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~皇国レミアムへの道~

~皇国レミアム復活編~ 敗北

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 行軍速度は速かった。途中敵との遭遇もあったが、エミリエルとゼイフォゾン、レグレス将軍とガトランが中心となって片付けていた。ガトランの成長は早かった。魔術なしでも魔剣士たちと同等かそれ以上の腕を持っていた。というよりは他の魔剣士たちを圧倒せしめるだけの強さを持っていた。ゼイフォゾンはガトランを頼もしく思った。同時に不安でもあった。このガトランをこの攻略戦で失ったりでもしたら、後々の冒険に支障が出る、もしくは寂しくなる。ガトランはこの戦いに全てを懸けて挑んでいる。しかし、こんな場所で失われるべき命ではない。オーガンとイゼベルの約束がある。戦争に身を投じるのは自分自身初めてであったが、何としても守らなくてはいけない。ゼイフォゾンは覚悟を決めた。己の力がどう作用しようが、守るべき者のために振るうのならばそれで構わない。しかし、ガトランは助けを必要としていなかった。ゼハートとの決着をつけるためならば何でもするつもりでいた。早い話が、ゼハートを倒せるのならば何でもよかった。どんな手段も厭わないつもりではなかった。正々堂々と真正面から挑んで勝つつもりでいた。ガトランは鬼気迫る闘気で、歩を進めていた。魔剣士たちはそんなガトランに気圧されているように思えた。手練れはたくさんいたが、ガトラン以上に覚悟を決めている者は誰一人としていなかった。ガトランにはそれだけ、この戦には特別な思いがあったのだ。ゼイフォゾンはそれを察すると、本当は何もしないでやった方がいいのかも知れないと思い始めた。ゼイフォゾンは迷っていた。ガトランに何かしてやれば、ガトランの誓いを破る事に繋がるのだとしたら何もしない方がいい。しかし、それでオーガンとイゼベルは納得するだろうか。今は亡き二人の誓いを破る事に繋がらないだろうか。ゼイフォゾンは己の力を確認するように敵を屠っていったが、ガトランは容赦なく叩き斬っていった。ガトランの姿にレグレス将軍は見所を感じていた。自分に及ばないとしても、近いものを感じていた。エミリエルはゼイフォゾンの力により一層興味を示しつつあった。

 レグレス将軍の腕は確かに将軍と呼ばれるだけの腕があった。長剣の一振りで一気に十人を斬り倒せるものであった。ガトランはそのレグレス将軍に呼応するように剣の一振りだけで五人の兵士を薙ぎ倒していった。エミリエルの周りは疾風が吹き荒れていた。その度に大勢の兵士たちがバラバラになっていった。ゼイフォゾンは腕をかざすだけで良かった。生と死の概念を奪い取り、己の力に変えていった。要塞まではあと少しであった。その要塞の影が見えてきた。要塞の大きさは予想以上だった。戦場の本陣を置くには最適な形をしていた。その要塞を守るようにゼハートとその軍が配置されていた。ガトランはゼハートの姿を確認していた。しかし、勝手に飛び出すような真似はしなかった。鬼気迫る闘気を纏いながらも、常に冷静であった。ゼハートは腕を組んでいた。ゲイオス王国の軍勢は多くて五千、対してシュテーム連邦王国の軍勢は八千。数では勝っていても喜べる状況じゃなかった。要塞は今占領されていて、地の利はゲイオス王国にあった。ただ武力で勝るシュテーム連邦王国が行動を開始しても、ゲイオス王国がどのような軍略を用いるかが分からない。迂闊に動くのは得策ではなかった。それは、シュテーム連邦王国の軍の一人一人がよく分かっている所であった。ガトランは剣に付いた血を拭うと、レグレス将軍にある話を持ち掛けた。それはガトランが千の軍団を率いるから、それを陽動に使って欲しいという話であった。ガトランは正式にゼハートとの雌雄を決するべく、その提案をしたのだった。その提案は確かに戦術としては効果的であったが、レグレス将軍はガトランの身を案じた。しかし、ガトランは退く事を知らなかった。その陽動にはゼイフォゾンも加わろうとしたが、エミリエルがそれを止めた。要塞の前に陣取っている軍の総数は千人。ゼイフォゾンは脇腹を突くために必要な戦力として数えられていた。なので、ゼイフォゾンは仕方なくエミリエルとレグレス将軍に着いていく事を決めた。

