愛を知らない空っぽ屍霊術師は、泥の人形に泡沫の恋をする

天草こなつ

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4章 悲しむこと

20話 その悲しみは、誰の(後)

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「なんでそんな、率直に物申してくる。……こういうのって、もっとオブラートに包むもんやろ? レミ君の方がよっぽど気ぃ使ってくれたわ」
 
 僕の口を押さえつけたまま、僕から顔をそらしてトモミチは呟いた。長い前髪に隠され、表情は見えない。
 
「……踏み込んでくるなよ……」
 
 言ったあとトモミチの手の力が少し緩んだので、僕はその手を両手で持ってゆっくりと下ろした。
 確かに僕は踏み込みすぎた。だが、何か納得がいかない。
 
「どうして……だって、トモミチが先に踏み込んできたんじゃないか」
「それは……」
「トモミチは最初、僕に腹を立てていたはずだ。そのまま『嫌な奴だ』と構わなければよかったんだ、他の人間と同じに……」
 
 僕の世界に〝人間〟はいなかった。
 人間も泥人形ホロウと同等の存在だ。他者の言葉や考えは必要ない、相手の気持ちを考えるなど時間の浪費だ――そういう風に、ずっと思想と思考をコントロールされてきた。
 
 だがそれは間違いだった。言葉で思いを伝えることで物事が動き、人との関係も変わる。
 それが〝人〟として生きる上でどれほど尊いものであるか気付かせたのは、トモミチなのに。
 
「あんなに関わってきておいて、人の……僕の心に触れておいて、自分は触れられたくないなんて、そんなの勝手だ……」
 
 ――駄目だ。
 カズの話をしていたはずなのに、どんどん別の方向に話が逸れてしまっている。
 でもまだ言い足りない。少しでもこの気持ちが伝わるのなら、今どうしても言ってしまいたい。
 
「僕は、……僕だって、トモミチの心を知りたい。少しだって、いいから、……僕は……」
 
 ずっと持ったままだった手を握ってそう告げると、彼は僕の方に顔を向けた。だが僕の顔を一瞥してすぐに目を閉じうつむいてしまう。
 
「ゴメン。せやな……オレが……」
 
 そうぽつりとつぶやき、彼はベッドの方へと歩いて行く。手を振りほどかれることがなかったので、僕も自然と彼に追随する形に。
 トモミチはベッドに腰掛けたが僕は隣には座らず、彼の正面に立つことにした。その方がいいような気がした。
 握っている手を離すと彼は両手で髪をかき上げながら頭を抱え込み、そのままうつむいて膝に肘をつく。
 
「……さっき、さあ」
 
 大きなため息のあとトモミチが口を開く。口元しか見えないが、先ほどまでと違って口角は上がっていない。
 
「さっきロラン君、『誰かに泣くのを禁じられたのか』って言ってきたやん。あれ、なんかギクッとしてもうたなあ……。『禁じられた』とか、そんなん考えたこともなかった」
 
 そう呟き、トモミチは膝に置いた手のひらに視線を落とす。
 
「禁止なんか誰にもされてへん。強いて言うなら……オレが、自分で」
「どう、して……」
 
「さっきも言うたけど、オレ、弔辞読まなアカンかって。弔辞っていうのは、故人に贈る別れの言葉のこと。思い出語ったりとか、亡くなって悲しいですとか、そういう感じの……。通夜でアイツのお父さんお母さんに頼まれてさ。……ちゃんとやりきらなアカン、失敗したらアカン、泣くのはその後にしよおもててんけど、なんか分からんけどいつまで経っても泣けんくて、……おかしいよなあ。ロラン君が言った通り、アイツと20年以上も付き合いあったのに。幼稚園の年少……あんま記憶もない頃からやで? せやのに」
 
 そこまで言ったところでトモミチは膝に置いてあった両手を組み合わせ、そこに額をくっつけ黙り込む。
 
「オレ……、オレはホンマ、最悪で」
「トモミチ……?」
「……なんていうか、悲しいとかそれ以前の問題でさ。こんなんホンマは言ったらアカン……考えるのもアカンって、ちゃんと分かってんねんけど、どうしても」
「……?」
 
