紀晴くんはいつも周囲から板挟みにされている。

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第1章

突然の相談

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夢の高校生活‼︎
なんて信じた人を舞い上がらせるだけ舞い上がらせて現実を見た最後には奈落の底へと落とす最悪な言葉を一体誰が初めに言ったのだろうか?

そう。
俺もそんな言葉を信じていた惨めなヤツだ。
中学で3年間想いを寄せていた女子、姫野杏果(ひめのきょうか)に最後まで想いを告げられず結局は彼女の後を追って無理をして猛勉強し地元ではそこそこ有名な進学校、私立桜並木高等学校に制服がカッコいいからという苦しい言い訳で入学した訳だが、、、。

入学早々に姫野とは別のクラスへ編成された事を知った時点で俺の青春は終わったと諦めていた。

だがしかし。
奇跡は起きた‼︎ 
俺は2年に進学してどうせ姫野と同じクラスにはなれないと諦めて名簿を見ていたら
姫野の名前が載っているクラス2-Aのところに蒼山紀晴(あおやまきはれ)と俺の名前が書かれていたのだ。

見間違えか?と思ったが。
「蒼山くんと同じクラスになるの中学ぶりだね。1年間よろしくね♡」
と俺に向かって言った姫野の言葉で確信したのだ。
神様が俺にチャンスを与えてくれたのだ。
そうだよね?きっとそうだよ‼︎

「俺の青春も捨てたもんじゃねーな‼︎」
「なに?機嫌いーじゃねーか紀晴」
始業式が終わりその下校中、なんの縁かは知らんが今年も同じクラスになってしまったアホの高野にそんな事を俺は言ってしまった。

「っていうかお前、1年の時から気になってたんだがよ好きな女子とか聞いたことなかったよな」
とチョココロネパンをモシャモシャ食いながら高野が言った。
俺は飲んでいたコーヒー牛乳を吹きそうになったが堪えた。

「バカっ‼︎おまっなに言って‼︎」
「なにそんなに慌ててんだ?もしかして2年になって好きな女子が同じクラスにいたのか?」
高野はニヤニヤしながら俺の顔色を伺っている。
どうして普段アホなくせににそういう時には鋭い洞察力を発揮するんだこいつは。
「そういうお前はどうなんだよ‼︎」
「俺か?んーーーそうだなぁ、、、。」
いつもふざけたツラの高野だが女子の話となると真剣な顔になる。

「青みがかった黒髪ロングに大きな瞳、校内1の美少女で笑顔が眩しく性格もいいと評判のまさに学園のアイドルって感じの姫野もいいが、俺はやっぱ敷島だな!」
自信満々に高野は言った。
"敷島凛(しきしまりん)"。
俺はそいつを知っている。まさかあいつも同じ高校に進学していたとは。
中学の頃は姫野と同じくずっと同じクラスだった。
だけど敷島は誰とも関わろうとせずずっと休み時間には一人で本を読んで過ごしていた。
だから俺は敷島と話したこともなけりゃ誰かと話しているところを見たことがない。

まぁ俺のラブリーマイエンジェル姫野を選んでいたらこの場でコイツを殺害していたかもしれんがそれよりも姫野もいいがってこのアホの高野に言われたのも妙に癪に触る。
まあそれはさておき。

「あぁ敷島か。知ってるよそいつ」
「なんだよ知ってるなら俺に紹介してくれよ‼︎彼女は姫野と並んで校内のアイドルなんだぜ?」
紹介しろと言われても俺は敷島と友達ではない。あれだな、やっぱりこいつはアホだな。
「明るめのブラウンのミディアムショートヘアに整った顔立ち。それでもってスタイル抜群の華やかな見た目に反して極度の無口。それに頭も良い!1年の頃の成績は学年1位だったらしいぜ!」
あんな何を考えてるかわからん女を好きになるこいつは相当な変わり者だな。

「なんかあのミステリアスな雰囲気に惹かれるんだよなー」
とその敷島の話を下校中俺は散々聞かされる羽目になった。
「じゃあな紀晴また明日学校で‼︎」
「ああまたな」
と高野の話を適当に聞き流し帰宅した俺は。
「よし明日から姫野に急接近だ!頑張れ俺‼︎」
と自分に言い聞かせ明日を心待ちにしたのであった。

そして翌日、昨晩姫野のことを考えて興奮しすぎたあまり眠れずにいた夜を後悔しながら開きそうで開かない目を無理やりこじ開け
いつもの高野のアホな話に付き合いながら登校したのであった。

教室に着き
「蒼山くんおはよう♡」
と姫野に優しく声をかけられキョドリそうになりながらも冷静になれと自分に言い聞かせ返事をしながら席に着いた時だった。

何やらただならぬ視線が俺に向いていることに気がついた。
熱い視線を送っていると思いたいが、どう考えても殺意に満ちている視線だ。
恐る恐る振り返ってみると。
俺から遠く離れた窓際の席にヤツは居た。

敷島だ。
いつも本に向かってにらめっこなのにその整った顔立ちは鬼の形相で俺を見ていた。
おいおいおいなんなんだこいつ何故俺のことを睨む?その可愛い顔が台無しだよ?
まあそれはさておき。
何故俺がこいつに睨まられなきゃいけないんだ?
俺が何をしたっていうんだ?

「おいおい紀晴お前敷島に何したんだよ?」
アホの高野が小声で慌てながら俺に言った。
「何もしてねーよ‼︎聞きたいのはこっちだよ‼︎」
「もしかして敷島はお前のことが好きなのか?ダメだぞ敷島は俺がもらうんだからな‼︎」
どこまでコイツは馬鹿なんだという言葉を俺は飲み込んだ。
どこの恋する女子が好きな男を見るのにあんな鬼の形相で見るんだ?
そうだったとしたらいいがなんて思ったが姫野を裏切ることは俺はない。
断固としてない‼︎

まあそれはさておき。
それからというもの毎日俺は窓際から敷島からの殺意の視線を感じながら姫野との5秒ももたない会話で癒されつついまだに姫野との距離を縮められないことに幻滅している毎日を送り、とうとうゴールデンウィークを迎えるのだった。
ゴールデンウィークはアホの高野とカラオケやゲーセンに行ったり家でグダグダしたりとパッとしない休みだった。

そしてゴールデンウィークが明けまだ5月にもかかわらずすでに夏か?ってほどの暑さの中、久々に姫野に会える‼︎とわくわくしながら登校し、またまた明るく元気ながらも聴いた者全員が魅了されるような美しい声で「蒼山くんおはよう♡ゴールデンウィークはどうだった?」と姫野に挨拶されただけで癒されつつ
もしかして俺のこと好きなんじゃね?と一日中考えながら無難な俺の一日を過ごして下校しようとした時に事件は起きた。

今日も姫野と朝の挨拶しか交わしていないと落胆しつつアホの高野と下校しようと鞄を持ち席を立とうとした時だった。
「ちょっといい?」
そこにはいつも俺を睨みつけていた敷島が立っていた。
それと同時に長年こいつを知ってはいたが話しかけられたのは今日が初めてだということに一番驚いた。
教室中シーンとなった後ざわざわし始めた。
みんなの視線が突き刺さるように痛い。
そして何よりも姫野の視線が。
この場から消え去りたいとこんなに思ったことは人生で初めてだ。

「え?もしかして俺のこと?」
ヘラヘラしながら俺の隣に立っていた高野が言った。
そうであってくれと心の奥底から願う俺だったが。
「アナタじゃなくて蒼山よ」
やはり俺だ。嘘だと言ってくれ。
「な、なんの用だよ⁈」
ついに殺されるのか?いやいやいや待て待て落ち着け俺。いくらなんでも何時も俺を睨んでいたとはいえ、それはないだろう。
むしろないと言ってくれ。
と考える暇を与えずに敷島はこう言った。
「いいからちょっと私について来て話があるの、、、。」

教室中のみんなの「えーーーーーーーーーーーーーーー」という声が放課後の校内に響き渡った。

慌てる暇もなく敷島にそそくさと教室から連れ出され他のクラスの連中からジロジロ見られる痛い視線を感じながら廊下を俺の前を歩く敷島に着いて行くように歩く。
全く話が読めない。
一体なんだってんだ?もしかして本当に俺のことが好きで告白するために俺を連れ出したんだろうか。
そう思えば心なしか俺の前を歩く敷島の顔が少し赤くなって恥ずかしがっているような気もする。
まあ確かに俺はみんなからはパッとしないと言われるが俺自身は自分の容姿にはなかなか自信があるほうだ。

赤みがかった茶髪にくせっ毛の襟足がいい感じに外ハネになっている髪型も父親似の奥二重だがキリッとした目も高過ぎず低過ぎない鼻に薄めの唇。
典型的なしょうゆ顔ってやつだ。
他人がどう思おうと俺は自分の容姿をそれなりに気に入っている。
もしかしたらそんな俺のナルシストな部分もこいつには魅力的に見えるのかもしれない。
そう。
きっとそうに違いない。
だがすまない敷島よ。

俺には愛する人がいるんだ。
いくらお前に好きと言われたって俺はお前の愛にこたえることはできない。
なとど考え自然と自分の顔がニヤニヤしていると気付けば誰もいない校舎裏に来ていた。そこで敷島は歩みをピタリと止めた。

もうわかっているぜ!という言葉を心の奥にねじ込み抑え込んで焦りを露わにしないよう冷静に俺は言った。
「お、俺に話ってなんだよ?」
大丈夫だよな?俺変な顔とかしてキモくないよな?
そんな心配で頭がいっぱいの中少し赤くなった顔の敷島が言った。
「一回だけしか言わないからちゃんと聞いて」
ついにくる。
告られる。
Oooh~♪きっと来る~♪きっと来る~♪

