深い森の彼方に

とも茶

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第四章 放逐刑

4-6

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目が覚めるとかつてリーダーに陰茎を切断された城門脇の小部屋に寝かされていた。兵士が二人立っていた。
「お前は放逐刑にあったやつじゃないか、なぜ戻ってきた?」
「なぜといわれても・・・」
「どこに行ってたんだ?」
「前の世界に戻ろうとして・・・」
「前の世界? 何だそれは?」
「門の向こうの森のずっと向こうの・・・」
「もういい。リーダーを呼んでくるしばらくそのままにしていろ。」
ようやく「私の知っている所」に落ち着くことができた。ほっとして睡魔が襲ってきた。再び深い眠りについた。
夢を見ていた。夢の中では、私は普通の生まれながらの女性だった。夢の中での記憶では、やさしい母親に女の子として育てられ、小学校からずっと女子校に通い、女子大を出て女性だけの職場で働いていたのだった。父親や兄弟の記憶はなかった。学校にも男性教師はいなかった。近所の家庭も母と娘で暮していた。女性だけの世界で幸せに暮していた。どういうわけか、性行為の記憶も全くないのに私は妊娠していた。母親になる喜びをかみ締めていた。大勢の女友達に祝福されながら・・・

「やっぱり戻ってきたな。」
リーダーの大きな声で目が覚めた。
「向こうの世界はどうだった。」
「私の居場所がなかったんです。どこに住んでいたのか、どこで働いていたのかも全然分らなくなって・・・」
「お前は、この女の世界でしか生きられないということだ。」
「でも、私は女じゃない。陰茎はなくなり女の服を着ているといっても、まだタマはついているし、女性を見れば欲情するし・・・」
「お前はそもそも潜在的に望んでいた世界に来たということだ。その結果、男と女の世界では存在そのものを否定されてしまったのだ。お前の選択肢には、ここで女として生きていくということしかない。」
「性転換をしろということですか?」
「いや、身体の外科的改変はどうでもいいことだ。女だけの世界なんだから誰も男の定義を知らない。したがって、女と違う体であっても誰もが男だとは思わない。男だと思わなければ、女だと思われるだけのことだ。」
「この姿でも女ということですか。」
「そうだ。男がいないんだから、欲情の対象が女だったとしても否定することはできない。ただ、見苦しく迷惑なだけだ。兵士が今食べ物を持ってくる。食べたら一人で宿舎に戻るんだ。お前の重罪は取り消す。もう、二度と前の世界に戻りたいなんていうんじゃないぞ。」
リーダーはどういうわけか優しくなっていた。一度も殴らなかった。

兵士が持ってきた食事は異臭のする冷たい干からびた麦飯と得体のしれない肉とくず野菜が入った汁だけだったが、久しぶりに食べ物を食べたような気がした。
初めて訪れたときと同じ道筋を一人で歩いた。軍事施設では女だけの軍隊が訓練をしていた。住宅地や繁華街は女があふれていた。絶対の自信はなかったが、たった一度しか通らなかった道筋を全く迷わず宿舎に戻った。既に夕方になっていた。
玄関の脇の事務室にいた管理人は、私を上目遣いにじろっと見たが何も言わなかった。
食堂の入口に奇声の老婆が杖にもたれてパイプ椅子に座っていた。
「今日はあたしを大切にしてくれるんだろうねえ、お嬢さん。」
「いえ、もう食べてきましたから。」
老婆は何か不服そうに私に向かってしゃべり続けていたが、無視して部屋に飛び込んだ。独り言の中年女と浅黒い娘は自分のベッドに座り込んだまま、私には何の関心もないようだった。
下のベッドにいた厚化粧だけが私に話しかけた。
「おや、お帰り。今日は早かったね。」
「私がいない間、何か変ったことありませんでしたか?」
「あんたがいない間って、昼いないのはいつものことじゃないかい?」
「あの、ちょっと遠出をしていたんで。」
「おかしなことをいう娘だね。今朝いつもと同じように仕事にでかけてったじゃないか。それにいつもより帰りは早い。」
おどろいたのは私だった。あんなに何日もかけて元の世界に行き、帰りも何日もかけて歩いてきたのに、ほんの半日ぐらいの出来事だったのだろうか。そんなことはない。今でも歩きつかれてせいで、ふくらはぎは筋肉痛になっているくらいだ。
「そういや、あんたの服、やけに埃だらけで皺だらけ。いったいどこをほっつき歩いていたんだい?」
「城郭の外に出されて、鬱蒼とした森の中を・・・」
「城郭? この町に城なんかあったかね? ねえ姉さん。」
自分のベッドに座り込み私たちのほうを眺めてぶつぶつつぶやいていた独り言の中年女に話しかけた。
「城なんて知らんよ。もっともあたしゃあ遠くに出かけたことはないけどね。」
「この町を囲むようにすごく長い城壁があって・・・」
「町の外なんていったことないからね。囲んでる建物があるのかい?」
「その外側が、ずっと続く鬱蒼とした深い森があったんだけど、それも知らない?」
「森なら宿舎の裏が森じゃないか。」
わからなかった。どうしてこの人たちは城郭のことも知らないんだろう。いくらここから私用で出かけることがないとはいいながら、私が徒歩で行き来できるところにあるというのに。

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