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~皇国レミアムへの道~

~皇国レミアム復活編~ 討伐

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 ゼイフォゾンはエミリエルとの再びの邂逅を受け、歩みだした。ゼイフォゾンとエミリエルが同じ宿だったのは単なる偶然である。しかし、ゼイフォゾンを見つけたのはエミリエルの方であった。エミリエルは魔族のみならず、人間の気配は言うに及ばず、それ以外の存在を察知するのは得意な方だった。気の流れを読むのは朝飯前といったところで、流石は皇国レミアム第一継承権を持つ皇女である。半身が神のエミリエルの独壇場といったところだろう。ゼイフォゾンはエミリエルの底知れない力を感じ取っていた。分かっていた事だったが、この世に存在する女の剣術家のなかでは間違いなく頂点を極めるであろう。それだけではない、エミリエルの保有する魔力は桁違いだ。そんな彼女は世界でも有数の絶世の美女である。カリスマ性もあり、父親である七英雄デスロードの血を極めて濃く受け継いでいる。そんなエミリエルがゼイフォゾンに興味を示した。ゼイフォゾンはエミリエルを部屋に入れると、エミリエルはその美しい黒髪をなびかせながら、椅子に座った。並の男なら我慢などできない状況なのだろうが、ゼイフォゾンは違った。彼は人間とも魔族とも違うまったく別の存在である。

 ゼイフォゾンは、一振りの剣。神の如き存在であるかはまだ分からないが、その正体を確かめるべく皇国レミアムに行かねばならない。エミリエルはその皇国レミアムの第一皇女。もしかしたら協力してくれるのではないか。ゼイフォゾンは、ある種の希望を見出していた。ガトランと別々の道に進んでいった。これから自分には仕事がある。依頼を受けたのだ。岩山に棲む竜を討伐するという仕事が。ゼイフォゾンは、神剣ランゼイターを用いれば間違いなく倒す事ができるであろう……そう踏んでいた。間違いなく、なんの矛盾もなく倒せるだろう。ささやかな慢心である。それはそれで仕方のない事であった。何故なら、ゼイフォゾンは人智を越えた力をその身に宿している事を自覚していたのだから。そう、エミリエルはその慢心を見抜いていた。相手は竜である。魔族や人間、吸血鬼といった種族がいるなかで、竜とは間違いなく最強の部類に入るものである。油断して勝てるものではない。それを伝えておかなければいけない。

 何故、それを伝える必要があるのか……エミリエルはゼイフォゾンに黙って、ゼイフォゾンと同じ依頼を受けたのだ。ガトランは前を向いている。しかしゼイフォゾンはどうであろうか。彼は自分の強大な力に溺れかけてはいないか。再会したところで、そんなゼイフォゾンをガトランが認める訳がない。ガトランの将来を誰よりも心配していたのは実はエミリエルだったのかも知れないのだ。その気持ちを受け入れるように、エミリエルは行動していた。ゼイフォゾンはそんな彼女の気持ちを知る術がなかった。エミリエルは椅子に座りながら、脚を組んでその麗しき素肌を露わにした。そして口を開いた。


「岩山の竜は、ゼイフォゾンや。今のお前のままでは倒しきれる相手ではない」

「なに?私の力が通用しないとお前は言いたいのか?私の神剣ランゼイターはあらゆる奇跡を否定する力を持つのに、それが通用しないと?」

「お前の剣は強大極まる力を発揮する。それは肌で感じたのじゃ。しかしそのままでは竜は倒せまいて、竜は戦い方次第でどのような状況にも転ずる事ができるぞえ。ゼイフォゾンや、生まれたばかりのお前にはそれを学ぶ必要があるのじゃ。良いか?」

「私の膂力はどのような物質をも両断できるであろう。正面から攻める……それに問題があるというのか?」

「ある。戦術、戦略……そうじゃな、軍略を学ぶとよい。これを学べば、攻略する算段もつく。戦うのにこれは必須なのじゃ。ガトランの頭はそれをよく分かっておったのじゃ。お前はそれに助けられてきたのじゃろう。妾が教えてやる。それさえできればゼイフォゾンや、お前に着いてくる者もできてくる。未来の為にも竜の攻略方法を練るぞ」