しかしよく見るとやはりこいつもなかなか可愛いじゃないか。
いつも俺は姫野ばかりを見ていたしこいつも俺のことを鬼の形相で睨んでいた顔しかほとんど見たことがないせいか
敷島の頬を赤らめ下を向いてもじもじしている姿に不覚にも俺は見惚れてしまっていた。

いかんいかん。
俺には姫野という愛する人がいるのにもうちょっとで浮気をするとこだったぜ。
ま。
だがおそらく、いや当然姫野に対する俺の想いは片想いなのだろうけど(涙)

「は、早く言えよ」
「う、うん、、、。」
「私ね、、、。」
「お、おう、、、。」
なんなんだこの緊張感は。
今までに味わったことがない。
言うならさっさと言え。
中学の頃から俺のことが好きだと放課後に残っている全校生徒にまで聞こえるほどの大きな声で俺のことが好きだと叫んでみやがれ‼︎

「私ずっと好きだったの、、、、。」
とうとう言いやがったよこいつ。
まぁわかっていたがな。
だが全く知らないし関わったこともない女子に告白されるのも不思議な感じだが、悪い気はしない。
さてここで俺は返事を返す。当然、俺の答えはNoだ当然だ。
だって俺には姫野が居るからな。
だから俺は無難にこう返す。

「知ってたさ。お前の気持ち。」
「、、、、え?」
少し涙目の敷島が驚いたように俺のことをまっすぐ見つめた。
「お前、俺のことをずっと見てたろ?それで気付かなかったら俺はほんまもんの馬鹿だぜ?だけどな敷島、、、、悪いが俺はお前の気持ちにはこたえられない。何故なら俺には、、、、。」
と次に姫野が好きだからと言おうとした瞬間。
「違う‼︎‼︎‼︎‼︎」
「、、、えっ?」
ちょ待て何言ってんだこいつ。
違うってなんだ?馬鹿にしてんのかこいつは。
「だから私が好きなのは蒼山じゃなくて姫野杏果なのぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーー‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎」

「え?え?え?エエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎」
おそらく俺のこの声は校内いや、町内いや、県内いや、国内いや、世界を通り越して全宇宙に響き渡ったに違いない。

いやいやいやこんなこと言われて冷静でいられるヤツがどこにいるのだろうか。明日アホの高野はおろかクラスのみんなになんて言えばいいのだ?
まったくもって言い訳が思い浮かばない。
俺は身体中の汗腺という汗腺から変な汗が滲み出た。
中学から知っていて高校でも同じクラスとはいえほぼほぼ初対面みたいなもんでほぼほぼ見ず知らずの男にとんでもないことぶっ込んできやがったよこの女。
馬鹿なの?
それは「まずはお友達から♡」の段階を踏んである程度、本音を話せるようになってからだろ。
いやそれもなんか違うな、、、。

っていうかその前にこいつが姫野のことを?
お前女だろ?
いや、でもそれは恋愛感情って訳じゃないかもしらん。姫野ほどの美少女で誰からも愛されるキャラは同性から見ても憧れの対象になるだろうし自分もああなりたいと思うのもおかしくはない。
だから念のために聞いておこう。
「それはその、、、あれだろ?恋愛感情とかじゃなくて、いわゆるLikeの方の好きってことだよな?」
「前者の方だけど、、、」
なんも言えねぇー。
夕日に包まれたいい景色なはずの校舎裏に俺にとってはとても長い沈黙が訪れた。
俺は酷く渇いた喉に搾り出した唾液を飲み込みなんとかこの沈黙を破ろうと必死で言葉を探しているうちに先に敷島の口が開いた。
「どう思う、、、?やっぱりおかしいのかな?」
いやそれ以前の問題だ。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。全く話が見えないんだ。どうしてお前は自分が姫野に恋をしているってことを俺なんかに話したんだ?」
俺は半分声が上ずりながら必死にまた地獄のような沈黙が訪れないように言葉を並べた。
「それは、、、蒼山も姫野杏果のことが好きだから、、、、。」
「いや待てよなんでお前が知っている?俺は誰にも言ったことがないはずだ。」
俺がそう言った瞬間、敷島はまたいつもの鬼のような目つきで俺を睨みながら言った。

「わかるの‼︎だって蒼山は中学の頃からいつも姫野杏果に挨拶や5秒ももたない会話でデレデレしてるじゃない‼︎いつも私はそれを見て嫉妬して蒼山のデレデレした態度にムカついてたの‼︎‼︎」
そう俺に怒鳴りつけた敷島の威圧感に押し殺されそうになった。
まるで伝説の超サ○ヤ人に変身したブ○リーを目の当たりにしたベ○ータのように。

なるほどな。
だが今の話を聞いて俺は納得した。
確かにこいつが俺を睨む時は決まって姫野が俺に話しかけた後だった。
っていうか中学の頃から睨んでたのかよ。
今更気付く俺も俺だがな、、、。
「それでお前は俺に姫野のことを諦めろって言いたいのか?それは無理だ。いくら女だからって姫野を譲るなんて俺にはできない」
そう俺が言うと敷島は少し頬を膨らませムッとした表情を見せて小さな声で言った。
「あんま姫野杏果と話したことないくせに。そんでもって話しかけられたらソワソワして気持ち悪いし、、、。」

うるせぇよ。俺が一番言われて傷つくことをサラッと言うんじゃねーよ。っていうかコミュ症のお前にだけは言われたくない。
なんだよこいつ。はじめて話したと思ったら姫野が好きだのさりげに俺のこと傷つけるわで。ろくなことねーよ。
「蒼山ならこのこの気持ちわかってくれるかなって思ったの、、、。」
いやいや頬を染めて上目遣いでもじもじしながら言われても、、、。
っていうかなんだよ怒ったり泣きそうになったり急に恥ずかしがったり忙しいやつだなほんとに。
てか喋ってみたらなんかめんどくせーよこいつ。

確かにわかるよ?姫野可愛いしみんなからモテるだろうし。だから俺も姫野のことが好きだけど。
でもでも女の子が女の子のことを想うってそんなレアケースなことに滅多にというか初めて出くわしたから正直言ってなんて返事を返せばいいのかてんでわからん。
しかもそれが俺の好きな女子。
かえって話がややこしくなる。

「で?お前は何で姫野のこと好きになったわけ?」
「姫野杏果とは小学生のころから同じ学校でその頃から私はずっと孤立しがちだったの。でもそんな私にいつも優しく話しかけてくれたり何かの時には一緒にペアになってくれたり班に入れてくれたりしてたの。そしたら気が付いたら姫野杏果のこと好きになってたの、、、、。」

え。
こいつ小学校の頃から姫野と同じなのかよ。
てかどんだけ長い片想いなんだよ‼︎
ま、俺も人のことは言えんがな。
っいうかやっぱあれだな。
「姫野のそういうとこマジ天使や、、、。」
おっと思わず考えてることが口に出てしまった。
俺がボソっとそう言った途端、敷島が目をキラキラさせてにっこり笑って言った。
「だよね!私もそう思う!」
いきなりそんな表情をこいつが見せるもんだからびっくりしてしまった。
こいつこんなにニコニコできるんだ。
もしかしたらこいつは俺が勘違いしてただけで案外話してみると姫野が好きってこと以外はごく普通の年相応な女の子なのかもしれない。
夕日がさしてやけに綺麗に見えるニコニコした敷島の姿に不覚にも俺は見惚れてしまっていた。

「私ね思うの。」
「何が?」
「昔からずっと姫野杏果に言い寄る男子はいっぱいいたけど」
「そりゃそうだよな。姫野可愛いもんな、、、。」
「でもね。蒼山だけは違うんだよね。」
「え?」
「他の男子はみんなどこか下心があって面白半分で姫野杏果に興味を持って近づこうとしてる感じがしたけど蒼山は本当に純粋に姫野杏果のことを想っていて遠くから眺めて優しく見守ってる優しい男子だなって、、、。」

こいつが俺のことをそう思っていたなんて意外だった。
いつも一人で本を読んでいただけで自分以外のやつは無関係なんだと思っていたがこいつはちゃんと人のことを見ていたんだな。
「下心って具体的にどんな?」
「うーん難しいけど、、、。なんか姫野杏果と付き合えば自分も学校の有名人になれるんじゃないかってそんな感じ。ほんとに姫野杏果のことが好きなのかな?って思うんだけど蒼山だけはそれと違う感じがするの」

確かにこいつが言う通りなのかもしれない。
姫野はいわゆる中学の頃から校内の有名人だ。
変な輩が言い寄ってるのも俺は知っている。
だけど俺は姫野が校内の有名人だからとかそういうのだけで好きなわけじゃない。
確かに彼女は見た目も可愛い。
だけどそれ以前に姫野はとても優しい女の子だ。
決して困った人を放っておけない。
そんな女の子だ。

俺も中学の頃に体育祭で張り切りすぎてリレーで酷い転びかたをして膝を擦りむいた時、他の連中はお前のせいで負けただのダサいだのなんだのって言って俺を笑い者にして馬鹿にしたが彼女だけが「頑張ったね」って言ってくれて傷の手当てをしてくれた。
その優しさは俺にだけではない。
俺じゃなくても俺と同じ境遇のやつがいたらきっと彼女は同じようにしていただろう。
だけど俺はその優しさに触れてからずっと姫野のことを想っていた。

決して距離が縮まる訳でもなく、でもそれを望んでいないわけでもないが俺は遠くから彼女が笑って幸せそうな顔をしてるのを見るだけで元気をもらえた。悲しそうな顔をしている時は何があったんだろうって俺も悲しい気持ちになったりもした。
てかストーカーじゃないからね?
いやマジで。
まあそれはさておき。