 何を言いたいのか今ひとつよく分からない。考えを整理しているのだろうか。
 しばらくしてからトモミチは組み合わせた両手をほどき、その手で頭を抱える。
 
「……けど、いいかなあ。ここ日本とちゃうし、言っても許されるかなあ……」
 
(トモミチ……)
 
 震える唇をぎゅっと噛みしめる。
 ――駄目だ、泣いてはいけない。僕が泣いたらトモミチはまた泣けなくなってしまう。
 
「……好きにしたらいい。僕は、何も言わない」
 
 そう言ってトモミチの頭に手をやって軽く撫でると彼は「ありがとう、優しいなあ」と笑い、少しの間のあとまた口を開いた。
 
「オレ……ホンマは弔辞なんか読みたなかった……」
 
 灰色のズボンに、1つ、2つと水滴が落ちる。
 
「カズが死んだこともまだ受け入れられてへんのにさ……。オレ……オレも、カズの妹と弟みたいに、泣いてるだけの人でいたかった。なんやねんカズ、アイツ……どっこもケガないみたいに見えるのに、死んでるって。意味わからんねん、早すぎやろ……」
 
 顔を覆い隠してトモミチはすすり泣く。
 隣に座りたい気持ちをこらえ、僕は彼の頭を撫でた。
 
 どれくらいの間そうしていたのか――ふと時計を見ると、魔力供給の時間が迫っていた。
 このまま気の済むまで泣かせてやりたいが、仕方がない。
 泣いている彼の両頬に手をやって、上を向かせた。
 
「なに……ああ、時間か」
 
 か細い声でつぶやき、トモミチは目を閉じる。
 
「…………」
 
 これからするのは魔力の供給。でも、上を向かせた理由はそれじゃない――。
 
「……顔を、見たかったから」
 
 そう言うとトモミチは目を少し見開き、息を漏らすようにして笑う。
 
「ふふ……何それ? 見んといてほしいなあ、こんな、辛気臭いカオ――」
 
 言葉の途中で唇を合わせた。
 魔力が流れていく――途中でトモミチが僕の手を握ってきたので僕も握り返した。
 途中で目を開けるとやはり彼は目を開けていた。目の端から涙が幾筋も流れ、握り合わせた2人の手を濡らしていく。
 
(トモミチ……)
 
 ――うつむかないで。後ろを振り向かないで。どうかもう、これ以上……。
 
 魔力が流れきったので唇を離した。だがそのまま顔も手も離さず、額をコツンとくっつけて彼と目線を合わせる。
 
「……どんな顔だって、僕は見たいから……」
 
 そう告げると彼は唇を震わせ、何か言おうとしたのか口をわずかに開けた。
 だが結局言葉を紡ぐことはできず、顔と身体を左右にグラグラさせながらベッドに倒れ込んでしまう。
 
 倒れた彼の靴を抜き取ってから足をベッドの上に載せ、いつもは肩のところまでかぶせていたシーツを、あごの下辺りまでかぶせてやった。
 寒そうに見えた。冷え切った身体が、これ以上冷えてしまってはいけないと思った。
 
「……っ」
 
 こらえていた涙がボロボロとこぼれ、トモミチの冷えた頬に落ちる。
 それを手で拭い取ってから崩れるように座り込み、ベッドにもたれかかって僕はむせび泣いた。
 
 トモミチの先ほどの告白を聞くだけだったら、きっとこうはならなかった。
 今までの彼の言動、そして彼が放った「ある言葉」が去来してきて、耐えられなくなった。
 
 一昨日のことだ。
 ゴーチエの話をする僕にトモミチは「もうゴーチエの話はいい」と告げ、続けざまにこう言った――。
 
「何回も話題に上げとったら、まるで『生きてここにいる』みたいな気してくるやん?」
 
 何回も何回も、ことあるごとにトモミチはカズの話題を出してきていた。
 そう……まるで、生きてここにいるかのように……。
 
 カズは死んだ。もういない。
 その事実は今までずっと記憶の奥底に沈んだままだったから、きっと無意識下の行動だったろう。
 頭で理解しても心の奥底ではそれを認められず、何度も話題に出すことで「カズは生きている」と思いたかったのだろうか……。
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