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~皇国レミアムへの道~

~皇国レミアム復活編~ 旅路

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 皇国レミアムに向かうまで馬が必要であった。それも体力のある良い馬が必要だった。ゲイオス王国か皇国レミアムの領地に向かうまで距離があった。エミリエルもそれを承知していた。皇国レミアムの周辺諸国のバラつきはそこまで距離がなく、徒歩で二日もかければ届くような場所にあったので、馬は要らなかった。だが、皇国レミアムとはアリアドネの広陵に面して広大な領地を有している。最も近いゲイオス王国から徒歩で行こうとすれば、一週間はかかってしまうので、いつも以上に旅の準備を入念にしておく必要があった。馬を買うには充分な金は持っていたが、ゼイフォゾンは払わなかった。エミリエルが全ての準備を整えてくれていた。とてもじゃないが申し訳ない気持ちになった。エミリエルの段取りの良さはガトランのそれを超えていて、皇国レミアムの第一継承権を持つ皇女にしては中々パワーがあった。行動の節々に力強さがあり、それについてこれる人間はそういないだろう。ゼイフォゾンは人間ではないから問題なく流れに身を任せていたが、それでも単なる魔族だったら、根をあげていたかも知れない。馬の確保もできたことだし、これで大丈夫だと確信していたがエミリエルはそれでは旅の醍醐味がないとして食糧の補充を優先させた。ゼイフォゾンは食べ物の良し悪しは分からなかったので、その辺もエミリエルに目利きしてもらった。ゼイフォゾンもそれを見ながら、旅をする準備からその先の段取りまで勉強をした。ただ任せるのではなく、覚える事を優先した。


「しかし……エミリー、皇国レミアムまでそこまで時間がかかるのであれば馬は必要なのだろうが、私は馬は乗れぬぞ」

「最初は皆そうじゃ。なに、すぐに覚える……馬術の基本ぐらいなら口頭でも教えられるが、実際乗って確かめたほうが効率が良い。ゼイフォゾンならこの程度の事、簡単にできそうなものじゃが」

「私は万能ではない」

「いいや、万能の才覚がある。お前はまだまだ世界を知らぬが、世界を震わせるほどの力を既にその身に宿している。その自分がどれだけ恵まれているのか、自覚すると良いかえ?」

「そうか……厳しいな。私が世界にとってそこまで重要とは思ってない、しかしエミリーよ。皇国レミアムに行くという事は帰るという事になるが、それで良いのか?」

「良い。妾にとって丁度良いタイミングだったのじゃ……父上に再び会える、想い人と再会できる。妾はやっと本懐を遂げられるのじゃ」

「想い人、本懐……それがいるのにガトランを男にしたのだな?よくそんな事が言える」

「妾の使命じゃ。己の心に従えばこその行動、いずれお前にも分かるじゃろ」


 そんな事を話しながらエミリエルは馬に荷物を積んでいった。その荷物の多さは、徒歩で進むには持っていきすぎなところといった感じで、馬で進むには丁度良い。計算された旅支度であった。エミリエルは馬に跨り、落ち着かせながら手慣れた様子で従えていた。ゼイフォゾンも同じように馬に跨ると、見よう見真似で完璧に従えた。ゼイフォゾンは驚いていた。本当にすぐに慣れるとは思っていなかったのだ。しかし馬はゼイフォゾンの事を気に入った様子で、完全に従えていた。ゼイフォゾンはエミリエルとアイコンタクトして、いつでも行けると伝えた。エミリエルはそれに応じると、ふたりはゲイオス王国の門を抜け、駆け出していった。良い馬だけあってなかなかのスピードだったので、皇国レミアムまでは三日もあれば辿り着けるであろう。ゼイフォゾンは心の中で思った。ガトランについてである。今生の別れでは、決してない事を確認していた。また道が交わる時が来る。そうなったら、きっとガトランは更に強くなって再会できる事を約束してくれるであろう。自分ももっと大きい器になって、出会わなければなるまい。また会おう……この言葉を胸に希望を持って皇国レミアムに赴いたのだ。寂しくはあるが、それを気にしている余裕などどこにもなかった。馬にも休憩を与えないといけないので、度々立ち止まる必要もあった。エミリエルはゼイフォゾンの事を心から頼りにしているようであった。なので、ゲイオス王国の門を潜った後に立ち寄る中継地点は決めていた。

