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第五章 終わりの始まり
閑話:アタシは聖女じゃなかったの?
「君には聖女の素質があるように見えるね」
背中まで掛かる長い銀髪でアメジストのような涼しげな瞳の攻略対象、コーエン・トッド様がアタシにそう言ってくれたの。
でも、今はこの世界が『恋キラ』の世界じゃないことはちゃんとわかってる。
だって、アタシは『恋キラ』で攻略対象じゃなかったカスパル様と恋人同士になってるから。
『恋キラ』のカスパル様は───、なぜかもう『恋キラ』のストーリーを詳しく思い出せないけど、エルンスト殿下の噛ませ犬みたいな役割だった気がするわ。
乱暴で、横暴で、嫌われ者。
でも本当のカスパル様は寂しがり屋の優しい人だ。
だって、ひとりで泣いてたアタシに声をかけてくれたのはカスパル様だけだったもの。
ふたりでたくさん話をした。
アタシが平民だった頃の話をしたら、カスパル様は「大変だったね」と言って頭を撫でてくれた。
こんなふうに、誰かに優しく触れられたのなんていつぶりだろう?
もしかしたら初めてだったかもしれない。
辛かった時のことを思い出して、思わず涙が出てしまったけれど、カスパル様は見なかったふりをして、ずっと頭を撫でていてくれた。
カスパル様もみんなには内緒で秘密のお話をしてくれた。
なんと、カスパル様は国王の子供じゃなくて、コーエン・トッド様の子供なんだって!
でもそれは秘密で、本当に誰にも言っちゃいけないことらしい。
それなのにカスパル様はアタシに教えてくれた。
お互い、たくさん話をする中で乙女ゲームの話もした。
『恋する君はキラキラ』
大好きだった乙女ゲームだ。
その中で、エルンストやロベルタ、アルバート、サリエル、ウリエル、コーエン・トッド様と恋愛を楽しんだって言ったら、僕はいなかったの? って拗ねた顔がすごく可愛かった。
乙女ゲームの画面の向こうにいた誰よりも、目の前のカスパル様が一番素敵だった。
カスパル様は王太子じゃなくなってから、取り巻きがみんないなくなってひとりぼっち。
だからアタシが独り占めできているのは嬉しい。
だけど、王子様なのにひとりぼっちなんて悲しすぎる。
アタシはカスパル様が大好きだから、カスパル様に幸せになって欲しい。
カスパル様と一緒に幸せになりたい。
だからカスパル様と一緒に教会に行った時にコーエン・トッド様に相談した。
内緒だから口には出さないけど、本当はカスパル様のお父さんなんだもん。カスパル様に幸せになって欲しいと思ってるはず!
そしたらコーエン・トッド様が言ってくれたの。「君には聖女の素質があるように見えるね」って。
前に「この世界は『恋キラ』の世界じゃなくてバグだらけの魔法なんかがある世界なんだから、アタシはきっと聖女なんだ!」って思ったことがあったけど、本当に聖女だったなんて!
ただ、聖女の修行をしないと聖女の魔法を使うことはできなくて、アタシは何度も教会に通って、コーエン・トッド様に指導してもらいながらたくさんの大きな魔石に魔力を注いだ。
初めは魔力の使い方もわからなかったから大変だったけど、魔力を流す練習はカスパル様も手伝ってくれて、ようやくアタシがコーエン・トッド様に認めてもらえたのは、学園の演習のちょっと前だった。
聖女の証のペンダントを手渡された時は、感動してちょっと涙が出てしまったけど、そんなアタシの頭をカスパル様が優しく撫でてくれたから、アタシはにっこりとできるだけ可愛く見える角度で笑って
「アタシが聖女なら、カスパル様は勇者様ですね! だって、勇者と聖女はセットだもんね!」
って言ったら、コーエン・トッド様が笑いながら、
「ならカスパル殿下には勇者の剣をあげるよ」
って、なんかすごくカッコいい剣をカスパル殿下にくれた。
それを見て、やっぱり名乗り合えなくても親子なんだ、って嬉しくなって、また少し泣いてしまった。
