愛を知らない空っぽ屍霊術師は、泥の人形に泡沫の恋をする

天草こなつ

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序章

-1 屍霊術師ロラン・ミストラル ※挿絵あり

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「ロラン先生、"命の水晶"をお持ちしました」
「ああ、あそこに置いてくれ」
「はいっ」
「レミ。……今度は落とすなよ」
「う……、はいっ」
 
 僕の念押しに"レミ"が肩をこわばらせ、地面に描かれた魔法円の中心へとゆっくり歩み寄る。
 その手にある八面体の水晶の中では、黒い煙が渦を巻くように蠢いている。
 レミが魔法円の中心に水晶をそっと置くと、水晶は薄ぼんやりと白い光を放った。
 これで準備は全て完了だ。
 
「儀式を始める。レミ、お前は外に出ていろ」
「えーっ、どうしてですか? 儀式見たいですー」
「出ろ、気が散る。何の役にも立たないのだから、せめて邪魔だけはするな」
「ちょっとぉ~ロラン先生? 言い過ぎじゃなくて?」
 
 僕達のやり取りを聞いていた銀髪の男が会話に割り込んできて、レミを背の後ろに隠した。
 この男の名は"アンソニー"。僕が雇っている傭兵だ。
 なぜだか知らないが女のような口調で喋る。
 
「……アンソニー、お前ももう出ろ」
「子供相手に厳しすぎじゃなぁい? レミちゃんはまだ12歳よぉ」
「年齢は関係ない。"反魂組成はんごんそせい"は神聖な儀式なんだ。屍霊術師しれいじゅつしを志してもいない者がその場にいても邪魔なだけだ」
「まあ~、厳しい。ロラン先生はまったく"練達の士"でいらっしゃるわねえ。お若いのにご立派ですこと」
「……アンソニー! レミを連れて出ろ!」
 
 大仰な身振り手振りで皮肉を言うアンソニーに苛立ちを隠せず大声で怒鳴ると、アンソニーは満足げに笑みを浮かべてレミの背中を軽く叩き共に退室していった。
 
「くっ……!」
 
 2人が退室したあと、壁に向けて本を投げつける。
 
 ――あのアンソニーという男はいつもこうだ。
 雇われのくせに人を食ったような態度を取り、小馬鹿にしてくる。
 気に入らないのなら辞めればいいのに、なぜかそうしない。
 
 レミは確かに子供だが、「子供だから」でいつまでも済まされる年ではない。
 あいつの不用意な一言のせいでここ数日の"仕事"が台無しになったのだから、厳しく言うのは当たり前だ。
 
 ――腹が立つ。
 儀式のために精神を集中しなければならないのに、どうして余計なことで僕の心をかき乱すんだ……!
 
 
 ◇
 
 
「――よろずの名を持つ、海の神よ。人の身でありながら、死せる魂を此岸しがんへ寄せることをゆるしたまえ……」
 
 
 十万とも百万とも言われる世界の数々。
 そのほぼ全てに存在する海――僕達が暮らす「ニライ・カナイ」という世界は、全ての世界の海の彼方、その海の底の底に存在すると言われている。
 
 ニライ・カナイは数百年前、疫病により人口と出生率が激減、存続の危機にさらされた。
 その問題を解消するため当時の国王は、外部――異世界から魂を輸入し、人口を増やす政策を打ち出す。
 ここは全ての世界の死者の魂が揺蕩たゆたう場所。その魂を呼び寄せ、新しい人間を作り上げる。
 "反魂組成はんごんそせい"という術だ――ニライ・カナイの人々はその術を行使する者達を、"屍霊術師しれいじゅつし"と呼んでいた。
 