気付けば時間は刻々と過ぎていた。
「さ。とりあえずさお前の気持ちはわかった。だからとりあえず今日はもう帰ろうぜ?な?」
俺は敷島に手を振り背を向けて歩こうとしたが敷島が尋常じゃない力で制服の袖を引っ張りグリっと引き戻された。
「ちょっ!お前まだ何かあるのかよ⁈」
「まだ本題には入ってない、、、。」
え。まだこれ本題じゃなかったの?
俺は息を呑み身を構えた。
「な、何だよ?」
「今日私が蒼山に言ったこと絶対に誰にも言わないで‼︎」

「わかってるよ、、、。」
俺はため息混じりに言った。
つーか誰にも言えねーよ。言えるわけねぇだろ。
「それと、、、。」
まだあるのかよ、、、。
「何だ?」
「姫野杏果とまずはお友達になれるように手伝って、、、、。」

あのね敷島さん。
俺姫野のこと好きだけど。
そんな仲良くないのあなたも知ってるでしょ?
それあれだからな。
俺にとってはバ○オハ○ードを初見でク○スでナイフ縛りプレイでクリアしろってくらい難易度高いからな。
まあそれはさておき。

まあ姫野と恋人になりたいってことなら俺は全力で阻止するところだがとりあえず友達になりたいってんなら協力してやろう。
またまた俺はため息混じりで。
「わかったよ、、、。仕方ない。お前に協力するよ。でも無茶なことは協力できない。あくまでもお前と姫野が友達になれるようになる協力だ。わかったな?」
「うん!ありがとう!」
とびきり眩しい笑顔で敷島は返事をした。

「そんじゃあさ。とりあえずお前のラインのID教えろよ。スマホ持ってんだろ?それでなんかあったら俺にメッセージ送れよ。俺のできることだったら相談にも乗れるし。」
「それは下心とか、、あるの、、、?」
「ねーよバカ‼︎ほらさっさと教えろ!」
「あっうん。わかった!」

俺たちはラインのIDを交換した。
ったく姫野ともまだ交換したことないのに。
むしろ俺の友達リストは悲しいことにアホの高野と他の男友達と女性は妹とせいぜい母親くらいだ。
あれ?なんかそれって悲しすぎない?
「今日は色々と、、その、、、ありがとう!」
「ああ。いいって。気にすんな。じゃあまた明日学校でな」
「うんありがとう!じゃあね紀晴‼︎」
満面の笑みで敷島は走って帰って行った。
紀晴か、、、。姫野はおろか女の子に下の名前で呼ばれるなんて妹を除けば初めてだ。
なんか一瞬ドキッとしたな。
バカバカ俺のバカ‼︎
俺には姫野がいるだろう。
いやまあそれはさておき。

これからの先が思いやられるのと同時に明日アホの高野やみんなになんて言い訳をしたらいいのだと考え俺は深くため息をつきながら嬉しそうに帰る敷島のウキウキとした背中を校門前で見送った後、俺はゆっくりと家に帰った。

✖️ ✖️ ✖️

———翌日

目覚ましが鳴り響くとともに
「紀晴ちゃーんあっさだよー‼︎ほら起きて起きてー‼︎可愛い妹ちゃんが起こしに来たよーー‼︎」
俺によく似た赤みがかった茶髪のポニーテール、目は俺と違って母親似でぱっちりと大きな目が特徴の年の割には美人と言っていい顔立ち、白とエメラルドグリーンを基調とし薄紅色のリボンがあしらわれたセーラー服の上にひよこのアップリケがついたエプロンがよく似合う中学3年にもなってブラコンの妹、汐波(きよは)に叩き起こされた。

「うるせーなー。それとお前尊敬するお兄様に向かってちゃん付けで呼ぶのはやめろ」
「えぇーいーじゃーん別にーー。尊敬するってのはさておき紀晴お兄ちゃん略して紀晴ちゃんだよ?」
略すならもっとマシな略しかたをしろっての。
しかも尊敬するってのはさておきは余計だ。
いやむしろ尊敬しろ。
てかなんで朝からこんなにテンションが高いんだこいつ。
「ほら早く着替えて朝ごはん食べて‼︎じゃなきゃ汐波と一緒に出れないでしょ⁈」

高2にもなって妹と一緒に学校に行くなんてこんなにもこっぱずかしいことはない。
確かに俺の妹なだけに見た目も可愛い。
俺のこと大好きのもわかる。
だがあくまで妹は妹。
それ以上でもそれ以下でもない。
まあそれはさておき。

俺の両親は共働きで早朝から仕事に行ってしまうから朝食と弁当はいつも妹が用意してくれている。
トーストをモシャモシャと食べる俺の隣で新聞のテレビ欄をチェックする汐波。
なにやら最近、学校で流行っているドラマがあるらしく妹はそれに夢中なのだ。
「これとこれ紀晴ちゃん予約お願いね♡」
「いやお前。そろそろ録画のやり方くらい覚えろよ。」
「てへへー♡」
ててへー♡じゃねえよバカ。
そうやって可愛くしお願いしたら叶えてくれると思ったら大間違いだからな?
姫野がお願いしてきたら叶えてあげるけどねてへぺろ。なんつって、、、。
まあそれはさておき。

まあ毎朝俺に朝飯と弁当を作ってくれているが故にそれ以上の反論はできないのだ。
俺はレコーダーのリモコンを手に取りピコピコっと慣れた手つきで予約を済ませ再びテーブルに戻り朝食後のコーヒーを啜った。
毎朝このひと時が俺にとっては朝の唯一の至福の時だ。
そんな至福の時をぶち壊すかのように俺のスマホの通知音が鳴り響いた。
嫌々スマホを開くと敷島からメッセージが届いていた。
内容は『おはよう。メッセージとか送ったことないからあんまり慣れないけど一応送ってみた。昨日あれから帰って姫野杏果と話せるように作戦を色々考えてみたの。あとで学校で聞いて。じゃあまた学校でね。』

作戦って、、、。と考えただけで俺は今日学校に行くのがめちゃくちゃ嫌になってしまったが一応社交辞令で「了解」と返事を返した。
「なーに?女の子から?」
汐波が不機嫌そうな目つきで俺を見ながら言う。
「えっ?ん。あーまあなそんなとこだ」
俺が適当に返事をすると汐波はムッとした表情になり顔をめいいっぱい近づけて怒り出した。
「だぁーめ‼︎紀晴ちゃんは私のものなんだから誰にも渡しませーーーんだ‼︎」
「俺は誰のものでもありません‼︎」
強いて言うならば姫野のものだ。
なんつって。

「汐波来年は紀晴ちゃんと同じ高校に入学して変な女の子が近づいてきたら追い払ってやるんだからねーーだ‼︎」
「いやほんと恥ずかしいからやめてくれ、、、。」
てか俺そんなにモテないから安心しろ妹よ。
「いーの!だって汐波は紀晴ちゃんのことだーい好きなんだから‼︎」
どんだけブラコンなんだよこいつ。
汐波はぶーっと頬を膨らませ拗ねる。
「ほら早くしねぇと学校遅れるぞ。早く鞄持て」
「じゃーあー、、、。お前は世界で一番可愛い妹だよ汐波ちゃんマジ天使マジ大好き♡って言って」
ちっこいつ、、、。
「はいはいわかったよ。ったく、、、。」
「はいは一回‼︎」

このクソガキ!
俺は思わず大きなため息が出てしまった。
「オマエハセカイデイチバンカワイイイモウトダヨキヨハチャンマジテンシマジダイスキ」
「なんかやる気無くて棒読みだけど。まあいっか。許す。」
俺がバカみたいなセリフを言った途端汐波はご機嫌に戻り鼻歌を歌いながら玄関で靴を履き始めた。
ほんと単純なやつだなこいつは。つくづくこいつの将来が心配になる。

「紀晴ちゃん早く自転車持ってきて☆」
「え?また二人乗りで行くのかよ」
「だって歩くのしんどいし。そ、それに紀晴ちゃんの後ろに乗るの大好きだし!」
いやなんか大好きって言葉で釣って良いように使われてるだけのような気もするのだが。
それにこいつを後ろに乗せると背後から腕を回されて掴まれながら「ねぇ私のことほんとに好き?」とか意味深な感じで言うからご近所の人たちからは勘違いされて白い目で見られる。
あれほんと嫌なんだよな。

「はーやーくー!可愛い妹が遅刻してもいいのー⁉︎」
妹は両手で持った鞄を横にブンブン振りながら俺を急かす。
「わかったから。ったくちょっと待ってろ」
俺は嫌々家のガレージに自転車を取りに行き家の前に止めた。
自分の鞄と妹の鞄をカゴに乗せ俺は自転車にまたがった。
「ほら早く乗れ」
「はーーい!」
ったく返事だけはいいやつだ。

「さぁしゅっぱーつ‼︎飛ばしていこーー!」
「安全運転でいくぞ。」
ちぇって声が背後から聞こえたが無視して俺は自転車を走らせた。
小鳥がさえずる通学路ってのは悪くない。
近所の人が植木に水をやっている光景やジョギングがてら犬の散歩をしてる人の光景は平和を象徴している証である。
「っていうかさー。紀晴ちゃんさっきメッセージが届いてた女の子とはどんな関係なの?」
めんどくさい質問を汐波が投げ掛けてきた。
というか複雑すぎてこいつには説明しづらい。  
言ったってこいつは絶対に理解してくれないだろう。

「んー。あれだ。共通の趣味を持つただの話し相手みたいな?」
まああながち間違いではない。
俺も姫野のことが好きで敷島も姫野のことが好き。これ以上の上手い説明は思いつかなかった。
「へぇー。でも紀晴ちゃん趣味なんかあったっけ?」
疑わしい口調で汐波が言った。
「いやっ。ほら。あれだよお前。そのぉ。音楽だよ音楽」
俺はとっさに適当なことを言って誤魔化した。
「音楽って紀晴ちゃんがよく聴いてるあのうるさくて何言ってるか全くわからない音楽?女の子があんなの聴いたりするの?」

