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大学を、東京で

29.自覚

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 PCゲームに興じて、時間をあっという間に消費して。
『東京の安定した大企業』に就職することを、僕は諦めた。
 もうそういった企業は採用を締め切ってしまっているし、まだ残っていたとしても、僕に食らいつく気力が残っていない。
 そうなると、就活自体が嫌になってしまった。
 今諦めると『新卒生』というカードを手放すことになる。人生で今しか使えず、そしてそれを持っていないものは著しく人生が難しくなる、切り札のようなカード。
 でも僕は、それすら最早、どうでもいい。

(僕は、敗者だ)

 この都会の強風で、炎のように消えそうになっている敗者。
 僕も亡き母と同じだ。戦っても戦っても、勝つことができなかった。

(もう、やめてしまおう)

 苦しんでまでここにいることを。
 東京からも、僕がここまで挫折するきっかけを作った智とも離れて。
 地元のあの町に帰ろう。
 僕が逃げられる場所はそこしかない。

(公務員試験なら、新卒も社会人もあまり関係ないって聞くし)

 公務員試験を舐めているわけではないが、僕の入学した大学の入試より難しいことはないだろう。それなら、勉強すれば通る範囲だ。

 そう決めると、もう何ヶ月も会っていない智の顔が見たくなる。
 東京にいるのも、あと半年ほどだ。
 きっとこのまま東京に住み続けるのだろう智とは離れることになるし、友人とはいえもう会うことはほとんどなくなるだろう。

(今のうちに、きれいな思い出にしよう)

 そうしなければ僕は、智に対する劣等感を死ぬまで抱いて生き続けることになりそうな気がした。
 もう認めなければならないのだと思う。
 僕は、敗者の智が好きだった。
 敗者の智を、守れる自分が好きだった。
 そういう側面だけではなくて、智の心の強さや純粋さを愛しているのも、本当だ。
 でもきっと何処かで、僕は智を『庇護対象』として見て、守られる智が可愛いと思っていた。

(智を勝手に『敗者』と決めつけていたのは、僕だ)

 そして彼がそれを逆転し、勝者となったとき、僕はどうやって智に手を伸ばせばいいのかを見失った、というわけだ。

(でも、それでも)

 まだ僕の何処かは、智のことが好きみたいだ。
 だから、自分はそういうきれいな存在だと思い込んで。
 卑屈な劣等感も忘れて、久々に智に、会おう。

    *

 それでも顔を合わせにくくて、夜中に家に帰ると、智はまだ起きていた。
 喧嘩別れしたと同じくキャンドルを作っている。だが、あのときと違って、智は作業の手を止めてこちらを見上げた。そして、くしゃっと顔を歪ませる。僕なんかが戻ってきただけで、そんな顔しないでよ。

「……ただいま、久しぶり」
「早音、お帰り。ずっと待ってた」

 そんな甘美な言葉。口にしないで。

「叩いたの、悪かった。ごめん」
「いや、僕が……僕が智のこと何も知ろうとしなかったから。だから僕が悪い。ごめん」

 謝罪し合って、お互い照れくさくてそっぽを向いて笑う。
 これでいい。
 こんなささやかな友人関係が、僕にとって安全だ。
 だけど智が、何か言おうとしたから、僕は彼に背中を向けた。

「疲れてるんだ、もう寝るよ」

 まるで浮気してから帰ってきたろくでもない亭主みたいだな、なんて思う。
 智もまた、深追いしたくてもできない様子を見せたから、僕は久々の布団の心地を楽しんだ。
 僕のものであるはずの布団からは、何故だか少し、智の匂いがした。
 抱きしめたいし、抱いてしまいたいと思わせる香りを、僕は一生懸命無視をした。
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