【完結】運命じゃない香りの、恋

麻田夏与/Kayo Asada

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 畑を越えて辿り着いた城の中は、空気がからっとしていて涼しかった。入り口から右手は植物や香料の貯蔵庫、書庫が占めているらしい。贅沢なことだ。左側には実験室がいくつか、それに寝室、調理場と食堂、書斎、浴室があるのみとマシレが言っていた。

「お? マシレ、お客様か?」

 左手に進み出したところで、背後から声がかかる。そちらを見ると、見た目三十路過ぎのくらいの、ひょろっとしたグラースの男が目に入った。

「今日からしばらく居候だ。リュカ・レバノンと言えば事情は分かるな」
「おお、第一王子を虜にしたっていう例のオメガか。よろしく、俺はマシレの幼馴染みのフレバリー。こいつがまだちっちゃい頃からお守りしてやってるんだ」
「お守りではない、雑用だ。リュカ、こやつの言うことに耳を傾けるでないぞ」

 マシレのこめかみがぴくりと動く。マシレほどの偉大なひとでも、幼馴染みには弱いのだろうか。

「こいつ、ひと嫌いで偉そうだけど、実際はただのコミュニケーション不良──痛たた、拘束魔法は卑怯だぞ、マシレ」
「私を愚弄することは言うなと何度も言っているだろう。追い出すぞ」

 さっきまで澄ました顔をしていたマシレが、フレバリーにはふくれっ面を見せているのが、何だか可愛く見えた。吹き出すと「そなたまで笑うではない」とマシレはむくれる。思ったより、取っつきにくい人間ではなさそうだ。

「マシレ、この城に客間はないだろ。リュカさん何処で寝かせるつもりだ? 『他人を招き入れる部屋など不要だ』って拗ねたからこんなことになるんだぞ」
「うるさい、フレバリー」

 どんどん違う顔を見せてくる年上の男が微笑ましくなり、リュカは両手をひらひらと振って、「気にしないでください」と遠慮した。

「どの部屋でも構いません。毛布を貸していただければそこで寝ます」
「客人をそんな目に遭わせられねえよ。マシレ、ベッド貸してやれ」
「嫌だ。私のための特注のベッドだぞ」

 ぶすっと不服そうにしたマシレにフレバリーが「ならどうするんだ」と呆れ顔をする。それに対しマシレは事もなげに言った。

「私と共に寝るがよい。男同士だ、気にならんだろう」

 堂々と、とんでもない発言をしたマシレに驚く。天然という奴なのかもしれない。分からないが、リュカにはありがた迷惑だ。

「助かります、マシレ様。しかしお邪魔でしょうから、できれば僕は何処か別のところで」

 婚姻関係でもないアルファとオメガが共寝をするなど、とは言わなかった。もし実現したとして、毎日抱かれて過ごす事になるだろうと思ったが、不思議そうにこちらを見る目の前のマシレという男は、そういったことを想定していないように見えた。

「苦しゅうない。そなたほど小さな身体なら、少しも邪魔にならん」
「……小さいのは、オメガ性の所為です」
「そうか。私も背が高いがアルファ性の所為だ」
「…………ではお互い様ということで」

 平然としているマシレに気が抜けてしまって、リュカは最終的に彼に同意した。
 それと同時に、不思議に思った。幼い頃からオメガ特有の憂いを帯びた色気があると褒めそやされてきて、第一王子をして無体に扱わなければ気が済まなかったほどのリュカの美を、全く気にしないアルファがいるなんて。

(自意識過剰だったかな)

 だが、リュカに興味が無いのは好都合だ。この調子ならヒートさえ気付かないのではと期待した。

   *

 マシレの城での生活は、思っていたより厳しくなりそうだ。『雑用全部』を担っているらしいフレバリーの、掃除の手伝い。ガーデン・ノームのホホラと一緒に畑の手入れ。それに加え、マシレから押し付けられた動物の世話が大変だ。