そうだった。
俺が好きな音楽はス○ップノ○トとかあまり日本の一般女子には受けがよろしくない洋楽だ。いやまあ普通に邦楽も聴いたりするがデ○ルアング○イとか一般受けはアレなやつだ。
いやでもデ○ルは女の子に結構人気あるだろ武道館でライブだってしょっちゅうしてるし。だったらおかしくはないはずだ。
そもそもス○ップノ○トだって女の子だからといって聴かないとは限らん。
好きなやつだって絶対に居る。
だけどそんなことをこいつに熱弁するのは面倒だったから適当にあしらう事にした。

「いやぁまああれだ。珍しいこともあるんだよ。うん。」
「で。紀晴ちゃんその子のこと好きなの?」
少々不機嫌気味な様子で汐波が訊いてくる。
「バカそんなわけねーだろ!」
俺は思わず大きな声を出してしまった。
「へぇーじゃあ紀晴ちゃんまだ姫野さんのこと、、、、」
と妹が何か言いかけたとこで
「ほら学校着いたぞ行ってこい」
俺は妹が言いかけたことを誤魔化すように自転車を妹が通う中学校の校門前で止めた。

「うわっ。なんかめっちゃ誤魔化された感じがするー。帰ったら絶対に聞き出してやるーー‼︎」
汐波は腰に手をやりぷーっと大きく頬を膨らませる。
「もういいから早く行けよ。遅刻するぞ!」
俺は自転車のカゴに乗せていた妹の鞄をぽいっと投げ渡した。
あわわと汐波はそれを受け取り
「ちぇー。送ってくれてありがと。行ってきまーす」
とふてぶてしく言ってトボトボと歩き妹は校門をくぐり登校して行った。
ったく誰に似たんだよ。
あ、俺か。
俺はそれを見送り着けていた腕時計を確認する。
「ゲッ!急がないと俺が遅刻しちまう」
と深くため息をつき再び自転車を走らせ自分が通う桜並木高等学校へと急いで向かった。

さてどうしたものか。
俺は自転車を猛スピードで飛ばしながら考える。
昨日敷島が俺に言ったこと。
そしてみんなになんて言い訳しようかと。
敷島は不器用ながらもその恋は普通ではないと理解した上で自分の想いと真剣に向き合い悩んだ末に勇気を振り絞って俺に相談を持ちかけてきたのだろう。
だから俺もそんな彼女の想いを軽くあしらって踏み躙ることはできない。
しかしそれと同時に俺の好きな人と敷島が好きな人が同じ人だということに複雑な感情が芽生える。
朝の陽の光がやけに眩しくその暑さは俺の複雑な恋心をジリジリと焦がしているように思えた。

なぜ俺は敷島の願いを受け入れたのだろう。
もし彼女を突き放していれば俺はいつもと変わらず何も考えずに過ごせたはずだ。
そして何も変わらずに姫野のことを純粋に想っていられたはずだ。
だけどそれは自分にとって都合がいいだけで自分の想いに真剣に向き合った敷島の苦悩から目をそらす俺自身が嫌だったからなのかもしれない。
彼女は真剣だった。
だが俺はどうだろう。
確かに俺も真剣に姫野のことを想っている。
だけど本当は心の何処かで逃げているのかもしれない。
遠くから眺めているだけでいい。
それはただの言い訳にすぎないのかもしれない。
姫野と深く関わることで自分が傷付くのが嫌でただ逃げていることに必死で自分自身に嘘をついていただけなのだろう。

悔しさで自転車のハンドルを握る俺の手の力が増した。
だが引き受けた以上はやらねばならない。
そして俺自身も自分の想いと向き合わなければならない。
そう、俺も憧れで終わらせてはいけない。
いつかはこの想いを姫野に告げなければいけないのだ。
そんなことを考えていたからなのかそれとも自転車を飛ばしていたからなのか思ったよりも早く学校が見えてきた。
5月になりすっかり緑々しくなった校門前の桜並木の葉が風に吹かれザワザワと音を立てて揺れている。
校門をくぐり俺は校内の駐輪場に自転車を停め下駄箱へ向かい上履きに履き替え教室へ向かった。
だがその足取りは重い。
昨日のことを高野やみんなにどう言い訳しようかと俺はげんなりしていた。

教室へ向かう途中の階段や廊下はいつも喧噪で溢れている。
俺のクラス、2-Aも毎朝大層賑わっている。
教室前に辿り着くといつものように教室の外からでも聴こえるクラスの楽しそうな会話が聞こえてきていた。
よかった。昨日のことは誰も話していないみたいだ。
ふぅっと安堵の息を漏らし教室の扉をガラッと開ける。
そして扉が開いたことを確認し俺の存在に気付いた途端、クラス全員が重苦しい空気とともに沈黙に陥った。
こ、これはヤヴァイ‼︎
あと一歩で教室に入れるというのになかなか踏み出せない。

高野は分が悪そうにチラチラこちらを見るが顔は引きつった笑みがこぼれている。
や、やめてくれ、、、、。
姫野は姫野で仲のいい女子と話していたのにわざとらしく昨日の数学の授業の予習を始めやがった。そして俺の方を絶対見ないようにしている。
完全に勘違いされてるよ俺。
だがそれと同時に敷島も俺と交互にみんなからチラチラと見られている。
その肝心な敷島は自分の席に座って頬杖ついてぼーっと窓の外を眺めてやがるんだぜ?
もうマジで何これ‼︎
お前のことでこうなってるのになんでお前そんなに無関心なわけ?
逆に怖いんですけど!
何の逆かはわからんが。

だがこうしていても何も始まらない。
俺は意を決して教室に足を踏み入れ自分の席へ向かう。
その間も周りの視線や沈黙が刺さるように痛い。
これならまだちょっとばかりざわついてくれてる方がいくらかマシだ。
心からそう思う。
歩くたびに静まり返った教室の床の軋む音が鳴り響く。
やべぇ超帰りてー。
と一瞬心が折れそうになる。
大丈夫。授業が始まるまで耐えればいい。
無視だ無視!
俺はこの視線と沈黙を振り払うよう大袈裟に自分の席に座り机に顔を伏せて狸寝入りをすることにした。

だがそれを許さんとばかりに誰かの足音がこちらに近付いてくる。
頼む。頼むから通り過ぎて‼︎
そんな俺の純粋無垢な願いを踏み躙るかのように俺の肩をトンっと叩く。
し、死にたい、、、。
「お、おい紀晴、、、、。」
た、高野だ‼︎
やっぱり来やがったよこいつ。
俺のA.T.フィールドさながらの話しかけるなオーラをぶち破りこいつは話しかけてきた。
やっぱアホだなこいつ。
顔を上げたら負けだ。
と俺は微動だにしなかった。

だが俺は聞き逃さなかった。
少し思わしげで小さくも美しい声で
「蒼山くん、、、、、。」
と呟く姫野の声を。
俺は自然とぬうっと顔を上げていた。
しまった‼︎ 姫野の声に釣られてしまった。
そして姫野と目が合うと彼女ハッとした表情で俺から目を逸らした。
それっきり姫野はこちらを一切見ないようになった。
お、終わった、、、、。
そしてもう一度肩を叩かれ振り向くとニンマリといやらしい表情の高野が俺の横に立っていた。
さ、最悪だ、、、、、。
「さあ昨日のこと聞かせてもらおうか。紀晴くん?フヒヒヒヒヒヒー。」

殺してくれ‼︎頼むから殺してくれ‼︎
冷や汗か脂汗かわからんがこの際どっちでもいい変な汗が止まらない。
「昨日あの後、敷島に何を言われたんだ?ん?言ってみ?」
「ななななななんでもねーよ!」
ヤバい、まともに話せねぇ。
自分の顔は見えないがとてつもなく目が泳いでいるのは理解できる。
「俺たち友達だろ?」
そうやって友達と言って逃げ場を無くすいじめっ子かお前は。
姫野と敷島以外のみんなもさりげにヒソヒソと何か言いながらこちらに注目している。
敷島に至ってはむしろ会話すら聞いてもいない。むしろ聞こえてすらないんじゃないか?
と言わんばかりに自分の世界に入っている。
強すぎるだろこいつ。
その席につき頬杖をついている敷島の姿はまるで黒○号に乗ったどこぞの世紀末覇者のようないで立ちで堂々たるものだった。

だが逆に俺がこんな態度だから変に誤解されているのだろう。
だからここは堂々としていた方がいいのだ。
っていうか最初っからそうしてればよかったんだ。
もう!俺の馬鹿っ‼︎
俺はそれを悟り意を決して深く深呼吸した後
高野に言うふりをしてみんなに聞こえるように
「いやお前、何か勘違いしてね?」
と言ってやった。
高野を含め教室中が「へっ?」的な雰囲気になった。
よし!掴みは完璧だ。
心なしか姫野もその言葉に反応してピクっと肩が反応した気がする。

「っていうかお前どんな勘違いしてるわけ?」
勝ち誇ったドヤ顔で言ってやった。
「いやどんなって、お前敷島に告白されたんじゃ、、、。」
やっぱそうだったか。まあそらそうだろうよ。
女子に呼び出されたら普通は誰だってそう思うよな。
だって俺だってそう思ったもん。うん。
ま、違う意味では告白されたんだけどね。
そして再び教室内がざわつく。だがこれは悪いざわつきではない。
誤解が少しずつ解けていくのだからな。
「バカちげーよお前。あれだよお前相談だよ相談。」
おそらくだが俺の顔は人生最大にニヤニヤしているだろう。