「……よかろう。私とエミリーでも手こずる相手であるその竜の倒し方を研究しようではないか。で、どうするのだ?」

「明日、情報を集める。妾とともに行動してもらうからの」

「わかった。ありがとうエミリー」


 エミリエルは、ゼイフォゾンが宿泊する部屋を出た。ゼイフォゾンはそれを見送ると、深いため息をついた。自分はある意味、究極の力を、絶大な力を有する者だと自負していた。しかし、その自負はあまりに急ぎ過ぎたのかも知れない。このコル・カロリには様々な種族が住んでいる。ドグマ大陸のみならず、インペリウス大陸にも、ライナス大陸にも。竜だけではない、七英雄と呼ばれる神の如き力を持つ強者までもが、国を支配している。それに付随する戦士や魔術師も、エミリエルを見れば分かるが、凄まじい力を持っている。上には上がいる……そう認識せざるを得ない。ゼイフォゾンは自分だけが特別ではないと思い知った。頭を使って敵を追い詰めていく、軍略という手を初めて聞いたのだが、それと己の武力を組み合わせると想定外の事態を招いても冷静に対処する事ができる。そうすれば、おのずと人が自分のもとに集まり、率いていく存在になれるかも知れない。名実共に究極の力を手にするという事は、きっとそういう事なのかも知れない。ゼイフォゾンはそう考えた。

 それよりも皇国レミアムに辿り着くのはいったいいつ頃になるのだろうと考えた。ドグマ大陸最強最大の国、皇国レミアム。そこにはどのような者たちがいるのかは見当がつかないが、このゲイオス王国の将軍たちが憧憬を抱くほどの存在がいるとなれば、それはそれで楽しみだ。だが、馬鹿は相手にしてくれなさそうだ。その為には、軍略を駆使できるほどに知略を磨かなくてはいけない。エミリエルの導きによってこの先どうなるのか。それは分からないが、だが信じるしかあるまい。ゼイフォゾンは今日も眠らなかった。ひたすら起きていた。何故なら、眠る必要がなかったからである。起きているというよりは、それが常態化していた。ゼイフォゾンは自分がどのような力を持って生まれてきたのか。神剣ランゼイターのみの力を行使できたのならまだしも、それだけであれば悪魔と一緒ではないか。窓には相変わらず満天の星空である。夜は一生続くように思われた。だが時は無情にも過ぎていく……当たり前であった。そうしているうちに陽が昇ってきた。

 朝の陽の昇り方は好きであった。時間はもう誰もが朝食を摂る時間である。ゼイフォゾンの顔は美しかった。ブロンドの髪は風でなびき、より一層神々しく見えた。そして、部屋の扉をノックする音が聞こえた。エミリエルの声が聞こえた。


「ゼイフォゾン。約束を果たしに行こうぞ」

「そうだな。私一人では竜は倒せないのであろう?」

「そうは言っておらん。妾はこの先に待ち構えているであろうお前の艱難辛苦を助けになればと思っているだけじゃ。ガトランと別れた今、お前に必要なのは頭脳じゃ」

「待て、何故……何故ガトランと別れた事を知っている?」

「ガトランに会ったのじゃ。それで話を聞いた。まさかゲイオス王国で戦う術を身に付けるとは思わなかったがの……でも、あのゼハートとゼイオンとラーディアウスが面倒を見るのじゃ。相当強くなって帰って来るであろう。妾も楽しみじゃ、あのガトランが五年の修行に入り、もしかしたら一国の将軍クラスか、それ以上の強さを引っさげてまた会う事になろう」

「……で、あろうな」

「先ずはゲイオス王国の商人たち、そして作業員に情報を聞き出す。戦士たちに聞いても埒が明かないのは知っていよう。あの馬鹿どもは同じ情報しか共有しておらんのじゃ。しかしベクトルを変えてみればよい。そろそろ分かってくるとは思うが、商人や作業員たちはそれぞれの最新の情報を共有している。そして、目で見て耳で聞いた情報を寸分の違わず掴み、ネットワークができている。そこの新鮮な情報に嘘はない。ゼイフォゾンや、行くぞえ」

「なるほどな。つまり戦う事を職業にしている者たちよりも、それ以外の者たちの情報は特化しているから糸口が見つかりやすいという事か」

「そうじゃ」


 ゼイフォゾンとエミリエルは宿を出た。町ではこの二人は途轍もなく目立った。しかし、そんな事はエミリエルにとってはどうでも良かった。ゼイフォゾンは布を買いたかったが、そういうところで金は使うものではないとガトランに言われたばかりなのを思い出した。堂々と歩いてこその旅である。その旅路を謳歌できるか否かは、現実的な計画を立てて金も然り、準備も然り、バックボーンがしっかりしてないといけない。それで堂々と歩けるのだ。ゼイフォゾンはエミリエルに習って、目立たず歩くのではなく、そのまま歩いた。エミリエルもそうしてくれた方が助かった。そして、ゼイフォゾンとエミリエルはある計画を立てた。ゼイフォゾンは作業員を、エミリエルは商人と決めて情報を持ってくることを約束した。その場で別れたふたりは各々、やるべき事を果たしていった。

