【完結】運命じゃない香りの、恋

麻田夏与/Kayo Asada

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 フレバリーの作ってくれた朝ご飯はおいしかった。ローズウォーターやオレンジフラワーウォーターの練り込んである甘い香りのパンなんて、本来は貴族しか食べられないものだ。それが、この城では香料作りの余りを使えるから、毎日これを作っているらしい。贅沢なことだ。
 ホホラが、ミルクを掬ったスプーンを口いっぱいに頬張ってから、にぱっと顔を上げる。

「食べたらさっさと労働だ。リュカは、俺と金木犀の花びら集め! マシレは実験、フレバリーは適当に雑用!」
「何故お前が仕切っている、ホホラ」

 金木犀は庭の端っこを占めていた。芳香がその場を包んでいて、リュカはうっとりする。これも香水になるのかと思うとわくわくした。どんな効果があるのだろうと。

「素晴らしい畑だね、ここは」
「そうだろ! おいらとマシレが手を掛けてるんだ、世界一の香料畑だぜ、ここ」

 ホホラが蹴落としていく金木犀の花びらを、布を下にかざしてして集めていった。こんなに良い気分で働けるなら、ずっとここで下働きしたいと思う。ホホラといっしょにジャコウネコに果実の餌をやりながら、なんとかこの城の役に立ってずっとここに置いてもらえないか交渉しようと考えた。ジャコウネコに牙を剥かれているホホラに、何とはなしに訊いてみる。

「……ホホラ。僕、このままずっとここにいたいんだけど、どうしたらいいかなあ」
「そうだな、マシレの恋人になっちまうってのはどうだい?」
「……マシレ様の、恋人!?」

 思ってもみない回答が返ってきて、リュカは赤面してしまう。そんな立場にはなれないと思う。ベッドを共にできるのは、マシレがリュカを意に介していないからだ。恋人など、なれる訳がない。そう思って、違和感に気付く。

(……僕自身は、そんなに嫌じゃない、のかな)

 マシレを恋人として思い浮かべても嫌悪感がなかった。あの不器用な優しさで包めてくれるなら、抱きしめられても構わない。

「おいら、故郷に恋人がいるんだ。すごく可愛くてさ。帰ると『お帰りなさい』って出迎えてくれるんだ。たまんないんだよ」
「お帰りなさい、か……」

 リュカはもう、それを言うべき家族をなくした。だから、言える相手ができるのなら、それは嬉しいことのように思えた。

「マシレはさ、小さい頃に事故で家族を亡くしたって聞いたぜ。だから、そういう存在に弱いんじゃないかな」
「ご家族が? それって、お祖母様も?」
「そうそう。子供の頃いじめられてたマシレを慰めてくれてたのが祖母さんみたいだな。だからあいつ魔術師じゃなくて調香師を名乗ってるんだって、フレバリーが言ってた」

 そんな過去があったなんて、マシレは言わなかった。だけれど、ずっと彼の心にお祖母様はいるのだ。まだ本当は、側に居て欲しかったのかもしれない。

「マシレ様も寂しいのかな……」

 そう呟いたところで、城壁の外で馬の蹄の音がした。嫌な予感がして、ホホラも「リュカ、城の中へ」と言ってくれた。
 案の定、騎乗者は王子の使いの者だと、迎えに出たフレバリーが微妙な顔をして告げた。

「どうする、マシレ」
「どうもこうもない。マシレ・グラースの城に来るということがどういうことか、あやつらは分かっていないようだな」

 大胆にマシレは笑って、城の扉を開けて使いの者と相対した。リュカは壁際で息を殺して声を聞いている。

「マシレ・グラース。第一王子殿下は『我が所有物を不当に奪い去った報いを受けよ』とご立腹である。投降し、リュカ・レバノンを引き渡せ」
「ほう。私がリュカなるものを匿っているという証拠がどこにある」
「ほざくな。お前がリュカを攫うところを、何人もが目撃している」

 苛立ち紛れの使者の声にもマシレは全く動じず、こう言った。

「それならば、この城を見て回るとよい」

 そうして使者を招き入れたのだからリュカは肝が冷えた。
 だが、中に入ってきた使者の目は、こちらを素通りした。

(え……)

 驚いたが、使者に次いで入ってきたマシレの指がそっと使者を追っているので、気が付いた。
 おそらくこれは、空間歪曲魔術。
 この国ではおそらくマシレしか使えないだろう、とんでもない超高等魔術だ。
 リュカがいないのを知り愕然とした使者は「これは何かの間違いだ」と喚きあちこちを荒らしていったが、結局リュカを見つけられずに帰って行った。マシレが敵でなくて本当に良かったと胸を撫で下ろしたリュカだった。だがこれほどまでに王子がリュカを求めていることに、胸が痛む。運命の番というものは、それほどに縁が深いのだろうか。ならば、何故あんなひどいことを。
 マシレが実験や香料の採取でベッドに帰ってこない夜は、王子のことが頭を過った。

(何で僕、嫌いきれないんだろう……)

 リュカの人生を破滅させた憎い相手なのに、形成した覚えもない絆が確かにある。彼が強引に迫ったのも、この絆に苦しめられた故のことかもしれないなんて、同情的にすら考えてしまう。これが『運命の番』であるが故のものならば、もはやこの運命は呪いだ。あれほどひどいことをした相手を憎みきれないのだから。
 そんな思考が嫌で、マシレが寝室に帰ってきたら、ほっとするようになっていた。

「マシレ様、お帰りなさい」

 そう言うのが習慣になった。これでは、ホホラに乗せられてしまったみたいだ。
 マシレは、少し困った顔をして、だが毎日こう言ってくれる。

「ただいま」
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