈から、二級建築士の資格のことを言っているのは明らかだ。
しかし……。
「二級って、建築士ですよね? でもあの、あれって、建築の学科卒業してるか、実務経験7年いるって」
もしかしたら、社長は受験資格のことを知らないのかもしれない――そう思って問いただすと、社長は食べていたガムを包み紙に入れて灰皿に捨て、「おお」と笑った。
「だからなあ、ゲタ履かしたるから」
「ゲタ……?」
「栢木君は大学何年卒やったかな? それに合わせて……」
「……しょ、職歴詐称しろって言うんですか……!?」
あまりの言い草に目を剥く。
いくらパワハラモラハラ三昧のこの男でも、そこまで腐っていないだろう――そういうある種の〝信頼〟があった。
「職歴詐称」と言えば、さすがに自分の今の考えはおかしかった、と思い直してくれる。
……思い直してくれる。
「おーげさやなー。ちょっと色つけたるってだけの話やないか」
「……そんなん、もしバレたら」
「バレへんバレへん。口裏合わせたるさかい」
「無理ですよ。何年か前、問題なったでしょ」
「……あんなあ、栢木君。ちょっとくらいおかしいと思っても、黙って合わせとくのが社会やで。ゆとり世代には分からんかあ」
「『ちょっと』と違いますよ。ボク、そんなん受けませんから」
「やかましわ!!」
社長が机をバンと叩く。
「はあ……ホンマ、マジメやなあ。さっすが、倫理君は言うことが違うわ」
「……ともみちです」
「どっちでもエエわ! ホンマ、しょーもない……そんな髪の色して、マジメくさったことばっか言うてけつかる!」
「…………っ」
――「けつかる」てなんやねん!
テレビに出てくるチンピラみたいなことばっか言いやがって……!
「……とにかく、ボクそんな試験、絶対受けませんから。早く新しい設計の人、雇っ……」
「『やかまし』言うとるやろ! エラッそーに……そんなマジメぶりたいんやったら、まずはその髪黒く染めてこい!!」
「!!」
言うが早いか、社長は机の上に置いてあるスプレー缶を手に取り、こちらに思い切り投げつけてきた。
缶は倫理の額の左側に「ゴッ」という鈍い音を立ててぶち当たり、床に転がり落ちた。
「あっ……」
なぜか、社長がひるんでいる。
(なんでオマエがビビっとんねん……)
――意味が分からない。
当てるつもりで投げたのではないのか。
脅しや威嚇が目的で、壁かどこかに当てるつもりで投げたら運悪く当たってしまった――そんなところだろうか。
……そんなことは、もはやどうでもいいが……。
落ちた缶を拾い上げた。缶には赤い液体が付着している。
これは自分の血か――。
「…………」
缶には「高耐久 ラッカースプレー 黒」と書かれている。
これは、雨樋や建材に色づけをするためのものだ。
間違えても、髪を染めるためのものではない――。
「か、栢木く」
「すんません。ちょっと頭痛いんで、早退しますね」
「お、おお……」
缶を手に社長をギョロリと見下ろすと、社長は気まずそうにうつむき目を左右に泳がせる。
そのまま社長から目をそらさず、血の付いたスプレー缶を社長の目の前にコン、と置いた。
それに社長がビクリと肩を震わせる。
「……社長。ボク、試験は受けませんから」
そう言って頭を下げ、社長室を立ち去る。
頭を押さえずに礼をしたため、高級な絨毯に血が1、2滴ほどしたたり落ちた。
――いい気味だと思った。
◇
「栢木君、ちょっと、……えっ! どうしたんその頭……!?」
経理課の自分のデスクに戻ると、経理部長の松野が声をかけてきた。
話の途中で倫理の怪我に気付き、悲鳴のような声を上げる。
「……すんません。ちょっと社長と言い合いになって」
「えっ、嘘でしょ。いくらなんでもあの子、え……?」
松野は目を見開き視線をそこかしこに泳がせ、両頬を押さえながら考え込んでいる。