 ゼハートは腕を組みながら、シュテーム連邦王国の軍が分かれていく所を見ていた。予測しているようであった。この千の部隊は陽動であると。そこにガトランがいる事など全く予想していなかった。シュテーム連邦王国の軍は統率が取れていた。ガトランは指揮官としての才能もあったようで、事は滞りなく進んでいった。ゼハートは背負っていた大剣を抜いた。そしてシュテーム連邦王国の軍に向っていった。それに続くようにゲイオス王国の軍も進んでいった。ガトランも進んでいった。シュテーム連邦王国の軍もガトランを追うように進んでいった。両者は睨み合った。そしてゼハートはやっとガトランの姿を確認した。そして思い出した。あの時の少年であると。スパルタンの兵士だった少年が、今シュテーム連邦王国の軍の指揮官として動いている事を。ゼハートはあの時の、数日前の戦争を思い出した。確かにあの時の少年の気迫は他のスパルタンの兵士とは一線を画すものがあった。それが今ではシュテーム連邦王国の軍を率いるまでになっている。どれだけの変化があったというのか。ゼハートはそこに興味があった。ガトランはゼハートの姿を見ると、剣を持つ腕を強く震わせた。やっとこの瞬間がやってきた。あの時の屈辱は忘れない。やっと戦う事ができるのだ。これ以上の喜びがあるか。スパルタンの兵士としてではなく、一人の戦士として胸が躍った。そしてガトランは剣を天に掲げた。ゼハートも大剣を天に掲げた。それを両者とも振り下ろすと、戦端が開かれた。シュテーム連邦王国の軍とゲイオス王国の軍がぶつかり合う。剣と剣が鍔迫り合いする音、鎧と鎧がぶつかり合う音、魔術と魔術の応酬、血が飛び散り、男たちの怒号が鳴り止む事はなかった。ゼハートとガトランは互いの敵を屠っていった。ゼハートの鎧には返り血が、ガトランの鎧にも返り血が飛んでいた。だが、シュテーム連邦王国の軍には魔剣士たちと魔族もいたので、戦況は有利に進んでいった。押しているのはシュテーム連邦王国であった。ゼハートはガトランを確認すると、そこに向って走っていった。それを察知したガトランはゼハートを待ち構えていた。そして、両雄は並び立った。


「やっとお前を脅威と見なしたぜ。俺はあの時お前を小僧扱いした、でも今は違う。お前は強者になった。俺とどれくらい戦えるのかを肌で感じさせてもらうぜ。往くぞ……覚悟しろ」

「俺がお前に及ぶ存在になれたのか否かを確かめるいい機会だ。今までの俺だと思うなよ、油断したら死ぬのはお前の方だ。俺はあの時から誓った。将軍ゼハート、お前を超えるとな。いいか、よく聞いておけ。俺の名はガトラン。ここは素直に通してもらうぞ!往くぞ!」


 ゼハートは大剣を構えた。その独特な佇まいは強者というより武人そのものであった。ガトランも剣を構えた。ゼハートの闘気に飲み込まれないように必死だった。ゼハートの放つ闘気は凄まじかった。流石に将軍である。ゲイオス王国には三人の将軍がいる。力のゼハート、技のゼイオン、そして最強の剣術家であるもう一人の将軍。それらが指揮する軍団は皆武闘派で、一人一人がハーティー共和国のスパルタンの兵士と同格かそれ以上。それを束ねる将軍の一人と、今、相対している。ゼハートという男はこのドグマ大陸の中でも屈指の剣術家だろう。ガトランは今までにないゼハートの闘気だけで倒れそうになった。ガトランは剣を再び強く握り直すと、踏み込みを入れた。ゼハートはまるで鬼のような形相をしていた。強者というより、人間というよりも別の何かを相手にしているようであった。ガトランはそこで、今相手にしている者の強大さを改めて認識した。あの時は手加減してくれた。だが、今手加減してくれるとは限らない。ガトランは覚悟を決めた。そしてゼハートに向って突進した。ゼハートは大剣を横から薙ぐと、そこから凄まじい衝撃波が襲った。ガトランはその衝撃波を耐えると、再び剣を構え直した。しかし、ゼハートはガトランの目の前にいた。瞬間的にガトランの懐に踏み込んだのである。ゼハートは大剣を下から上へ斬り上げようとすると、ガトランはそれを辛うじて防いだ。防いだと同時にガトランの足が浮き上がった。吹き飛ばされそうだったが、それをぐっと堪えた。ガトランとゼハートはそのまま鍔迫り合いに入った。押しているのは間違いなくゼハートであった。


「ここまでやって耐え凌ぐ……お前は本当に成長したな。だが、強がりもここで終わりだ。どうだ、あの時みたいに押せるか?この俺を押せるか?やってみせろ。食い下がってみせろ!」

