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前日譚
しおりを挟む王宮の美しい庭園で子供達の集まるお茶会が催されている。
今年十歳になった第二王子エルンスト殿下の婚約者とご学友を選ぶためのお茶会だ。
俺の家格、年齢からご学友に選ばれるのは決まっているのだろう。初めから上座の円卓に席が用意されていた。
同じ卓に父の親友の息子であるロベルタの席も用意されている。ロベルタの父親は宰相で家格はウチと同じ侯爵家。
ロベルタもご学友に選ばれるのだと思う。
そんなロベルタは初めて会った五歳の時から俺にご執心だ。
漆黒の髪と紅玉の瞳の俺とは正反対の、太陽の光を閉じ込めたような、というほどはキラキラしくない肩まで伸びた柔らかな金色の髪の毛に蜂蜜を溶かしたような黄金の瞳。
控えめに言っても天使のようなロベルタの可愛らしい初恋に初めは両家の両親も微笑ましいものを見るような視線で笑っていたけれど、今ではかなり不安そうにしている。
「ロベルタ、男の子同士は結婚出来ないのよ?」
「ロベルタ、確かにアルバートは綺麗な子だけど男の子なのよ?」
絶対にアルバートと結婚するのだ! と言い続けるロベルタに、両家の両親は「年頃になれば……」「学園に通うようになれば……」「若気の至り……」と呪文を唱えるように自分たちに言い聞かせている。
とても哀れだと思うけれど、俺はといえばすでに諦めている。
諦めるのが先だったのか絆されるのが先だったのか、今となってはどちらでもいい。
ロベルタが心変わりするとも思えないし、なんといっても普通に気が合う。一緒にいるのが楽なのだ。
喋っていても黙っていても、流れる空気が心地良い。
そんな相手には滅多に出会えないというのはまだ幼い俺だって知っている。
両親はとても仲がいいけれど、父の強引さに母がうんざりしているように見える時がある。そんな母に気づいて慌てて機嫌を取ろうとして失敗した時の空気はいたたまれない。
兄は最近婚約者が決まって、可愛い! 話が合う! と喜んではいるけれど、婚約者と会った後はぐったりして、大きなため息をついている時もある。
ただ、俺とロベルタが結婚するというのが実際問題として不可能なのも理解している。
貴族の子息として生まれたからには一生独身というのもなかなか難しい。
美しい庭園に令嬢たちのドレスが眩しい。
単体で見ればそれなりに可愛らしいと思うけれど、こんなに集まると庭園に咲いた花の邪魔にしか思えない。
目の前の紅茶を口にしながらそっと溜息をつくと、隣の席から気遣う視線が向けられた。
肩甲骨のあたりまで伸びた柔らかな金髪が揺れて、蜂蜜色の瞳が心配げに眇められる。
「疲れた?」
「いや、まだ始まったばかりだし」
「あの向かいの赤い髪の令嬢」
「ん?」
「後で話しかけてみようと思う」
「そうなの? リード侯爵家の跡取りのアンネマリー嬢だよな」
「うん、そう。そして隣がオールドマン伯爵家の跡取りのリンジー嬢。二人は恋人同士だね」
にっこり笑って言いながら、ロベルタは頬にかかる髪をかき上げた。
言われてさりげなく観察してみると、確かにアンネマリー嬢のリンジー嬢を見つめる翡翠色の瞳がロベルタの俺を見る目と全く同じだ。
ということはかなりヤバい。
対してリンジー嬢はふわふわした栗毛の髪の毛と同じようにふんわりしていて、積極的に働きかけはしないけれどアンネマリー嬢を丸まま受け入れている空気がある。
「僕はアンネマリー嬢と婚約する。アルバートはリンジー嬢と婚約したらいいと思う。リード家もオールドマン家も大きな商会を持ってるけど、リード家は海外との貿易が主で、オールドマン家は金属加工と武具、馬具なんかを中心に商いしてる。家格も釣り合うし利害も見込める。多分、お互いに上手く利用できるよ」
そう言って自分だけでなく俺の将来までサラッと勝手に決めてしまったロベルタはニッコリと、とても美しい天使の顔で笑った。
「父上、僕はリード家のアンネマリー嬢に婚約を申し込もうと思います」
お茶会が終わって、いつものように両家で集まっての団欒はロベルタの言葉で混乱を極めた。
「えっ?! アルバートは?! アルバートのことはもう良いの?!」
それは、俺が捨てられたみたいに聞こえるから言い方をちょっと考えて欲しい。
「もちろんアルバートとはこれからもずっと親友です。でもアンネマリー嬢はとても聡明で話をしていて楽しかったのです。アルバート以外に選ぶなら彼女しかいないと思いました」
それを聞いて、ロベルタの両親は勢いよく椅子を倒して立ち上がった。
「打診を! 早く打診を! アンネマリー嬢の婚約が決まる前に!!」
「これを逃せばロベルタは結婚しないかもしれない! 絶対にまとめるから、早まるな!」
早まるって何を? 誰が?
「あの、盛り上がってるところで申し訳ないんだけど、俺もオールドマン家のリンジー嬢と話をしてみて楽しかった。リンジー嬢と、」
「よし、任せろ! オールドマン家なら知らん仲でもない。アルバートの婚約はキッチリと纏めてやるからな!」
まだ言い終えてもいないのに父上が吠えた。
そうして俺とリンジー嬢、ロベルタとアンネマリー嬢の秘密の偽装婚約が決まったのだった。
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