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~皇国レミアムへの道~

~皇国レミアム復活編~ 別離

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 ゲイオス王国……武闘と剣術で栄えた国。国自体の規模はシュテーム連邦王国よりも小さいが、三人の将軍が軍を率いている。その兵の練度は凄まじく高く、軍としての総力は皇国レミアムに迫ると言われているほどである。ハーティー共和国のスパルタンの兵士の練度など比べ物にならない。その一人ひとりが他を圧倒して屈強、剣術の腕は言うに及ばず、体の鍛え方に至るまで地獄の訓練をしなければならない。そのゲイオス王国の気概を象徴するように、三人の将軍は皇国レミアムの傘下に入ることを希望した。皇国レミアムの将軍であるアルティス・ジ・オードの武を垣間見た瞬間、この男には勝てないと踏んだのだ。そう、敵として見ていた国の将軍の憎き武を見て、それが憧憬に変化したのだ。その瞬間から、ゲイオス王国は武を尊ぶ皇国レミアムと運命を共にすることを誓ったのだ。美麗無双のゼイオン、剛力無双のゼハート、剣神ラーディアウス、この三人の将軍の実力は人類として見ても最高クラスの腕を持っていた。特にラーディアウスの剣術は人類最強を自負するだけあって、鬼気迫るものがあった。それぞれの指揮能力も桁違いに高く、あのシュテーム連邦王国の魔剣士たちの軍勢よりも士気が高く、統率が取れていた。そんな国にゼイフォゾンとガトラン、ゼハートとエミリエルが入った。エミリエルはどうやら皇国レミアムについての情報を聞き出すべく酒場に向かうらしい。入国してからエミリエルは三人から離れていった。そしてガトランはゼハートに促され、どこかへと向かっていった。そしてゼイフォゾンはひとり取り残された。金はガトランと半分に分けていたので、手持ち無沙汰ではなかったが。そういうわけで、ゼイフォゾンは近くのギルドを探した。町の雰囲気はとても良かった。皇国レミアムから援助を受けているとは言え、町には活気があった。そしてこの町を歩く兵士たちは皆、古強者に見えた。ゼイフォゾンは町で一番大きなギルドを見つけた。仕事をしなければいけないと感じていた。何故なら、ガトランは金遣いがとても現実的だったからだ。加えてゼイフォゾンは荒かった。手持ちの金はあったらあった分だけ使ってしまうのがゼイフォゾンだった。そろそろ仕事して増やさないといけない。大なり小なり、稼いでおかないと後でガトランに何を言われるか分からない。ギルドにはたくさんの人間がいた。そして魔族も存在していた。シュテーム連邦王国と同じく、ゲイオス王国は魔族に対しても寛容だった。ゼイフォゾンは歓迎された。同じ魔族と思われたらしい。


「いらっしゃいませ。シュテーレンベルグへようこそ。このギルドは初めてですね?」

「その通りだ、私は仕事を探している。ここはどうやって仕事の依頼を受ければよいか?」

「皇国レミアムでの仕事も同時に扱っております。ゲイオス王国の仕事そのものは扱ってはおりますが、どれも難易度が高い依頼になっております。どうなされますか?」

「難易度が高いのならばきっと報酬は多いのだろ?」

「その通りでございます。では紹介しましょう。ゲイオス王国のギルドは登録の必要がありますので」

「では頼む。私は少々急いでるのだ」

「ではこの書類にサインを」

「これでよいか?」

「えぇ、結構です。では登録完了です。仕事は多岐にわたります。ゲイオス王国からほど近い場所に岩山がありまして、そこに住まう竜を討伐していただく依頼がございます。報酬は随一ですが、何せ竜が相手となると人類や魔族であっても手が出せないのです。しかしそこの岩山は鉱山にする予定の場所なので、国としては確保しておきたいのです。この依頼の難易度は最高レベル、受ける者はほとんどいません」

「将軍たちに討伐させないのか?」

「今は戦時中ですから……」

「ではその依頼、私が受けよう」

「正気ですか?あなたがいくら魔族と言えど、相手は竜ですよ?」

「私しか達成できぬであろう。この依頼を受けよう。手配してはくれまいか?」

「かしこまりました」


 ゼイフォゾンは自身を一振りの剣だとは明かさなかった。そうしたほうが何かと都合が良かった。ゲイオス王国そのものがゼイフォゾンに対して憎しみを持っていないとは言え、ゲイオス王国の住人はどうであろうか。自分を脅威として見ているのではないか、そう考えていた。それは間違いではなかった気がする。あのギルドの男だって、自分が話しているのが一振りの剣であったと気付いていたら、ギルドから追い出していた可能性も高い。なら単なる魔族として依頼を受けるのが無難であろう。これで首尾よく竜を討伐できたら、この先余裕ができるであろう。だがこの考え方がゼイフォゾンの浪費癖を加速させる要因にもなっているのだった。ゼイフォゾンはそれを自覚していなかった。しかし竜という種族を相手するのは初めてだったし、それに関して情報が欲しかった。竜という種族はどのような攻撃をし、どのような防御をし、どのような速度で動くのか、知能は高いのか、どれほどの大きさなのか。ゼイフォゾンはギルドで水を飲んでいる兵士に聞いてみた。