どうやら、こんな暴力沙汰は初めてのようだ。
「……病院行くんで帰ります」
返事を待たず、会社のブルゾンを机に投げ捨て、カバンに持ち物を適当に投げ入れてから上着を羽織る。
「お先、失礼します」
「ま、待って、栢木君……!」
「はい?」
松野がデスクの後ろの鍵付きキャビネットを開け、中から金属の箱を取りだした。
あれは確か、経費の精算に使うための金が入った箱だ。
「これ、病院代……」
小声で言いながら、松野が金を渡してきた。
一万円札が、十数枚――たとえばこの傷が保険の適用外だったとしても、多すぎる金額だ。
「…………どういう、つもりですか」
――聞くだけで反吐が出そうだ。
松野は、倫理が初めて見せる怒気を孕んだ表情と、冷たく低い声に肩をすくめつつ、小さく口を開いた。
「お願い、警察沙汰だけは……。社員みんな、家族おって生活あるんよ――」
「奇遇ですね」
「えっ?」
「ボクもね、生活あるし、家族もいてますよ……」
松野を目線だけでギョロリと睨みつけながら左手で金を奪い取り、その手を左に払って金を宙にばらまく。
「……もう、辞めます」
「ま、待って栢木君、そんな急に、困るわ」
「困らんでしょ。ボクの仕事なんか、電卓叩くか落書きしてるかだけですよ」
倫理の言葉に、松野は口をつぐむ。
経理は電卓を叩いているだけ。平面プランは所詮落書き――どれも社長が投げかけてきた言葉だ。
松野はそれを聞いても社長を咎めることはなかった。
こいつも同罪だ。
(カスが……)
――許せない。失望した。
誰も彼も自分を裏切って、踏みにじる。
「辞めさせてくれへんねやったら、ボク何するか分かりませんよ」
社長ムカつく、死ね、殺したい――毎日のように心の中で呪詛を吐き続けていた。
しかしそれらは全て〝加害妄想〟に過ぎないものだった。
今回のことで、その妄想が本当の〝殺意〟として浮き上がってきていた。
もう限界だ。
この会社では、〝倫理〟をこなせない……。
『デンワって、魔力すごい使うって聞いたよ。トモ、疲れちゃったんだよ』
『……人間、だよ。おれ達とおんなじ……人間だよ』
――ここは異世界。
人の見た目は日本人とは大きくかけ離れている。人名もみな、外国名だ。
当然、使っている言葉も違う。方言は時折訳さなければ通じない。
モノの色合いもおかしい。食べ物、草木や土は青系が多くを占めている。
空がない。太陽もない。もちろん、月も。
そんな異様な世界なのに、自分の言葉は聞いてもらえるし、意志も伝わる。
おかしい。元いた世界の方が異世界なのではと錯覚してしまう――……。
◇
「はい、y's工務店、栢木……、はい、お世話になっております。……すみません。部長――佃はあの、退職いたしまして……」
「申し訳ございません。戻りは15時とあるんですが、まだ戻っていなくて……電話もちょっと、繋がらない状態で……はい。…………、すみません」
『すみませんすみませんって、ホンマに悪い思とんの?』
『部長がトぶって、おたくホンマどういう会社やの? ちょっと普通ちゃいますよ。よう働いてはりますねえ』
「………………」
頭が痛い。
最近、全然眠れていない。寝て起きたら明日になる、明日も仕事だ――そう考えてしまうからだ。
胃は常に紐で縛られているかのように痛い。
最近は味覚も死んでいる。花粉症のせいかと思っていたが、どうやら違う。
どの医者にかかれば治せるのか分からない。
……医者に行く時間があるなら家でじっとしていたい。
――ここは本当に、自分が知る〝大阪〟なのか。
もしかしたら通勤時に使っているあの電車は次元を飛び越える装置か何かで、扉が閉まった瞬間に元の世界から分断されているのじゃないだろうか――そんな馬鹿なことを考える。
でも、そうでなければ説明がつかない。
それくらい、この会社はおかしい。
