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~皇国レミアムへの道~

~皇国レミアム復活編~ 絶華

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 エミリエルの足取りは非常にゆっくりとしていた。己の事を皇国レミアムの第一継承者と名乗った女性である。という事はつまり皇女、姫という事になる。その姫君がどうしてシュテーム連邦王国に協力しているのかは不明であった。シュテーム連邦王国の兵士たちはどうもエミリエルに心酔しているようで、ゼイフォゾンやガトランの事をまったく意に介さなかった。当のガトランもエミリエルに心を奪われているようで、眼差しが虚ろになっていた。ガトランもガトランで心を平常に保とうと必死だったが、エミリエルのあまりの美しさに心中穏やかではいられず、精神的な釣り合いを取るために遂に空虚になってしまったのである。ゼイフォゾンもエミリエルの艶やかな印象には心惹かれたが、それ以上の感情は抱かなかった。エミリエルには人以上の何かがあった。ゼイフォゾンは感じていた。この女性には凄まじい力があると。それは今の自分以上かも知れないと悟った。それもそのはず、彼女は半分が人間で半分が神であった。帝王ゴーデリウス一世とは、皇国レミアムの初代帝王にして最後の帝王。加えて七英雄の一人に数えられる強大な実力者であった。皇国レミアムではゴーデリウス一世は神として讃えられていた。その神と人間の女性との間に生まれたのが、エミリエルであった。エミリエルはゆっくりと歩を進め、そして立ち止まった。シュテーム連邦王国までは少しかかる距離であったが、山を下りてから麓に死体の山があったのだ。それも焼かれていた。死体は新しく、ここは戦場になっていたらしい。ゲイオス王国とハーティー共和国の旗が双方とも燃えていた。ハーティー共和国はまだ諦めていなかったらしい。その様子を見てガトランは深くため息を吐き、物憂げな顔をした。そこにはハーティー共和国のスパルタンの兵士たちが残党として辺りをうろついていた。しかし、エミリエルには関係なかった。そのまま戦場を突っ切るようにして進んでいったのである。当然スパルタンの兵士たちは、エミリエルを確認した。そして、周りを囲んだ。ゼイフォゾンは何もしなかった。ガトランは剣を抜こうとしたが、それをゼイフォゾンは制止した。

 エミリエルの力量をこの目で見るまたとない機会である。スパルタンの兵士たちは剣を抜き、エミリエルに詰め寄った。だがエミリエルはそれを無視するかのように歩いて行った。そしてスパルタンの兵士たちがエミリエルに一斉に斬りかかろうとした時、エミリエルの周囲に疾風が吹いた。そしてスパルタンの兵士たちは全て真っ二つになっていた。ゼイフォゾンでも視認できなかった。ガトランは何が起こったのか見当もつかなかった。エミリエルは腰に差していた居合刀から手を離すと、その後何事もなかったかのように歩いていた。ガトランは確信した。あのゼハートとゼイオンというゲイオス王国の将軍が束になっても勝てなかったのはこのエミリエルがいたからだと。用心棒とは彼女の事ではないかと。そう確信した。この強さはあのゼハートさえも軽々と制する事ができるだろう。それに相手は訓練を充分に施されたスパルタンの兵士たちであった。それをこんなにあっさりと、数は十人はいたはずである。それをこうも、あの一瞬で葬ったのである。ゼイフォゾンはエミリエルの強大な力はこれだけではない事を確信していた。他にも秘められた力があるはずである。ゼイフォゾンとガトランはある意味、戦慄していた。女性の身でありながらこれほどの力を持つ者がいるとは考えもつかなかった。だが、ゼハートとゼイオンという将軍がいながら勝てなかったのに、どうしてゲイオス王国は痛み分けに持ち込めたのか疑問であった。答えは簡単だった。ゲイオス王国にはもう一人将軍がいる。その将軍がもしエミリエルと同格かそれ以上であったならどうだろう。これならば辻褄が合う話になる。

