【完結】運命じゃない香りの、恋

麻田夏与/Kayo Asada

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 香りの再現は難航している。
 本人の汗の香りも含めて再現が必要なようだが、汗の香りの作り方などこの世にまだ存在しない。
 このため、似た香りの材料をとにかくいろんな比率で混ぜ合わせる作業から初めた。非常に複雑な作業だ。割合が少し変わるだけでも、リュカの香りから遠のく。この作業は楽しいが、依頼人を待たせている以上、早くしなければいけないと思う。
 だが、時間は速やかに経過してしまい、フェロモンと汗の再現ができたときには気付いたら一月半以上経っていた。
 最初のヒートには、依頼された香水作りはもう間に合わない。
 こうなればいっそ、オメガのヒートというものの程度を、身をもって体験してみるのも必要だとマシレは思っていた。
 そう告げるとリュカは渋った。

「僕のヒートはベータすら誘惑します。きっとマシレ様にご迷惑をかけてしまいます」

 心配そうなリュカを「そなたのヒートのフェロモン濃度に対抗しうる香水を作らねば」と説き伏せたが、ずっと不安そうだ。ヒートが近づくにつれて体調を悪くしていく彼をベッドに寝かせながら、そのときを待った。
 それは突然、嵐に出くわしたような感覚だった。寝室の空気がうねっているような、明らかなる変化。
 驚きに目を瞠ったマシレは、魔術にかかったように、リュカから視線を逸らせなくなる。

(何だ……これは!?)

 思考が理解する前に、身体が反応した。
 この香りの生き物を、屈服させろと。
 肉体の全てが、そう言っている。
 マシレの目の色が変わったのに、リュカは気が付いたのだろう。

「マシレ様! お気を確かに!」

 そうだ、この香りの解析をしなければならないのだ。
 なのに、リュカを味わうことしか考えられない。
 リュカの顔が恐怖に歪む。こんな表情をさせたい訳ではないのに、足が彼へと進むのを抑えきれない。
 このままでは、リュカを傷つけてしまう。そう頭を掠めた瞬間、マシレは魔術を放った。己の鼻と口と肌を対象に、麻痺魔法を。
 それによって、マシレはリュカのフェロモンから解放された。足許がぐらつき、後ろに倒れて尻餅をつく。心の底からほっとする。
 リュカが驚愕をもってこちらを見ている。

「マシレ様、今、何を……」

「私自身に麻痺魔法を掛けた。感覚封じのために……ああ、これではフェロモンの解析などできないではないか!」

 だが、威力は十分すぎるほどに分かった。こんな生き物が存在することに驚嘆を隠せない。生殖のためにオメガは生まれたと聞いたことがあるが、納得しそうになる。そんな自分が嫌で、リュカはどんなときだって魅力的だと自らに言い聞かせて、はてと思う。そんなに彼に惹かれていたのだろうか。
 そろりとベッドから降りてきたリュカが、隣にしゃがむ。鼻は利いていないのに、彼がしどけなく、目も潤んで見えるのは、彼の発情の所為なのか、それとも。

「……マシレ様、僕の、ために?」
「そういう訳ではない。他人を傷つけるのは最低な人間のすることだ。私は、私をそんな部類の人間にしたくないのでな」

 何とか立ち上がって、まだ呆けているリュカを取りあえずベッドに寝かせ、休ませる。それでも、心臓がどくどくと早く打ち、リュカから目を反らすのがまだ辛い。感覚は封じたのに、まだ身体があの香りに支配されている気がする。

(リュカ)

 この淡く色付いた彼を抱きしめて、彼の身体が疼くのを静めてやりたい。己の肉体をもって。
 そう考える自分が怖くなって、リュカがマシレを呼び求める声すら聞かず、書斎に逃げ込んだ。
 リュカから離れると少しだけ冷静になって、魔法でフレバリーに状態を伝える。一週間書斎に籠もるから、自分とリュカの世話をしてくれるように頼んだら、爆笑された。

「ヒート時期のオメガ放ってアルファが読書なんて聞いたことないぜ!」

 言い返すこともできずに、マシレは憮然とした。だって、リュカを傷つけない方法は、これしか思いつかなかったのだ。

「くれぐれも手を出すなよ」
「はいはい、俺は嫁さん一筋だから大丈夫、だいたい俺、ベータだしな」

 フレバリーがやけに自信を持っているので余計に心配になった。ちょっと前まで自分もこうだったからだ。
 案の定、寝室からフレバリーが絶叫して逃げていく音が聞こえた。

「マシレ、何だありゃ! あれに耐えろってか? 拷問だ!」
「……気持ちは分かる。だが、私ではもっと影響されてしまう。頼んだぞ、フレバリー」

 今度は悲鳴を上げて頭を抱えた幼馴染みを見下ろしながら、マシレも絶望的な気分になった。
 リュカの発情期は一筋縄ではいかない。それをまざまざと見せつけられた気分だった。
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