 僕――ロラン・ミストラルも、その屍霊術師の1人。
 今日もまた、新しい人間を作るところだ。
 
「黒の大河を彷徨さまよう、虚無の魂よ。我が呼びかけに耳を傾けよ……」
 
 魔法円の中心からやや外れた位置に立ち、呪文を唱える。
 中心には青緑色をした泥の塊と、先ほどレミに運ばせた八面体の水晶が設置してある。
 "命の水晶"と呼ばれるものだ――水晶の中で蠢く黒い渦は、死者の魂。
 これを泥に宿し、10日間自分の魔力を注ぐことで命ある人間が完成する。
 
「……汝に、今一度"生"を。汝の命を保証する。我が名は、ロラン・ミストラル……」
 
 目を閉じて念じると、魔法円と水晶が青白い光を発する。
 
(これからまた、10日……)
 
 ――溜息が出る。
 先日、男を1人呼び戻した。だが完成まであと2日というところで男は泥となって崩れ去ってしまった。
 レミの不用意な一言が原因だ――男はどうやっても元の形に戻らなくなり、復元しようとしているうちに魂がかき消えた。
 8日間の作業が全て台無し。これで何度目だろう?
 
(アンソニーめ……!)
 
 先ほどのアンソニーの態度を思い返し、歯噛みをする。
 
 ――「子供に厳しすぎる」? 当たり前だろう。
 レミの小さな失敗のせいで魂をいくつも失っているのだから。
 
「……あのぉ」
 
 魂は黒の大河にいくらでも流れているから、手に入れることは容易い。
 だが魂を引き上げるのには相当の魔力を要する。儀式の道具のための費用も馬鹿にならない。
 それに組成に失敗すれば自分の屍霊術師としての評判と信用に傷がつく。
 
 ……アンソニーもレミも、何も分かっていない。
 自分達は何もやらないから、あんなにも無責任で甘いことが言えるんだ――!
 
「……あの、あのー……」
「……?」
 
 心の中で2人に毒づいていると、聞き覚えのない声が耳に届いた。
 男の声だ。だが、アンソニーではない。奴は部屋を出ているはず。それならば……。
 
「!!」 
「あのー、すいません。ここって、どこなんでしょうか……?」
 
 目線の下――魔法円の中心に、焦茶色の髪の男が座り込んでいる。
 先ほどまで青緑色の泥だった物体だ――男の手元あたりには空になった命の水晶が転がっている。
 
 儀式は成功した。……だが、今までやってきた"反魂組成"と明らかに違うところが……。
 
「ロラン先生~、儀式は終わりまして~?」
「!」
 
 大声とともにドアが開き、アンソニーがレミを伴い部屋に入ってくる。
 2人は僕の足元に座り込んでいる男の存在に気づくと、目を丸くして「えっ」と声を上げた。
 
「……あ、あの……」
 
 男は驚愕の表情のまま僕とアンソニーとレミに順に目をやる。
 焦茶色の髪と瞳、赤みがかった淡黄色の肌――年齢は、おそらく20代くらいだろう。
 
「まぁ~素敵なお方♪ こんにちはぁ~お兄さん! ニライ・カナイへようこそぉ」
 
 沈黙を最初に破ったのはアンソニーだった。
 ……いけ好かない男だが、こういう時は助かる。
 
「にらい、かない……?」
「すごいやあ、ロラン先生! この人最初から完成形――むぐっ!?」
 
 言葉の途中でアンソニーがレミの方に振り返り、口を手で塞ぐ。
 アンソニーの手が大きいため口どころか鼻まで完全に塞がれてしまい、レミは息苦しそうに手足をバタバタさせる。
 そんなレミに構うことなくアンソニーは男にウィンクをひとつして微笑み、男が言葉を発するよりも前に今度は僕の方へ向き直った。
 
「ねぇ、先生。早く服を出してあげたら? 裸じゃかわいそうよぉ」
「あ、ああ……」
「わっ! ホンマや、服着てへん! なんで!?」
 
 男が大声を上げながら膝を立て、両手で抱え込む。
 
「…………」
 
(……何だ? 今の言葉遣いは)
 
