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~皇国レミアムへの道~

~皇国レミアム復活編~ 成長

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 要塞はシュテーム連邦王国の手に渡った。ゲイオス王国が手放したのである。両国は手を取り合う事を選択したのである。それはゼイフォゾンの暴走が原因の一端となったのは間違いない。この要塞の攻防戦をきっかけとして、シュテーム連邦王国は皇国レミアムに降る事を決定した。両国の将軍がそれを独断で決定したので、政治家たちは不満を漏らした。しかし、ゼイフォゾンの暴走をきっかけとして手を取り合う事ができると思ったレグレス将軍が、ラーディアウスに取り持った事で成しえた奇跡のようなものであった。ゲイオス王国が要塞を手放す代わりに、ゲイオス王国側はある条件を提示した。ゼイフォゾンとガトランの身柄の引き渡しである。それを呑んだレグレス将軍とエミリエルは、半ばシュテーム連邦王国からゼイフォゾンとガトランを追放する形で、ゲイオス王国へと向かわせた。二人の旅の同伴者として、ゼハートが選ばれた。ゼハートは回復したガトランを見ると、安堵感からか、笑ったような気がした。ゼイフォゾンは自分の暴走を、自分で責めていた。自身の持つ究極の闇黒と向き合い、戦っていく事を決意したゼイフォゾンだったが、その自身の暴走がきっかけで罪もない人々を殺戮してしまった事について、深く思い悩んでいた。あの時、制御できていたらどうだっただろう。もっと和平的な結末が待っていたのではなかろうか。ガトランが止めてくれなければ、あの時どうなっていただろう。想像もつかなかった。ゼイフォゾンはあの時、初めて涙を流した。心からの涙を流した。オーガンとイゼベルが死んだあの時はどこにぶつけていいのか分からない怒りが支配していた。ガトランは自分の全てを理解していてくれていたのであろう。だから、ただいまと声をかけてくれたのであろう。その時溢れ出た感情が、その涙であった。ゼイフォゾンとガトランの絆は、友情はますます深くなっていった。それとは対照的に各国には動揺が走りつつあった。皇国レミアムに降ったのがゲイオス王国だけでなく、シュテーム連邦王国までとなると、ドグマ大陸では最早、皇国レミアムの平定はもうすぐそこに迫っている事になる。ハーティー共和国はもう戦力がない。ティア王国は日和見をしていて戦争に参加する気がない。どちらにせよ、皇国レミアムの前では誰も、どうする事もできなかった。攻防戦の後、二日が経過しようとしていた。旅の同行者としてゼハートがいたが、そこにはエミリエルもいた。エミリエルもゲイオス王国に向かうと言うのであった。その事について誰も口は出さなかったが、レグレス将軍は無理矢理口をつぐんでいたように思える。それもそのはず、レグレス将軍はエミリエルの事を好いていた。だが、エミリエルには想い人がいたので、それを邪魔する事はできなかったのだ。

 ゲイオス王国は武闘の国と呼ばれ、一人一人が高い練度を誇っている。その中でも選りすぐりの精鋭を集めて組織されたのがグレナディーアと呼ばれる組織で、その一人一人が今のガトランと同等かそれ以上の強さを誇っている。それを指揮するのがゼハートとゼイオン。ラーディアウスは基本的に単独で動く。単独で動く事を特別に許されていた。グレナディーアは総勢五百人いるとの事だったが、その半数がいなくなったという。それは要塞の攻防戦での出来事である。そう、ゼイフォゾンの暴走によってその半数が殺し尽くされてしまったのだ。それは仕方のないこととして、ゲイオス王国側は捉えていた。戦争によって失われた命は無駄にはならないと、ゲイオス王国の政治家たちは捉えていたからである。対するシュテーム連邦王国側の政治家たちは腐敗していた。大国ゆえの傲慢さがあった。レグレス将軍はそれを改革しようと必死だった。話を戻すと、ゲイオス王国はゼイフォゾンを憎んではいなかったという事である。ガトランはゼハートに斬られた傷が一生残るものとして、魔術師たちにはこの傷を消さないように頼んでいた。ガトランはゲイオス王国を少なからず憎んでいた。故郷であるハーティー共和国をボロボロにしたのは間違いなくゲイオス王国であるとして聞かなかった。ゼハートを超える事もできず、かと言ってまた戦う力も残っておらず、次はゲイオス王国に行くのである。ガトランにとってこれ以上の屈辱はなかった。ゼイフォゾンはそんなガトランの気持ちを察していた。しかしこうも考えていた。このまま皇国レミアムが勝てば、ドグマ大陸の戦争は無事終結するのではないかと。そうなればこの先の旅も楽になる。ガトランは皇国レミアムに入ることを許さないかも知れないが、ゼイフォゾンにとっては自分の秘密を解き明かしてくれるのは、間違いなく皇国レミアムにあると思っていた。そんな時であった、ガトランが口を開いた。ガトランの装備は新調されていたが、無理をすれば傷口が開くかも知れない状態でもあった。


