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俺は悩む。

せっかくの夏休み初日を、見ず知らずの女子生徒の都合で消費してもいいものか。

いくら綾姉の頼み事とはいえ、流石に急な話すぎる。
やはりここは断るべきだろう。

「あのさ、やっぱり—」

「綾姉も誘います」

「—行くことにするよ」

話を聞くだけだ。偶には人助けをしてもいいだろう。

「ありがとうございます。それでは、朝10時待ち合わせで」

「あぁ」

小走りで去っていった日高さんを遠目で見送る。
視線を感じ周りを見渡すと、何人かの生徒は下世話な笑みを浮かべていた。

しまった。
こんな所でする話じゃなかった。

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翌日、俺は滅多につけないワックスで髪をセットした。
服も勝負服で決める。
顔を洗い、身なりを整える。

これって、考え様によってはデートという扱いになるのだろうか?
だとしたら、日高さんが邪魔だな‥。

久しぶりの綾姉との再会。最後に会ったのは一年前くらいだろうか。
すっかり大人びた綾姉はまた帰ってくるからね。勉強、頑張ってとエールをくれた。

‥そうか、やっぱり少し気まずいな。
受験に失敗している状態で会いたくなかった。
でも、もう日高さんは俺のことを綾姉から聞いているということは、綾姉はとっくに知ってるはずで、つまり今更取り繕っても虚しいだけだ。

俺は靴に履き替え玄関を出た。

待ち合わせより三十分早くきてしまった。
店内で待っておこうか。
いや、やめておこう。ここは余裕を持って、優雅に立っておくのが正解か。

「おはようございます」

声をかけられたので振り返ると、そこには日高さんが立っていた。

‥学校指定の紺色のジャージ姿で。

「えっと、この後部活か何かが?」

「いいえ」

「‥あ、罰ゲーム?」

「いいえ」

「‥洗濯物が乾いてなかった?」

「洗濯物は取り込んでタンスに入れてますが。何か?」

「いや、大丈夫です」

やはりネジが外れている子なのだろう。

「カンジョーくん、寝癖が」

「これはセットしてるんだよ」

「ツンツンとウニのような」

「日高さん、メンタルは強い方かな?」

「メンタル、という抽象的で数値で測れないので、何ともいえませんね」

「馬鹿な質問をしたね、ごめん」

休日に予定もなくジャージ姿で人前で過ごせるのだ。メンタルは強いに決まっている。

「初対面の君に伝える言葉では無いのは承知の上で言うね?俺、君のこと苦手だな」

「そうですか」

日高さんは眼鏡をかけ直し、さらに失礼な言葉で返してきた。

「私の嫌いな食べ物はウニです」

「気が合うね。俺もウニは嫌いだよ」

お互い乾いた笑みを浮かべる。

「冗談はさておき、中に入りましょう」

「え、待って。綾姉は?」

「綾姉は急用で来られないです」

カランカランという音が鳴った。

帰ろう。

俺が足を来た方向に向けると、「何してるんです」と腕を掴まれた。

「綾姉からの伝言もあるので」

「はい‥」

俺は腕を掴まれたまま店の中へと連れて行かれた。

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