 耳慣れない奇怪な言葉遣いにアンソニーと目を見合わせる。
 "反魂組成"で呼び寄せた人間は元の世界でどんな言葉を喋っていようと、このニライ・カナイの言語に合わせ変化するはず。
 だが、男が今発した言葉は"現地語"だ。
 目を合わせてしばらくして、アンソニーは首を振って肩をすくめた。どうやらアンソニーも知らない言語らしい。
 
 ――言語のことはあとでいい。まずは服だ……このままでは、話どころではない。
 
 男に向けて手をかざし念じると、男を青い光が包み、その身に衣服が現れた。
 襟付きの紺色の上着に白のボタンシャツ、灰色のズボン。首からは男自身の鮮明な肖像が入った札を下げている。
 初めて見る服装だ。さきほどの言葉遣いといい、僕が今まで接したことがない世界と見える。
 
「うわっ、服!? ……えっ、えっ?」
 
 男はその身に突然登場した衣服に驚嘆の声を上げる。
 ペタペタと身体のあちこちを触ってベルトや下着があることまで確認してから大きく息を吸い、吐く息とともに「何これ、やば、こわ……」と呟いた。
 
「出してやったのに『恐い』とはなんだ」
「ああああ、そ、そうっスよね、すんません!」
 
 男の言い草にカチンときて言い返すと、男は「しまった」というような顔をしながら立ち上がり、僕に向けて頭を下げた。
 
「えと、……あ、ありがとう、ございます……?」
「……ふん」
「えっとそれで……お聞きしたいんですけど、ここってどこなんですかね? さっき、"にらいかない"言うてはりましたけど、……すんません、ボクちょっと分からんくて」
「ニライ・カナイはニライ・カナイだ。私達の世界の名だ」
「……はあ。えーっと、つまりあの、異世界? ってことッスかね。……ほな、もしかしてボク……死んだ、とか……?」
「……そうだ」
 
 言葉遣いは変だが、物分かりがいい。
 大抵の者は「別の世界」があるということを理解するまで相当の時間を要するというのに。
 
「あの~、まさか勇者になって魔王倒さなアカン……とか、そんなんちゃいますよね?」
「……何の話をしている?」
「『何の話』ってそら、……何の話やろ?」
「…………?」
「あーもう、まどろっこしいわね! ちゃんと要点かいつまんで説明してあげなさいよぉ」
 
 今のやりとりに痺れを切らしたらしいアンソニーが大声で会話に割り込んできた。
 
「ここはニライ・カナイって名前の世界よ。ニライ・カナイは数百年前に流行った病気のせいで、人口が激減しちゃってね。生き残ったのはジジババばっかりで、このまんまだったら子孫が増えな~い! ってなっちゃったから、異世界の人を頼ろうってことになって。でもぉ、その世界で生きている人を急に呼ぶのはかわいそうでしょう? だから、死んだ人を呼び寄せようってことになったのね。そーいうわけでぇ、死んだ人の魂を呼び寄せる専門家――"屍霊術師しれいじゅつし"っていうんだけど、その屍霊術師であるこのロラン・ミストラル様が、"反魂組成"って術でお兄さんを蘇らせたってわ・け!」
 
 狭い室内を闊歩かっぽしながら早口でまくしたてたあと、アンソニーは身をひるがえして「お分かり?」と男に問うた。
 
「はあ、まあ……呼ばれた経緯は分かりましたけど、それでボクここで何したらええんですか?」
「な――んにも。死んじゃったのはとっても残念だけど、ここで第二の人生を楽しんでね♡ でもその前にぃ、お兄さんはまず、お兄さんを呼んだこのロラン・ミストラル様の元で暮らしてもらわないといけないわ」
「え、暮らす? この人と……?」
 