「相談?敷島が?お前に?なんで?」
高野は頭の上にハテナがいくつも浮かび上がるように首を傾げ尋ねる。
そんな仕草しても可愛くねぇんだよ!
だが問題はそれだ。何の相談を受けたかって言い訳を俺はまだ考えていなかったのだ。
俺は黙り込んでしまい再び教室内は沈黙に包まれる。
他の教室から聴こえてくる喧噪でガヤガヤしている中、2-Aの教室だけ別の時空に飛ばされ時間が進んでいないように思えた。
何これ‼︎精神と時の部屋⁈
また振り出しに戻ってしまった、、、、。
「で。相談って一体何なんだよ」
アホの高野の無駄にでかい声だけが教室内に響く。

考えろ!考えろ俺‼︎
だがあまり下手なことは言えない。
言葉を慎重に選ばなければ地雷を踏んでしまうことになる。
緊張のせいか手がプルプル震えてきた。
それを誤魔化すよう腕を組む。
引きつった笑みも周囲に不信感を抱かせてしまう。
だから無理矢理口を一文字にぐっと閉じる。
もう後がない、、、、。
かくなる上はさっき通学中に妹に言った適当な言い訳で乗り切るしかない。
ちょっと一言か二言を足せばもうちょっとリアリティが増すだろう。
もうそれしかない。

俺は目を閉じ息を吸い深く吐いた。
そして覚悟を決めて目を見開く。
そんでもって重い口を開き俺は
「あ、あれだよお前。なんつーかあれだよ。なんか敷島と俺の音楽の趣味が一緒みたいでよ!それで意気投合した的なあれだよ!」
「へぇーそれで?」
高野の声がやけに冷たい。
「そんでもって軽音部に入部したいらしんだけど一人で入部するのはあれだからって俺に一緒に入部してくれないかっつー相談をされたんだようん、、、、。」
こういう時に何故か人間は咄嗟に嘘が泉のように湧いてくるもんだ。
「いやぁほんと校舎裏に連れて行かれて急にそんな相談されて驚いたよまったく。まいったなー」
言うと俺はあざとくヘラヘラして見せた。
するとさっきまで気まずそうに背を向けていた姫野がこちらに振り向いて俺の話を聞いていた。

一気に教室内の緊張が解ける。
そして呆れたのかがっかりしたのかよくわからない表情で高野が
「なんだよまったく、、、。んなことかよ。期待と憎悪を膨らませた俺が馬鹿だったよマジで」
やったー!誤解が解けたぞ‼︎
教室で公開処刑されずに済んだ‼︎
めでたしめでたし。
と思ったらその時だった。
姫野が席を立ち俺の方へ近づいてきたのだ。
そして俺の席の前に立ちこう言った。
「ほんとに⁈良かったー!敷島さんにもやっと気軽に話せるお友達ができて安心したしたわ。私が話してもいつも顔真っ赤にしてそっぽ向いちゃうし昔からあの子引っ込み事案なところがあったから心配してたの。でもね、、、。」
え?でもね?なにそれ?ものすごく不安なんですけど、、、。

姫野は時折こちらをちらちら上目遣いで見て俺の顔色を伺う。
か、可愛い、、、。
いやいやそんなこと思っている場合ではない。
「で、でもなに?」
と言い俺はゴクリと生唾を飲んだ。
「でもね、、、うちの学校には軽音部が無いの、、、知ってる?」
「、、、、え?」
し、しまった‼︎ 地雷を踏んでしまった。
ろくに調べず適当に言ったことが仇となってしまった。
や、やべぇ。もう何も思いつかねー。
「そそそそそそそうなんだー。へぇー。知らなかったなー」
うわぁー。今の俺超わざとらしい。
「でも無いのなら作ればいいのよ。軽音部」
そうだ!その手があったか‼︎
だけど俺は最初っから軽音部になんて入部する気なんてさらさらない。
ほんと困ったな、、、。このままだとほんとに軽音部作らされちまう。

「だけどよー紀晴。お前なんか楽器とか出来んの?もし出来なかったらわざわざそれのためになんか楽器始めなきゃなんねーしその楽器を買わなきゃいけねーんだぜ?」
とやれやれと言わんばかりに高野が言う。
俺は趣味程度だがギターは多少なりとも弾ける。
だがしかし敷島が何か楽器が出来るかってのは俺は知らない。
だって軽音部に入部したいって話はさっき思いついた俺の嘘だからてへぺろ。
「だよなー。現実としては難しいよなー」
言って俺は逃げて話を有耶無耶にしようとした。
「うーんそうねぇ、、、。それが難しいって言うのなら音楽を聴いて語り合う部活っていうのはどうかしら?」
いつもは天使のような姫野だが今日この時ばかりは悪魔に思えてしまった。

何?なんなの?何かしらの部を作るってのはもう決定事項なの⁈
「いいじゃんそれ!姫野さん頭いいな‼︎」
おいおいやめろアホの高野。肯定するんじゃねー。ほんとにその部活作らされちまうだろ。
「だけどそんな部活作っていいのかよ。要は音楽聴いて話すだけだろ?それならプライベートでいくらでもできるだろ?そんなの学校に部活として適用されんの?」
俺がそう言うと姫野はにこっと天使のような微笑みを見せた。
やっぱ可愛いな。
「大丈夫よ。音楽鑑賞を通して生徒達が交流を深める。それがこの部活の最大の売りよ。それに学園祭とかのイベント事にちゃんと感想文とかを出したり精力的に活動してるってアピールをしていればちゃんと部活として認めてくれるはずよ!」
そんな簡単に部活を作れるこの学校一体どうなってるんだよ⁈
目をキラキラさせ姫野はそう言う。
いやぁめちゃくちゃ可愛いー。
っていうかマジ天使。
姫野愛してる‼︎
まあそれはさておき。

だがその言葉は悪魔が囁くように俺は聞こえてしまった。
「ねぇどぉかな?考えてみない?私も出来ることがあるならちゃんと協力するから!敷島さんの為にも。ね♡?」
姫野は俺に向かって少しかがんで手を合わせ俺の目を上目遣いで真っ直ぐ見つめ満面の笑みでお願いする。
こんな可愛くお願いされるとボクちゃん断るにも断れないじゃないか‼︎
仕方がない、、、、。
「わかったよ。ここは姫野に免じて考えてみるよ。だけど敷島の意見も聞いてみないと」
「ほんとに⁈ありがとー!」
あれ?今これもしかして好感度上がったんじゃね?

そしてホームルーム開始のチャイムが鳴り響き教室の扉がガラッと開くと担任の先生が入ってきた。
「はぁいみんなー席に着いてぇー」
「じゃあ今日の昼休みに敷島に聞いてみる」
「わかった!じゃあまた後でね♡」
「お、おう。」
「んじゃ俺にも後でその話聞かせろよなー」
そう言って姫野と高野は自分の席についた。
っていうか今日人生で初めて姫野とこんなに長く会話した気がする。ちょっとは姫野との距離縮まったんじゃね?
だけどどうしたものか、、、。
また話が変な方向に向かって行ってる気がする。
いや気がするんじゃなくて向かって行ってるんだ。
俺はまるでくたびれたサラリーマンのように深い溜め息が漏れた。
そして俺は1限目早々から授業に全く集中出来なかったのだった。
嗚呼、マジで帰りてぇー。

✖️✖️✖️

刻々と1限目、2限目、3限目が過ぎて行き4限目も後15分程で終了しようとしていた。そうすれば昼休み。
いつもなら昼休みの15分前ってのは時間の流れが遅く感じるのに対し、今日はやけに早く感じる。
やだなぁー怖いなぁー。
まさか適当に言ったことがこんな大事になるとは思わなかった。
口は災いの元ということわざを考えた奴マジ尊敬するわ。
っていうか敷島も自分の知らないところでこんな話になってるとは思ってもないんだろうな。
ま、同じ教室にいたんだけど。
敷島は俺たちがその話をしていた時他の連中は俺たちに釘付けの中あいつ一人だけは窓を眺めたり本を読んだりと全くの無関心だったからな。すげぇよほんとマジであいつ。

昼休みまであと6分。
この6分という微妙な時間が妙に不安感を煽る。
俺は焦りで手に持つシャーペンでノートをトントントントンと叩いていた。
ただの昼休みなのに、、、。
お昼ご飯を食べてお友達と楽しくお喋りする時間のはずなのに、、、。
別に部活を作るってのが嫌なわけじゃない。
俺帰宅部だし。どうせ帰ってもする事は寝るか漫画を読むかゲームするしかねーし。
ただ面倒だし適当な嘘が災いしたってのが俺のプライドに引っかかるのだ。
別にいいじゃんって思う奴は腐る程居るだろう。だがそんな気がさらさら無かったのにもかかわらず自ら率先してそれをしなければならないという状況を俺の高貴なるプライドが許さないのだ。
あれだぜ?俺のプライドはベ○ータ王子より高いからな。
多分今の俺ならフ○ーザに対しても涙しない自信があるよ?
劇場版の敵のジ○ネンバでもいいけど。

昼休みまであと2分。
目が血走りガタガタガタガタと机の音がする程の貧乏ゆすりをしている俺の姿を見て隣の席の女子、滝沢さんが超ドン引きしている。
いつもなら妹の汐波が作る弁当を楽しみにしているのだが今日ばかりはどうでもいい。
今日のお弁当のおかずは何かなぁー?とか考えてる場合じゃねぇ‼︎
食いたいけど。早く食いたいけどそれどころじゃねぇ‼︎
そんな兄を許してくれ妹よ。
っていうか時間が経つの早くない?
ついさっきまで15分前とかだったのに俺の体感だと5秒くらいしか経ってないはずなのにもう2分前って誰か時間の操作とかしてるんじゃねぇのマジで。
そんな奴タイムパトロールに捕まってしまえ‼︎