 そして、情報は出揃った。それによると、岩山の竜の巨躯の持ち主は親であり、それ以外にも小型の飛竜が存在しているという事。それはおそらく子供で、それでも人間や魔族に比べたら強力な部類に入るらしい。唯一、飛竜の方はブレスを吐かないところが違いである。ただ素早いので、囲まれたら厄介である事。個の力が強くてもその連携を崩さなければ全滅は免れないであろう事。そんな情報を得ていた。ゼイフォゾンは思った。ひとりで行くような自殺行為を、自分はしていたのかと。あまりの自分の思慮の浅さに腹が立ってきたところである。エミリエルは状況を把握するのが特別上手かったので、話の整理をする事ができていた。


「なるほど……私の見立てでは、ここは固まって動くよりも、中継地点を決めて合流し、その間は飛竜の始末をしていくのはどうであろうか。エミリー」

「良い判断じゃ。ならば、準備せねばの……爆薬を用意して麓の絶壁を崩し、竜を活性化させる方法がいい。起きてこなかった飛竜が万が一生存して、親になった場合がまずい。一匹残らず駆逐するにはいぶり出した方がいい。登山道を構築するのじゃ。いずれ、あの岩山は鉱山になる予定……道を作る事でその一助にもなろう」

「つまり陽動も決着も開拓も一手に引き受けるわけだな?」

「徐々に……じゃがな。だが妾とお前ならば可能じゃ。あの剣は使えるのかえ?」

「ランゼイターは完全に私のものだ。暴走する事はない」

「なら……良い。またあのような破壊の化身になられては妾も敵わんからの」


 あの時のゼイフォゾンはまさに破壊の神だった。そして、エミリエルとラーディアウス、ゼイオンとレグレスの四人がかりでも止める事はできなかった。あの時の殺戮と破壊を目の前にしたエミリエルは、それだけが心配であった。あの時見せたゼイフォゾンの神懸かり的な剣術も、その破壊衝動が原因で手にしたものなら、今はどうであろう。あの時の強さを常時発揮できるだろうか。エミリエルの読みが正しければ、ゼイフォゾンの今の戦力は数十万の軍勢に匹敵するであろう。竜や邪神といった類いの超大な力を持つ存在と効率よく戦う術さえ覚えれば、この先どのような事があっても大した障害にはなるまい。戦いの基本と応用さえ身に付ければ、ゼイフォゾンは指揮官としてより良い存在となる。エミリエルは、ゼイフォゾンが一振りの剣である事に気付いていた。その一振りの剣に秘められた力は未知数だったが、ゼイフォゾンを見ていれば分かる。彼はもっと強大な何かを秘めている。

 ゼイフォゾンとエミリエルは岩山まで行く準備をしていた。爆薬は持った。ふたりはゲイオス王国から出て、岩山に向かった。岩山と言えど、巨大な高地であった。道自体は開拓されていないものの、人が登れる段差がいくつもあった。脆そうな箇所に爆薬を設置して、道を作ることにした。竜はまだどこにもいないのか、出てこなかった。おそらく、突然の訪問者に警戒しているのかも知れない。爆薬は魔力を伝達して誘爆させる事ができる仕様で、爆発のタイミングはエミリエルに任せていた。ふたりは設置を終えると、一旦下山し、爆発させるタイミングをカウントした。竜はまだ活性化していないようであった。エミリエルはすかさず、右腕に魔力を込めた。すると爆発していった。誘爆が誘爆を生み、巨大な岩山は砕けて、そこに道ができた。轟音と共に、飛竜たちが一斉に飛び出してきた。そして岩山の頂上に鎮座していたのであろう竜が、首を出してきた。ふたりは決めた中継地点を目指すべく、それぞれの道を駆けあがっていった。飛竜たちがふたりを殺そうと襲い掛かって来る。ゼイフォゾンは並の魔族よりも強力な飛竜を大量に相手にしながら、進んでいった。一匹ずつ、確実に仕留める方法なら、飛竜は倒せた。神剣ランゼイターの攻撃力は、斬る度に上がっていくように思えた。徐々にだが、飛竜たちは一匹残らず駆逐されていった。

