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大学を、東京で

24.暗中模索

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 大学3年の晩秋。
 僕はまた一つ、挫折を味わった。
 冬から所属する研究室の希望調査があったのだ。
 僕が上位で希望していたいくつかの研究室には、入れなかった。
 希望が通るのは成績順なのだ。
 いまいちぱっとしない僕の成績では、届かない世界があることを、僕は知った。
 所属することになった第四志望の研究室も、決して嫌なわけではない。
 でも僕の心には、消せないしこりが生まれた。
 僕は自分のささやかな望みすら叶えられない、凡人であると。

 そんな気持ちでいたからだろうか、研究室に所属しても、何もかも上手くいかない。
 僕の直属の指導員となった修士2年の先輩は、自分の研究を愛し没頭しているひとで、4年で卒業する予定の僕なんて相手にする時間も気もないようだった。
 研究室での詳細なルールも実験道具の取り扱いも彼に訊かなければならないのに、話しかけると面倒そうにするひとを相手に食らいつけるのは、挫折したばかりの僕のバイタリティでは困難だ。
 きっと、僕が努力すればこの研究室での生活も、そこそこ楽しくやれるだろう。だけれど僕は思ってしまった。

(ここには居場所が、ないな、僕は)

 子供の頃から本の虫だった僕が、本に記されるような発見ができるかもしれないと憧れた、『研究』というもの。
 それは、辿り着いてみると、格好いいものでもイノベーティブなものでもなく、ただの作業だった。しかも、人間関係の困難さを伴うもの。

(切り替えよう)

 きっと、仕事というものもこんななのだろう。社会生活の前哨戦だと思えば、乗り越えなければいけないものだという気がしてくる。
 就活も乗り越えなければならない。僕には落ち込んでいる時間なんかないのだ。
 それに僕には、智がいる。
 ゼミが忙しくなったからと、智は深夜の居酒屋のバイトを辞めた。

「早音、忙しいだろ。家事は俺がやるよ」

 そう言ってくれた智は、僕が終電近くまで研究室で実験を重ねている間に、夕飯を作って寝ないで待っていてくれる。
 こんな生活はきっと、大学4年で終わりなのだろうから、堪能しなければ。

    *

 春になり、就活が開始となった。
 研究室の同期で、大学院に行かないのは僕だけだ。居心地の悪い研究室が、もっと気の詰まるものになった。面接やらなんやらで、頻繁に研究室を抜け出さなければならないから、気まずいことこの上ないし、実験の進みも遅くなる。それでも週に1回の報告会は来るから、教授たちにも遅れを指摘されるわけにはいかない。

(疲れた)

 日々、疲労が募る。精神も肉体も。
 それでも、安定した企業に入社して、今後の人生をそれほど困らずに済むようにするには、今、努力しておかなければならないのだ。
 そう思って、実験の合間に企業研究し、エントリーシートや履歴書を書き、面接に向かう。
 この苦行が、結果に結びついてくれれば良かった。
 だが、最後の一歩で、僕はつまずいている。
 最終面接までは行くのに、内定が出ないのだ。
 焦りが募る。
 同級生が何処の内定をもらったとか、聞きたくないのに耳に入る情報が、僕をどんどん焦燥させていく。
 まるで、長く先の見えないトンネルにでも入ったかのようだ。
 出口も光も向こう側にあるはずなのに、そこに辿り着く術が、僕には分からない。
 暗中模索の日々は、どんどん僕を憔悴しょうすいさせる。
 この生活に、出口なんかあるのだろうか。
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