「くっ!このまま終わるわけにはいかないのでな!言われた通り押させてもらうぞ!」

「その意気だ!」

「ぬおおおおおおっ!!」


 宣言通りにガトランはゼハートを押していった。ガトランの力量と技量は前とは比べ物にならないほどに上がっていた。その事をゼハートは察していた。間違いなく己の敵として相応しい男になったのだと認識した。だが、そこで押し返されるほどゼハートは甘くなかった。ゲイオス王国の将軍、力のゼハート。その剛力は他を圧倒して強大。ここにゼハートは力半分ではなく、八割の力でガトランを押し返した。そしてガトランはたまらず力を抜いてしまった。そこにゼハートはすかさず大剣を振り抜くと、ガトランはそのまま吹き飛ばされてしまった。ガトランは立ち上がった。その眼前にはゼハートが近づいてくるのが見えた。止めを刺そうというのである。ガトランはここで死ぬ訳にはいかなかった。ゼイフォゾンに自分の死体を見せたくはない。今の自分には守るべき者がいる。だからこそ、ゼハートに屈する訳にはいかなかった。腕が震えている。ゼハートの剛力に気圧された腕は恐怖を覚えていた。しかし、その恐怖をガトランは短剣で切りつける事で拭った。腕にわざと傷を残したのである。痛みがあったが、ゼハートに吹き飛ばされるよりはましだった。ゼハートが大剣を肩に担いで迫ってきた。その闘気はガトランにとって絶望的な差があったが、ガトランは諦めなかった。そして、ガトランは深呼吸をすると、その闘気を取り戻した。意を決して踏み込み、ゼハートの懐まで突進した。ゼハートはその速度に驚きながらも一歩も退かなかった。ガトランはゼハートの脇腹めがけて薙ぎ払おうとした。ゼハートは大剣でそれを防ぐとまた鍔迫り合いに持っていこうとした。それを読んで剣を下げ、ガトランは脚をめがけて逆方向から斬った。ゼハートに剣が当たった。しかし、ゼハートは斬られても傷が浅かったのでまだ立っていた。ゼハートが縦に大剣を振り下ろすが、ガトランはそれをまともに食らうまいと紙一重で避けた。そこからまた二人は距離を取った。


「やるようになった。本当に……ここまで成長するとは思わなかったぜ。今まで何があった?どんな経験をしてきた?何がお前をここまで強くさせた?」

「友のため……家族のためだ。俺は強くならなければならなかった。だから強くなったのさ。それ以上でもそれ以下でもないな。俺はゼハート、お前を超えなければ自分自身に嘘を吐き続ける事になる。戦う事で、勝つ事で証明されるなら、どんな手段を使っても俺は強くなってやる。お前を真正面から叩き潰せるならばな!」

「俺にも守るべき者がいる。俺はゲイオス王国の将軍にして剛力無双のゼハート・レクレイム。この名には誇りがある。ゲイオス王国は皇国レミアムに屈したのではない。皇国レミアムに憧れを抱いたからこそ軍門に下ったのだ。お前には分からないだろうな、この気高き魂を!」

「気高き魂など俺は知らん。ゼハート、お前をベネトナーシュの名にかけて倒す!俺の名はガトラン・ベネトナーシュ!父オーガンと母イゼベルの魂を受け継ぐ者だ!俺はこの汚れなき魂のために戦おう!」


 ゼハートとガトランは再びぶつかった。ガトランはまた己の限界を越えつつあった。その力量にゼハートは押されつつあった。鍔迫り合いが続く。それでもゼハートは全力ではなかった。ガトランはそれを知っていた。知っていたからこそ全力を出させるのに必死だった。それでもゼハートは全力を出さなかった。出す必要がなかった。ゼハートがガトランを圧倒的な力で押していく。ガトランはそれに耐えた。耐えるしかなかった。ゼハートはもう終わりにしたいといった表情だった。なので軽々とガトランを吹き飛ばした。ガトランは剣を持ち直し、また攻勢に出た。上段、中段、下段と巧みに攻撃を仕掛けていったが、ゼハートはそれを全て見切り、ガトランの腹部に蹴りを入れた。ガトランはまた吹き飛ばされた。この差は間違いなく経験値の差だった。技量と力量も完全にゼハートが上回っていたが、それ以上に経験値が勝っていた。ガトランは諦めなかった。闘気を再び剣に込めると、渾身の一撃を放った。それをゼハートは軽々と弾き返した。そしてゼハートは大剣をガトランに向って一閃した。直撃こそは免れたが、これが致命的な一撃となった。ガトランの鎧は砕け散り、一閃された痕からは血が噴き出していた。ガトランは完全な敗北を喫したのだった。それとは打って変わって、シュテーム連邦王国の軍はゲイオス王国の軍を殲滅しつつあった。勝負には負けたが、試合には勝った…とも言える結果となったのだった。ゼハートは大剣を背に戻すと、軍の退却を命じた。ガトランは死んでいなかったが、危険な状態であった。シュテーム連邦王国の魔剣士たちがガトランを運ぶ。要塞の正面はこれでがら空きになった。魔剣士たちと魔術師たちはガトランの治療に当たった。治癒魔術で応急処置を施し、外傷はシュテーム連邦王国の医療班が処置した。ガトランは息を吹き返したが、そこに広がるのは敗北の後の空の青さであった。