剣を受け取ったカスパル様は、すごく驚いた顔をして「良いのですか?」ってコーエン・トッド様に聞いてたけど、コーエン・トッド様は「正しく使いなさい」って優しい声で言って、カスパル様の手を包み込むようにして剣を握らせた。
そして人払いした教会の裏庭で、コーエン・トッド様が魔獣を召喚してくれて、アタシは魔獣を調伏させる練習をした。
私が跪かせた魔獣をカスパル様が、コーエン・トッド様にもらった剣で斬る。
すごい切れ味で、どんな魔獣でも一撃でやっつけることができた。
「すごい! かっこいい!」
って、大騒ぎしたら「剣がすごいだけだよ」と、カスパル様は照れくさそうに笑った。
コーエン・トッド様は、そんなアタシに
「魔獣を調伏させるだけでも素晴らしいことだけど、聖女というと癒しのイメージを抱く人が多いから、これを持って行きなさい」
と、治癒魔法の込められた指輪を何個か渡してくれた。
「治癒は奇跡の力ではないから、多少の傷は治せるけれど死人は蘇らせられないし、失くした腕を生やしたり、裂けたお腹を閉じることもできないから、効果的に使うんだよ」
そんな助言までしてくれた。
ひとりぼっちのアタシとひとりぼっちのカスパル様はふたりで出番を待っていた。
演習中にすごい魔獣がたくさん出てくるってコーエン・トッド様が教えてくれたから。
そして三日目の朝、いろんなところで魔獣が大発生した。
アタシとカスパル様は森の中を走り回って、たくさんの人を助けて回った。
みんながアタシたちに感謝してくれて、褒められて、とっても嬉しかった。
たくさんの魔獣を倒して、教会に戻ってコーエン・トッド様に報告したら、コーエン・トッド様もすごく褒めてくれて、カスパル様も嬉しそうだったのでアタシは大満足だった。
アタシは聖女でカスパル様は勇者だ。
もう誰もアタシたちのことを無視したりしない。
みんなに「すごいね!」「ありがとう!」って褒めてもらえる。
逆ハーとか言ってた自分に言ってやりたい。
大好きな人はひとりだけで十分なんだよ。
その人と幸せに暮らせれば、誰かに幸せを見せつけたりする必要もないんだよ。
そして、自分が幸せなら、他の人にも優しくできるんだよ。
だから、スタンピードっていうのが起こって、たくさんの人が死んだり家を失ってるって聞いて、助けてほしいって言われて、アタシは魔獣を調伏しに向かった。
もちろんカスパル様も一緒だ。
だって、聖女と勇者はセットだもん。
向かう前に、出陣式っていうちょっとした儀式みたいなのをコーエン・トッド様がしてくれて
「気をつけてね? 怪我のないように帰ってくるんだよ」
って言ってくれた。
そして、初めてスタンピードっていうのを見た。
見渡す限り荒れ狂う魔獣がひしめいていて、たくさんの騎士や冒険者みたいな人たちが血まみれになって戦っている。
足がすくむ。
でも、アタシがこの魔獣を調伏させることができればみんな生きて帰れるんだ!
震える足を、一歩二歩と踏み出して、膝をついて胸元のネックレスを握りしめて祈る。
「世の理から外れし……」
そう、鎮魂の呪文を始めた瞬間、右肩に激痛が走った。
「痛いっ!」
「エマっ!」
自分の悲鳴と、同じくらい悲痛なアタシを呼ぶカスパル様の声が聞こえる。
なに? 何が起こってるの?!
アタシ、魔獣に襲われてる?!
「エマ! エマッ! エマァァァアッ!」
すぐ近くでカスパル様の叫ぶ声が聞こえる。
でもその声はそれ以上の金切り声みたいな甲高い雑音で聞こえにくい。
ただ、肉を毟られ、骨を噛み砕かれる音が身体を伝って鮮明に聞こえる。
痛い! 痛い! 痛い! 寒い! 冷たい!
カスパル様、助けて!
霞む視界にカスパル様がアタシの前に立ち塞がって、アタシの名前を叫びながら魔獣を次々に斬っているのが見える。
すごくかっこいい。
やっぱりカスパル様は勇者だったんだ。
でも、アタシは?
祈りは届かず、アタシは魔獣に食べられてる。
もしかして、アタシは聖女じゃなかったんだろうか?
そしてアタシは終わってしまった。
コンティニューなんて無い、『恋キラ』じゃない世界で。
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