っていうかあれだよな。敷島がこの話を断りゃーいいんだよな。
だったら別に変な部活を作らなくても済むし。いつもの平和な日々に戻ってめでたしめでたしってな感じになるよね?
そうだよそうだよ別に重く考えることなかったじゃん俺。
そう考えるとスッと気が楽になり安心感がこみ上げてきた。
となるとあいつが断る方向に話を持っていかなければならない。
まあそんなもんはお茶の子さいさいだ。
どうせあいつ本ばっか読んでるし音楽とか興味ねぇだろ。
まあ別に部活も音楽に絞らなくてもいいんだろうがそんなことはこの際どうでもいい。
っいうか部活を作るって事が面倒なのだ。

4限目終了のチャイムが鳴る。
とうとう昼休みだ。
とりあえず先に昼食を済ませよう。
いつもは俺の席の隣に来て一緒に昼食を食いながら馬鹿な事を話している高野だが今日は学食なのか教室から出て行った。
俺は鞄から弁当箱を取り出し包んでいたバンダナを解き蓋を開け手を合わせいただきますと心の中で唱えた。
今日の弁当のメニューは桜でんぶで彩られたご飯に甘めに味付けされた玉子焼き、その横はバランで区切られタコさんとカニさんのウィンナーとアスパラのベーコン巻き、アルミカップが二つ並び一つははその中にポテトサラダ、もう一つはミートボールが入っている。
そして弁当箱とは別の小さなタッパーにデザートとしてさくらんぼが入れられている。
なんともカラフルな弁当だ。
特に妹が作る弁当のメニューで玉子焼きが一番好きだ。その次は唐揚げ。

俺は妹が作ったその弁当を味わいながら残さずたいらげた。
弁当箱を鞄にしまい意を決した様に深く溜息をつく。
そして俺は席を立ち窓際の敷島の席へとぼとぼと歩を進めた。
食事のペースが人よりも遅いのか彼女はまだ昼食のミルクフランスを半分ほどしか食していない。
俺は敷島の席の横に着く。
「おい、ちょっといいか?」
言った俺に不機嫌そうな表情でこくりと頷く。
内心ちょっとイラっとしつつも俺は冷静を装った。
そして敷島が残りのミルクフランスを完食したとこで二人で人気の無い屋上へと向かった。
「あ、あのさ。別に嫌だったらいいんけどさ。そう、嫌だったらいいんだよ」
「うん」
嫌という言葉を俺はやたらと強調した。
俺の言葉に続いて敷島が相槌をうつ。
「部活作ってみねぇ?いやっ別に嫌だったらいいんだけど」
と俺が言うと敷島の表情がコロリと明るい表情に一変した。
え?何こいつ、、、。なんでそんな顔なの?

「今朝紀晴にメッセージ送ったでしょ?作戦があるって。その事なんだけど」
あ、忘れてた。そういや今朝そんなメッセージをこいつから送られてきて適当に返したんだった。
「あぁあれか。で、作戦って?」
言った俺に敷島は
「その作戦が部活を作って姫野杏果に入部してもらって仲良くする作戦!でもまさか紀晴も部活を作るって言い出すとは思わなかったけど。正直それには私もびっくりした。」
「、、、え?」
こいつマジかよ、、、。
断るどころかこいつもそんな作戦考えてやがったのかよ。
世界がこいつの都合のいい様に動いているんじゃないかって疑いを持ってしまう。
普段気怠げに窓の外ばっか眺めてるくせにこういう時だけなんで積極的なんだよ!
っていうかなんでみんな部活作るって発想になるんだよ。
何それ⁈ 流行ってんの⁈⁈

「それで紀晴はどんな部活を作ろうと思ってたの?」
ワクワクした表情で敷島が尋ねてくる。
「いやそのぉ、、、あれだ。姫野からアドバイスなんだが音楽鑑賞して感想を言い合う的な部活がいいんじゃないかって」
「姫野杏果からのアドバイスなの☆⁈」
めっちゃ嬉しそうじゃんこいつ。
「ああ。今朝ちょっと話してな」
「そういう事だったのね。なんだかあの高野とかいう男子と姫野杏果と三人で話してたのはその事だったんだ」
見てたのかよこいつ、、、。
っていうか怖いよ。無関心なフリして見てたとかこいつ超怖ぇよ。どんだけ姫野のこと好きなんだよ。
まあ俺も姫野のこと大好きだけどねてへぺろ。
まあそれはさておき。

「どうだ?別に嫌だったらいいんだけどよ」
俺はまだ希望を捨てていないので嫌という言葉を強調した。
「姫野杏果と仲良くなれるなら別に部活の内容はどうでもいいの」
どうでもいいんだ、、、。
「私その部活やりたい‼︎」
敷島は胸元で拳をぐっと握り締めて真っ直ぐな視線を俺に向け言った。
めちゃくちゃやる気じゃんこいつ。
まあ乗り気ではないが昨日敷島の手伝いをすると言った以上断れないか、、、。
「で、部活内容は決まったようなもんだが肝心な部の名前はどうすんだ?」
溜め息混じりで俺は尋ねる。
「うーん、、、。それは、、、放課後までに考える、、、、でいいかな?」
「いやまあいいけど。活動内容が曖昧な分、ちゃんとした部活名にしないと学校に認めてもらえないだろうし。それに顧問とかも必要だからその辺ちゃんと考えるんだぞ?」
「わかった!」
敷島は明るく答えた。

「まあとりあえずあれだ。あともう少しで昼休みも終わるし教室に戻ろうぜ」
「うん!」
俺達は屋上を後にして教室に戻った。
かくして俺と敷島は新しい部活を作る事になったのだが本当にうまくいくのだろうか、、、。
「どうだった?」
自分の席に着いた俺の側に姫野が来て少々、小声気味で尋ねる。
距離が近い。それにフローラルないい匂い。
おっといかんいかん。俺は緩みそうな顔をクッと引き締め答える。
「ああ、まあ敷島も結構乗り気だったしプランを練って放課後に報告するんだとさ」
「ほんとぅ⁈よかったぁ!」
眩しい程の笑顔で姫野は俺に向き合う。
その姿はまさに天使そのものだった。
俺は思わず見惚れて言葉が発せない。
その沈黙を疑問に思ったのか姫野はどうしたの?と言わんばかりに人差し指を口元にやり大きく吸い込まれそうな瞳をぱたつかせ首を傾げる。

なんでそんなに可愛いんだよ。姫野マジ天使だよ。
そんな無防備な仕草をされるとほんとマジで好きになっちゃうからほんと。
まあずっと前から好きだったんだけど。
まあそれはさておき。
そんな幸せなひと時をぶち壊すかのように
「おいおいお前ら俺をのけ者にすんじゃねーよ!」
と高野が割り込んできた。
いや別にそんなつもりはなかったんだけどね。っていうか忘れてただけなんだけどね。
「俺にも話せよって言ったろ?で?どうなったん?」
すると姫野が高野の方へ視線を向けた。
「それがね敷島さんも意外と乗り気だったみたいなの☆ それで放課後までに色々考えてくるんだって」
「おっ!マジか。よかったじゃん紀晴‼︎」
よくねぇんだよ‼︎ 別に俺は全然乗り気じゃないんだよ。
率先して敷島を誘ってるけどどちらかというと断って欲しかったんだよ。
ほんとこいつ他人事だと思って能天気でいやがる。
お前俺の立場になってみろよ。絶対俺とおんなじ考えになってたからね‼︎
いやもうほんと交代して、、、。

そんなこんなで昼休み終了のチャイムが鳴り一同5限目の授業の為にポツポツと席に着き始める。
「じゃあまた話が進展したら教えてね♡」
「んじゃ俺も。」
「ああ。わかった」
長い長い昼休みが終わり授業が開始された。
5、6限目はあっという間に時間が過ぎていきその後のホームルームを終え放課後を知らせるチャイムが鳴る。
俺が帰る準備をしていたら鞄を持った敷島が俺の前に現れた。
「き、紀晴、、、。」
少々遠慮がちに俺の名を呼ぶ
「よう。例のことか?」
「そう。あの、、、よかったら一緒に帰りながら聞いてくれる?」
敷島は視線を下に向け頬を染めもじもじしながらそう言う。
やっぱこいつのキャラはどこか掴みづらい。
ころころキャラ変わるからなこいつ。
まあそれだけ感情豊かで素直ってことなのか。
「ああいいよ。どうせだったらどっか寄ってくか?ファミレスとかファストフード店とか。その方がゆっくり話聞けるし」

敷島は少し考える素振りを見せてこくりと頷く。
「よし決まりだな。じゃあどこ行く?」
「モクドゥノルドゥに行きたい!」
目をキラキラさせ即答した。
「わかったモックな。ちょうど学校近くの駅前にあるからそこにしようぜ。じゃあ俺、自転車取ってくっから先に校門で待ってろよ」
「うん!」
俺は駐輪場え自転車を取りに行き手で押して敷島が待つ校門へと向かった。
「後ろ乗れよ」
「え?あ、う、うん、、、。」
敷島は少し照れながら自転車の荷台に横座りした。所謂、女の子特有のあの座り方だ。
俺は敷島の鞄を預かりカゴに乗せゆっくりペダルを漕ぎ走り出した。
よくよく考えてみると女子を自転車の後ろに乗っけるのは妹以外では敷島が初めてだ。
なんかもの凄く緊張する。
いくら恋愛感情を抱いていないとは言ってもやっぱり意識はしてしまうのが男子の性なのだと俺は思う。