「君に聞きたいことがあるのだが」

「ん……?なんだい?」

「あの岩山に棲む竜とはどのような存在なのか、私に教えてはくれないか?」

「岩山に棲む竜は別名、岩鋼竜と呼ばれていてな。鱗は鋼のように固い。それでいて爪はあらゆるものを叩き斬っちまう。ブレスにかかっちまうと石にされて、デカいうえに飛べば速い。人間も魔族も簡単には手が出せないのが竜ってやつなのさ。俺が聞いたのはそれぐらいだ。ここのギルドにいる連中なら誰もが知っている情報さ。あんた、新顔かい?」

「そうなのだ。私はここに来たばかりでな、知りたかった事は聞けたようだ。ありがとう」

「ゲイオス王国の将軍が、ラーディアウス将軍がいればきっと駆逐されているんだろうけど、あのお方は多忙を極めているからな。あの竜の討伐に行くんならやめときな。悪い事は言わねぇ」

「忠告は聞いておこう。感謝する」

「じゃあな、魔族の新顔さん」


 聞いてみれば隙のないものだと感心していた。竜という種族のステータスは何もかもが高い。それ上に巨躯であるという。なるほど確かに人間と魔族が徒党を組んでも相手にしたくないわけだ……と、ゼイフォゾンは思った。ブレス……息を吐かれたら石になる。石になったところを爪で割られたら即死だ。いかにゲイオス王国の将軍であろうとも、苦戦する可能性は高いだろう。いくら考えても埒が明かないので、仕方がなかった。だが確証はあった、勝てるであろう確証が。神剣ランゼイターならばいかなる物質であろうとも両断できる。ゼイフォゾンからは恐怖の表情は感じ取れなかった。それが油断である事も気付いていないように見えたが。ゼイフォゾンの力の強大さが増すスピードは目を見張るものがあったが、それが精神の強さに繋がる事はなかった。ゼイフォゾンは生まれて間もないのである。それは仕方なかったが、ガトランの成長に気を取られ過ぎていた。己の問題は後回しになっていたゼイフォゾンは、少々の慢心と共に、ゆっくりと歩みだした。ガトランはどうしているだろう。それが気掛かりだった。


「ゼハート、どこに行くんだ?」

「心配するなガトラン。ここは剣術の国だぞ、やることは一つだ」

「ん?……ここは」

「ゲイオス王国の道場だ。門下は全てゲイオス王国の兵士となっている。今監督しているのは、あぁ運が悪かったな。ゼイオンだ」

「あの男が、ゼハートと同じゲイオス王国の将軍か」

「話を勝手に進めるな」

「いいじゃないか。ドグマ大陸きっての天才少年を育てられるんだよ?」

「ゲイオス王国が俺の事を欲しがっている理由が分かった気がするぞ。なるほどな、俺の事を鍛えるつもりで入国させたのか。おい、その期間はどれくらいで見ている?」

「そうだな……五年、といったところか」


 耳を疑いたくなるような期間だった。五年という月日を重ねて自分をどう鍛え上げていくつもりなのだろう。その条件を呑むとなればゼイフォゾンの旅から外れる事にもなりかねない。いや、このままいけばゼイフォゾンとは別れを告げなければいけない。心苦しいのは、この先で待っているであろうゼイフォゾンの苦難に自分が支える事ができないこと。ゼイフォゾンの金遣いの荒さも含めて何とか支えたいのに、それができなくなる。ガトランは思った、この先、自分はゲイオス王国で剣術と勉学に励むことになる。もしもそうなればガトランは覚悟を決めねばならなかった。ガトランは迷っていた。剣術と勉学をゲイオス王国で行うなら、ゼイフォゾンにはこれから自分の同行なしで進んでもらわねばいけない。しかし、断る事もできるはずだ。だが、自分の高みを目指すのはどうしても魅力的だった。