 その将軍がもしも本当にエミリエルと同等以上の力を持っていたなら、問題であった。ゲイオス王国は今、皇国レミアムの支配下にある。それが戦力として数えられているなら、エミリエルだけでは対処は難しいであろう。シュテーム連邦王国は今伸るか反るかの瀬戸際で戦っているのではないか。だからエミリエルが協力しているのではないか。そう考えるのが妥当であった。シュテーム連邦王国へいよいよ近づいてきた。足取りはゆっくりながらも、確実であった。それはゼイフォゾンとエミリエルという特筆するべき戦力がいたからに違いなかった。ガトランはまだ眼差しが空虚なままであった。エミリエルの歩き方は独特で、艶っぽかった。ゼイフォゾンの目にはシュテーム連邦王国の兵士が馬鹿のように写った。エミリエルは確かに魅力的だが、それ以上にそこまで心酔する要素が見つからなかったのである。確かにカリスマ性の塊なのかも知れないが、それを感じ取る事が、今のゼイフォゾンには難しかった。それはゼイフォゾンが人間でない以上、仕方がなかった。そうこうしているうちにシュテーム連邦王国の門までたどり着いた。門は開かれたままで、ハーティー共和国のように検問している兵がいる訳でもなかった。エミリエルは兵たちを連れていくと、そのままゼイフォゾンとガトランに一礼をして離れていった。シュテーム連邦王国…またの名を魔剣士の国。その様子は栄えていた。ハーティー共和国のように寂れた雰囲気もなく、人々は商業をしたり、酒場を開いたりと活気づいていた。ガトランは武器を買いに行くと言ってどこかへ行ってしまった。街には魔術師もたくさんいて、中には魔族もいた。人間の言葉を喋り、理解できる高位の魔族であった。なのでゼイフォゾンが街に入っても誰も気にしなかった。


「この国の構造はいったいどうなっているのだ。魔族に魔術師、人間も兵だけでなく魔剣士と呼ばれる者までいる。まさに混沌としているな。しかし、ガトランはどこへ行ったのだろうか。私はいいとして、ガトランのあの装備のままではスパルタンの兵士と思われて仕方ないであろう。武器だけでなく、防具も取り換えてくれたらいいのだが」


 シュテーム連邦王国にとってハーティー共和国は邪魔者でしかなかった。なので、ガトランがスパルタンの兵士だと知られては面倒な事になるのは明白であった。だが、ガトランがそのような失態を犯す男ではない事は、ゼイフォゾンはよく分かっていた。心配はしていたが、安心していた。その意味では良い関係だったのかも知れない。ガトランなら自身がハーティー共和国出身である事をうまく隠して、色々と揃えるかも知れない。そういう自由度の高さと適応能力は父であるオーガン譲りであった。ゼイフォゾンは街の中を探索した。エミリエルが城まで案内してくれると思ったのだが、あの場で突然別れるとは思ってなかった。なので、街の中でどうしたらいいかを思案した。ゼイフォゾンはとりあえず酒場に入った。そこには兵士たちと住民、魔剣士たち、魔族が混同していた。互いをよく理解しているようで、昼間なのに全員酒を飲んでいた。酒場なので、ギルドもあった。仕事の斡旋まで行っていたのである。このような状況には、ゼイフォゾンは慣れていなかった。この賑やかさはうるさかったが、悪い事を言う者はほとんどいなかった。ゼイフォゾンはとりあえず椅子に腰を下ろすと、酒を注文した。自分が酔わないのは知っているが、とにかく気を紛らわせたかった。

 ほどなくして店員が酒を持ってきた。ビールであった。ゼイフォゾンにとってこれが二度目のビールである。オーガンとあの晩に酌み交わしたのが最後であった。ひとりで飲む酒はこれが初めてであったが、もしこの場にガトランがいても一人で酒を飲むことになっていた。ガトランは酒が飲める年齢ではなかったので、これは必然であった。だが、一人で飲む酒は寂しくもあった。このシュテーム連邦王国とはどういう場所であったかを探るには絶好の場所でもあり、情報収集には困らなかった。ゼイフォゾンはビールを一気に飲み干すと、ギルドが開かれている場所に行った。そこにはたくさんの魔剣士と兵士が集い、徒党を組んでいた。仕事を探していたのである。戦争中とは言え、ギルドの仕事には報酬が支払われていた。内容は簡単であった。魔族の討伐、山賊の討伐、護衛任務から強襲任務まで様々であった。そこでは情報の交換も行われていた。情報料を支払って頼むものであった。ゼイフォゾンは金を用意して、情報屋に取り次いだ。そこで情報を買った。その情報屋が話す内容はこうだった。このシュテーム連邦王国には巨大な城があって、その城の名はオーバーゲッツェンベルグと呼ばれている。それを治めているのはシュテーム連邦王国国王ジーゼル。そしてこの魔剣士たちの軍団は四百人で構成されていて、それをグレイテスト・オーグと名付けている。それを今束ねるのが用心棒エミリエル。戦況は一長一短といった感じで、まだ街に攻め込まれた事は一回もない。グレイテスト・オーグを本来指揮するのが、将軍レグレスで、総戦力はハーティー共和国の四倍、ゲイオス王国の二倍であるという事。ゼイフォゾンはこれだけ聞ければ充分であった。このシュテーム連邦王国は見た通り安全である。皇国レミアムには遠く及ばないが、この国の強力な軍団はあてにできると踏んだ。そこにガトランが戻ってきた。酒場を見つけたのであった。ガトランの装備が変わっていた。神官に加護を施された重厚な鎧に、前に持っていた剣より一回り大きい剣を鞘に収めていた。その剣も神官の加護と魔術師の強化が施された良い物であった。その姿はこれまでのガトランよりも強い印象を与えた。