坂道を下っているとガタっと大きな音を立て自転車が段差を踏んでしまった。
その瞬間
「きゃっ!」
と声が聞こえたと同時に背後から腕を回されその細い腕にめい一杯力を込めて抱き締められた。
「おっと悪い悪い、、、。」
「、、、いや、大丈夫、、、だから、、、、。」
顔が燃えるように熱い。
いや、むしろ萌えるように。
冷静を装ってみたものの心臓が破裂するんじゃないかって程の勢いでバクバクしている。
何?このラブコメ展開、、、、。
敷島ははっと気がつき瞬時に腕を離した。
「ご、ごめん紀晴、、、。」
ちょっやめてよ。そんな切ない感じで謝られたら余計に緊張しちゃうでしょーが!
だめだ。めちゃくちゃ意識してしまう。
ヤヴァイ。この空気を打破する為に何か話さなければ。

そう思っていた矢先、口を開いたのは敷島の方だった。
「私行ったことないの、、、。」
それだけ言われるとなんか色々と想像してしまうからやめなさい!
ただでさえこんな空気なのに。主語を言いなさい主語を。
「行ったことないって何が?」
「そのぉ、、、いわゆるファストフード店とか、、、、。へん、、かなぁ?」
「別に。おかしくないんじゃねーの?」
会話が途切れるのが嫌なのでとりあえずフォローしておこう。
だけどイマドキの女子高生にしては珍しいな。女子高生じゃなくてもファストフード店くらい誰だって一回くらいは行ったことあるだろうに。
「私ね、お父さんが医者でそういうのに厳しくてちゃんとした食生活をしないとうるさくて。高校に入ってからはお父さんの仕事の都合で両親はドイツに住んでいるから一人暮らしなんだけど食事は自炊してるからそういう所には行く機会が無いの」

まあ家庭の事情なんざ人それぞれだろうな。
俺ん家みたいに両親が妹溺愛一家みたいな家庭もあればこいつみたいに小うるさい家庭だってあるだろう。
「ファストフード店だけじゃなくてファミレスやコンビニの食事もだめなの」
「ふーん。でもそれだけ娘の事を大事に思ってるって事なんじゃねーの?」
「、、、、、。」
敷島は黙り込んでしまった。
訊いてはいけない事を訊いてしまったのだろうか。
まあ人には教えたくない事くらいあるよな。
俺にもあるから。
特に俺が中二病時代に書き記した闇ノ王子の設定ノートを自宅の勉強机の引き出しに鍵をかけて封印してる事とか。絶対に言えない‼︎
だからこの件についてはこれ以上詮索しないでおこう。

すると敷島が
「紀晴の家はどんななの?」
と尋ねてきた。
「俺ん家か?うーん、、まあ両親は妹が可愛い過ぎて溺愛してて大体何かあったら俺より妹の意見が通るんだよ。だからお兄ちゃんは肩身が狭い思いをしながら生きなきゃなんねーな」
言うと背後で敷島がクスクスと笑う。
「家族、仲良いんだね」
いやそんな仲が良い的な要素があること俺言ったかな?
むしろ主導権を妹が握ってる時点でギクシャクしてるんじゃねーの?
「そうなんか?」
「そうだよきっと、、、。」
「んーまあ馬鹿な妹のお陰で退屈はしねぇかな。ああでも毎日騒がしくてうるさいけど」
それからしばらく間が空き自転車を漕ぐ音と風の音だけが耳に入る。
そんな音の中に微かながらもはっきりとした声で
「いいなぁ。私もそんな普通の家に生まれたかった、、、。」
と敷島が呟いた。

その声はかすれ気味ながらも重く耳に残る。
どうして突然そんな事を言うのだろう。
その言葉に俺は答えることができなかった。
その事に対して問うには俺と敷島の心の距離はあまりにも遠い。
いつかは彼女から話してくれるのかもしれない。だけど俺達の関係もいつまでも続くとは限らない。
まだ始まったばかりで形にすらなっていないけれど、もし敷島が姫野と正式に友達になって上手くいけば俺と敷島はもう会話すらしなくなるかもしれない。
ましてや部外者の俺がこいつの家庭の事情になんて踏み込む事なんて絶対にできない。
それはこいつだって嫌だろう。
これからもっと深く関わったとしても。
されとて敷島も女の子だ。
楽しい事だっていっぱいしたいだろう。
だからこいつは頑張って一歩を踏み出そうとしている。
家庭の事は俺には何もできないけれど。
だけどこいつが友達を作って楽しく過ごせるようにサポートはできる。
せめてそれくらいはこいつの力になってやりたい。
そう思うとさっきまで嫌々だった自分がアホらしく思えた。

✖️✖️✖️

そんなこんなで気が付けばモックが見えてきていた。
学校から近いはずがやけに遠く感じただけに安堵で緊張していた気持ちが楽になった気がする。
ただでさえ女の子を後ろに乗せているというのに自分で言うのも何だが、純真な男子高校生には色々と荷が重かった。
とりあえずふっと小さく気合いを入れ直し目の前に見えるモックを指差し言う。
「おい敷島あれがモックだぞ」
「ほんとだ!」
明るい声が背後から聞こえる。
俺は店前の駐輪場に自転車を停めカゴに乗せていた敷島の鞄を彼女に渡した。
「あの、、ありがとう」
敷島は照れたよう俺に礼を言った。
「さあさっさと入るぞ」
「き、緊張する、、、。」
少し肩の力が入った様子で外からキョロキョロと伺う敷島を横目に先導して俺は先に店に入った。
それを追いかけるように敷島もあわあわと着いてくる。

ウィーンと自動ドアの開く音と共に店内の喧噪が耳に入ってきた。
世間話をするご近所のおばさ、、、マダム達、ひと息入れる為なのかコーヒーブレイクのサラリーマン、勉強をしたり楽しくお喋りをする学生達など様々な人達で店内は賑わっている。
その光景を見た敷島はわぁっと小さく声を上げて表情を明るくさせた。
おいおいまだ店に入ったばっかで注文すらしてねぇのにこれで満足されても困るんだが、、、。
ほんと素直な奴だなこいつ。
俺達はカウンターの列に並び順番待つ。
そうしている間にも敷島は頻りにウキウキした表情で好奇心を露わにしキョロキョロと店内を見回す。
だからキャラころころ変わりすぎだろこいつ。
ほんとに初めてなんだなぁ。
「ねぇねぇ紀晴あれ美味しそう!」
敷島は近くの席の学生が食べているものを指差しキラキラした目つきで言う。

「ああいちごのサンデーか」
確かにあれは美味い。無論俺はチョコレートのサンデー派だがたまにいちごも食べる。
ミルク感たっぷりの甘いソフトクリームにいちごの甘酸っぱいソースが相まってなんとも絶品だ。
そうそうあのグ○コのパ○ップみたいな感じ。
無論パ○ップの場合ではいちごよりグレープ派だけど。
そんな事を考えていたらパ○ップ食べたくなってきたじゃないか。
帰りにスーパーかコンビニ寄って買って帰ろ。
でもあれなんだよね、パ○ップって初期のハート型のソースの時が一番良かったんだよね。今はあれもう無いんだよな。
ああでもあれか、6個入りのファミリーパック的なやつは今でもハート型のソースだった気がする。
まああのホワイトチョコのパリパリ感が味わえるミルフィーユ状のやつも美味かったけど。
最近のパ○ップはアイスとソースがトルネード状なってるやつにリニューアルされてて、まああれも美味いんだけど。
結果パ○ップはどれも美味い。

何故かサンデーの話からパ○ップの事を一人心の中で語っていると気付けば注文の順番が回ってきた。
眩しい程の営業スマイルで店員さんがカウンターに立っていた。
「いらっしゃいませー☆ 店内でお召し上がりでしょうか?」
「あ、はい」
と俺は答え横に居る敷島を見ればおどおどしてめちゃくちゃテンパっていた。
「大丈夫だ敷島。で?お前何食べるんだ?」
「えーっとえーっと。んーこれとこれとそれから、、、、これ‼︎」
敷島は慌てながらもじっくりとメニューを見て選ぶ。
「はい!ハンバーガーとフィッシュバーガーといちごサンデーですね。ご一緒にポテトはいかがでしょうか?」
元気よく店員さんが答える。出た必殺ご一緒にポテトはいかがでしょうか?。
これを言われたらついついポテトを頼んでしまう。
「敷島どうする?」
「えっと、、、じゃあ一つください、、、。」
それにしてもこいつ極度の人見知りだな。
っていうかそんなに頼んで全部食い切れるのかよこいつ。
「はい、かしこまりましたー☆ サイズはいかがなさいましょう」
「Sでいいか?」
と尋ねると敷島はこくりと頷く。
「はい、かしこまりましたー☆ お連れ様のご注文はいかがなさいますか?」

俺はメニューをさらっと見渡した。
「えっとじゃあ、チーズバーガーのセットで飲み物はコーラでお願いします。あ、そうだ敷島お前は飲み物はいらないのか?」
「えっと、、、紀晴と同じの、、、。」
「じゃあコーラもう一つ追加でおねがいします」
言うと店員さんはまた営業スマイルを俺たちに向けた。
「はいかしこまりましたー☆ ご注文は以上でよろしかったでしょうか?」
「あ、はい」
「それではお会計の方が、、、1260円になります」
俺は財布を取り出し代金を払う。
って俺がこいつの分も払うのかよ、、、。
まあいいけど。
しばらく待っていると注文したものが出てきたので俺はそれを受け取り空いている席に腰かけた。

俺の向かいに座る敷島はにこにこるんるんとハンバーガーを眺めている。
俺はチーズバーガーを手に取った。
できたてなのかほかほかと熱が伝わってくる。
「ほら早く食わねーと冷めるぞ」
「え?あ、うん!」
言い敷島もハンバーガーを手に取り包み紙をそろっと開ける。
そしてゆっくりとそれを口に運び少しばかり咀嚼を楽しむ。
「、、、おいしい!」
溢れるその素直な笑みはとても眩しくその整った顔立ちはより一層映えて見えた。
やっぱりこうやって見ると普通に可愛いのになぁこいつ。
まあだから他の男子には人気なんだろうけど。
俺もチーズバーガーを口に運んだ。
敷島はゆっくりとハンバーガーを味わい、完食した。
次に彼女はフィッシュバーガーに手を伸ばし、先程と同様にそれを口に運んだ。

