9 / 9
エピローグ
しおりを挟む
ダァンと山に銃声が響く。鳥がバサバサと飛び去っていった。地面には羽だけが残されている。
「惜しかったですね」
「……当たってないなら一緒だよ」
「おや、ずいぶんと卑屈なことをおっしゃる」
粟島が振り返ると、そこには着流しの男が立っていた。手ぶらだが、おそらく不猟ではなかったのだろう。粟島はふてくされて地面に視線を落とした。
「今日こそ俺が獲った鳥を並べるはずだったんだ」
「また次がありますよ」
もうすぐ猟期が終わる。マシロが言う“次”は半年以上先だった。
「……約束したのに」
今期は必ず鳥を撃ち落とす。酔った勢いとはいえ、自分で言い出したことだった。獲れなかったことよりも、その約束を守れなかったことが悔しい。
「マシロはどのくらいで撃てるようになったの?」
マシロが銃で狩りをすることは少なかったが、粟島が知る限り外したことはほとんどなかった。
「そうですね、猟銃に関しては二百年ほど練習いたしました」
そりゃ無理だ、と粟島は地面に仰向けで転がった。それを見てマシロはくすりと笑う。粟島はもうすぐ二十五歳になるが、きっと百歳になってもこうして子ども扱いされるのだろう。そのまなざしは小学生の粟島を見ていたころと何も変わっていなかった。
「あなたのお祖父様は」
マシロが懐かしそうに目を細める。きっと祖父も同じことを聞いたのだ。
「じゃあ俺も二百年練習するか、と」
「おじいちゃんってバカだよね」
「私もそう思います」
マシロはくすくすと笑った。
結局、祖父の練習期間は二百年どころか三桁を迎えることもなかった。今の粟島よりは上手かったが、勝率は五分といったところだった。最後の最後まで鳥や猪を追いかけ、マシロが獲ってきた獣を捌いていた。とても元気な人だったと思う。
「……おじいちゃんは、マシロとの約束全部守った?」
「そうですねえ。どうしようもない事柄以外は、おそらく」
祖父はいつだってマシロに対して誠実であろうとしていた。粟島もそうありたいと思っている。だが祖父が守れなかった約束は、きっと粟島にも守れない。
「でも」
マシロは粟島の横にしゃがみ込んだ。粟島は寝転んだままマシロを見上げる。
子どものころから共に過ごしてきたマシロのことを、粟島は家族のように思っていた。祖父はどうだったのだろう。マシロはどう思っているのだろう。聞いてみたいと思ったことはあった。だけど。
「今日のご飯もきっとおいしいので、それで許して差し上げます」
そう言ってマシロは笑った。その笑い方がなんとなく祖父に似ていたので、粟島はもうそれが答えでいいやと思った。
「任せて。狩りは下手だけど、料理の腕には自信あるから」
「楽しみです」
ふたりは立ち上がって、マシロの家へと向かう。
孤独な神様は、もういない。
「惜しかったですね」
「……当たってないなら一緒だよ」
「おや、ずいぶんと卑屈なことをおっしゃる」
粟島が振り返ると、そこには着流しの男が立っていた。手ぶらだが、おそらく不猟ではなかったのだろう。粟島はふてくされて地面に視線を落とした。
「今日こそ俺が獲った鳥を並べるはずだったんだ」
「また次がありますよ」
もうすぐ猟期が終わる。マシロが言う“次”は半年以上先だった。
「……約束したのに」
今期は必ず鳥を撃ち落とす。酔った勢いとはいえ、自分で言い出したことだった。獲れなかったことよりも、その約束を守れなかったことが悔しい。
「マシロはどのくらいで撃てるようになったの?」
マシロが銃で狩りをすることは少なかったが、粟島が知る限り外したことはほとんどなかった。
「そうですね、猟銃に関しては二百年ほど練習いたしました」
そりゃ無理だ、と粟島は地面に仰向けで転がった。それを見てマシロはくすりと笑う。粟島はもうすぐ二十五歳になるが、きっと百歳になってもこうして子ども扱いされるのだろう。そのまなざしは小学生の粟島を見ていたころと何も変わっていなかった。
「あなたのお祖父様は」
マシロが懐かしそうに目を細める。きっと祖父も同じことを聞いたのだ。
「じゃあ俺も二百年練習するか、と」
「おじいちゃんってバカだよね」
「私もそう思います」
マシロはくすくすと笑った。
結局、祖父の練習期間は二百年どころか三桁を迎えることもなかった。今の粟島よりは上手かったが、勝率は五分といったところだった。最後の最後まで鳥や猪を追いかけ、マシロが獲ってきた獣を捌いていた。とても元気な人だったと思う。
「……おじいちゃんは、マシロとの約束全部守った?」
「そうですねえ。どうしようもない事柄以外は、おそらく」
祖父はいつだってマシロに対して誠実であろうとしていた。粟島もそうありたいと思っている。だが祖父が守れなかった約束は、きっと粟島にも守れない。
「でも」
マシロは粟島の横にしゃがみ込んだ。粟島は寝転んだままマシロを見上げる。
子どものころから共に過ごしてきたマシロのことを、粟島は家族のように思っていた。祖父はどうだったのだろう。マシロはどう思っているのだろう。聞いてみたいと思ったことはあった。だけど。
「今日のご飯もきっとおいしいので、それで許して差し上げます」
そう言ってマシロは笑った。その笑い方がなんとなく祖父に似ていたので、粟島はもうそれが答えでいいやと思った。
「任せて。狩りは下手だけど、料理の腕には自信あるから」
「楽しみです」
ふたりは立ち上がって、マシロの家へと向かう。
孤独な神様は、もういない。
1
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
罪悪と愛情
暦海
恋愛
地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。
だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――
王国の女王即位を巡るレイラとカンナの双子王女姉妹バトル
ヒロワークス
ファンタジー
豊かな大国アピル国の国王は、自らの跡継ぎに悩んでいた。長男がおらず、2人の双子姉妹しかいないからだ。
しかも、その双子姉妹レイラとカンナは、2人とも王妃の美貌を引き継ぎ、学問にも武術にも優れている。
甲乙つけがたい実力を持つ2人に、国王は、相談してどちらが女王になるか決めるよう命じる。
2人の相談は決裂し、体を使った激しいバトルで決着を図ろうとするのだった。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる