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大学を、東京で
17.挫折と夢
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上京からほぼ1年経った、3月。
僕は発行された1年間の成績表に、僕は、自分に失望しつつあった。
落とした単位はない。だが『秀』を取った科目はないし、『優』も出席さえすればその成績をくれる授業だけ。あとは『良』がほとんど。『可』が少し。
勉強を疎かにしたつもりはない。むしろ、これまでになく頑張った方だと思う。
それでさえ、僕は決して『優秀』とは言えない成績だった。
高校までは、誰にも負けたことがなかったのに、この様だ。
僕は、大学院には行かず4年で卒業する予定だが、化学系の企業の内勤で就職したいと思っている。
僕の大学では院に進む割合が大きいが、そこまで父さんに負担を掛けられない。
それに、このまま東京で智と暮らしていたいから、郊外や地方の研究所での研究職より、東京で働ける内勤がいいと思っていた。
狭き門ではないが、余裕を持っていられるほど楽な道ではない。
そのために『優秀な成績』が大事だと思っていたが、これでは。
(挫折って言うのかな、こういうの)
頭の何処かできっと僕は、自分を特別だと思っていた。
だが、広い世界では、僕は凡庸な一粒の砂粒にすぎないようだ。
望む未来が得られないかもしれない、という寒気が、ひしひしと押し寄せてくる。
そんなことをぐるぐると考えながら、忙しい理系学生には稼ぎ時の、塾の春期講習のバイトに勤しんでいたら、4月に入ってすぐ風邪を引いた。
授業は休みたくないし、実験は一日たりとも休めない。
咳をごほごほさせながら出席するのは周りのひとに迷惑かと思ったが、互いに事情は承知しているので、誰にも咎められなかったし、昼食を一緒に食べる顔見知りには心配された。
(あ、熱出てきたかも)
帰宅ラッシュの山手線、ふらふらしながら帰る。立っているのが辛く、優先席を見てみるが、かなりお腹の大きい妊婦の方さえ座れていなかったので、諦める。こんなものだ、東京は。特段驚きはしない。
辿り着いた自宅に智は居ない。
智は、1年の後期のテストが終わって以来、ダブルヘッダーのバイトに勤しんでいる。前からやっているキャンドル店と、夜中の居酒屋のバイトだ。キャンドル店で夜の8時ほどまで働いて、9時から早朝まで居酒屋なので、朝しか会えない。というか、疲れ切った智の寝顔しか見られない。
それでも、たまの休みの日には智は生き生きとバイトのことを話そうとする。
「店頭の勤務だけじゃなくて、裏方の、キャンドル作りもさせてもらえるようになったんだ!」
中々才能があると褒められているらしい。
智は、ここに来てから本当に楽しそうにしている。
自由になって、やりたいことを見つけて。それが愉快で仕方ないのだろう。
僕の誕生日はこの間ひっそりと過ぎたが、智もそろそろ誕生日だ。
約束通り無駄遣いをしていない智は、きっとあれこれ欲しいキャンドルができていることだと思う。
(智が嬉しそうで良かった)
そう思うのは本当だ。
だけれど、智が妬ましいのも確かだと、ようやく最近僕は認めた。
今の智はきっと、咲き始めた花だ。一方僕は、凋みかけ。
(これじゃ、智と釣り合わない)
釣り合うも何も。ただの友達でしかないのだが。
智には今恋人はいない。
忙しすぎてそんな余裕がないそうだ。
だが、本質的に彼は非常に愛される性質なので、好意を持たれていないという意味ではない。
実際、キャンドル店のSNSに顔を出した途端、反応が多く付いたそうだ。それを誇らしげにする智を、曖昧に褒めるくらいしか僕はできなかった。
僕は智とどうなりたいのだろう。
大学の4年間はきっと、このままふたりで暮らしていける。
だが、その先は?
智はいつか夢を叶えて、好きな女でもできて、僕から離れて行くのだろうか。
(気持ち、悪い)
吐き気がしてきた。
きっと熱の所為だ。
いそいそと布団を敷いて、横になる。もう、毛布は要らなくなるほど温かくなってきているのに、寒くて、智の分の毛布も奪って被り、目を瞑る。
(智の匂いがする)
その所為だろうか、智の夢を見た。
とてもではいが他人には言えない、僕の原始的な欲望を反映した夢。
自分で、理性が強いとたまに感心するほど、僕は智に何もしない。好きだ、という気持ちを決して表に出さないようにしている。
智のくちびるが柔らかいのは夢の中だけで、智を抱きしめて笑ってくれるのも、幻想だ。
(ああ、いい夢)
「早音、早音」
智が僕を呼んでいる。
頭がふわふわする。
もう一度、キスしていいかな。
そして僕は智に手を伸ばして、華奢な肩を捕まえた。
あ、あったかい。柔らかいだけじゃなくて。
「何すんだ!」
夢の智が何故だか怒鳴り声を上げ、びっくりした顔をしている。
夢の中でさえも智は僕の自由にならないのか、と悲しくなる。
何もかも面倒になって、肩を押さえ込んで、欲望を乗せたキスをする。
舐めて。甘噛みして、吸って。
そして僕は気付く。
(なんだか、生々しすぎないか?)
