深い森の彼方に

とも茶

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第十章 初めてのお仕事

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6時に目が覚めた。
7時にマンションの前に迎えに来るというのがリーダーの言葉だった。
今までとは様子が違う。今まではどんな場合でもリーダーは「いきなり」姿を現した。前日の予告は初めてだ。長身の娘と情報交換をしたかったがもう会う手段はない。迎えを拒否したらリーダーはそれこそいきなり部屋に乗り込んでくるだろう。どこかに逃げ出しても、突然現れるはずだ。すべてこちらの行動は監視されている。リーダーの言うなりに行ってみるしかないのだ。
昨晩、コンビニで買ったおにぎりを口に放り込み、メイクを済ませると悩んだ。何を着て行くかだ。しょっちゅう服装のことを指示されてきた。「なんて恰好をしてるんだ」といきなり殴られてもかなわない。昨日のこともあるし、またダークグレーのスーツを着て行くこととした。
7時ちょうどにマンションの前に立った。リーダーの姿は見えなかった。
不思議に思っていると、20年は経っているのではないかと思われるようなポンコツのワンボックスカーが前に止まった。この世界では自動車はほとんど見かけない。軍隊の駐屯地に軍用車が、そして街中には商用車がわずかに走っているだけだ。人が乗るための自動車を見かけるとは極めて稀だ。それがこのマンションにやってきたのだ。リーダーの姿もないし、廻りに人もいないところを見ると、車の目標は私しかいない。
目の前で停まった。運転手が降りてきた。中年だが白いブラウスに濃紺のサージのジャンパースカートを着ている女だ。これもまた労働者の制服(作業着)だろうか。これまでの作業着と違って、ブラウスは洗い立てで白が眩しい。この国で初めて見るジャンパースカートはテカリもなければ皺もない、カミソリのように尖った一本一本のプリーツが美しかった。年期の入った車体とは好対照だった。
「お迎えに上がりました。」
「私を?」
「リーダーの命令です。どうぞお乗りください。」
後部のスライドドアを開けると乗車を促した。
「揺れると思いますので椅子に腰を深く掛けてください。」
確かに揺れる。道は車輛用には作られていない、石畳の道だ。
まわりは、いつもの町の風景から徐々に薄汚いアパートが並ぶ宿舎のあった町のような光景にかわった。しかし、記憶にあるあの宿舎のある場所とは微妙に違う。宿舎の向こうにあった森もなく、大きな建物も丘もなく、何があるのかわからない。
町が薄汚くなるにつれ道路状態は更に悪化し、いつの間にか穴だらけの未舗装道路になった。激しく車は揺れた。吐き気がこみあげてきた。ヘッドレストにもたれたまま前方を眺めていたが吐き気は激しくなり冷や汗がびっしょり出てきた。
「すみません、気持ち悪くなってしまって、停めてくれないでしょうか。」
「申し訳ないけど、急いでいるんでね。」
「吐きそうなんです。」
「汚したら困るよ。我慢して。」
乗ったときの丁寧な口ぶりとはつっけんどんな対応になってきた。
「せめて、バケツかビニール袋か・・・」
「甘えるんじゃない。」
「そんな・・・」
突然の急ブレーキ、私は前席のヘッドレストに思いっきり顔面を強打しそのまま気を失った。
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