同じ国、同じ土地で、同じ言語を喋っているのに、意志がまるで通じない。
ここには、〝人権〟というものがない。
社長の雪村修はもちろん、その姉である松野もおかしい。
弟ほどではないが、社員への礼節がない。部品や建材としては大事だが、人間としてはどうでもいいと思っていそうだ。
こんな面が顕在化してきたのは、全て部長の佃が消えたからに他ならない。
倫理は佃のことを尊敬していたし、懐いていた。
彼が大変だと思うから手助けしたい、そういう気持ちもあった。
だが今はもう、憎しみの対象でしかない。
――オマエのせいで、オレがこんな目に遭ってんねんぞ。
今どこで何しとんねん。
この状況、どう考えとんねん――。
◇
「栢木君、このプランやけどなあ」
2024年4月25日、木曜日。
倫理は社長室に呼び出され、家のプランのチェックを受けていた。
設計の宮田が辞めてからもうすぐ1年――相変わらず新しい設計士は来ていない。
最近は倫理が考えたプランを社長が手直しして、それを倫理がCADで清書する、ということまでやっていた。
なぜこんなことをしているのだろう。
自分は一体、〝何屋〟なのだろう……。
「……これ、北側斜線考えとるか?」
「え?」
社長がプランをコンコンと指さしながらつぶやく。
〝北側斜線〟というのは、敷地の北側隣接地の日照を確保するためのもの。
これによって、建物の高さに制限を受ける場合がある。
「……プランの段階ではまだ、エエんとちゃいますか。平面図ですし」
「いやいや、この段階からちゃーんと考えとかんと、あとで困るのは自分やで」
「…………」
――それはそうかもしらんけど、ボク建築士ちゃいますよ。
それ考えんのは社長の仕事でしょ、一級建築士やねんから。
よほど言い返してやりたかったが、言ったところで「こちらの考え足らず」にされることは目に見えている。
「……はあ……」
失敗をしたが、謝るのは癪だ。
曖昧な返事を返すと社長はガムをクチャクチャ噛みながら「ふー」とため息をついた。
「しっかりしてやあ。栢木君には、二級取ってもらわなアカンねんからー」
「え……?」
「二級を取る」――文脈から、二級建築士の資格のことを言っているのは明らかだ。
しかし……。
「二級って、建築士ですよね? でもあの、あれって、建築の学科卒業してるか、実務経験7年いるって」
もしかしたら、社長は受験資格のことを知らないのかもしれない――そう思って問いただすと、社長は食べていたガムを包み紙に入れて灰皿に捨て、「おお」と笑った。
「だからなあ、ゲタ履かしたるから」
「ゲタ……?」
「栢木君は大学何年卒やったかな? それに合わせて……」
「……しょ、職歴詐称しろって言うんですか……!?」
あまりの言い草に目を剥く。
いくらパワハラモラハラ三昧のこの男でも、そこまで腐っていないだろう――そういうある種の〝信頼〟があった。
「職歴詐称」と言えば、さすがに自分の今の考えはおかしかった、と思い直してくれる。
……思い直してくれる。
「おーげさやなー。ちょっと色つけたるってだけの話やないか」
「……そんなん、もしバレたら」
「バレへんバレへん。口裏合わせたるさかい」
「無理ですよ。何年か前、問題なったでしょ」
「……あんなあ、栢木君。ちょっとくらいおかしいと思っても、黙って合わせとくのが社会やで。ゆとり世代には分からんかあ」
「『ちょっと』と違いますよ。ボク、そんなん受けませんから」
「やかましわ!!」
社長が机をバンと叩く。
「はあ……ホンマ、マジメやなあ。さっすが、倫理君は言うことが違うわ」
「……ともみちです」
「どっちでもエエわ! ホンマ、しょーもない……そんな髪の色して、マジメくさったことばっか言うてけつかる!」
「…………っ」
――「けつかる」てなんやねん!
テレビに出てくるチンピラみたいなことばっか言いやがって……!