「ジャコウネコという。分泌腺嚢ぶんぴつせんのうからシベットという香料の元が取れる」

 そう得意げに言った動物は『ネコ』と名が付いている割に獰猛のようだ。顔つきもあまり可愛くなく、むしゃむしゃと大きな果実を食べるのが若干怖い。
 フレバリーに作業着を貸してもらった。ついでに城の勝手を教えてもらい、ホホラに「リュカ、筋が良いな。花摘みが早い」と褒められていたら、日が暮れた。
 夕飯時。この時季は既に夜は寒くなるので、マシレが暖炉に火を入れてくれた。指先を振るだけで、薪が燃えさかるのだから、魔術師というのはすごいものだ。この実力で自分のことを『調香師』だと言って聞かないのは不思議だ。どれだけ香りに執着しているのだろうと思う。

「畑、本当に広いですね。僕は好きですけど、変わった城だな」
「この城の畑はすべて、香料の元になる植物を植えている。新鮮な精油が一番よいからな。ここは香りのための城なのだ」

 自慢げに言うマシレは子供のようだった。四歳も年上の大魔術師がこうなのだから、心が和んでほっとする。
 リュカも植物は好きだから、あれこれ植物の名を挙げるマシレの話題にもついていけた。香りを感じない植物が香料になるのに素直に驚くと、マシレがしたり顔をする。

「そうだろう。そこに面白さがあるのだ」

 そうしてますます語る。弁舌が堂に入っているので、ひと嫌いではなかったのかと疑問に思った。それを汲み取ったのか、「話を分かってくれる相手のことが、こいつは大好きなんだよ」とフレバリーが笑う。

「こいつ、子供の頃、優秀すぎるのを嫌われて、周りの子供たちにいじめられていたんだ。その後遺症でひと嫌いと言っているけど、経験値が足りないだけ──」
「フレバリー!」
「事実だろうが」

 そんな掛け合いにリュカは思わず声を上げて笑ってしまう。これからは楽しい食卓の時間を過ごせそうだった。
 湯浴みの後、眠る時間となると、リュカは緊張してきた。ベッドを誰かと共にするなんて生まれて初めてだ。この一日で、マシレが香りオタクの変わったアルファだということは十分に知れた。だが、誰かに欲情を覚えたことなどなさそうなマシレであっても、一応性別は男なのだ。安心はできない。だからリュカは、ベッドの横でびくびくしていたのだが。

「どうしたリュカ。疲れていないのか」

 そうしてマシレが先にベッドに埋まった。それからふわふわの枕に向け「これはスイートマジョラムの精油を媒介にした、魔法の香水だ。私は天才過ぎて不眠がちだが、この香水を開発してからというものしっかりと眠れている」と自慢しながら薄い紫の液滴を落とした彼は、本当にリュカのことなど気にしていなさそうだ。
 それでも、どうしても信じ切ることができなくて。

「マシレ様は何故僕をベッドに招き入れるのです。僕の香りが気にならないのですか」

 思い切って直球で尋ねるが、マシレは妙な顔をしただけだった。

「……さてはそなた、私にも増した人間嫌いだな? 今までさぞ辛いことがあったのだろう」
「……それは」
「それほどそなたが嫌がるなら、こうしてやろう」

 つ、とマシレが指先を動かすと、慣れた密閉魔法の波動を感じる。薄いシャボンのような膜がマシレとの間にできた。これで香りが外に漏れることはないし、術士本人とはいえ効果が切れるまで手を出せない。
 ほっとして、リュカはベッドの端っこに横になった。それでは落ちるとマシレが言うので、少しだけ近づく。マシレはもう目を閉じていて、沈黙したままだ。
 でも、リュカはこの男の許に来られたことがちょっとだけ嬉しかったから。

「おやすみなさい、マシレ様。良い夢を」

 そうして香水の香りを嗅ぐと、一気に意識が泥のようになった。きっと、マシレの魔法のおかげだ。
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