「ゼイフォゾン、俺たちは確かにゲイオス王国に行く事になっている。だがこれは俺にとって満足いかない結果だ。俺たちはシュテーム連邦王国で報酬は受け取ったから金の心配はない。でも取引材料がおかしい。俺はともかく、多分ゼイフォゾン、お前を欲しがっているんだろう。どうだ?あれからあの剣は召喚できるようになったのか?」

「あぁ、私の意のままに召喚できるし、その力も完全に私のものになった。これから先、制御を失う事はあるまい。しかしガトラン、この決定は誰かが満足するとか、しないとか、そういう話ではない気がするのだ。ゲイオス王国が私を欲しがっているにせよ、もしかしたらお前を欲しがっているかも知れないにせよ、我々には避けて通れぬ道なのだ。理解には時間がかかるかも知れないが、物事はいつもそうやって動いている。もしかしたらエントロピーがそうさせているのかも」

「エントロピー?」

「いや、こちらの話だ」

「そうか」

「ゼイフォゾン、ガトランや。妾の目にはお前たち二人が羨ましく思うぞ」

「エミリエル……」

「妾の事はエミリーでよい、ゼイフォゾン。妾はお前の力を危険と判断したから戦ったが、あれほどの力を持つ敵と実際、渡り合った事はなくての。それにゲイオス王国が欲しがっているのはゼイフォゾン、お前ではないと思うのじゃ。ガトランや、お前を欲しがっているように思えてならぬ」

「俺が?まさかそんな……」

「ガトラン」

「何だ?」

「お前は剣術を習っていないのに、俺にあれだけ追従できた。自信を持っていいんだぜ。このゼハートがお前に剣術を教えてやる。ゼイオンには教わるなよ。あいつは訓練相手を殺しかねんしな」

「そうかい」


 仇敵であるゼハートに気を遣われるのは、ガトランにとって侮辱以外何ものでもなかった。それに剣術を教えてやると言われた事で、ガトランのプライドは傷付いていた。その様子を見ていたエミリエルはガトランをただ見つめた。ゼイフォゾンは何も言わない事にした。ゼハートは分を弁えていた大人だったが、口が軽かった。半ば本能で生きている節がある男だったが、頭も切れ、その剣術はドグマ大陸では知らぬ者はいないほどの腕を持っていた。ゼイオンも同様であった。ゼハートとゼイオンは互いにライバルとして生きており、腕を競い合っていた間柄でもあった。その二人の剣術と軍略をゲイオス王国はこう讃えていた。流転の二人と。そのうちの一人のゼハートだったが、同時に不器用であった。ガトランの気持ちが分からない事もなかった。だが、今のガトランは何が起こっても気に入らないのだろう。それを承知で軽口を叩いていた。だが、ゼハートはガトランを鍛える気持ちとしては本気だった。剣術には型がある。それをマスターすればグレナディーアに入るのも夢ではない。しかしガトランはその過程を飛ばしてグレナディーアと同等かそれ以上の強さを獲得している。紛れもない天才である。ゼハートはガトランをゲイオス王国の将軍格の強さにまで引き上げるつもりでいた。そのためにはガトランがプライドを捨て去る以外に方法はない。その心を砕くのはゼイフォゾン以外において、他はいないであろう。ゼハートは背にある大剣が少し重く感じた。ここでガトランが刺しに来ても抵抗はしないと決めていた。その重圧は、ゼハートの大剣を少しだけ、重くした。エミリエルはゼハートの様子も気掛かりであった。ガトランに優しく接しようと必死なのは伝わってきたが、どうも一方通行な気がしてならない。現にガトランの機嫌が直る事はなかった。

