ショクザイのヤギ

煤原

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エピローグ

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 ダァンと山に銃声が響く。鳥がバサバサと飛び去っていった。地面には羽だけが残されている。

「惜しかったですね」
「……当たってないなら一緒だよ」
「おや、ずいぶんと卑屈なことをおっしゃる」

 粟島が振り返ると、そこには着流しの男が立っていた。手ぶらだが、おそらく不猟ではなかったのだろう。粟島はふてくされて地面に視線を落とした。

「今日こそ俺が獲った鳥を並べるはずだったんだ」
「また次がありますよ」

 もうすぐ猟期が終わる。マシロが言う“次”は半年以上先だった。

「……約束したのに」

 今期は必ず鳥を撃ち落とす。酔った勢いとはいえ、自分で言い出したことだった。獲れなかったことよりも、その約束を守れなかったことが悔しい。

「マシロはどのくらいで撃てるようになったの?」

 マシロが銃で狩りをすることは少なかったが、粟島が知る限り外したことはほとんどなかった。

「そうですね、猟銃に関しては二百年ほど練習いたしました」

 そりゃ無理だ、と粟島は地面に仰向けで転がった。それを見てマシロはくすりと笑う。粟島はもうすぐ二十五歳になるが、きっと百歳になってもこうして子ども扱いされるのだろう。そのまなざしは小学生の粟島を見ていたころと何も変わっていなかった。

「あなたのお祖父様は」

 マシロが懐かしそうに目を細める。きっと祖父も同じことを聞いたのだ。

「じゃあ俺も二百年練習するか、と」
「おじいちゃんってバカだよね」
「私もそう思います」

 マシロはくすくすと笑った。
 
 結局、祖父の練習期間は二百年どころか三桁を迎えることもなかった。今の粟島よりは上手かったが、勝率は五分ごぶといったところだった。最後の最後まで鳥や猪を追いかけ、マシロが獲ってきた獣を捌いていた。とても元気な人だったと思う。

「……おじいちゃんは、マシロとの約束全部守った?」
「そうですねえ。どうしようもない事柄以外は、おそらく」

 祖父はいつだってマシロに対して誠実であろうとしていた。粟島もそうありたいと思っている。だが祖父が守れなかった約束は、きっと粟島にも守れない。

「でも」

 マシロは粟島の横にしゃがみ込んだ。粟島は寝転んだままマシロを見上げる。
 
 子どものころから共に過ごしてきたマシロのことを、粟島は家族のように思っていた。祖父はどうだったのだろう。マシロはどう思っているのだろう。聞いてみたいと思ったことはあった。だけど。

「今日のご飯もきっとおいしいので、それで許して差し上げます」

 そう言ってマシロは笑った。その笑い方がなんとなく祖父に似ていたので、粟島はもうそれが答えでいいやと思った。

「任せて。狩りは下手だけど、料理の腕には自信あるから」
「楽しみです」

 ふたりは立ち上がって、マシロの家へと向かう。


 孤独な神様は、もういない。
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