「時間をくれないか。考えたい」

「わかった。ゼイオン、話がある」

「どうしたんだい?ゼハート……」


 ガトランは道場を出て、物思いにふけった。仮にゼイフォゾンと別れたとしよう、ゼイフォゾンは自分と別れた事により、世渡りはひとりでやらねばならない。いつも自分がやってきた事をゼイフォゾンは、やらねばならないのだ。ひとりで大丈夫だろうか、それだけが心配である。ゲイオス王国に骨を埋める必要はないが、五年もいればそれに近くなる。ガトランにとってこの問題は重大であった。しかし、ゼイフォゾンが守ってくれていたのもある。守られていたのもある。だが、自分はもうそこまで弱くはない。よく考えてみたら頃合いかも知れなかった。ガトランはこういう風に考えた。ゼイフォゾンは、きっと自分がいなくてもやっていけるであろう。生活する術を学ぶかも知れない。自分がいなくても、きっとまたどこかで巡り合う宿命になるかも知れない。ならば、一旦、ゼイフォゾンとは別れてそれぞれの道に進むのもいい。ゲイオス王国と皇国レミアムは繋がっている。きっとまた会える。そう考えた。約束しよう、我々の絆は強固なものである。ガトランの迷いは消えた。道場へと戻り、ガトランはゼハートとゼイオンが話している場所へと向かい、己の決断を伝えた。


「ゼハート、ゼイオン。俺はゲイオス王国の軍門を叩く。俺を強くしてくれ」

「決断が早くて助かるよ。僕は強くなった君と斬り合いたい」

「ゼイオンの言葉は無視していい。良いんだな?ゼイフォゾンとは別れを告げなければいけないのだぞ?最後に会わなくていいのか?」

「あぁ、そうだったな。一度会って気持ちに決着をつけるか。わかった、待っていてくれ」

「ゼイフォゾンはきっとギルドだ。密偵から連絡があった」

「ありがとう」


 密偵などという存在をゼイフォゾンにつけている時点で、ゲイオス王国ではゼイフォゾンは重視しているという証左になるであろう。ギルド……酒場とは違う、仕事の依頼を専門に取り扱っている場所。そこにゼイフォゾンがいるという事は、さしずめ稼ごうとしているという事であろう。ゼイフォゾンの事である。無理難題な依頼を受けてもしかしたら周りの人間や魔族を驚かせているのかも知れない。騒ぎを起こしているわけではないのだろうが、どうしても目立つ事をしてしまう。生まれて間もないのだから仕方ないのかも知れないが、一応心配になった。町の活気は相変わらずだ。とても栄えている。武器の店、防具の店、さすがは剣術の国と言われているだけあって、質の良い物が揃っている。しばらくしてガトランはギルドに辿り着いた。ギルドの中にいるゼイフォゾンと思われる者を探したが、探す必要もなかった。ゼイフォゾンは目立っていた。あんなに神々しい魔族はいない。それに、案の定注目の的になっていた。岩山に棲む竜を駆逐するという最高難易度の依頼を受けている事に、皆が驚いていたのである。ガトランはなんだかゼイフォゾンのそんな姿がかけがえのないものに見えてきたのだった。そんな様子をただじっと観察するのも良かったが、話をしなければならないので、ガトランは人混みの中を突っ切ってゼイフォゾンの隣に移動した。ゼイフォゾンはガトランを認めた。


「ゼイフォゾン、話がしたい。このギルドから出よう」

「わかった。では行こう」


 ゼイフォゾンはその場の空気に流されて動いていたが、ガトランの真面目な顔を見て気を変えたようだった。ゼイフォゾンからガトランに話す事はあっても、ガトランからゼイフォゾンに話しかけるのは珍しかった。なので、ゼイフォゾンは何か重大な出来事があったのだと感じた。ガトランはゼイフォゾンを路地裏へ連れていくと、自分の思いを打ち明けた。


「ゼイフォゾン、俺はここに留まろうと思う。俺はここで自分の力を高めたい。このゲイオス王国は皇国レミアムと繋がっている国だ。多分だが、俺がここに留まったとしてもお前とはまた会える気がするのだ。俺は剣術と武を学ぶ。それもこの世界で最も強い人間の一部になりたい。そうなれば、お前と再び邂逅したところで、お前に守られる事もない。俺はこの決意を本物に変えたい。すまないゼイフォゾン、勝手だろうが、許してはくれないか?」

「オーガンとイゼベルの子ながら、よく決断してくれた。私も薄々感じてはいたのだ。このゲイオス王国で別々に行動してから、ガトランよ。お前はきっとこの国に留まるのではないかと。私の心配はしなくていい。私はお前に出会ってから、全てが変わった。私はむしろ、憎まれているのではないかと思っていた。オーガンとイゼベルを守れなかったのだ。それは仕方ない、しかし、お前はそれどころか私に寄り添ってくれた。私はお前に感謝したい。分かった……強く生きろ。それが私とお前との約束、誓いだ」