 決めていた中継地点に辿り着くと、ふたりは馬を降りて休ませた。エミリエルは食糧を手に取ると、それを食べ始めた。ゼイフォゾンもそれにならって食べ始めたが、味がしないようなものであったので、途中から手に取った食糧を眺め始めた。食べる事に執着していないゼイフォゾンは、そうすることで生活する事を覚えていった。自分のペースというものを守りながら。エミリエルはそんなゼイフォゾンを見て少し怪訝そうにしていたが、それも段々と慣れていった。中継地点での休憩中に、平穏を破壊する者が現れる事はなかったように思えた。そんな考え方は甘かったのだが……。そう、皇国レミアムの周辺には魔物の巣窟が多いのだ。エミリエルは全てを承知していた。ゼイフォゾンはそんな事とつゆ知らず、食糧を摂取していた。そんな時、休憩していた馬が鳴きだした。洞窟が近かったのだ、そこには魔物が大量に住んでいた。その魔物は洞窟を出てゼイフォゾンとエミリエルを取り囲んでいた。エミリエルはそれを無視して飲み物を飲んでいた。ゼイフォゾンは立ち上がり、馬をなだめていた。魔物は数が多く、それを指揮するのは高位の魔族であった。馬を喰おうとしているのは明白だったが、エミリエルを凌辱しようという魂胆も丸見えだったので、ふたりはやるべき事を終えてから辺りを見回した。


「質の悪い猿よりも面倒な……ゼイフォゾンや。皇国レミアムの真の力を知らぬ馬鹿どもじゃ。やりようはわかっておろうな?」

「皇国レミアムの真の力?それは私の事を言っているのか?」

「妾の力とお前の力を合わせればな。今はその事について論じている暇などない」

「暇などないと言っておきながら随分と余裕綽々なのだな?」

「お前も馬の世話をしていたではないか」

「文句としては上等だな。今はこの馬鹿どもを何とかするとしよう。エミリー」

「よかろう」

「いい女だなぁ?」

「回すだけ回して果てさせれば最高の肉便器になるぜ」

「回したら既に肉便器なんだよ。頭悪いな」

「貴様等そのものが頭が悪いのだ。来るなら来い」

「言いやがったな!クソ野郎!」


 ゼイフォゾンは煽るのが上手かった。エミリエルは魔物に知能を使う事を躊躇ったのだった。口をきくだけで虫唾が走るのである。そういうところだけは皇女らしく、汚らしい状況は早く脱したかった。魔物たちがじりじりと近づいてくる。それをゼイフォゾンとエミリエルは下等生物を見るような目で見ていた。ゼイフォゾンは神剣ランゼイターを召喚した。エミリエルは居合刀に手を置いた。馬を奪われるわけにはいかなかったので、ふたりはそれぞれ距離を取った。ふたりからすれば雑魚たちがいきがっているようにしか思えなかった。距離感が詰まってきたところで、魔物が一斉に襲い掛かってきた。ゼイフォゾンが神剣ランゼイターを薙ぎ払うと、その衝撃波が扇状に広がった。それに巻き込まれた魔物たちは微塵も残さず消えていった。数にして二百はいたはずの魔物たちだが、半数はそれで吹き飛んでいた。エミリエルにも襲い掛かった魔物は疾風に巻き込まれ、たちどころにバラバラになっていった。魔物は全滅していたが、高位の魔族は洞窟に戻っていったらしく、しばらく出てこなかった。その魔族が洞窟から出てくるまでゼイフォゾンとエミリエルは警戒を解かなかった。エミリエルが身構えていたからである。高位の魔族はまた新しい存在を連れてきた。

 魔神である。魔神とは、高位の魔族が進化した存在で、知能は人間よりも高く、その戦闘能力は竜族以上で、剣術と魔術、それに不可解な力まで操るという。エミリエルがこの魔神の存在を感じていたからこそ、警戒を解かなかったのである。姿はそこまで巨大でもなく、人間よりも少し大きいくらいで、ゼイフォゾンとそこまで変わらなかった。両手には長剣を、外套と仮面によって得体の知れない雰囲気を醸し出しており、その佇まいは独特であった。中継地点はエミリエルの知らないうちに魔神が支配する洞窟になっていたらしい。皇国レミアムには魔神と呼ばれる存在は一介の兵士として扱われており、重宝されているらしかった。そこからはぐれた魔神だったのであろう。エミリエルは油断せず、居合刀から手を添えたままであった。ゼイフォゾンは神剣ランゼイターを召喚したまま、魔神が何かしても対応できるように目を逸らさなかった。


