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2章 ロランと泥の人形
3話 隠者の死
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一度組成に使った泥はほとんどの場合再利用できないから、捨てるしかない。
ゴーチエに命じられ、僕はダリオを形成していた泥の後片付けをした。
「ヒッ、ヒッ……、う、うえぇ――ん……」
悲しくて胸が痛くて、手が思うように動かない――のろのろと作業をしていると、ゴーチエが僕を平手で打った。
「誰の所為でこうなったと思っている」
いつもと同じ叱責が始まる。
誰のせいだ何が悪い、お前は愚かだ知能が低い、だから捨てられるんだ。
そして――……。
「ダリオ・アモローソはお前を自分の子供の身代わりにしようとした最低の男だ。自分の意志で死んで置いていったくせに、『寂しいから一緒にいてほしい』とは、こんなに身勝手なことがあるか? お前は騙されていたんだ。最初こそお前を大事にするかもしれないが、新たな生活で新たな妻子を得たら、そのうち飽きて捨てられる」
こうやってダリオ――あのホロウがいかに愚かで最低で卑怯であるかということを、僕が理解・自覚するまで延々と語って聞かせてきた。
なお、「教える」と言っておきながらゴーチエが僕に〝魂魄読みの術〟を伝授することはなかった。
「お前の魂の力は弱いから、〝魂の裁定〟で負けるだろう」とのことだった。
真意は分からない。脅しのつもりだったかもしれない。
なんにせよ、効果は絶大だった。僕はあれ以来、ホロウと会話をするのをやめた。
ホロウの多くは、20代から40代の男。
中には、僕と年が近い10代の若い少年もいた。孤独感からかよく僕に話しかけてきていたが、全て無視した。どこかの王子だとかなんとか言っていた。
――本当はあの少年を始めとした、ホロウ達の世界の文化について知ってみたかった。
だが、興味を持ってはいけない。少しでもそういうそぶりを見せてしまうと、ゴーチエに呼び出されて説教されてしまう。
ダリオの出来事を持ち出して、いつもの口上と併せて延々と聞かせてくるのだ。
ホロウの質問に答えるな。ホロウを知るな。
ホロウがお前と関わりを持とうとするのは、お前を利用したいがため。
愚かなお前はすぐに騙される。私はお前が騙されないために言ってやっているのだ――。
何度も聞かされているうちに、やがて僕の中にダリオへの嫌悪感と怒りが芽生え始める。
――あいつが話しかけてきたから、僕を連れて行こうとしたから、僕はこんな話を何度も聞かされなければいけない。
許せない。全部あいつのせいだ。
最期に僕を〝ティト〟と呼んだことが何より許せない。僕をティトの身代わりとしか思っていない証拠だ。
いつの頃からかその気持ちは全ての人間とホロウに向くようになった。
屍霊術師として〝反魂組成〟を行うようになって、それは加速していった。
――人間が嫌いだ、ホロウも嫌いだ。
口づけなんかしたくない。接触するのも嫌だし、会話もしたくない。無駄な行為だ。
僕を見るな、関わるな、どこかへ行け。
僕の目の前からさっさと消えろ……。
◇
ダリオとのことがあってから数年後、僕の頭の中はゴーチエの言葉と思想ですっかり満たされていた。
ゴーチエももう僕を叱責しないから、胸や頭が重く締め付けられることもない。
しかしそんなある日、重大な事件が起こった。
ゴーチエが死んだのだ。
4年前――僕が15歳くらいの頃だった。
ある日僕がゴーチエの元に行くと、魔法円の中心で倒れて冷たくなっていた。
死因は分からない。目立った外傷はなく、遺体の周辺に毒物らしき物もなかった。
こうなった時の対処法を教わっていなかったからそのままにしておいたら、5日後くらいに王都から憲兵がやってきた。