「負けたのか……俺は……」

「ガトラン殿、まだ喋ってはいけません」

「負けたんだな。俺はまた……っ!」


 ゼハートに勝てなかった、また勝てなかった。その事実だけで悔しかった。次こそは勝てると思っていた。それなのに敗北した。戦争には勝ったかも知れない。だが、やりきれなかった。全てにおいてゼハートが上回っていた。それは認めよう。傷も付けた。それも認めよう。しかしどうであろう、あの一撃が直撃だったら死んでいたのは自分の方であった。ゼハートはわざと外したとは考えられない。間違いなく殺す気でいた。その真実にガトランは恐怖した。あのゼハートという男の底の知れなさに絶望した。これにも他に上がいる事を考えたら、何も考えたくなかった。ゲイオス王国とは、皇国レミアムとは一体どんな国なのだろう。そこに行きたがるゼイフォゾンは何を考えているのだろう。自分ごときが関わってはいけない事に、最早首を突っ込んだのではないだろうか。ゼハートが氷山の一角なら、尚更である。上には上がいて、更に上がいる世界。この世界はハーティー共和国と、シュテーム連邦王国が考えているよりも大いなる強大さで支えられている。ドグマ大陸とはいったい…そんな事を考えているうちにガトランはまた気を失った。

 エミリエルとレグレス将軍、ゼイフォゾンは要塞の脇を回っていた。そこには三つの門が存在していた。エミリエルは中心を攻め、レグレス将軍は左を攻め、ゼイフォゾンは右を攻めると決めた。しかし、そこには門を守る者たちがいた。二千の軍団である。指揮官は三人存在した。エミリエルとレグレス将軍が攻め入ろうとしたが、ゼイフォゾンがそれを制止した。そして漆黒の腕をかざした。二千の軍の生と死の概念を取り込もうとしたのである。ゲイオス王国の軍は次々に消滅していった。そのゼイフォゾンの姿にエミリエルはある確信を得た。この男こそが一振りの剣ではないかと。レグレス将軍も同じ意見であった。ゼイフォゾンは一気にここまでの生と死を吸収するのは初めてであった。己の力が急激に高まっていくのが分かった。その漆黒の鎧は更に禍々しく光り、その禍々しさに他の魔族は畏怖していた。まさに、正しく神の所業である。そしてゲイオス王国の軍は全滅した。消滅したのであった。ゼイフォゾンは罪悪感に浸っていた。こんなに簡単に戦争を終わらせていいものなのだろうか。人の命がこうも簡単に終わっていいものであろうか。甚だ疑問であった。己の力を確かめるべく、一振りの長剣を召喚した。すると、あの時と同じようにゼイフォゾンはフラッシュバックを起こした。儀式である。巨大な儀式であった。その儀式を執り行う者がこう言った。最強の神の物質、ランゼイターと。そしてフラッシュバックは終わった。ゼイフォゾンは認識した。この長剣の名はランゼイターであると。エミリエルとレグレス将軍はゼイフォゾンに声をかけた。そろそろ進軍するようである。

 エミリエルは宣言通りに中心を行った。レグレス将軍は左を行った。ゼイフォゾンは右を行った。三人とも何か巨大な力を感じ取っていた。特にエミリエルは警戒を解かなかった。自分の進む先にただならない気配がしたのである。レグレス将軍も自分と同格かそれ以上の存在を感じ取っていた。ゼイフォゾンは何も感じ取れなかった。この時、この要塞が激戦の現場になる事を誰も予想していなかった。左にはゼイオンが待ち構えていた。中心にはゲイオス王国最強を欲しいままにする将軍が待ち構えていた。右にはより多くの兵が待ち構えていた。それぞれがそれぞれの困難に向き合おうとしていた。それはゲイオス王国との決戦であった。シュテーム連邦王国はこの任務に生きて帰ってくる者はいないと思っていた。少なくとも政治家たちは。思惑が三人の空気を支配していた。ゼイフォゾンはガトランの身を案じていた。
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