愛を知らない空っぽ屍霊術師は、泥の人形に泡沫の恋をする

天草こなつ

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4章 悲しむこと

19話 その悲しみは、誰の(前)

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「いやあ、なーんでこんなことド忘れしとったんやろ。しかも自分の死因と思うとか記憶違いもエエとこやで。アホやんなー」
 
 机に頬杖をつき、トモミチは笑う。
 目線がどこにあるか分からない。ハキハキと喋ってはいるが、一体誰に向けて言っているのか――。
 
「な……」
「ん?」
「なぜ、急に思い出したんだ。きっかけは……」
「昨日、筆で文字書いてたらさあ」
「ふ、筆……?」
「うん。筆持って、書き始めたら文字が薄くてさ。そしたら急に、アタマん中でパァーンってガラス割れたみたいな音して」

 
 ――昨日ビクトルから聞いた話が頭をよぎる。 
 元の世界で小説家をやっていたホロウが、「落ちたペンを拾った」だけのことで記憶を取り戻してしまった……という話だった。
 同じだ。「インクが薄かった」――そんな些細なことで……。
 
 その記憶はいつ頃蘇ったのだろう。
 もしかして、昨日レミといさかいを起こすよりも前か?
 それなら〝死〟を軽く扱うレミに腹を立て、怒りを露わにしたのもうなずけるが……。
 
(だったら、おかしい……!)
 
 だって今トモミチは笑っている。人が――カズが死んだ話をしているのに。
 
 ――どうして笑うんだ。大事な人なんじゃないのか?
 あんなに……うんざりするくらいに「カズ、カズ」と言っていたじゃないか。
 
「っ、……文字が、薄いから……? それが、どうして」
 
 その質問にトモミチは一瞬顔を歪める。
 混乱のあまり無意味な質問をしてしまったと思ったが、何か本質をつくものだったらしい。
 
「……〝香典袋〟っていうのがあって。あれ書いた時のこと思い出した」
「コウデン……?」
「ゴメンやけど、説明はしたくない」
「……」
 
 初めて聞く明確な拒絶の言葉に二の句が告げられない。
 僕が黙り込むとトモミチは目を伏せ、溜息混じりに「やー、参ったな」と大きい声で独り言つ。
 
「なんやろなー消化できてへんかったんかなーオレん中で。アイツ死んで1年くらい経ってんのに何やってんねやろ。ハハッ……」
「な、何が……おかしいんだ」
 
 思わずそうつぶやくと、トモミチが少しだけ目を見開いてこちらを凝視してきた。
 
「……何が?」
「『何が』じゃない! どうしてずっと笑ってるんだ、どうしてカズの死をそんなに軽く扱える? 悲しくはないのか」
「そりゃ、悲しいよ」
「じゃあ、なんで笑う? 心の動きとして、正しくないだろう」
「まあ……けっこう経ってるし――」
「今、『消化できていない』って言った! 10秒くらいで辻褄が合わなくなってる、おかしいじゃないか!!」
 
 大声が石造りの部屋に反響する。
 驚いたらしいトモミチが立ち上がって僕の方へ歩み寄り、手を延ばしてきた。僕はそれを思い切り払いのける。
 
「さわるな! 今はそういう時じゃない!」
「どうしたんロラン君、ちょっと、落ち着き……」
「カズはお前の大事な友達なんじゃないのか!!」
「そうやけど。待って待って、何を、そんな」
「『カズが死んでけっこう経ってる』って何だ!? ……1年なんて、全然時間の経過のうちに入らない!!」
 
 昨日今日と溜め込んでいた鬱屈した気持ちがそのまま直接的な言葉となって出てしまう。
「ホロウを刺激してはいけない」と頭で理解しているのに、抑えられない。
 
「ロラン君、どうした? なんか変やで」
「変なのはお前だ! ずっと笑ってる、カズのことなのに」
「それはオレがおかしいかもしらんけど。……けど今、100パーそれで怒ってる? なんか別のこと混じってない?」
「………………」
 