ゴーチエはよく王都に出向いていた。訪問日になってもゴーチエが来ないから、様子を見に来たのだろう。
憲兵はゴーチエの屍を見て「これはどうしたことだ」と僕に問うてきた。
「5日前の朝部屋に来たら、こうなっていた」
「5日……!? なぜ放っておいた、お前が殺したのか!?」
「殺していない。あのゴーチエ・ミストラルを誰が殺せるんだ」
「それは……しかし……」
「こういう時に何をするのか教わっていない。それに、そのうちに起き上がると思った。……死ぬわけがないので」
「な……何なんだお前は! 頭がおかしいのか!?」
そう叫ぶと憲兵は庵の外に出て、しばらくのちに仲間を連れて戻ってきた。
憲兵達は苦い顔をしながら僕に一瞥くれたあと、手早い動きでゴーチエの屍を回収し、外へと運んでいった。
「事情を聞かせろ」と僕も一緒に連れて行かれたが、先ほど話したこと以外に何も把握できていないため同じことを繰り返し話すことしかできなかった。
1時間ほど取り調べを受けたあと、「もうお前は帰っていい」と釈放された。
憲兵はその後も何度か庵にやってきて調査をしていたが、ゴーチエの死因に繋がるものは何も見つからなかった。
「自死では」という者もいたが、その線は限りなく薄い。あれだけ自死者を嘲っていたゴーチエが、そんなことをするはずがない。
結局ゴーチエの死因は分からずじまいだった。
ゴーチエが倒れていた魔法円は未知の術式で形成されていたため、最終的に「何か新しい魔法を開発して試したが、失敗したのだろう」と結論づけられた。
ゴーチエ・ミストラルは間違いなく死んだ。
心臓と脈を確認したし、庵に憲兵が来た時には遺体の腐敗が進んでいた。
遺体は灼いた後、〝底の海〟に流された。
だが僕にはどうしても信じられない。
あらゆる魔術の、そして屍霊術の祖とまで言われていたあの男が、そう簡単に死ぬものだろうか?
今でもどこかでなんらかの形で生きていて、僕を見張っている――そんな考えがずっと頭から離れない。
ゴーチエに命じられ、僕はダリオを形成していた泥の後片付けをした。
「ヒッ、ヒッ……、う、うえぇ――ん……」
悲しくて胸が痛くて、手が思うように動かない――のろのろと作業をしていると、ゴーチエが僕を平手で打った。
「誰の所為でこうなったと思っている」
いつもと同じ叱責が始まる。
誰のせいだ何が悪い、お前は愚かだ知能が低い、だから捨てられるんだ。
そして――……。
「ダリオ・アモローソはお前を自分の子供の身代わりにしようとした最低の男だ。自分の意志で死んで置いていったくせに、『寂しいから一緒にいてほしい』とは、こんなに身勝手なことがあるか? お前は騙されていたんだ。最初こそお前を大事にするかもしれないが、新たな生活で新たな妻子を得たら、そのうち飽きて捨てられる」
こうやってダリオ――あのホロウがいかに愚かで最低で卑怯であるかということを、僕が理解・自覚するまで延々と語って聞かせてきた。
なお、「教える」と言っておきながらゴーチエが僕に〝魂魄読みの術〟を伝授することはなかった。
「お前の魂の力は弱いから、〝魂の裁定〟で負けるだろう」とのことだった。
真意は分からない。脅しのつもりだったかもしれない。
なんにせよ、効果は絶大だった。僕はあれ以来、ホロウと会話をするのをやめた。
ホロウの多くは、20代から40代の男。
中には、僕と年が近い10代の若い少年もいた。孤独感からかよく僕に話しかけてきていたが、全て無視した。どこかの王子だとかなんとか言っていた。
――本当はあの少年を始めとした、ホロウ達の世界の文化について知ってみたかった。
だが、興味を持ってはいけない。少しでもそういうそぶりを見せてしまうと、ゴーチエに呼び出されて説教されてしまう。