「……とにかく、ボクそんな試験、絶対受けませんから。早く新しい設計の人、雇っ……」
「『やかまし』言うとるやろ! エラッそーに……そんなマジメぶりたいんやったら、まずはその髪黒く染めてこい!!」
「!!」
言うが早いか、社長は机の上に置いてあるスプレー缶を手に取り、こちらに思い切り投げつけてきた。
缶は倫理の額の左側に「ゴッ」という鈍い音を立ててぶち当たり、床に転がり落ちた。
「あっ……」
なぜか、社長がひるんでいる。
(なんでオマエがビビっとんねん……)
――意味が分からない。
当てるつもりで投げたのではないのか。
脅しや威嚇が目的で、壁かどこかに当てるつもりで投げたら運悪く当たってしまった――そんなところだろうか。
……そんなことは、もはやどうでもいいが……。
落ちた缶を拾い上げた。缶には赤い液体が付着している。
これは自分の血か――。
「…………」
缶には「高耐久 ラッカースプレー 黒」と書かれている。
これは、雨樋や建材に色づけをするためのものだ。
間違えても、髪を染めるためのものではない――。
「か、栢木く」
「すんません。ちょっと頭痛いんで、早退しますね」
「お、おお……」
缶を手に社長をギョロリと見下ろすと、社長は気まずそうにうつむき目を左右に泳がせる。
そのまま社長から目をそらさず、血の付いたスプレー缶を社長の目の前にコン、と置いた。
それに社長がビクリと肩を震わせる。
「……社長。ボク、試験は受けませんから」
そう言って頭を下げ、社長室を立ち去る。
頭を押さえずに礼をしたため、高級な絨毯に血が1、2滴ほどしたたり落ちた。
――いい気味だと思った。
◇
「栢木君、ちょっと、……えっ! どうしたんその頭……!?」
経理課の自分のデスクに戻ると、経理部長の松野が声をかけてきた。
話の途中で倫理の怪我に気付き、悲鳴のような声を上げる。
「……すんません。ちょっと社長と言い合いになって」
「えっ、嘘でしょ。いくらなんでもあの子、え……?」
松野は目を見開き視線をそこかしこに泳がせ、両頬を押さえながら考え込んでいる。
どうやら、こんな暴力沙汰は初めてのようだ。
「……病院行くんで帰ります」
返事を待たず、会社のブルゾンを机に投げ捨て、カバンに持ち物を適当に投げ入れてから上着を羽織る。
「お先、失礼します」
「ま、待って、栢木君……!」
「はい?」
松野がデスクの後ろの鍵付きキャビネットを開け、中から金属の箱を取りだした。
あれは確か、経費の精算に使うための金が入った箱だ。
「これ、病院代……」
小声で言いながら、松野が金を渡してきた。
一万円札が、十数枚――たとえばこの傷が保険の適用外だったとしても、多すぎる金額だ。
「…………どういう、つもりですか」
――聞くだけで反吐が出そうだ。
松野は、倫理が初めて見せる怒気を孕んだ表情と、冷たく低い声に肩をすくめつつ、小さく口を開いた。
「お願い、警察沙汰だけは……。社員みんな、家族おって生活あるんよ――」
「奇遇ですね」
「えっ?」
「ボクもね、生活あるし、家族もいてますよ……」
松野を目線だけでギョロリと睨みつけながら左手で金を奪い取り、その手を左に払って金を宙にばらまく。
「……もう、辞めます」
「ま、待って栢木君、そんな急に、困るわ」
「困らんでしょ。ボクの仕事なんか、電卓叩くか落書きしてるかだけですよ」
倫理の言葉に、松野は口をつぐむ。
経理は電卓を叩いているだけ。平面プランは所詮落書き――どれも社長が投げかけてきた言葉だ。
松野はそれを聞いても社長を咎めることはなかった。
こいつも同罪だ。
(カスが……)
――許せない。失望した。
誰も彼も自分を裏切って、踏みにじる。
「辞めさせてくれへんねやったら、ボク何するか分かりませんよ」
社長ムカつく、死ね、殺したい――毎日のように心の中で呪詛を吐き続けていた。
しかしそれらは全て〝加害妄想〟に過ぎないものだった。
今回のことで、その妄想が本当の〝殺意〟として浮き上がってきていた。
もう限界だ。
この会社では、〝倫理〟をこなせない……。
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