「魔神が洞窟の主だったとはのう。見た目には分かりにくいが、しぶといぞえ」

「高位の魔族が進化した存在と言ったが、あの下等生物たちを従えていたにしては精悍な佇まいだな」

「魔族は魔族じゃ。魔神になっても性根は変わらない……高い知能を持ってはいても下劣なのは特にな」

「なるほどな……言葉は通じてもそれに応じるのは注意が必要、というわけか」

「俺の部下を全滅させたか。瞬く間に……それにその姿は、エミリエル将軍ではないですか。皇国レミアムから離れて何をしていた?」

「お主には関係のない事じゃ。その汚らしい精神を見抜かれたから皇国レミアムの兵にもなれなかったのじゃろう?おおよそ、下等生物と徒党を成して冒険者たちを狩っていた……女がいれば犯しての繰り返し。くだらん真似をするものよ」

「そっちの男は人間ではないな。だからといって魔族とも違う、噂の一振りの剣か?」

「その名で呼ぶのは止してもらおう。私はゼイフォゾンという名がある」

「魔神様、さっさと殺しちゃいましょうよ」

「洞窟に戻ろう。部下を全て失って、エミリエル将軍と事を構えるのはまずい。今度こそ皇国レミアムに裁かれでもしたら我々の存続が危ぶまれる」

「ほう、力量を正しく測れるのだな?流石は魔神じゃの」

「戦わずして己の戦力を蓄える……か」

「早く帰れ……我々を巻き込むな」


 魔神とそれに付き従っていた魔族が洞窟の奥へと消えていった。エミリエルとは皇国レミアムの将軍である事もここで知れた。ゼイフォゾンはエミリエルの事を怪訝そうに見つめた。まさか皇国レミアムの将軍と旅をしていたとは思わなかったのだ。皇女という立場以前に、皇国レミアムの軍に関して重要な情報を既に持っている立場の存在が、こんなにも身近にいたという事に驚いた。だが、合点があった。皇女という立場でありながらあの強さを誇っているのは間違いなく将軍という立場だからだと納得できた。ゼイフォゾンは考えを整理した。そして馬に跨った。休憩は終わりである。エミリエルも馬に跨った。そして皇国レミアムまで駆け出した。夕焼けがゼイフォゾンの顔とエミリエルの顔を照らしていく。ふたりは絆こそ細かったが、美しかった。馬は軽快に飛ばしていく、それは皇国レミアムまですぐに着きそうな……そんな速度であった。次の中継地点を決めてはいたものの、そこが安全かどうかは保証がない。仕方なかったが、馬は休ませないといけないし、野営をしないといけなかったので夜を越えるしかない。

 皇国レミアムまでの道は険しかった。次の中継地点で休憩して、そこを野営地にする事を選んだのだが、近くに洞窟はなかった。しかし、他にも野営地として選んだ者たちがいた。皇国レミアムの兵士たちが国境を警戒していたのだと分かった。エミリエルはそこに野営する事にした。皇国レミアムの兵士たちがエミリエルを認めると、すぐに立ち上がり、敬礼した。しかしゼイフォゾンに対しては冷たかった。一振りの剣というだけで、まるで敵のような目で見てくるのだ。ゼイフォゾンはそれにどのような真実が隠されているのかを知る術がなかった。エミリエルにも聞こうと思ったが、何も答えてはくれなさそうだ。ゼイフォゾンは苦しい心境にあった。ストレスで人間は死ぬような事をどこかで聞いた事があるが、それに似た感覚なのだろうか、ゼイフォゾンは悩んだ。


「……まったく、一振りの剣だとよ」

「皇国レミアムの原罪がよ」

「この世の原罪だ。生きている事そのものが罪なんだよ」

「一振りの剣とは言っても……」

「よくあのエミリエル将軍が連れてきましたね。皇国レミアムに着いたら一振りの剣はただではおかない。本国の将軍たちもそれは分かっているはずなのに、エミリエル将軍は……」

「妾のやり方に異を唱える者はここへ……腑抜けども」

「いいえ、エミリエル将軍。分かってますとも」

「妾は気が短い。口のききかたに気を付けるのだな」


 エミリエルはゼイフォゾンを全力で庇うつもりでいた。皇国レミアムの将軍として助けると思って行動していた。ゼイフォゾンは自分がどう思われているのかは知っていた。どうやら皇国レミアムでは自分は良く思われていないらしい。ゼイフォゾンはそういう事には慣れていた。魔族でも何でもないが、かと言って善良な者であるのかも分からない。正直言って、ゼイフォゾンは皇国レミアムに踏み入る事を少々躊躇っていた。真実に限りなく近づいているのは分かる。しかし、その真実に向き合うのが怖くなっていた。エミリエルはそんなゼイフォゾンの気持ちを良く分かっていた。皇国レミアムには将軍と呼ばれる存在はあと何人いるのだろう。エミリエルを含めて、このレベルの実力を持った者が、それ以上の者がいるとして、それをまとめている帝王が玉座に座っている。凄まじい国力と戦力を保有している。神の領域に達した錬金術を自由自在に使う。その歴史は深く、遠大である。そんな国に入国するのだ。それも歓迎されない形で。これからどうなるのか……ゼイフォゾンは怖くなっていた。