ダリオの出来事を持ち出して、いつもの口上と併せて延々と聞かせてくるのだ。
ホロウの質問に答えるな。ホロウを知るな。
ホロウがお前と関わりを持とうとするのは、お前を利用したいがため。
愚かなお前はすぐに騙される。私はお前が騙されないために言ってやっているのだ――。
何度も聞かされているうちに、やがて僕の中にダリオへの嫌悪感と怒りが芽生え始める。
――あいつが話しかけてきたから、僕を連れて行こうとしたから、僕はこんな話を何度も聞かされなければいけない。
許せない。全部あいつのせいだ。
最期に僕を〝ティト〟と呼んだことが何より許せない。僕をティトの身代わりとしか思っていない証拠だ。
いつの頃からかその気持ちは全ての人間とホロウに向くようになった。
屍霊術師として〝反魂組成〟を行うようになって、それは加速していった。
――人間が嫌いだ、ホロウも嫌いだ。
口づけなんかしたくない。接触するのも嫌だし、会話もしたくない。無駄な行為だ。
僕を見るな、関わるな、どこかへ行け。
僕の目の前からさっさと消えろ……。
◇
ダリオとのことがあってから数年後、僕の頭の中はゴーチエの言葉と思想ですっかり満たされていた。
ゴーチエももう僕を叱責しないから、胸や頭が重く締め付けられることもない。
しかしそんなある日、重大な事件が起こった。
ゴーチエが死んだのだ。
4年前――僕が15歳くらいの頃だった。
ある日僕がゴーチエの元に行くと、魔法円の中心で倒れて冷たくなっていた。
死因は分からない。目立った外傷はなく、遺体の周辺に毒物らしき物もなかった。
こうなった時の対処法を教わっていなかったからそのままにしておいたら、5日後くらいに王都から憲兵がやってきた。
ゴーチエはよく王都に出向いていた。訪問日になってもゴーチエが来ないから、様子を見に来たのだろう。
憲兵はゴーチエの屍を見て「これはどうしたことだ」と僕に問うてきた。
「5日前の朝部屋に来たら、こうなっていた」
「5日……!? なぜ放っておいた、お前が殺したのか!?」
「殺していない。あのゴーチエ・ミストラルを誰が殺せるんだ」
「それは……しかし……」
「こういう時に何をするのか教わっていない。それに、そのうちに起き上がると思った。……死ぬわけがないので」
「な……何なんだお前は! 頭がおかしいのか!?」
そう叫ぶと憲兵は庵の外に出て、しばらくのちに仲間を連れて戻ってきた。
憲兵達は苦い顔をしながら僕に一瞥くれたあと、手早い動きでゴーチエの屍を回収し、外へと運んでいった。
「事情を聞かせろ」と僕も一緒に連れて行かれたが、先ほど話したこと以外に何も把握できていないため同じことを繰り返し話すことしかできなかった。
1時間ほど取り調べを受けたあと、「もうお前は帰っていい」と釈放された。
憲兵はその後も何度か庵にやってきて調査をしていたが、ゴーチエの死因に繋がるものは何も見つからなかった。
「自死では」という者もいたが、その線は限りなく薄い。あれだけ自死者を嘲っていたゴーチエが、そんなことをするはずがない。
結局ゴーチエの死因は分からずじまいだった。
ゴーチエが倒れていた魔法円は未知の術式で形成されていたため、最終的に「何か新しい魔法を開発して試したが、失敗したのだろう」と結論づけられた。
ゴーチエ・ミストラルは間違いなく死んだ。
心臓と脈を確認したし、庵に憲兵が来た時には遺体の腐敗が進んでいた。
遺体は灼いた後、〝底の海〟に流された。
だが僕にはどうしても信じられない。
あらゆる魔術の、そして屍霊術の祖とまで言われていたあの男が、そう簡単に死ぬものだろうか?
今でもどこかでなんらかの形で生きていて、僕を見張っている――そんな考えがずっと頭から離れない。
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