 道中、敵らしい敵には出くわさなかったので、比較的順調に歩を進める事ができた。シュテーム連邦王国からゲイオス王国まではまだ時間が掛かった。昼は過ぎ、夜がやってきた。その空は満天の星空であった。ゲイオス王国まで山を一つ越えなければならなかったので、麓で野宿をする事になった。ガトランはゼハートと共に過ごすのを嫌がったので、エミリエルと過ごす事になった。ゼイフォゾンは半ば強制的にゼハートと共に過ごす事になった。ゼイフォゾンはゼハートに対して何の恨みも持ち合わせていなかった。ゼハートはゼイフォゾンを恐れていた。暴走したゼイフォゾンの姿を思い出すと、それは間違いなく破壊神そのものであった。なので、あまり話さない事にしていた。ガトランは火を焚いていた。エミリエルはその火を見て、ガトランを見てため息を吐いた。ガトランの感情が手に取るように分かった。エミリエルはガトランの手を取った。そして岩陰に連れていった。明かりは星空で足りた。ガトランはエミリエルの感情が分からなかった。そもそもガトランは女性の考えている事は全く分からなかった。自分はどういった状況に立たされているのだろうか。そもそもエミリエルは何をするつもりで自分をこんな岩陰まで連れていったのであろうか。それもゼイフォゾンとゼハートが絶対に来ないであろう場所に。ガトランは自分の感情を、今の感情をどう表現していいのか分からなかった。ゼハートに怒っているのか、ゲイオス王国に対する恨みか、自分の不甲斐なさに呆れているのか。エミリエルは見抜いていたのだ。ガトランのその迷いは若さゆえに来る一時のものであると。それを解消するにはどうするか?それは少しだけ、大人になる事で解消されるであろう。エミリエルは岩に背を預けると、服を脱いだ。その肢体は白く輝き、この世のものではないような肌をしていた。胸も、秘部もさらけだして、ガトランに口づけをした。それに驚いたガトランは反射的に唇を離した。


「エミリエル様……!何を……」

「女を知れ、ガトランや。妾がお前の全てを受け入れるゆえ、これ以上妾に恥をかかせるでない」

「エミリエル……様」

「妾が教えてやろう。さぁ、ガトランや……」


 ガトランも自身の鎧を外し、服を脱いだ。エミリエルの美しさはまさしくこの世で最も輝く者で違いはなかった。ガトランはエミリエルを優しく抱きしめた。エミリエルはそれを受け入れた。エミリエルはガトランに全てを教えた。たどたどしく触るガトランに、的確に、なおかつ丁寧に教えた。どうしたらいいのかはエミリエルが全て知っていた。ガトランは覚えるのが早かった。本能と理性がぶつかり合う中で、ガトランはエミリエルを激しく、そして緩やかに求めた。エミリエルの身体が小刻みに震えていた。ガトランが覚えたそれはエミリエルの感じる部分をちゃんと捉え、離さなかった。エミリエルの喘ぎとガトランの喘ぎが交差する。エミリエルはガトランの全てを受け入れ、やがて共に果てた。そうしているうちにガトランは自分の迷いがどこかへと消えていくのが分かった。快楽は全てを蕩かした。ガトランとエミリエルは互いに身に着けるものを身に着けて、焚き火の場所まで戻った。ガトランの脳は今まで以上に覚醒していた。戻ったらそこにゼイフォゾンとゼハートがいた。どうやら話をしようと行ったら二人ともいなかったから、待っていたらしい。エミリエルは今まで通りの態度で、欠伸をしていた。ゼハートはガトランに近づくと、話しかけた。ゼハートは見抜いていた。ガトランは女を知ったのだと。ガトランも快くゼハートと喋り始めた。そこにはゼハートに対する憎しみも何もなかった。ゼイフォゾンは黙っていた。そこにエミリエルが加わり、ゼイフォゾンに話しかけた。エミリエルはゼイフォゾンの気持ちがよく分かっていた。互いにただ人間として生まれなかっただけで、こんな苦悩が、苦難が待ち受けていようとは。エミリエルは終始優しかった。

 そうしているうちに時間は過ぎていき、互いに就寝した。とは言ってもゼイフォゾンは眠らなかった。眠る必要がなかった。ゼイフォゾンは神剣ランゼイターを召喚した。その剣はこのコル・カロリに現存する魔剣よりも禍々しく、神々しかった。その偉容は何にも形容しがたいものであった。ゼイフォゾンは神剣ランゼイターを見ていた。この力はいったいどこで振るえばいいのだろうか。全ての奇跡を否定する力をどこで振りかざせばいいのだろうか。思えばハーティー共和国で何も分からない状態で、無力な状態から始まった。そんな自分が今では神の如き力を手にしてしまっている。これは何のいたずらか。全能の神はどうして自分を生み出したのだろうか。また破壊神のように暴走するかも知れない、誰かを殺戮し、暴虐の限りを尽くすかも知れないのに、どうして自分を生み出したのだろうか。それを解く鍵は皇国レミアムにあるかも知れない。そのためにはまずゲイオス王国を経由しなければいけない。ゼイフォゾンは神剣ランゼイターを空間から消すと、深くため息を吐いた。重い運命である。自分を取り巻くのはいつも誰かの死が付きまとう。望んでもいないのに誰かが死んでいくのだ。これほどの邪悪を抱えた自分が段々と許せなくなった。今頃神の国ではオーガンとイゼベルはどうしているだろうか。ガトランを見守っているのだろうか。だとしたら、自分の存在がどれほど危険か分かっているはずである。これ以上ガトランに付きまとうことは許さないかも知れない。エミリエルは自分が半身が神であると語っていた。それだけでなく天井知らずの才覚を持っているとも。それが原因で想い人に二千年以上も会っていないと言っていた。その途方もない時間は段々と故郷の皇国レミアムから遠ざけ、周り道をせざる得なかったのだとも語っていた。エミリエルにとって二千年以上の時間の経過は永遠に近いものがあったであろう。その苦しみは途轍もないものであっただろう。ゼイフォゾンはこれからどんな時間を過ごしていくのかが気になった。恐らく、自分は数千年、数万年という時間を生きねばならないかも知れない。いずれガトランとも別れる日が来るだろう。自分がどういった存在なのかは今はまだ知らないし、知る術も持たないが、これだけは分かる。どういう道を往くとしてもより良い結果にはならない、より良い破滅しか生まないであろう。星空が、銀河が地を照らす。その光はゼイフォゾンの美しい顔を露わにした。