「その誓い、俺が強大になる事で果たそう。俺はお前のたったひとりの親友だ」

「さらばだ。ガトラン」

「また会おう。ゼイフォゾン」


 ゼイフォゾンは悲しくなった。この思いをどう表現していいのか分からなかったが、きっとこれが寂しさなのだろうと認識した。さらばだ……そう言ってしまった自分を恥じた。ガトランはまた会おうと言ってくれたのに、もう二度と会えないのではないかと思ってしまった自分を恥じていた。あのガトランは強大な存在となって帰ってくる。そういう誓いを果たそうと決意した男の意志。こればかりは無駄にできない。ベネトナーシュの血を引く者はこうも強いのか。オーガンとイゼベルの子だからこうも強いのか。どちらにしてもガトランは全てを超えていくであろう。ゲイオス王国のゼハートが仇敵になったその時から、その運命は、宿命は、業が決まっていたのだろう。ゼイフォゾンはただの人間よりも、もしかしたら感受性が豊かになっていたのかも知れなかった。ゼイフォゾンはガトランと共に歩むのが当たり前になっていた節もあった。しかし、現実はそうもいかない。こういう日がきっとやって来る。

 ふたりの男は、道を違えた。それは別に敵同士になる事ではないとふたりとも分かっていた。それが分かっていても、ふたりは寂しかった。だが、それぞれの大義の為に、それぞれの未来の為に歩むのだ。前を向かねばならなかった。強く、更に強く生きるのだ。それが分かっていれば何も言う事はない。ガトランは己を磨く。ゼイフォゾンは皇国レミアムで答えを得る。それが宿命なのだ。ゼイフォゾンはガトランの後ろ姿を見送った。その姿を夕焼けが照らし出した。オーガンにそっくりだったが、それよりももっと大きな存在に思えた。ガトランを待つのは、ゼハートとゼイオン、そしてラーディアウスと共に強者への道である。きっと究極にまで高められた剣術と武を身につけるのであろう。ガトランは天才だ、開花すればどうなるか。ゼイフォゾンは逆にそれが楽しみだった。


「私の手を離れるか……いや、違うな。私がガトランに面倒を見られていたのだ。それは間違いはなかろう。皇国レミアムに、私は向かう。その為にどんな事でもやろう。答えを探す……必ず答えを得るのだ」


 ゼイフォゾンは宿を探した。その過程で、町の人間からはゼイフォゾンは注目されていた。ギルドで岩山の竜に挑む魔族がいたという噂だけで、話は持ち切りだった。宿はほどなくして見つかった。その宿は少々広く、ゼイフォゾンでも門を通れた。魔族も利用する宿で、大きめに作られているのだった。ゼイフォゾンは受付をパスすると、部屋へ向かった。部屋へ向かう途中、多くの魔族が絡んできた。ゼイフォゾンはそれが煩わしく思った。


「おう、お前あの竜に挑むらしいな。お前にアレが倒せるのか?おお?」

「黙れ。貴様ら腑抜けに話す道理はない」

「カリカリしてやがるぜ。やめとこやめとこ」

「……」


 部屋に入ったゼイフォゾンは、物憂げな表情を崩さなかった。神剣ランゼイターを召喚してみる。その刀身はこの世の全ての魔剣よりも禍々しく、神々しかった。その偉容、筆舌に尽くしがたい。ゼイフォゾンは神剣ランゼイターをまじまじと眺めた。低い呻き声をあげる刀身と語り合っていた。ガトランがいればこんな事をする必要もないのだろうが。ゼイフォゾンは神剣ランゼイターを消すと、ベッドに転がった。ゲイオス王国は分岐点だった。ゼイフォゾンとガトランにとって分岐点だった。これが何を意味するのかはまだ分からなかったが。ドグマ大陸での争乱は、収束に向かっているようだった。しかし、ゼイフォゾンにとっての苦難はまだまだ終わらないようであった。そうこうしているうちに、ゼイフォゾンのいる部屋を誰かがノックしてきた。


「誰だ?」

「エミリーじゃ……」


 また面倒な者が来たと思ったが、仕方がなかった。エミリエルには恩がある。自分を必死になって止めてくれた者のひとりである。彼女が何故自分がこの宿の部屋に泊まっているのかを知っていたのかは謎だが、おおよその見当がつく。つけられていたのだろう。何にせよ、これから自分がどのような場所へ向かって、どのような場所へ辿り着くのか。それはこのエミリエルが導いてくれるかも知れなかった。
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