漏れ出た感想は勿論。
「、、、おいしい!」
「さっきと一緒だな」
俺は思わず笑いが出てしまった。
「変に食レポっぽく言うよりこの方がわかりやすくていいの」
敷島は少しムスッとした表情で言う。
「まあそうだけど、、、。」
苦笑まじりに俺は答える。
っていうかこいつ本題忘れてないか?
敷島がフィッシュバーガーを完食したところで俺は話を切り出す。
「それはそうとお前部活の話はどうなったんだよ」
俺に視線を向けながらもちゃっかりと手はサンデーの方へと向かっていた。
食べるのが好きなんですね、、、。
あれなんだね昼休みに他のみんなより食べるのが遅かったのは味わいながら食べてたからなんですね。なんだか納得。
敷島が手に取ったサンデーは白いソフトクリームがいい感じに溶け始めていて赤いいちごソースと混ざり合って薄っすらとピンク色に色付いていた。
そうそうこれくらいの感じが一番食べ頃で美味いんだよね。

「え?あ、、、うん。部活のことだよね!、、、忘れてないよ?」
はっとしたような仕草で敷島はその問いに答える。
いや絶対忘れてたよね。食べるのに夢中になってて俺に言われて今思い出したよね。
「で?部活の名前とか決まったのか?」
俺が言うと敷島は鞄の中をもぞもぞと探り2、3枚の何かが書かれたA4用紙を取り出した。
「えっと、、、これを読んで欲しいんだけど!」
「うんーっと。どれどれ?」
俺は敷島からその紙を受け取り目を通す。
その紙の一番上にはデカデカと部活名が書かれてあった。
「えー部活名は、、、っと、、、。ロッケン部?え?これが部活名?」
「そう!ROCK研究部!略してロッケン部‼︎どう?いいでしょ⁈」
敷島が前のめりになって向かいに座る俺に説明する。
顔が近い! もうほんとこの子は!
ドキっとするでしょ⁈ 

「え?あーまあいいけどほんとにこれでいいのか?」
「ロックの音楽を聴いて感想文を書いたりしてロックとは何かを研究するのがこの部活の目的なの。だからぴったりかなっと思って!」
まあ確かにあのかの有名な日本のロックンローラーの口癖「ロッケンロー」とかけてて遊び心のあるいい部活名だとは思うけどね。
「でも部活名はほんとはなんでもいいの。この部活の真の目的は姫野杏果と仲良くなるための部活だから!」
敷島の顔がより一層明るくなる。
「あーそういえば昼休みにそんなこと言ってたなお前」
心なしか俺の語気が弱まった気がした。
「勉強したりお喋りしたり時にはゲームなんかもやったり!ちゃんと部活動もするよ?でもメインは姫野杏果☆」
「はぁなるほど、、、。」
キラキラと言わんばかりの目つきで敷島が言う。
となるともしかしてこの展開は、、、。
なんだか次に敷島が言う言葉を予想しただけで肩に重いものが乗っかる感覚に襲われた。

「えっとそれでね?、、、紀晴にお願いしたいことがあるんだけど、、、いいかな?」
「な、なんだよ?」
やっぱこう来たか。次に何を言うのかわかっているけれど俺は聞き返す。
「この部活に姫野杏果を誘ってほしいんだけど、、、だめ、、、、かな?」
ですよねー。
いやっわかってたけど。もうこいつの言いたいことは手に取るようにわかってたけど。
敷島マスター検定の1級とれるな俺。
「しゃーねぇな。わかったよ。俺が姫野を誘う。けどその時はお前もちゃんと居ろよ?誘うのは俺だが部活の説明はお前がしろ。いいな?」
言うと敷島はうんうんと頷いた。
「まあそれは決まったにしろ、顧問はどうすんだ?」
「顧問は中条先生にお願いしようかなって思ってるの」
中条鶫(なかじょうつぐみ)先生。うちのクラスの担任だ。
確かにあの物腰の柔らかそうななんだかふわふわした雰囲気の中条先生ならこの緩い部活もすんなりと許可してくれてその上、顧問になってくれる特典が付いてくるかもしれない。
しかもとっても美人だしね!
まあそれはさておき。
敷島のチョイスはいいかもしれない。

「よし!じゃあこれで決まりだな。明日から決行だ。忙しくなるぞ」
「うん!」
言って敷島が残りのサンデーを完食させたところで俺たちはモックを出て駅の前に立っていた。
「送ってこうか?」
「大丈夫。私は電車で帰るから」
「そうか」
言って敷島は鞄から定期を取り出す。
「あの、、、今日はありがとう紀晴」
「ああいいって」
「またモック行こうね!あ、紀晴の奢りで!」
「あいよ。、、、って俺の奢りかよ!」
言うと敷島は改札を通りホームから笑顔で手を振ってくる。
俺もそれに応えるよう手を上げ敷島を見送ると自転車に跨りゆっくりと走らせ帰宅した。

✖️✖️✖️

帰宅して俺は晩御飯を食べた後、自室で勉強をして風呂に入った。
風呂から上がると冷蔵庫を開け帰りに買って帰ったグレープ味のパ○ップを手に取りリビングのソファーへと向かう。
時計を見やると23時を少し過ぎたくらいだった。
両親は朝が早いのかもう二人とも先に自分たちの部屋で休んでいるようだ。
風呂上がりのパ○ップはやっぱり美味い。
しばらくすると階段をとてとてと降りる音が聞こえ妹の汐波がリビングへとやってきた。
汐波はソファーで寝転がりながらパ○ップを食べる俺に近づいてくる。
俺は汐波にスペースを分けるようにむくっと体を起こし座る。
そこへ汐波が腰掛けた。
「パ○ップ食うか?」
「うん!」
言って俺は再び冷蔵庫へ向かいガチャリと音を立てて開けた。
「何味がいい?」
「うーんっとねぇー、、、、チョコ‼︎」
「あいよ」
冷蔵庫からチョコ味のパ○ップを取り出しソファーに座る汐波に手渡した。

互いに無言でパ○ップを食す。
まあ常に同じ家に住み一緒に過ごす兄妹なだけに特に話すこともない。
すると汐波がおもむろに口を開いた。
「紀晴ちゃん今日帰ってくるの遅かったね」
語気は穏やかだがじと目で俺を見ながら言う。
「いやまああれだ。モック行ってたからな」
「モック?一人で?」
疑うような目つきでさらに追求してくる。
ほんとなんだよこの妹。
ブラコンも行くとこまで行くとこうなるんだな。
めんどくせーよ。
こいつあれだろ結婚したら「私と仕事どっちが大事なの⁈」とか言いそうなタイプだなこりゃ。
「と、友達とだよ、、、」
「ふーん」
言った俺に返事をするが汐波はまだ何か納得していないようだ。

「一緒に部活やらねーか?って相談されてたんだよ」
「へ?部活ってどんなの?」
先程とは打って変わってキョトンとした表情をし少し首を傾げ汐波は問うてきた。
「ろ、ロッケン部、、、。」
なんかこの部活名あれだな。自分で言ってて恥ずかしいな。
「な、なにそれ、、、。ぷぷぷっ」
聞き返してきた汐波は笑いを堪えてるのか顔が引きつり肩がプルプルと震えている。
だから言いたくなかったんだよ、、、。
「ROCK研究部、略してロッケン部だよ。ロックを聴いて感想文を書いたりしてロックとは何かを研究する部活なんだってさ」
「そんな部活はじめて聞いたんだけど、、、。」
「まあ新しく俺たちが作るからなその部活」
言うと汐波はさっきまでの話を理解してるのかは定かではないがキラキラと目を輝かせ言う。
「へぇー凄いじゃん紀晴ちゃん!ってことは紀晴ちゃんが部長?」
「いや、その辺はまだ決まってない」
そういや部長は誰がやるかモックでは言ってなかったな。
まあ言い出しっぺの敷島がやるべきだとは僕は思うけどね‼︎

「へぇー。紀晴ちゃんもちゃんと高校生楽しんんでるんだね!なんだか紀晴ちゃんが大人になったみたいで妹ちゃん嬉しいよ。ほらよしよし!」
そう言って汐波は俺の頭をわしゃわしゃとかき回すように撫でた。
てか大人になったみたいでって言うけど俺のほうがお前より年上だけどね。
「おいやめろよ!」
「えぇー?いーじゃーん。照れない照れない!」
嫌がる俺に汐波はさらにわしゃわしゃしてくる。
「もういいから。ってかもう寝ろよ。早く寝ないと明日俺の朝飯作れねーぞ?」
「あ、それもそだね」
そう言って汐波は俺の頭をぽいっと放り投げソファーから立ち上がった。
ったくもっと兄を大事にしてほしいもんだね、、、。
時計を見やると午前0時を過ぎていた。
「紀晴ちゃんもあんまり夜更かししちゃだめだよー?んじゃおやすみぃー」
「ああおやすみ」
言いながら汐波はリビングの扉を開け小さくふるふると手を振り自室へと戻って行った。

汐波に散々わしゃわしゃされたせいか暑い。
ったくこんな夜中にはしゃぐなよな。
風呂入ったばっかなのに汗かいたじゃねーか。
俺は少し風にあたりたくなり自宅にある小さな庭の窓を開けた。
「ふぅー。部活うまくいくかな?」
と独り言を言いながら風にあたる。
仲夏の夜風はまだ少しひんやりとしていてその冷たさが火照った体にとても心地よかった。

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