 男が眉間にシワをよせ、僕の方を見る。
 
「そーなの。そういう決まりだから、我慢してちょうだいね。でもふたりきりじゃないからだいじょーぶよ。アタシとこの子もここに暮らしてるから、安心して頼ってちょうだい。……そうそう、自己紹介がまだだった。アタシ、アンソニーよ。アンソニー・ギャロウェイ。よろしく♡」
「ボクはレミだよ~。レミ・コメット。よろしくー おにーさーん」
「あ、うん……よろしく」
 
 ウインクをするアンソニーに、楽しげに手を振るレミ。
 それに都度都度会釈をして、男は最後に僕へ目を向けた。
 
「……ロラン。ロラン・ミストラルだ」
 
 さっきからアンソニーが名前を連呼していたから必要ないだろう、と思いつつ、目を向けられたので一応自己紹介をしておく。
 男はそれにも会釈を返してきた。言葉遣いは妙だが、礼儀正しい。上流階級の人間であるか、もしくはこの男の住む国の治安が良いのかもしれない。
 
「……お前の名は」
「えっ?」
「お前の名だ。言えるか?」
「か、……カシワギ・トモミチ。"倫理"と書いてトモミチです」
「倫理……?」
 
 今までの会話で一番意味の分からない言葉に首をひねる。
 "倫理"という言葉の意味はもちろん知っているが……。
 ――"倫理"と書いてトモミチ。何だ? それは。
 
(どうでもいいか……)
 
「……カシワギ・トモミチ。お前はこれから10日間、私から魔力の供給を受けねばならない」
「魔力の供給? どうやっ、て……!?」
 
 言葉の途中でカシワギ・トモミチの両頬に手をやり、彼の唇に自分の唇を合わせた。
 魔力の供給は、口づけを介して行う――数秒間魔力を注いだあと唇を離すと、カシワギ・トモミチはこちらに抗議の眼差しを向けながらその場に倒れ込んだ。
 
「な、何、す……」
「今のが魔力の供給だ。毎日、朝と夜に行う。朝はお前が寝ている間にやっておくから、夜は必ず私の元に来い。そうしなければお前はまた死ぬ。覚えておけ」
「ふ……、ふざける、な……」
 
 それだけ言うと、カシワギ・トモミチは目を閉じた。
 
 組成された人間は、魔力を注がれたあと深い眠りにつく。
 朝、術者が魔力を注ぐまで目覚めることはない。
 これを10日間繰り返すことでカシワギ・トモミチは"人間"となるのだ。
 
「……レミ、分かっているな? 余計なことを言って"ホロウ"を溶かしたら、今度こそクビだ」
「う、……はい!」
「カシワギ・トモミチ君。はぁ~、イイ男ねぇ~。アタシに魔力があったら、おすそ分けしてあげるのにぃ」
 
 言いながらアンソニーが横たわっているカシワギ・トモミチの腕を持って身体を起こし、肩に担ぎ上げた。
 
「……じゃ、先生。このコ、安置室に運んでおくわね」
「アンソニー、この男を見張っておけ。森から出ようとしたら必ず止めろ」
「分かっているわよぉ。仕事はちゃーんとやりますわ、マスター」
「……ふん」
 
 
 
 ――ニライ・カナイは、十万・百万ほどもある世界の死者の魂が流れ着く場所。
 僕達屍霊術師の仕事は、その死者の魂を引き上げ泥に宿し、人間を作り上げること。
 
 ただし使っていいのは、ニライ・カナイの地下を流れる"黒の大河"を漂う魂のみ。
 黒の大河にはその世界で生きる権利を放棄した者――"自死者"の魂が流れている。
 
 カシワギ・トモミチは自殺をした。
 
 しかし今、この男の頭の中からその"死"に直結する記憶は全て失われている。
 肉体に魂が定着し、人間として完成するまで10日――それまで決して、自らの死の経緯を思い出させてはならない。
 
 知った瞬間、この男は"カシワギ・トモミチ"という存在を保てなくなる。
 泥となってたちまち溶け消えるだろう。

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