ハロウィンの日にヴァンパイアの城へ迷い込んだけど、城主が溺愛してくれるので、ひとまずコスプレでごまかします。

夏野菜

文字の大きさ
2 / 3

誰もいなくて寂しい件

しおりを挟む
目が覚めると、真っ暗な闇の中だった。
目が開かなくなったのかと、勘違いするほどの暗さに、まだ夢の中にいるのかと誤解するほどだった。

まだ寝ぼけたままの頭で、昨夜の出来事を思い起こす。

「あっ!!やばいっ!真菜を店に置きっぱなしだ!」
急いで上半身を起こす。

ゴンッ!!
「痛っ!くぅ・・・」

おでこを硬い板のような物に強打し、痛みで闇の中をのたうち回る。
(えっ、血出てない?)。おでこの辺りをなでてみるが、幸い血のような感触は無い。

(なにこれ?どこ?車のトランク?狭いんだけど・・・)
頭上の壁を触り、足を曲げる。なんとか手足を動かせるが、寝返りも難しいほどの狭さ。どうやら細長い箱に閉じ込められているようだ。

足で何度か四方の壁を蹴ってみるが、力も入らず箱のフタになっている部分以外は、柔らかいクッションのようなものを踏みつけるような感触しか返って来ない。
「誰か~!!助けて!!」。力の限り声を出してみるけれども、箱の気密性は高いようで、自分の大声が耳に響いてくる。

恐怖と混乱によって取り乱すこと15分、更なる脅威が近づいていることに気が付く。
(うそ・・・やばい・・・。トイレに行きたい!!)

25年間、何度もトイレのピンチを迎えたが、そのたびに乗り越えてきた自負がある。ただ、今回ばかりは、かなりやばい予感がする。
「おらぁ!!出せ~!!!」。かなり荒い大声を出しながら、さらに箱と格闘すること30分・・・。

あぁ・・・あぁ~。

じんわりと腰の辺りが温かくなってくる。

(もう最悪。なにこれ。閉じ込めとか犯罪だよ。絶対、警察に訴えてやるから)
徐々に冷静さを取り戻し、もう一度、手探りで壁に施されたクッションを触りまくる。

コツン

右手を少し上げた位置の壁に何かがある。

ん?スイッチ?押して見ると、ググッと何かが動く感触がある。
すぐに四方の壁を押して見る。特に変化は無い。
(これはボタンを押しながらか・・・?)

右手に力を入れて、左手で手当たり次第の壁を押してみる。

ガタンッ
乾いた音とともに上部のフタが開き、まぶしい光が差し込んでくる。
やった!開いた!!

もし、犯罪組織に巻き込まれているのなら・・・。飛び出したい気持ちが、恐怖が抑える。
腕にゆっくりと力を込めて、フタを軽く持ち上げるようにして、少しずつフ開けていく。さきほどのアンモニア臭が徐々に外の新鮮な空気と入れ替わっていくのを感じる。
頭を少しだけ箱の外に出し、周囲を観察する。

目に入るのは、小さめの暖炉に大きなガラス窓、そして小さなテーブルとイスが2脚。いかにも古い洋館の一室といった感じだ。
(よし。人はいない)

フタを開けて立ち上がる。ぐっしょりと濡れたナイロン製のスカートが、ももの裏側に張り付く。

「はぁ、最悪だわ」

閉じ込められていた箱の方に目をやると、それは真っ黒な棺。
(いや、いくら犯罪者でも趣味悪すぎでしょ)

棺の臭いを閉じ込めるようにフタをすると、カチッという音がなる。
(あぁ、なるほど一度フタを締めるとロックがかかるのね)

スマホを確認しようと周囲を見渡すが、見当たらない。というか、荷物も全部無い。

私はなんで誘拐されたの・・・?いや、昨夜は確か・・・

意識を失う前の記憶を呼び起こす。
「BARを探して扉を開けて・・・森と、お城が・・・」
口に出しながら徐々に青ざめていく。

「うそ・・・でしょ?」
ガラス窓の方に駆けだして外を見渡す。どうやら部屋は2階のようだ。
外には塀の内側に庭園が広がり、外側には塀の入り口から一本の砂利道が、果ての見えない森につながっている。

「あれは、夢じゃなかったの・・・?」
わずかにアンモニアの臭いがする部屋の中で、恐怖が押し寄せてくる。
「無理無理。異世界とか本当に無理だから・・・」

ふらふらと部屋の扉を開け、廊下に出る。

石造りの廊下に赤いじゅうたんがまっすぐと長い廊下の奥まで続いている。
頭上には豪華なシャンデリアが点々と掲げられ、朝日を乱反射していた。

さっきまでは、逃げることを考えていたが、異世界ならば話は別だ。警察に期待することもできない。
「誰か、いませんか~」。恐る恐る小さい声を出しながら、人を探す。

しかし、物音一つしない。

(え・・・。こんなに広い城で留守とかありえないでしょ)
とりあえず、城の入り口に受付の人間がいるでのはないかと思い、階段を降りてみる。
階段の手すりをなでてみるが、ホコリ一つ落ちていない。