 指摘をされて初めて気がついた。
 トモミチが長年の友人であるカズの死を軽い出来事として扱っているのが許せない。
 悲しいことのはずなのに笑っているのが正しくないから許せない。
 だがそこには確かに別の要素が混じっている。僕は一体、何に対して怒りを燃やしているのか……。
 
 
『もうすぐお別れだね、ロラン君。くだらない話をたくさん聞いてくれてありがとう』――。

 不意に、脳裏にダリオ・アモローソの笑顔が浮かんだ。
 彼と言葉を交わしたことはなかった。関わったのもほんの少し……泥から人間の形になって、崩れるまでの間だけ。
 2日にも満たない交流だった。それでも……。
 
「……うしなうことは悲しい。喋れないし、手も全然動かなかった。関わったのが少し……たった数日でも、そうなるんだ。……お前とカズは20年以上も付き合いがあったんだろう。なのに」
「カズが死んだのはそりゃ悲しいよ」
「悲しんでいるように思えない」
「悲しみ方は人それぞれやんか。……何? オレ、泣かなアカン? 大の男が人前でメソメソ泣けんよ」
「……なぜ? 誰かがそれを禁じたのか」
「………………、そういうわけ、ちゃうけど」
 
 溜息混じりにそうつぶやき、トモミチは苛立たしげに前髪をかき上げる。
 もしかすると、話を切り上げたいのかもしれない。「この話はもういい」「1人にしてくれ」なんて言って……。
 だがそう言われても僕は引く気はない。なおも食い下がって質問を浴びせかけるだろう。
 トモミチもそこまで読めているからこそ苛々しているんだ。
 話を打ち切れないから。……逃げられないから。
 
「まあ、泣く機会逃したのはあるかな。葬式も通夜も、気ぃ張ってやなアカンかった。……弔辞頼まれとったし」
「チョウジ……?」
「……泣かんと読み切って、ちゃんと見送ったらなアカンかった。それと……アイツ妹と弟おんねんけど、2人とも『お兄ちゃん、お兄ちゃん』て号泣しとってさ……そこで、オレまで泣くわけには」
「……なぜ? 周りの人間がどれだけ泣いていたって、それはお前の〝悲しみ〟にはならない。お前以外、誰もお前の感情を表現できないのに」
「…………ロラン君」
 
 ――ああ、分かった。この怒りと苛立ちの正体が。
 トモミチは大事な人の〝死〟に――〝悲しい〟という感情に向き合えていない。僕と同じなんだ。僕もダリオの喪失にちゃんと向き合っていない。
 ダリオを亡くして悲しかった。大声で泣きたかった。でもゴーチエにそれを禁じられた。
 僕が泣いているところを見るたび、ゴーチエはダリオを嘲りつつ僕に罵詈雑言を浴びせてきて……僕はその責め苦に耐えられず、そのうち悲しい気持ちをダリオへの〝憎悪〟に置き換えるようになった。
 自分が楽になるために、悲しむことから逃げた……。
 
「……オレはオレなりに、ちゃんと事実受け入れて飲み込んでるよ」
「消化できていないって、さっき」
「それはさあ、……もう……」
 
 トモミチの語気が荒くなってきている。
 
「そもそも、飲み込んでいない。口に入れてもいないじゃないか」
 
 ――違う。それは僕の話だ。
 僕の問題をトモミチの問題と混同してはいけない。
「同じだ」と思うのは僕の憶測でしかないんだ。これ以上責め立ててはいけない――。
 
「悲しい気持ちは別のモノに変わったりはしない、置き去りにしようとしたってなくならないんだ。どうやったって、ずっと……!」
「――やめろ」
 
 トモミチが僕の口に手のひらを強く押しつけ、唸るようにつぶやく。
 息が苦しいが、言いかけていた言葉を遮られどこか安堵している自分がいる。
 
 ――トモミチ、僕は知っているんだ。
 悲しみをきちんと認識して向き合わない限り、どうやったってずっと心は重いままだ。
 自分の心と感情を理解して処理できないのは苦しい。

 ……それはとても、とても不幸なことなんだ……。
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