深い森の彼方に

とも茶

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第十章 初めてのお仕事

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熱い日差しに照らされて目が覚めた。中古のワンボックスカーのシートに横たわっていた。舗装道路になったせいか、車の揺れはだいぶ収まっていた。床には恐らく私のモノらしい吐瀉物、スカートやストッキングにもべっとり着いていた。
「すみません、車を汚しちゃって。で、服も汚しちゃったんで・・・」
「いいよ、ほっといて。服はどうせ着替えるんだからそのままでいいんじゃないの。」
びっくりした。男の声だった。
運転席を見ると、作業服姿の中年の男性が運転していた。
窓の外を見た。大勢の女に混ざって男も大勢いた。そして廻りは車の大行列、渋滞中のようだ。元の世界なのだろうか。
「運転手さん、いつ交代したんですか。気を失っていて気付かなくて。」
「前に誰が運転していたかなんて知らんな。俺が乗ったときには、後ろにあんたがひっくり返っていただけだ。他に誰もいなかったからな。」
つっけんどんな返事しかかえってこなかった。
「おい、後ろの荷台で着替えてくれ。お客さんからいわれているんだ。服は荷台に置いてあるだろ。」
後部座席に服が一式、置いてあった。渋滞中のちょっとした停車の隙に後ろへ移動した。服を広げるとメイド服だった。白のストッキングにガーターベルト、黒のパンプス、小さなエプロンまであった。
「早く着替えろ、着いちまうぞ。」
あわてて着替えた。
「あの、今着ている服は・・・」
「置いとけ、どうせ帰りも乗るんだ。オカマのくせに小うるさいやつだ。」
ショックだった。「オカマ」と言われた。確かにルームミラーに映る顔は男丸出しだ。髪は少し伸びてきたので前髪を揃えたがたが、女性の髪形とはどうみてもいえなかった。おまけに下手くそな化粧。確かにオカマ丸出しだ。髭が生えていないだけましというところか。
でも、あの世界では、女扱いだった。リーダーも、管理人のおばさんも、長身の娘も、消えてしまったOLたちも、私を女として扱ってくれた。この元の世界らしきところに戻ってきたとたん女ではなくオカマになってしまった。
「ほら、降りろ。」
車は繁華街の道端に止まっていた。
「降りてどうすればいいんですか。」
「知らん。」
「でも、私は何も聞かされていなくて、どうしたらいいか・・・」
「オカマの泣き言など聞きたくない、早く降りろ。」
外には、多少髪の薄くなった中年男が立っていた。この車が停まったことに気付くと車の中を覗きこんだ。私の姿に気が付くと外から扉を開けた。
「なんだえらく不細工だな。まあしょうがない。」
「・・・」
「早くしろよ。」
車から降りると、髪の薄い男性が扉を閉め、あっという間に車は走り去った。

「切り落としたばかりのナシナシだっていうので、さぞかし女っぽいのかと思ってたが男丸出しのオカマか。失敗した、写真を見て選べばよかった。」
「選べばって・・・」
「○×クラブに電話してよ、ニューハーフは初めてなんでって言ったら、それじゃナシナシにしましょうかっていわれたもんだから。ナシナシなんていわれてもさっぱり意味がわからん。聞きゃ玉も竿も切り落としたニューハーフのことだそうで、竿玉付きより初めての人にはいいっていうんだな。まあそれで、写真も見ずに決めたんだが。」
「○×クラブ?」
「いくら女っぽくでもよ、素っ裸になってイチモツぶら下げてりゃ怖気づくやつが多いってことらしいよ。クラブの受付のねえちゃんによると、どうもしゃべり方からするとそいつもオカマのようなんだが、取ったばかりでひょっとしたら処女かもしれん、ていうからついその気になったんだ。」
「それが私のこと?」
「会ってみりゃひでえもんだ。着てるものは俺の注文どおりに可愛い子ぶっているが、顔みりゃ丸っきり男だもんな。髪ぐらい、伸ばすなりカツラかぶるなりしないのか。写真がないのもごもっともだな。」
「何のことなの?」
「ほら行くぞ。金払ったんだからな。いくら不細工でも最低限のサービスぐらいできるだろう。」
「行くって、どこに?」
「馬鹿言うな、ホテルに決まってるじゃないか。公園のベンチでやるっていうのか。それともこの道路っぱたでいきなりやろうっていうのか。不細工なオカマは言うことが極端だな。」
「やるって?」
「オカマの口のサービスは女よりいいっていうからな。でも、お前の顔が目の前にあるとがっかりするから、下向きっぱなしでやるんだぞ。ほら行くぞ。」
「ホテルに何しに?」
「オカマのカマトトか。馬鹿にするんじゃねえぞ、早くしろ。」
「私は新しい仕事に行けって言われたから待ってたのに。」
「これだって仕事じゃねえか。わざわざ痛い思いして、切り落として穴を開けて、男とやりたくてしょうがないんだろ。うらやましいよな、欲望満たせば金が手に入るんだから。」
「それって、体を売れってこと?」
「そうだよ、俺は高い金出してお前を買ったんだよ。」
「そんなこと、聞いてない。」
「お前がどういうつもりでこの仕事を始めたか、そんなこたあ知りやしねえ。俺が金出してお前を買ったというのが唯一の事実だ。お前も金を受け取っただろうに。」
「お金はまだ・・・」
「じゃ、貰うことになってるんだろ。値段に見合うサービスをしてもらわないとな。」
「私に売春しろって言うの?」
「お前馬鹿か。露骨に大声でいうやつがあるか。売春防止法ってのいうがあるのを知ってるだろ。捕まるぞ。いや、あれは女の場合だけか、オカマは関係ないかもしれんな。」
「男の人となんて・・・」
「お前何しに来たんだ。いまさら抱かれるのがやだなんていいだしやがって。」
「私、男の人とはできません。」
「お前を抱きはしないよ。キスもしないよ。お前の顔が目の前にありゃ俺だって萎えてしまう。下のほうだけサービスしてくれりゃいいんだ。」
「馬鹿なこと言わないでください。私は男で・・・」
「その恰好はなんだ。それでも男のつもりか。色気づいたパンツまではきやがって。」
「男なんですから男の人とは無理・・・」
「切り取っちまったんだろ、言ってることがめちゃくちゃじゃないか。いい加減にしろ。」
いきなり、スカートの中に手を入れてきた。切断面を無遠慮に鷲掴みにする。
「ほら、ねえじゃないか。それでも男のつもりか。」
薄毛の男は、歩道で大声で罵った。本来なら無茶をいっているのは男のはずだ。しかし、私は醜いオカマ、廻りの歩行者も遠巻きに見ているが、太もも丸出しのメイド服に身を包んだ男の味方になろうとする人は見当たらない。
「やめてください。」
男声で叫ぶと逃げ出した。
走りにくいヒールのあるパンプスは脱ぎ捨て、裸足で走った。
「このやろう、金返せ。」
怒鳴り声を背に繁華街の歩道を走り、曲がり角を折れ安居酒屋の並ぶ飲食店街を通行人を何人も突き飛ばしながら走った。
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