深い森の彼方に

とも茶

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第八章 消えていく人たち

8-3

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姿の消えたネイルの女性の向かいにいた女性に声をかけた。
「この人もいなくなっちゃった、どうしたらいいの。」
「この人って? 誰かそこに座ってたの?」
「ネイルの好きな人、いたじゃない。つい今まで私としゃべってたのに、気付かなかったの?」
「別に、何で?」
「ここに座ってた人誰なの? 一緒に仕事してたんじゃないの?」
「あんた、そんなこと聞いてなんになるの?」
ネイルの女性と同じだった。突っ込んで質問を重ねると徐々に生気が失せ、最後には消滅してしまった。
なんでなの、ひょっとしたらプライバシーにかかわることを私がしつこく聞いたからなの?
私は、事務室にいる一人一人に聞いたみた。
「この会社なんていうの?」
「どんな仕事してるの?」
「あなたは誰?」
「なんで教えてくれないの?」
答えは皆同じだった。
「あんた、そんなこと聞いて何になるの?」
誰もがみんな無表情になり、声は小さくなっていき、最後には姿が消滅した。人によっては、肩をたたいたり、手をとったりして答えを聞こうとした。しかし、そういう人はいきなり姿が消えた。そして、30人以上いた女性たちは全員いなくなった。私を除いて。

いったい彼女たちは何をしていたのだろうか。机上に放り出したままの書類を覗いた。文字が紙に埋まっていた。どこかで読んだことがある文章だった。「山道を登りながらこう考えた。智に働けば角が立つ。情に棹差せば流される・・・」夏目漱石の一節だった。何で小説を転記するだけのようなことをしていたんだろうか。
他の机をみた。九九の一覧表にアルファベット表に五十音表がそれぞれきれいに並んでいた。その隣りの机に載っていた書類は、一面の幾何学模様で何を意味するのか全くわからなかった。机に並んでいる書籍もありきたりの週刊誌や小説だった。
彼女たちのロッカーを開けてみた。何も入ってなかった。彼女たちがオフィスに来るまで着ていた私服も、化粧道具も、バッグも傘も個人の持ち物は全てなくなっていた。部屋の片隅にほうりだされていた飲みかけのペットボトルも口紅のついた山のような吸殻も個人を特定するようなものはすっかりなくなっていた。オフィスの中に残されたものは、どこにでもある事務用品や備品類ばかり、個人の持ち物は私
のものだけだった。
オフィスにいてもしょうがないので、私服に着替えて外に出ることにした。鍵をかけてったほうがいいのかふと迷ったが、残されたもので重要なものは何もなかった。私のロッカーだけが気になって再度開けてみた。制服が消滅していた。自分のものだった傘は残っていたが、会社から支給されたベストもブラウスもスカートもいつのまにか消滅していた。
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