 ゼイフォゾンは、エミリエルに話しかけた。自分の不安を解消するべく……ではない。皇国レミアムとは具体的にどのような国で、自分はどのように思われているのか。それを具体的に知りたかったのである。しかし、エミリエルはあまり気乗りしないようで、話しかけてもはぐらかすばかりであった。最終的には父上に直接聞いたほうがいいと言って聞かなかった。ゼイフォゾンはそんなはっきりしない不透明な状況に四苦八苦していた。こんな事になるなら、周りの人間のように眠って忘れたかった。だが、ゼイフォゾンは眠らなかった。眠る必要がなかったのである。それはいつもの事であるが、やる事と言えば馬をなだめるくらいである。他の皇国レミアムの人間と喋るのは間違いなく自殺行為である。誰ひとりとして口をきいてくれはしないであろう。最悪な雰囲気のまま、朝を迎えなければならなかった。


「私は……どうしてこのようにして生まれたのだ。望まれぬ存在なのに、どうして生まれたのだ。この世は私を必要としていない。それだけで充分であろう。どうして真実を知るのがこれほどまでに怖いと感じるのだろう。エミリエルは何も答えてはくれない。だがどうだ、エミリエルは何も知らないとしたら?知っているのが帝王ゴーデリウス一世だけだとしたら?それでも私は……」


 陽が昇った。光がゼイフォゾンを包む……その姿、神々しさは全てを凌駕するほどに完璧であった。その左右非対称の純白と漆黒の鎧は輝きを増し、真紅の外套は風でなびき、ブロンドの髪、黄金の瞳。これまでになく整っていた。物憂げなその表情には苦難に満ち溢れていた。その姿を、エミリエルはじっと見つめていた。これから始まるゼイフォゾンの絶望を予見しながら、エミリエルはゼイフォゾンの美しさをじっと見つめていた。ゼイフォゾンは未来の事は全く分からなかった。それでもいいと思っていた。この先、どうなってもいい。ただ、ほんの少しの救いさえあればいい。あまり期待はせずに、ただ目の前の事を受け止めていこう。それしかできない。自分の力は今、あらゆる奇跡を否定する神剣ランゼイターを召喚する事のみ。そして自然と身に付いていった剣術、付け焼刃の軍略……それだけである。そんな事を考えているうちに、時は過ぎていった。そして皇国レミアムの兵士たちの野営地が片付いていくのが分かった。どうやら移動するようである。ゼイフォゾンもエミリエルと野営を片付けていった。

 皇国レミアムまであと少しといったところだろう。ふたりは馬に跨り、駆け出していった。もう既に、皇国レミアムの領内に入っていたのではあるが。皇国レミアムの本国に辿り着くまであと二日もあれば大丈夫であろう。その間に数々の集落が見えてきていた。大国となると、規模が違う。ハーティー共和国とも違う。シュテーム連邦王国とも違う。ゲイオス王国とも違う。独立しているわけでもなく、本国を中心として領内があり、その広大な土地を人で満たしている……といった状態。ゼイフォゾンはその集落の間を縫うように、エミリエルと駆けていった。その集落の人々は貧しい格好をするわけでもなく、安定した生活を送っているように思えた。その人々がエミリエルを認めると、手を振って挨拶していた。やはり故郷である皇国レミアムでもエミリエルは姫としてカリスマ性があるようだ。ゼイフォゾンはその事についてあまり興味を示さなかったが。

 本国まで着くのに、休憩を取るには丁度良い集落があった。馬を世話してくれる人間もいるようであった。そこで休息を取る事にして、ふたりは馬から降りた。


「随分と距離があるのだな。馬を使っても大陸は大陸といったところか。エミリー、集落に魔物が襲い掛かってくるなんて事があるのか?」

「ない。集落に魔神を常駐させているのじゃ」

「魔を以て魔を制すか……」

「レミアムだからこその魔神の使い方じゃな。なに、あのはぐれ者の魔神とは違って国に忠誠を誓っておる魔神じゃ。安心するがよい」

「ゴーデリウス一世とは相当の力があるようだな」

「七英雄最強の古代文明覇者。それが父上じゃ」

「七英雄……か」


 集落の宿で休息を取りながら、ふたりは話をしていた。エミリエルはゼイフォゾンに同情していたようにも感じる。そして、時間は過ぎていった。ゼイフォゾンは珍しく酒をあおっていた。酔いもしないのを承知しながら。エミリエルはそれを見ながら、食事していた。あと少しである。真実が隠されている皇国レミアムまで。
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