「ゼイフォゾン、待たせたな。この装備ならば魔族が相手になっても怖がる事はないだろう。この国の魔剣士には劣るかも知れないが、充分戦えるはずだ。今までの装備は売ってきた。金はまだ余っている。山賊から奪ったものがここで活躍するとは思ってなかったが」

「本来旅とはこういうものではないか?ガトランよ。戦って金を得る事は間違いではない。私はこの辺境の山賊を狩れた事に対して良く思っている。今ではお前はあのオーガンを超える戦士となっている事は間違いないであろう。その得物は大切にするといい、これからの戦いに大いに役立つ事は間違いない。しかし……あのエミリエルが本当に用心棒だったとは。その他にも魔剣士を指揮する将軍が一人いる。この国は確かにハーティー共和国よりも遥かに強い」

「そのようだな。俺は酒は飲めないからギルドへ行ってくる。編成は俺とゼイフォゾンでいいな?仕事を見つけよう。それでこの国の思惑が見えてくるはずだ」

「あぁ、そうしてくれ。シュテーム連邦王国はおそらく戦力には困っていないが、経済力に難がありそうだ。だから魔剣士たちもギルドで稼がねばならんのだろう」


 ガトランはギルドの申請をしにカウンターまで歩いて行った。ゼイフォゾンはガトランの背中を見つめた。強くなったものだ、あの数日前まではまだまだといった感じだったのに。それを言うのなら自分もそうであった。ゼイフォゾンは自分の急激な進化に追いついていけなかった。それもそのはずであった。己の精神と反してますます力が増幅していく。そして自分は今まで全力で戦ったことがない。ガトランはいつも全力なのに、自分だけが余裕を持って敵を屠っていく。戦力に数えられるなら嬉しい事だが、やはり自分の力は危険なのではないかと思うようになった。死を撒き散らすだけの害悪なのではないかと。しかしガトランはそんな事は気にしなかった。ゼイフォゾンがゼイフォゾンである限り、悪に魂を売り渡さない限りそんな事には絶対にならないと確信していた。ゼイフォゾンはガトランの優しさに救われていた。それでも自分の中で区切りをつけるのが難しかった。ゼイフォゾンは物憂げに肘を机に置くと、ただ黄昏ていた。ガトランが帰ってきた。ガトランはゼイフォゾンにギルドの編成が完了したと伝えた。そして仕事を見つけてきたと言っていた。その内容は、強襲任務であった。魔剣士たちを率いるレグレス将軍に着いて行って、ゲイオス王国に奪われた広陵の要塞を奪還するという任務であった。その任務の難易度は高く、ゼイフォゾンとガトランにはうってつけであった。報酬も高い。今まで山賊から奪ってきた金銭よりも高かった。この任務を果たせば、当分は過ごせるであろう。ゼイフォゾンはガトランの要領の良さに感謝した。オーガンが見たら、イゼベルが見たら誇りに思うであろう。ゼイフォゾンとガトランは準備を済ませると、仕事先に向った。召集は既に始まっているようで、そこには魔術師と魔族も多数存在した。その様子はまさに混沌としていた。ハーティー共和国と比べたらの話ではあるが。

 魔剣士たちも多数いた。要塞は思いのほか重要な拠点だったようで、それを奪還するにはギルドで編成された手練れも頼らなくてはいけなかった。だが総力戦という訳ではなさそうだった。要塞を攻めるための少数精鋭部隊といった所感である。時間をかけて攻めるための部隊ではなかった。あくまで短期決戦といった部隊の編成を行っていた。そして、ほどなくしてレグレス将軍がやってきた。確かに将軍である風格がある。漆黒と紫に彩られた重厚な鎧にえんじ色の外套、腰に二本の装飾を施された長剣を携えていた。レグレス将軍はゼイフォゾンとガトランを確認すると不敵に微笑んだ。いかにも勝利を確信していた表情をしていた。そしてエミリエルまでもが部隊に参加するようだった。これで役者は揃った。部隊の層は厚く、いつにも増して信頼感が強い作戦であった。そしてレグレス将軍は号令をかけた。