 エミリエルは自分の居合刀で確実に斬り伏せていった。その速度はゼイフォゾンよりも速く、それでもなお余裕がありそうであった。


「この数、確かに戦士たちは近付きたくない岩山じゃのう。蛆の如く飛竜が沸きおるわ」

「このまま進めれば中継地点か。あの竜、首を出したまま動かない……こちらが弱るのを待っているのか?だとしたら」

「大間違いじゃ。妾もゼイフォゾンもこの程度では済まぬ故」

「ランゼイターよ……より多くの魂と力を喰らえ。森羅万象の頂点に君臨せし剣よ、私にその力を示せ。暴虐を振るう時は今ぞ!」


 神剣ランゼイターの刀身が呻き声をあげる。その度に飛竜たちが真っ二つになっていき、攻撃力が無限に上昇していくのが分かった。そして、飛竜たちの生と死の概念が神剣ランゼイターに喰われていくのも分かった。ゼイフォゾンはその力を己の物とし、存分に振るっていった。暴走することなく、ひたすら飛竜たちを両断していった。エミリエルはもう中継地点へと辿り着いたらしい。エミリエルの進んできた道に飛竜はそこまでいなかったらしかった。しかし、その分ゼイフォゾンを狙う飛竜たちが多かった。流れてきたと言えば正しいのかも知れない。そうしているうちに飛竜たちを駆逐し終えたふたりが中継地点で合流した。頂上に鎮座して首を出していた竜が、その中継地点を見ると、翼を広げて、急降下してきた。中継地点は広かったが、その竜が着地した瞬間、狭くなった。それだけの巨躯を誇っていた。ゼイフォゾンは初めて竜を間近に見た。確かに隙のない姿形をしていた。

 エミリエルはその姿を見ると、不敵に微笑んだ。竜は大きく口を開くと、そこからブレスを吐いた。ゼイフォゾンとエミリエルは高く飛び上がり、それを回避した。そのブレスは当たれば石化してしまう凶悪なものである。ゼイフォゾンは受けてもびくともしないつもりだったが、一応受けるのは避けた。エミリエルはその姿を見て、ゼイフォゾンが戦いの中で成長していくのを肌で感じ取った。竜も飛び上がって、尻尾を使い、薙ぎ払ってきた。それをゼイフォゾンがエミリエルを庇うように神剣ランゼイターで合わせる。竜の鱗と神剣ランゼイターがぶつかり、鈍い金属音が響いた。凄まじい力を持っていると認識したゼイフォゾンは何とか態勢を整えると、その後ろからエミリエルが竜の頭蓋に向って抜刀した。ゼイフォゾンの体をすり抜けて飛ばした斬撃が竜の頭蓋に当たると、竜は落ちていった。確実にダメージが入っている証拠であった。


「砕く……ランゼイターよ。頭を割るぞ」

「ゼイフォゾン、あの翼と爪に気を付けるのじゃ」

「言われずとも……!」


 ゼイフォゾンは降下していく竜を捉えると、それを追って自身も降下した。そして神剣ランゼイターを構え、竜の頭蓋めがけて振り下ろした。それは直撃して、確かに竜の頭蓋は砕けたが、竜はまだ生きていた。翼で突風を起こし、爪で反撃をしてきた。ゼイフォゾンはそれを受け止め、また吹き飛ばされたが、様子を見ると竜はまだ苦しんでいるようであった。エミリエルは斬馬刀を抜くと、竜の翼の付け根に向って一閃した。翼が切り落とされ、飛べなくなった竜はあたり一面にブレスを吐いた。それを避けて、高所へと移ったふたりはそれぞれ得物を構えて、竜に飛び掛かった。斬馬刀を首に向って一閃し、神剣ランゼイターは見事に胴体を一閃した。丁度、ゼイフォゾンとエミリエルは切り結んだ形になった。かくして、岩山の竜は討伐できたという事である。ゼイフォゾンは思った。たったひとりで竜を討伐しに行っていたら、討伐して終わりだったのだろうが、大局を見渡せばその後の展開を想像しなくてはいけない。エミリエルがいてくれて助かったと心から思っていた。

 ふたりは下山した。ゲイオス王国において最高レベルの難易度を誇る依頼をこなしたのだ。それも完璧な形で。ゼイフォゾンとエミリエルはそのまま入国し、ギルドに入り、報酬を受け取った。エミリエルも受け取ったのだが、その全てをゼイフォゾンに渡した。彼女にとって報酬など、どうでも良かったらしい。ゼイフォゾンはその報酬の使い道をガトランと相談したくなってきた。しかし、ガトランは今、ゲイオス王国で修行する身である。いつまでも頼っていられない。エミリエルに聞くのも、それはそれで違う気がした。ゼイフォゾンはゲイオス王国を出て、皇国レミアムに向かう為、旅の準備をした。エミリエルも向かう先は一緒だったので、ゼイフォゾンの道案内をすると言っていた。この先に待っている過酷な運命に、ひとりで挑むのはいささか無謀である。

夕日が、ゼイフォゾンの美しい顔を照らした。明日には、遂に皇国レミアムに到着できるであろう。ゲイオス王国からは近い。そして、真実に辿り着く日も近かった。
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