 やがて時間が過ぎ、朝を迎えた。その陽光は強かったが、決して暑いものではなかった。ゼイフォゾンは結局眠らなかった。エミリエル、ガトラン、ゼハートが起きてきた。それぞれが旅の支度を済ませると、四人は歩きだした。山はそこまで大きくなかった。そのため野営には最適で、この周辺の山賊たちは全て駆逐されているとゼハートは語った。だから道の途中で敵と遭遇することもなかった。敵に遭遇したとしても、この四人の戦力の前に敵う者はいなかった。山賊が千人いたところで瞬く間に殲滅しているところであろう。だが、四人はそんな事は気にも留めなかった。そうしているうちに山を越えた。ゲイオス王国の城塞が見える。あちこちに砦があり、兵があちこちで守備を固めていた。良くも悪くも徹底した軍事国家である。凄まじい訓練を受けたであろう兵士たちが、屈強な男たちがゼハートを見るやいなや、一斉に敬礼し始めた。ゲイオス王国流の、天に手を掲げる敬礼である。ゼハートはこれをやられる度に嫌になっていた。堅苦しいのはラーディアウスだけでいいと思っていたからである。


「統制は取れておるようじゃの、将軍ゼハート」

「そうなんだけどな。俺はこういうのは好みじゃないんだ。何なら皆で騒いでいたい、でもあいつらは俺を将軍としか見ていない。なんかこう……フランクにいけないのか」

「将軍とフランクに接する兵士がいたら、それはそれで只者じゃないぞ」

「……」


 ガトランの変わりようは、ゼイフォゾンにとって驚くべき事であった。段々とオーガンに似た覇気を身に付けているような気がする。男としてまた一段と強くなった気がする。ガトランは意識していなくとも、ゼハートも同じ事を考えていた。ガトランの覇気に迷いと怒りがあったが、今は転じて明朗快活、それに濁りもない。言葉の節々に自信が垣間見える。ゼイフォゾンとゼハートは野暮な事を考えないようにしようと努めていたが、どうしても合点がいく理由を探しても一つしかなかった。エミリエルである。まさかとは思っていたが、あのエミリエルがガトランを男にしたのなら、今のガトランの状態に説明がつく。それはそれとして、ゼイフォゾンとゼハートは口にしないようにした。もしもそれが事実だったとしても、深くは突っ込まないようにした。当のエミリエルは何食わぬ顔で歩いていた。

 ゲイオス王国まであと少しだった。武闘の国、ゲイオス。三人の将軍を筆頭にドグマ大陸では、国力で勝るシュテーム連邦王国からも恐れられる国。そこで待ち受けているものは何なのか。ゼイフォゾンには見当もつかなかった。もちろんガトランにも分からなかった。エミリエルはまたラーディアウスに会える事を楽しみにしていた。この国の事を終えれば、とうとう皇国レミアムに足を運べる。ゼイフォゾンは旅の目的を見失ってはいなかった。ガトランは気付いていた。ゼイフォゾンの旅の目的は皇国レミアムにあると。そしてそれに付き合っていくつもりであった。だが忘れてはいけない事がもう一つあった。ドグマ大陸は今はまだ、戦争状態にある事である。もちろん、皇国レミアムに降ったゲイオス王国はその恩恵を受けているだけあって、比較的安全な国であった。だが、ゼイフォゾンとガトランはまた戦場へ出ないといけないのだろう。試練、更なる試練。その連続は、確実に二人の精神を蝕んでいた。
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