首を傾げたくなったところで、頬に強烈な痛み。
そういや智は元ヤンだったなと思い出して。
「何すんだこの馬鹿!」
智に突き飛ばされ、怒鳴られて。
そして僕は、所謂『終わった』状況であることに気が付いた。
夢だと思っていた智が、現実の智だったなんて、そんな、そんな。
僕は発行された1年間の成績表に、僕は、自分に失望しつつあった。
落とした単位はない。だが『秀』を取った科目はないし、『優』も出席さえすればその成績をくれる授業だけ。あとは『良』がほとんど。『可』が少し。
勉強を疎かにしたつもりはない。むしろ、これまでになく頑張った方だと思う。
それでさえ、僕は決して『優秀』とは言えない成績だった。
高校までは、誰にも負けたことがなかったのに、この様だ。
僕は、大学院には行かず4年で卒業する予定だが、化学系の企業の内勤で就職したいと思っている。
僕の大学では院に進む割合が大きいが、そこまで父さんに負担を掛けられない。
それに、このまま東京で智と暮らしていたいから、郊外や地方の研究所での研究職より、東京で働ける内勤がいいと思っていた。
狭き門ではないが、余裕を持っていられるほど楽な道ではない。
そのために『優秀な成績』が大事だと思っていたが、これでは。
(挫折って言うのかな、こういうの)
頭の何処かできっと僕は、自分を特別だと思っていた。
だが、広い世界では、僕は凡庸な一粒の砂粒にすぎないようだ。
望む未来が得られないかもしれない、という寒気が、ひしひしと押し寄せてくる。
そんなことをぐるぐると考えながら、忙しい理系学生には稼ぎ時の、塾の春期講習のバイトに勤しんでいたら、4月に入ってすぐ風邪を引いた。
授業は休みたくないし、実験は一日たりとも休めない。
咳をごほごほさせながら出席するのは周りのひとに迷惑かと思ったが、互いに事情は承知しているので、誰にも咎められなかったし、昼食を一緒に食べる顔見知りには心配された。
(あ、熱出てきたかも)
帰宅ラッシュの山手線、ふらふらしながら帰る。立っているのが辛く、優先席を見てみるが、かなりお腹の大きい妊婦の方さえ座れていなかったので、諦める。こんなものだ、東京は。特段驚きはしない。
辿り着いた自宅に智は居ない。
智は、1年の後期のテストが終わって以来、ダブルヘッダーのバイトに勤しんでいる。前からやっているキャンドル店と、夜中の居酒屋のバイトだ。キャンドル店で夜の8時ほどまで働いて、9時から早朝まで居酒屋なので、朝しか会えない。というか、疲れ切った智の寝顔しか見られない。
それでも、たまの休みの日には智は生き生きとバイトのことを話そうとする。
「店頭の勤務だけじゃなくて、裏方の、キャンドル作りもさせてもらえるようになったんだ!」
中々才能があると褒められているらしい。
智は、ここに来てから本当に楽しそうにしている。
自由になって、やりたいことを見つけて。それが愉快で仕方ないのだろう。
僕の誕生日はこの間ひっそりと過ぎたが、智もそろそろ誕生日だ。
約束通り無駄遣いをしていない智は、きっとあれこれ欲しいキャンドルができていることだと思う。
(智が嬉しそうで良かった)
そう思うのは本当だ。
だけれど、智が妬ましいのも確かだと、ようやく最近僕は認めた。
今の智はきっと、咲き始めた花だ。一方僕は、凋みかけ。
(これじゃ、智と釣り合わない)
釣り合うも何も。ただの友達でしかないのだが。
智には今恋人はいない。
忙しすぎてそんな余裕がないそうだ。
だが、本質的に彼は非常に愛される性質なので、好意を持たれていないという意味ではない。
実際、キャンドル店のSNSに顔を出した途端、反応が多く付いたそうだ。それを誇らしげにする智を、曖昧に褒めるくらいしか僕はできなかった。
僕は智とどうなりたいのだろう。
大学の4年間はきっと、このままふたりで暮らしていける。
だが、その先は?
智はいつか夢を叶えて、好きな女でもできて、僕から離れて行くのだろうか。
(気持ち、悪い)
吐き気がしてきた。
きっと熱の所為だ。
いそいそと布団を敷いて、横になる。もう、毛布は要らなくなるほど温かくなってきているのに、寒くて、智の分の毛布も奪って被り、目を瞑る。
(智の匂いがする)
その所為だろうか、智の夢を見た。
とてもではいが他人には言えない、僕の原始的な欲望を反映した夢。
自分で、理性が強いとたまに感心するほど、僕は智に何もしない。好きだ、という気持ちを決して表に出さないようにしている。
智のくちびるが柔らかいのは夢の中だけで、智を抱きしめて笑ってくれるのも、幻想だ。
(ああ、いい夢)
「早音、早音」
智が僕を呼んでいる。
頭がふわふわする。
もう一度、キスしていいかな。
そして僕は智に手を伸ばして、華奢な肩を捕まえた。
あ、あったかい。柔らかいだけじゃなくて。
「何すんだ!」
夢の智が何故だか怒鳴り声を上げ、びっくりした顔をしている。
夢の中でさえも智は僕の自由にならないのか、と悲しくなる。
何もかも面倒になって、肩を押さえ込んで、欲望を乗せたキスをする。
舐めて。甘噛みして、吸って。
そして僕は気付く。
(なんだか、生々しすぎないか?)
首を傾げたくなったところで、頬に強烈な痛み。
そういや智は元ヤンだったなと思い出して。
「何すんだこの馬鹿!」
智に突き飛ばされ、怒鳴られて。
そして僕は、所謂『終わった』状況であることに気が付いた。
夢だと思っていた智が、現実の智だったなんて、そんな、そんな。
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