「この組織はフリュード要塞を取り戻すための部隊である!フリュード要塞はこのシュテーム連邦王国の重要な拠点だ。そして、国民が望むのは皆の帰還である!今、この部隊は魔剣士たちの国、シュテーム連邦王国最強の部隊となる!この部隊にはエミリエル様までもが参加してくれる。この戦は負けるわけにはいかない!良いか!心してかかれ!」

「は!レグレス将軍閣下!」

「あのレグレス将軍という男、どうだガトラン。あの男の腕は立つと思うか」

「あのレグレス将軍か。俺はゲイオス王国の将軍ゼハートとまみえたことがある。その男は途方もない強さだった。ゲイオス王国の国土は知っているつもりだが、それの二倍を誇るこのシュテーム連邦王国をまとめ上げる将軍だ。多分だが、あのレグレス将軍の強さはあのゼハートと同等か、それ以上だ。あの闘気は伊達じゃないと俺は思うがね」

「なら安心だな。あのエミリエルまで参加するこの任務は過酷を極めるだろうが、それに見合った報酬がもらえる。旅を続けるには必要なものだ。だが私たちギルドの者たちはどこに配置されるのだろう。正規軍とは違うのは分かるが……」

「今、それを言っても始まらない。ゼイフォゾンは本格的な戦争行為は初めてだろう?大丈夫さ、俺が引っ張って行ってやるよ」

「ありがとう。ガトラン」


 こういう時の人間の胆力には驚かされるばかりだった。ゼイフォゾンは自分が人間でない事を知った。そして人間と同じ感覚で生きてはいけないと諦めていた。しかし、ガトランのおかげで自分にも人間らしさを獲得できるのだと知った。だが、ゼイフォゾンは感覚が麻痺していた。自分の強大な力を振るえば振るうほど、人間の命の重さが分からなくなっていた。山賊を始末している時などはそれが顕著であった。ゼイフォゾンはそれを認識していた。自覚していたという事である。自覚していても、振るえば振るうほど軽くなっていく命の重さに、ゼイフォゾンは辟易していた。もしもこの戦争で、自分の魂が死に憑りつかれ、悪に染まっていくのなら、ガトランから離れなければならないとも思っていた。ガトランはゼイフォゾンを心配していた。その力を暴走させてしまうのではないかと。そうなれば敵も味方も関係がなくなる。それはゼイフォゾンが一番避けたい事であるものである。それについてガトランは考えていた。いざとなった時にゼイフォゾンの魂を守るのは自分しかいないと思っていた。双方の思惑が交錯する中、エミリエルが二人に近づいてきた。エミリエルの美しさは時間が経つごとに増していくようであった。それを見たガトランはまた空虚な目になってしまった。エミリエルが用があったのはゼイフォゾンであった。エミリエルの後に続いてレグレス将軍もやってきた。そこでやっとガトランは正気に戻った。他にも手練れはいたはずだが、何故自分たちなのだろうか。二人は戸惑った。


「ゼイフォゾンじゃな?それにガトラン、この作戦は厳しいものになると知って申請したのかえ?」

「当然だ。私とガトランは死ぬ気はない、このシュテーム連邦王国で目的を果たすまではな」

「良い心掛けじゃ。ガトランよ、ゼイフォゾンに守ってもらうがいい。この男の強さはまだまだ遠大にして無辺ゆえ」

「わ、わかりました。レグレス将軍閣下、俺に何か話が?」

「この辺境の山賊を狩った君の腕は買っている。無茶するなよ」

「は!」


 エミリエルとレグレス将軍はそう言うと、その場から去っていった。フリュード要塞とはまさにシュテーム連邦王国の軍事拠点として機能していた場所で、その規模は大きかった。その要塞には全身を蒼い装備で纏った将軍ゼイオンと、真紅の将軍ゼハートが占領しているという話であった。ガトランにとってゼハートは仇敵であった。越えたい壁であった。シュテーム連邦王国とゲイオス王国の戦争の時間が迫る。皆準備を整えた。ゼイフォゾンは己の力を再確認するべく出撃するのであった。ガトランはゼハートと決着をつけるべく出撃するのだった。それぞれの目的があった。レグレス将軍とエミリエルは話をしていた。ゲイオス王国のもう一人の将軍についてであった。その男がもしも要塞にいた場合はエミリエルが対処する事になっていた。その場の空気はまさに決戦目前といった様子であった。ゼイフォゾンは思案した。もしもこの戦争で自分の力が制御できなくなったら、誰かに殺してもらおうと。しかし、自分でも殺せなかったのに、誰かに頼めるはずもなかった。なので、この戦争が一つの答えを得る鍵になると信じる事にした。殺戮の音色は刻々と近づいていた。それだけは誰にも止められなかった。分かるのは、これは旅の終着点ではない事だけであった。
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