「これは!?手入れが行き届いている・・・」。探偵口調でつぶやいた独り言も静寂に飲み込まれていく。

1階の大広間に出ると、大理石の床に赤く重厚で大きなじゅうたんが広げられていた。
黒いパンプスの裏側がじゅうたんの毛でふわふわと持ち上げられ、歩きにくい。落ち着かない。

「これは相当なお金持ちですね~」。怖さを紛らわすように、今度はリポーター風の口調で自分を鼓舞する。

だが、一向に人の気配は無い。
「それでは外に出てみようと思います」
むなしい独り言をつぶやきながら、玄関の大きな扉をゆっくりと押し開ける。

「わぁ~これはすごいですね~」
目の前には、大きな噴水がたかだかと水を噴き出し、赤と黒のバラが庭園を彩っていた。

玄関の階段を降りて、噴水の方へ歩を進める。
噴水の縁に腰かける。水は驚くほど澄んでいて、中には藻の一つも浮いていない。
「さぁ、温度チェックしてみましょう~」

水の中に手を入れる。秋とはいえ、晴れ渡った日の午前、冷たくはあるが我慢はできる。

周囲に人影が無いことを確認して、パンプスを脱いで足をつけてみる。

冷たっ!!

でも、仕方が無い。まずはアンモニア臭の原因をきれいにしなくては・・・。

意を決して、腰の辺りまで水につける。
「ひぃ~~。冷たい~~」

ヴァンパイアのコスプレをしたOLが、庭の噴水に入っていく様子を現実世界の人が見たら、完全に酔っ払いだと思うだろう。
でも仕方が無い。「これで漏らした過去は、隠滅されました~」と、さわやかな笑顔でリポートを終える。

誰もいない異世界で、1人満足感に酔いしれる。幸い日差しがきらきらと降り注ぐ素敵な庭。
「あ~。今日は仕事いけないな~皆勤記録を更新してたのに」。悔しがる口調にはなったが、内心は少し安心していた。
楽しみの無い仕事、薄い人間関係。出勤前にため息が出る日々からの開放・・・。
朝日に照らされた庭園を眺めながら、恐怖は少しだけ和らいでいた。

「さて。スカートが乾くまで階段に座って、人が来るのを待ちますか」

このとき私は、まさか日が暮れるまで誰も出てこないなんて、夢にも思わなかったのである・・・。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

強面夫の裏の顔は妻以外には見せられません!

ましろ
恋愛
「誰がこんなことをしろと言った?」 それは夫のいる騎士団へ差し入れを届けに行った私への彼からの冷たい言葉。 挙げ句の果てに、 「用が済んだなら早く帰れっ!」 と追い返されてしまいました。 そして夜、屋敷に戻って来た夫は─── ✻ゆるふわ設定です。 気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

身代わり令嬢、恋した公爵に真実を伝えて去ろうとしたら、絡めとられる(ごめんなさぁぁぁぁい!あなたの本当の婚約者は、私の姉です)

柳葉うら
恋愛
(ごめんなさぁぁぁぁい!) 辺境伯令嬢のウィルマは心の中で土下座した。 結婚が嫌で家出した姉の身代わりをして、誰もが羨むような素敵な公爵様の婚約者として会ったのだが、公爵あまりにも良い人すぎて、申し訳なくて仕方がないのだ。 正直者で面食いな身代わり令嬢と、そんな令嬢のことが実は昔から好きだった策士なヒーローがドタバタとするお話です。 さくっと読んでいただけるかと思います。

甘い匂いの人間は、極上獰猛な獣たちに奪われる 〜居場所を求めた少女の転移譚〜

具なっしー
恋愛
「誰かを、全力で愛してみたい」 居場所のない、17歳の少女・鳴宮 桃(なるみや もも)。 幼い頃に両親を亡くし、叔父の家で家政婦のような日々を送る彼女は、誰にも言えない孤独を抱えていた。そんな桃が、願いをかけた神社の光に包まれ目覚めたのは、獣人たちが支配する異世界。 そこは、男女比50:1という極端な世界。女性は複数の夫に囲われて贅沢を享受するのが常識だった。 しかし、桃は異世界の女性が持つ傲慢さとは無縁で、控えめなまま。 そして彼女の身体から放たれる**"甘いフェロモン"は、野生の獣人たちにとって極上の獲物**でしかない。 盗賊に囚われかけたところを、美形で無口なホワイトタイガー獣人・ベンに救われた桃。孤独だった少女は、その純粋さゆえに、強く、一途で、そして獰猛な獣人たちに囲われていく――。 ※表紙はAIです

処理中です...